白海染まれ   作:ねをんゆう

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138.語らい

「ユキ……!!」

 

もう今や見慣れてしまったディアンケヒト・ファミリアの治療院。リヴェリアはそこにユキが運び込まれていると聞くや否や、残っていた全ての処理を全てフィンに押し付けてそこへ走った。

報告してくれた団員による話を聞くと、ダンジョン2階層で力尽きて倒れている所をガネーシャ・ファミリアの団員達によって発見され、そのまま救助されたという。

加えて彼はただの治療院ではなく、ディアンケヒト・ファミリアの、それもアミッドの治療を受けているとのこと。そんなことは軽い怪我程度ではあり得ない。報告を受けてリヴェリアが取り乱すのはあまりに当然の話でしかなかった。

 

「アミッド!ユキは、ユキは……!」

 

「問題ありません、既に治療についてはほぼ終わっています」

 

「大丈夫なのか!?」

 

「怪我の数を数える方が面倒な程でしたので、今はエリクサー漬けにしていますが、命に別状はありません。些かマインドダウンと疲労の方が酷いというだけで」

 

「………はぁぁぁぁぁ」

 

「面会についてはもう少しお待ち下さい。その間どうぞこちらへ、今温かいものをお持ちします」

 

アミッドが治療をしているとは聞いたものの、どうやら彼女がこうして来客に対応出来る程度の治療で済むという事を知り、リヴェリアは腹の奥底から安堵の息を吐く。

なにせリヴェリアが知っているユキの情報は、ダンジョンにギルドからの任務で潜って、恐らくそこであの意思疎通の出来るモンスター達と出会い、そこから彼等の仲間と共に深層へと向かったという事だけ。あのモンスター達が良心のある存在だと知ったものの、それを知ったのも本当に少し前の話。しかも一体ユキは何日の間ダンジョンに潜っていたというのか、こんなものは殆ど遠征だ。日が経つに連れてリヴェリアの不安と焦燥は凄まじいものになっていた。欲を言えば今すぐにでも顔を見に行きたいが、あと少しの我慢だと自分を押さえつける。果たしてユキが一体どんな言い訳を自分にするか、そしてそれに対してどう責め付けてやろうか、今はそれを考えることで気を紛らわせる。

 

「リヴェリア様、治療が完了しました。どうぞこちらに」

 

「そうか、分かった。……ちなみに、ユキはどんな怪我をしていたんだ?」

 

「まず全身に酷い火傷を負っていました。一見へルハウンドの群れに襲われたのかとも思いましたが、それにしては熱量が高過ぎる溶け方をしていた上に、熱線によって身体を貫かれた様な痕が数カ所ありまして」

 

「身体を貫く様な熱線……心当たりは無いな」

 

「また、全身の各部位の骨や筋肉が甚大なダメージを受けていました。これ等については今後も継続的な治療が必要ですが、丁度似た様な症状の患者が居ましたので原因は把握出来ています」

 

「似た様な症状の患者?誰だ」

 

「ベル・クラネル様です」

 

「っ!ということは……!」

 

「はい、恐らく彼女もまた例のミノタウロスと戦闘を行ったのだと考えられます。彼の話によれば戦闘後、ミノタウロスはダンジョンへと降りて行ったそうですから。そこで偶然にも遭遇してしまった可能性が高いかと」

 

「不運が過ぎる……」

 

「同感です」

 

ユキの病室に行くまでの間、アミッドからユキの症状についての話を聞いているが、なんとも不運過ぎる話にリヴェリアは頭を抱える。本当にあの子は、どれだけ運が悪いのか。熱線を放った相手とミノタウロスは間違いなく別物。つまりユキは何かしらの強敵との戦いの後、本当にフラフラな身で帰って来たところをあのミノタウロスに襲われたのだ。アイズとも互角に渡り合ったあのミノタウロス、いくら疲労していたとしてもユキは果たして勝てたのだろうか?……まあ、こうして生きているのだから勝てたのだろうけれども。

リヴェリアとしてはもう本当に、ユキには2度とダンジョンに潜らないで欲しい。どころか2度と外に出ないで欲しい。それくらいの気持ちだ。なぜこうも簡単に厄介ごとに巻き込まれるのか、なぜこうも簡単に死に掛けるのか。いくら冒険者と言えど、この頻度は間違いなく異常だ。リヴェリアが数十年この街で体験してきた厄介事の数を、ユキは僅か数ヶ月の間に追い抜かそうとしているのではないかとすら思えてくる。もうほんと、いくらでも褒めてやるからせめて普通に生きていてくれと、そう思わずには居られない。怒る気力なんてもうとっくに無くなってしまっているというのに。

 

「こちらです」

 

「ああ、ありがとう」

 

そうして病室の中に入れば、まあそんなこちらの心配は何だったのかと思うような安らかな寝息を立てて眠っているユキを見つける。……とは言っても、エリクサーを使った際に中途半端な形で戻ってしまう可能性のある複雑な骨折や断裂は治療師自らの手で治療を行なっている様で、ギプス等も付けていた。加えて気付いたのは、ユキの髪が以前より短くなっていること。

 

「髪については熱によってかなり痛んでしまっておりましたので、私共の方で可能な限り切り揃えておきました。衣服や鞄も焼け焦げていましたが、一応回収はしてあります。それと……」

 

「……これは?」

 

「鞄の中に唯一入っていた物です。魔石の様ですが通常の物とはかなり様子が違っておりまして、恐らく熱線の原因はこれを落としたモンスターかと思われます」

 

「……一度私の方で預かっておこう、もし聞かれたら私が大切に持っていると伝えておいてくれ。この分では目が覚めるまでまだ時間がかかりそうだ」

 

「そうですね、経験則ですが最低でも1日は起きないでしょう。目が覚めた際には報告致します、リヴェリア様も今はお忙しいでしょうから」

 

「そうだな、フィンに色々と押し付けて来てしまった。あれほど不安に思っていたが、不思議と顔を見たら安心した。……それに、暫くはダンジョンに入るのを禁止に出来る良い口実が出来たからな。ベッドに縛り付けておいてくれ」

 

「……難儀ですね」

 

「全く、今からステータスを見るのが恐ろしい」

 

今でさえ神会の際に急激な2つのレベルアップをどう報告したらいいか困っているのに、これでLv.7にでも到達していたらいよいよ言い訳のしようが無くなる。……というか実際、到達しているのはまず間違いないだろう。レベルを上げるのを一時的に止めるという手段も考えられなくは無いが、果たして今のユキがそれを受け入れるかどうか。強くなれるのなら果てしなく追い求めるだろう、何より姉を救い出すために。

 

「……まあ、もう隠す必要もないと開き直るか。流石にLv.7になった冒険者に手を出してくる様な命知らずは居ないだろう、問題はアイズにどう説明するかくらいだな」

 

帰り際にユキの額にキスを一つ落としてリヴェリアは病室を去る。すべき事はたくさんあるし、考えることも山積みだ。

一先ずは闇派閥との最終決戦、その対策。

 

「……冒険者業も、そろそろ引退したい頃合なのだがな。レフィーヤがもう少し育って、アイズに恋人の1人でも出来る様になれば、心置きなく任せられるというのに」

 

前者はともかく、後者はまだ難しいかもしれない。ただ、アイズが今回のゼノスの件で人として前向きに成長し始めた事もまた確かで、その時もそう遠い話ではないのだと感じ取れた事だけは、リヴェリアにとってなにより嬉しい事でもあったのだ。

 

 

 

その日の深夜、再びユキの病室を訪れた者がいた。

それはリヴェリアではなく、訪れたその人物を目にした途端にアミッドは少しばかりの驚きの表情を見せ、彼が来るということは余程の理由があるのだと考えて時間外ではありがながらも素直にユキの病室に通したのだ。

 

「……フィンさん?」

 

「起きていたのかい、ユキ」

 

「……!リヴェリア様に報告を」

 

「ああ、いや待ってくれアミッド。少しユキと話したいんだ。報告は帰った時に僕からしておくよ、訪問も明日にする様に言っておく」

 

「そうですか……わかりました、帰りの際にはもう一度お声掛けください」

 

「助かるよ」

 

そうして一礼をして部屋を去っていくアミッド。残されたユキとフィンはなんとなく不思議な感覚で向かい合っていた。彼等がこうして向き合って話すのは、果たしていつぶりになるだろうか。

フィンは部屋の隅に置かれていた小さな椅子を持ち、ユキのベッドの横に腰掛ける。

 

「いつから起きていたんだい?」

 

「1時間ほど前に、今は色々と頭の整理をしながら身体の具合を確かめていました。想像していたよりずっと綺麗に治っていて、流石はアミッドさんだなぁと」

 

「率直に聞くけれど、一体何と戦って来たのかな」

 

「クレアの力によって精霊化したヴィーヴルと、理性のあるミノタウロスさんから挑戦を受けました。何度死に掛けたかはもう覚えていません」

 

「……それはまた、リヴェリアが気絶しそうな話だ。もし君がその精霊を倒してくれていなかったらどうなっていた事か、考えたくもないよ」

 

「これについては私の責務というか、役割ですから。私がクレアの半身を無くしたりしたからこそ、タナトス様に悪用されてしまった訳で」

 

「そんな事を言えば、結局今日まで闇派閥を追い詰める事が出来なかった僕は全ての責任を負わないといけなくなるのかな?」

 

「意地悪ですね、フィンさんは」

 

「意地悪だよ、僕は」

 

クスクスとお互いに笑い合う。

なんでもない普通の会話。

ユキの話すことに対しても、フィンは特に指摘したり探ったりして来ない。ユキも彼の内心を分かっているからか、この緩い会話を続けている。

 

「……何か私に、聞きたい事があったんですよね。私が昨日までしてきた事なんかよりも、ずっと大切なことを」

 

「……この事を考えた時に、まず誰よりも最初に君に聞きたいと思ったんだ。一度は英雄と呼ばれた、君にこそ」

 

「私も今は英雄に憧れている立場なのですが……そういう話ではないんですよね」

 

「ああ、少なくとも僕は君のことをただの冒険者とは考えていない。今日こうして久しぶりに顔を合わせて確信もした。君は明らかに一度英雄となった人間だ」

 

「……もしそうなら、素直に嬉しく思います」

 

「どうもアナンタの方では君の活躍を描いた物語が出始めているらしい、そういう意味では君は英雄譚にもなったという事だしね」

 

「それは素直に恥ずかしいですよ!?え!?ほんとにそんな物が出回ってるんですか!?ああもう!あの街の人達は本当に色々と過剰なんですよ!う、嬉しいんですけど!やることなすこと規模が!!」

 

ふと、最盛だった時のアナンタでは年に一度それは大きな祭りを開いていたという事を思い出し、フィンは笑う。あれだけの事があっても、あの街に住んでいる者達の心根は変わっていないという事なのだろう。……少なくとも、数少ないとは言え、そんな彼等を守ったのは目の前のユキである。彼等からしたら英雄として崇めたくもなるだろうし、そんな自分達の英雄のことをより多くの人に知って貰いたいとも思うのだろう。

 

「まあ、暫くはユキのことを公にはしていなかった様だけど、君も随分と回復したからね。神アストレアが許可を出したのかもしれない、勿論フレイヤ・ファミリアも噛んでいる筈だ。想像していたよりずっと話の広まりが早いからね」

 

「わ、私が知らない間にどうしてそんなことに……」

 

「君が居なかったからだろう」

 

「ぐうの音も出ません……」

 

ユキがいない。

故にここぞとばかりに話を進める。

だって居たら"やめてほしい"と言われてしまいそうだから。

ユキの事をよく知っているアストレアだからこそ、何の戸惑いもなくこの期に話を進めたのだろう。ここぞとばかりに、至極楽しそうに。

 

「街の人間もこの日を待っていた様に本格的に街の復興を始めているらしい。勿論中心になっているのは君だ。ほら、こうして早速僕達にも復興祭の招待状が来ている」

 

「わ、私とアストレア様の絵……」

 

「ちなみにヘファイストス・ファミリアの協力で君の剣の展示会場もアナンタに移設される事になった。アナンタ復興祭も君が来る前提で話が進んでいるようだよ」

 

「そ、そんなの聞いて……居なかったからですか!」

 

「そこに居なかった君が悪い、英雄は大変だね」

 

「ちゃ、着実に逃げ道が塞がれている……」

 

ユキは知っている。

あの街の人間は一度やると決めたなら必ずそれをやり通すし、大体何かをしようとすれば最後には間違いなく想定していた3倍くらいの規模の物になってしまうということを。

当初より都市復興祭と名を打ったその祭り、果たして最後にはどれほどの規模の物になるというのか。今はまだ人口が殆ど回復していないとは言え、甘く考えてはいけない。話を聞く限りでは彼等はユキがこうして回復するその時まで待っていた様であるし、この話の速さから察するに間違いなく今日までの間、密かに準備を進めていたということなのだから。

 

「あわわわわわわわ……」

 

ユキは知らない。

まさか自分の銅像があの街にあるという事など。

ユキは知らない。

まさか自分とアストレアが彫られた御守りを、都市の民全員が持っているという事など。

ユキは知らない。

この祭りについては、フレイヤ・ファミリア、ロキ・ファミリア、ヘファイストス・ファミリア、そしてギルドなど、名前だけでも錚々たる面子から支援が行われているという事など。

 

全てその場に居なかったユキが悪いのだ。

まあその場に居たとしても止める事など確実に出来なかったであろうが。

 

「……正直に言うと、羨ましいよ。君が」

 

「へ?」

 

ユキがそんな風に未来のことを憂いていると、フィンが唐突にそんな事を言い出した。一体今の自分の何が羨ましいのか、本気で分からないユキは首を傾げる。

 

「僕が一族の英雄、フィアナを目指していたという話は知っているかな」

 

「ええ、なんとなくリヴェリアさんから聞いた事があります」

 

「ただ、今回の件で少し考え方が変わったんだよ。……僕はフィアナを越えなければならないと」

 

「!」

 

「ただ、そう決断したは良いものの、色々と考えるとそれがどれだけ難しい道のりなのか見えて来てしまった。……殻を破った先にある、自身の手で道を切り開く本物の英雄。僕の中で真っ先にそれが思い付いたのは君だった」

 

「………」

 

「僕は……どうしたらいいのか。それを君に聞いてみたい。どうすれば君の様に、ベル・クラネルの様になれるのか。ただ真似るだけでは駄目だということは分かっているんだ」

 

フィンが本当に聞きたかったこと。

それこそがこの話なのだと、ユキは直感した。

今回の件で誰よりも心を変えられたのは、もしかしたら彼だったのかもしれない。誰よりも心を打たれてしまったのは、彼だったのかもしれない。

 

「……ザルドの教え子という存在に出会った」

 

「そ、そんな人が居たんですね……!」

 

「ああ、だが僕は負けた。今の僕は7年前のオッタルにすら劣るのかもしれない、そう考えてしまうと途端に自信が無くなるんだよ。だからそう、少し、困っている」

 

フィンがこうして夜中にでも相談に来たのは、もしかしなくともその不安が原因だろう。つまりユキのせいである。不意打ち気味にあんなものをぶっ放したユキのせいである。ユキは途端に物凄く申し訳なくなった。あんなものを不意打ちで至近距離で破裂させて、むしろ気絶しないのはアステリオスくらい胆力のある存在くらいだというのに。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ええっと、どうして君が謝るんだい?」

 

「……フィンさんを気絶させたの、私です」

 

「え」

 

ユキの事がフィンに何処までバレていたのかは分からないが、少なくともユキがゼノス達と関係を持っていたという事は知っているだろう。そしてこうなった以上、もう正体を隠しておく意味もない。それになにより、これ以上フィンに変な誤解をさせておくのはあまりに申し訳ない。

 

「あの、私なんです……アステリオスさんと一緒にフィンさん達の邪魔をしてたの……」

 

「……え」

 

「私、その、言ってなかったんですけど、7年前に行っていた時に、ザルドさんから剣技を真似させて貰いまして……当時の私では力では全く敵わなかったので、せめてもの抵抗にと……」

 

「……つまりあの時、僕が突然気絶してしまったのは」

 

「私が魔法で、大剣を閃光爆弾に変えたんです……閃光と音と衝撃で逃げたり仕切り直したりする為に作ったんですけど、威力が高過ぎて……あの黒いミノタウロスさんすら、至近距離で当てれば一時的に麻痺させてしまうくらいの代物になってしまって」

 

「……人によっては死なないかな、それ」

 

「最近戦ってる相手が格上ばかりで、自分の中で威力の感覚がおかしくなってました……よくよく考えたら今の自分が本気で魔法を使ったら危ないんですよね、完全に失念していました」

 

それはレベルの上がりが早いユキだからこそ起こった齟齬。そして相手が桁違いの格上ばかりだったからこその感覚のズレ。

自分の力に振り回されない様に身体と感覚を慣らす事には慣れてきたが、その力が周囲と比べて、または周囲に与える被害として、自分はどれほどの存在になったのかという被害が足りていなかった。

より悪いのがアステリオスとの深層探索。

自分がどれだけ本気を出しても彼は付いてきて、むしろ追い抜かしていく事が多々あった上に、ダンジョン内ではどれだけ本気を出しても気にする者はいなかった。故に感覚が壊れてしまっていたのだ。フィンを相手にしていた時はザルドやアルフィア程では無いにしろ、格上が相手だと理解していたが故に顕著に。

 

「……一つ聞かせて欲しい。魔法を使わなかったとして、あのまま剣技で戦い続けたとして、僕は君に勝てただろうか?」

 

「むしろヘル・フィネガスを使われた後からは防御するのに精一杯で、どうやって逃げるかしか考えれませんでした……」

 

「それなら、もし君が魔法を使っていたとして、それでも僕は勝てていたかい?」

 

「そこは私も勝つつもりです。その為に色々と魔法の使い方を考え直しましたし、新しい魔法の理解も進めていますから。いくらフィンさんにもそこは譲れません」

 

「……なるほど、恐ろしいね」

 

フィンの個人的な感想を述べるとするならば、恐らく勝てない。ユキに武器の縛りがあるのだとすれば、フィンでも十二分に勝機はある。しかし例えばユキの魔法の行使に何度も耐える様な良質な武器が一振り、またはユキが自在に使い潰せる様な大量の武器があるとすれば、途端にフィンに勝ちの目は無くなるだろう。

事実、あの時の戦いも煙幕というフィンにとってマイナスの要素はあったとは言え、良質な大剣を持ったユキに魔法を使われて負けた様な物だ。ユキの魔法のパターンを全て頭に叩き込めばまた変わってくるかもしれないが、だが逆に言えばそこまでしなければ万全な状態のユキは倒せない。

 

「……もしかしたら君は、武器の数次第でいくらでも強くなれるんじゃないのかい?」

 

「そう……かもしれないです。ただ個人的な考えですが、私の魔法でも絶対に壊れる事のない武器が手に入った時が最高の状態だと思います。数だけあっても、それを犠牲にした大砲にしかなれませんから」

 

「そういえば、ベル・クラネルも妙な魔法を使っていた。何かを溜める様な魔法、あれは確かに条件次第では格上を屠れる。……なるほど、その振れ幅こそが第一条件か」

 

「………」

 

例えばそれは、ユキが以前に表現した"格上殺しの技"。

ステータスでギリギリ戦場に上がれる様になっただけでは意味がない、更にそこで勝利を掴むには格上を屠る事が出来る何らかの強みがいる。ユキのそれは魔法による武器の生命還元であり、ベルのそれは英雄願望によるチャージ実行権。

加えてユキに関しては特定の条件下でステータスの値そのものが上昇するため、その振れ幅は更に大きくなる。もちろん、下にも。

 

「ただ、フィンさんはその振れ幅をもう持っていると思います」

 

「……僕が?」

 

そんな自覚はフィンには無かった。

しかしユキは確信をしているようにそう話す。

フィンにもまた、格上を殺す様な振れ幅が存在していると。

 

「ヘル・フィネガス……の事では無いだろうね」

 

「単純に、フィンさんの他者を率いる力そのものが振れ幅です。それにその振れ幅は、私や少年君のものとは比べ物にならない程に大きい」

 

「……言いたい事は分かるよ。けど」

 

「私にはそれがありませんでしたし、だから私もフィンさんの事が羨ましく思います。自分の指揮によって各々が最高の力を組み合わせて、本来以上の成果を齎す。そんなこと出来る人は、きっと今の世界ではフィンさんくらいですよ?」

 

もしその力が自分にあったら。

もっと適切に指示を出して、自分だけの力で解決しようと藻搔いたりして失敗せず、もっと沢山の人を救えていたかもしれない。

フィンとて取りこぼした物は多い。

しかしフィンでなければもっと沢山の物を失っていた。

それはどの場面においても、誰もが頷く真実だ。

 

「……僕は、英雄になれるのか?」

 

「なれますよ。ただ、それは私や少年君が歩いている道とは違います」

 

「君達の様にはなれないと」

 

「私は自分の歩んで来た道しか分かりませんし、だから似た様な道を進んでいる少年君の行先に興味があります。彼なら正しい道を見つけてくれるんじゃないかと。……ただ、そもそも歩んでいる道が全く違うフィンさんは、きっと私達の真似なんかしない方がいいです」

 

「…………」

 

「自分の求める、自分が憧れた自分になればいいんですよ。そうなる為に、必死になればいいんです」

 

「必死にはして来たつもりだよ」

 

「妥協はしていませんでしたか?」

 

「失敗は許されない、僕は命を預かる立場の人間だ。妥協をしてでも、最善を取る」

 

「それにフィンさんは納得出来ましたか?心から」

 

「…………」

 

納得など、出来るはずがない。

けれどその選択肢以外を取る事は出来なかった。それだけ妥協しても危ない橋を渡る必要は何度もあった。一族の英雄という夢のためち走り続けていたのに、むしろ他者の命のために泥を被る事だってあった。そういう意味では、もしかしたら本当に直向きに目指して来たという訳では無かったかもしれない。

 

「……ただ、後悔はしていない」

 

「!」

 

「僕が選んで来た道に、後悔はない。失った仲間達の命も、無意味な物など何一つとしてない。僕はこの道を選んで来た事に間違いなんて一つも無いと、そう言い切る」

 

「……それなら、それがフィンさんの求める道じゃないですか」

 

「っ」

 

「一族の英雄でもなく、少年君の様な英雄でもなく、英雄フィン・ディムナとしての道。一族の英雄としての夢から目を逸らしてまで走って来た今この道こそが、フィンさんの辿るべき道のりじゃないですか」

 

今、ここに立っている。

フィアナを道標に、仲間達から背中を押され、そうしてフィンが走り続けて来た道が、この場所だ。

確かに最初に求めていた一族の英雄からは少しだけ離れてしまっているかもしれない。確かにユキやベルが辿る道とはかけ離れた場所を走ってしまっているかもしれない。

けれど、フィアナを前にしながらも、後ろから押してくれる仲間達と歩んで来たこの道。このまま進めばフィアナは存在しないが、その道こそがフィンの選んだ道のりなのだ。

 

「きっと、フィアナ様はフィンさんを今ここに連れて来てくれたんです」

 

「……少し違うかな。僕を今ここまで連れて来てくれたのは、フィアナと仲間達だ。フィアナが導いて、仲間達が背中を押してくれていなかったら、僕は今ここには居なかった」

 

だとしたら、後すべき事はもう決まっている。

この道をこれからどう走っていくのかも、自ずと分かってくる。

 

「……ありがとう、フィアナ」

 

フィアナと決別するのは、今ここだ。

彼女はここまで導いてくれた。

けれどこれからは一族の英雄という縛りを落とし、一族の英雄になる為という理由に甘える事を止め、自分の考えで、自分の感じた事を元に行動をしなければならない。

 

「決心、つきました?」

 

「ああ、それと自分が今日までどれほど女神フィアナに救われて来たのかを改めて実感させられた。仮に存在しない女神であったとしても、僕は彼女をこれからも敬わないといけないね」

 

「いずれはフィンさんが次の英雄候補を導く立場になるんですから、もしかしたらフィンさんもいつの間にか神格化されてしまうかもしれませんね」

 

「今のユキみたいにかい?」

 

「うっ……うう、本当に何で私とアストレア様を同列に描いているんですかぁ……」

 

「強いて言うのであれば、ユキは女神ではなく精霊寄りだからね」

 

「ちょっと取り込んだだけですから!まだ9割人間ですから!!」

 

「あはは」

 

一時期リヴェリアの行動次第では本当に神格級の精霊にまで昇り詰める分岐も存在していた……などという事は実際にそれ等を見せられたリヴェリアしか知らない事なので誰も言うまいが、一先ずユキはフィンの求めていた答えを返す事が出来た様だった。

長い長い話、既に若干空が白み始めている。

 

「……ユキ、僕はゼノス達と協力関係を結ぶことに決めた」

 

「!」

 

「今後ともそれが続くかは分からない、今後も良好な関係を築いていくと断言する事は出来ない。……けど」

 

「はい」

 

「僕個人としては彼等のことはそれなりに信用している。だからまあ、努力はするつもりだよ。彼等と共存出来る世界が、数十年、数百年後には実現出来ている様に」

 

「……やっぱりフィンさんは冷静ですね」

 

「これでも熱くなっているつもりなんだけどね」

 

そう言い残して、フィンはホームへと帰っていく。もしかしたらユキの存在が彼にその様な迷いを抱かせてしまっていたのかもしれない。けれど彼は自分の納得出来る答えを見つけられた、それでこの話は終わりである。

……まあ強いて言うのであれば、フィンがスッキリした顔をしてリヴェリアにユキが目覚めた事を報告するのをスッカリと忘れてしまっていた事は問題か。

とは言えどうせ毎日リヴェリアは見舞いに来るのだから、そう気にする事でもあるまい。多分、恐らく、きっと。

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