白海染まれ   作:ねをんゆう

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14.新人仲間

水路探索の次の日。

1日で帰ってユキの訓練に付き合うと豪語していたリヴェリアは遂に戻ることもなく、今日も今日とてユキは1人でいた。

身体自体は問題ないにも関わらず、病み上がりの自分が家事をしているとファミリアのメンバー達が途端に血相を変えて仕事を奪い取っていくのだから、苦笑いをして大人しくしていることしかできやしない。

 

武器の完成は暫く先になる。

それまでは一人で深い階層まで潜ることを禁止されていることもあって、ユキは完全に手持ち無沙汰になっていた。

 

「……浅い階層で我慢するしかないですね、例えば今日は魔法を縛って戦ってみましょうか」

 

思い立てば直ぐ行動。

思いのほか動きやすかったと気に入ってしまったサイドテールにショートパンツスタイルで、4本の剣を持って部屋を飛び出す。

まだ朝は早い時間ではあるが、彼のそんな姿は眠そうな朝の冒険者達にとってなによりも清涼剤となっていた。

 

 

「あや、あの子は確か……」

 

そうして、まずは顔見せのためにとギルドへと向かっていたユキ。

その途中、ギルドの正面にある小さな広場を通りかかる際になにやら見覚えのある一人の少年の姿に目を止めた。

大きなカバンを背負った小さな獣人族の子と話している彼は、間違いなく以前『豊穣の女主人』でぶつかってしまった少年だ。

あれから何週間と経ってしまってはいるが、その特徴的な外見はよく覚えているし、むしろ忘れる方が難しいくらいだ。

 

(そういえば、あの酒場にも暫く行けてない……)

 

どうせ時間もあるのだし明日あたりに一度顔を出してみようと思いつつも、ユキは周りの視線を集めながら少年の方へと歩いて近付いていく。

後ろを向いているため彼は全く気付いていないようだが、視線のあった獣人族の少女はユキがこちらへ近付いてくるのを見た途端、目の前の少年とユキを何度も見比べて困惑と焦りの感情をこれでもかと言うほどに表に出しているのは、何やら不思議な光景。

彼女の思いは分からないが、とりあえずユキは口に人差し指を当てて、バレないようにとお願いをする。

 

「おはようございます、少年くん。今少しだけお話しできますか?」

 

「へ?僕のことです……ぅぇええええ!?!?」

 

初対面の時と同じように、視線を合わせた途端に顔を真っ赤にして後退りをしていく白髪赤眼の少年。

"逃がさないぞ"とばかりに後ろに手を回しながらニコニコ笑顔で彼を追いかけるユキ。

やがて壁にまで追い込まれた少年は、その場で屈んで顔を覗き込むように近づけてくるユキに対し、爆発寸前なほどに顔を真っ赤にしてしまう。

 

「どっどどっどどどちら様ままでしょうかぁぁぁ!?!?」

 

「あや。少年くん、私のこと覚えてないんですか?ほら、以前に豊穣の女主人で君が食逃げをした際にぶつかったじゃないですか。……それとも、流石にあの一瞬では覚えて貰えないですかね」

 

「え……あっ!ああ、あの時の……!」

 

「ふふ、思い出して頂けましたか。お怪我の方はありませんでしたか?」

 

「だっだだっ大丈夫でしたっ!それではこれで!!」

 

「離しませんよ〜、えいっ♪」

 

「ぴぎゅぁっ!!」

 

逃げようとする少年の腕をぎゅっと抱き締めるユキ、ちなみに下はショートパンツでも上はそれなりに着ているので勿論少年がユキ身体の感触を直接感じる事はない。

そしてユキに関しても何の悪気も思惑もなく、ただウブな少年の様子が愛らしくて可愛がっているだけである。

ただ、あまりにもタチの悪いその様子に、後ろで見ていた獣人族の少女はドン引きしていた。

 

「少年くん少年くん。もしかしたらなのですが、君はダンジョン初心者だったりしませんか?」

 

「ひぇっ!?た、確かにまだ7階層に入ったばかりですけど……」

 

「それは僥倖♪どうでしょう、今日は私も一緒に連れて行って貰えないでしょうか?」

 

「え、え、えぇぇぇええ!?!?」

 

オーバーヒート寸前の少年くん。

しかしそんな言葉により反応したのは後ろの少女であって……

 

「まっ、待ってください!その方と先に契約を交わしたのはリリの方です!横取りはさせませんよ!!」

 

小人族の少女、リリルカ・アーデ。

訳あって魔法を使った変装をしている彼女は、今日も今日とて具合の良さそうなカモを見つけて近寄ったのだが、そんなカモを突然現れた超絶美少女に取られそうになり、彼女は内心かなり焦っていた。

 

リリルカはオラリオ出身だ。

多くの美男美女を見てきたし、小人族であるが故に身体の方はさておき、自分の容姿自体も悪いものではないと理解している。

……ただ、そんな彼女であっても一目見た瞬間に『こいつはヤバイ』と感じた。

 

まず容姿がヤバイ。

先ほども言ったように、この街にはアイズ・ヴァレンシュタインやリヴェリア・リヨス・アールヴを筆頭に、多くの美女が揃っている。

その中でもこいつの容姿はそれ等に匹敵するほどであり、謎に露出しているその細長い足は存在するだけで男の気を惹くには十分なものだった。

 

そして更に、この女は容姿だけではなく同じ女としてもヤバイ。

自然なボディタッチに絶えることのない笑み。

加えて奥手の男の子には嬉し恥ずかし積極性に、服装の快活な印象に反して丁寧な言葉のギャップ。

最早、リリルカにとって彼女は、男を落とすためだけの兵器か何かにしか見えなかった。

 

このままではせっかく取り付けた約束が無駄になってしまう、リリルカは必死になって顧客を取り返そうとする。

しかしやはり、こうなっては相手の方が一枚上手であったりするのがお約束で……

 

「デシ……んん、でしたら貴女も一緒に参りましょう♪ダンジョン探索は1人より2人、2人より3人です♪楽しくいきましょう、楽しく♪」

 

「は!?い、いえ、でも……!」

 

「私、こう見えても腕には自信ありますから♪……あ、分け前については少年くんに一任しますね?こういったことは最初に言っておかないと厄介ですから」

 

「い、いえ、ですからね……!?」

 

「さて!いっしょに頑張りましょうか、少年くん♪目指せ10万ヴァリスですよ!」

 

「さ、流石にそれは……あっ、ちょ!そんな密着しないでも1人で歩けますから!リ、リリ!助けて!助けてぇぇぇ!」

 

「べ、ベル様ぁぁぁ!!」

 

グイグイと少年の腕を掴んでダンジョンへと引きずりこむ女(男)の姿。

周りの男共が羨ましそうな目をしていたのはいうまでもなく、偶然その中にロキ・ファミリアに所属している冒険者もいたりするのは後の火種の1つでもある。

 

 

ダンジョン7階層。

キラーアントやパープルモスなどの厄介なモンスターが出現するその階層に3人は潜り込んでいた。

この階層に関しては既にユキはその性質を完全に熟知していたため、その道中に軽い解説を入れつつ注意点を羅列していく。

ぶっちゃけこれまでの行いが完全に痴女のそれであったため、多少の警戒心を抱いていた少年ベル・クラネルであったが、ユキの解説が思いの外分かり易かったのか、徐々にその警戒も緩んで来ている。

それでも相変わらずボディタッチが多いのはまあ、慣れることは無いのだが。

 

「あ、あ、あのっ……貴女はその……」

 

「"ユキ"、でいいですよ?少年くん♪」

 

「あう……ユ、ユキさんは、えと、ダンジョンに潜って長いんでしょうか?その、凄く強いし、知識も凄いですし」

 

「いえ、私もこうして潜り始めたのは最近のことです。元々はオラリオの外で活動していたので、レベル自体はそれなりにあったんですけどね。ですから、こうして同じ初心者の少年くんを誘った訳です」

 

「な、なるほど。凄く強いのはそういうわけだったんですね」

 

「そういう少年くんもなかなか筋が良いですよ。動きを見ているだけでも初心者さんとは思えないくらいです」

 

「そ、そうですかね?僕としてはもっともっと強くなりたいのですが……」

 

「大切なのは何事も焦らないことですよ。突然大きな力を得てしまえば人は誰しも多かれ少なかれ変わってしまうものですから、力と共に精神を育てていくことも大切なんです」

 

「な、なるほど。なんだか説得力がありますね」

 

「ふふ、私のお師匠様の言葉ですし、私自身も身をもって知った言葉ですからね。……貴方がどうか力に溺れることなく、今のままの真っ直ぐな少年くんで居てくれることを、私は信じていますよ?」

 

「っ!?は、はいっ!が、頑張りましゅ!」

 

魔石を拾う為に座り込んでいたベルに対し、前屈みになりながらの満面の笑み。これを優しく頭を撫でながら行うものだから、これで照れない男は居ないだろう。

思春期の男子が美人なお姉さんとの出会いを美化してしまうのは仕方のないことだ。例え少しくらいその格好が痴女染みているからと言っても、それは変わらない。

むしろ異様に露出度が高いことで、思春期の少年くんにとっては妙に好感度が高かったりもするもので。

 

「……はっ、ユキさん!モンスターが来ます!」

 

「はいはい、背中は任せてください。……リリちゃんも、剣なら後で差し上げますから。今は援護の方をお願いしますね?」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?(う、後ろに目でも付いてるんですかこの人!?)」

 

サックリとダンジョン内のモンスターを切り飛ばすこの女冒険者の4本の剣。

見た目はありふれたものではあるが切れ味は凄まじく、使われているその姿はどれもが一流品のように見える。

そんなものが4本もあるのなら1本くらい貰ってもいいんじゃないか?という雑な思いをひっそりと抱いていたリリだったが、それをこちらを見るまでもなく一瞬で見抜かれてしまい、この後必死になって援護に集中することで誤魔化そうとした。

もちろん、見抜かれた時点で誤魔化すも何も無いのだが、自分の内心を落ち着けるのには必要な行動だったのだ。

 

そして、そんなこんなで数時間もスムーズに狩りを行なっていれば……

 

「はいっ!お二人とも♪今日の稼ぎですよ〜♪」

 

「じゅっ、13万、ヴァリス……!?」

 

「ベッベッベッ、ベル様!?13!?13って!?そそそ、そんなに狩ってたんですか!?」

 

「わ、わわ分かんないけど!今日はずっと緊張しててあんまり覚えてなくて……!」

 

などと言っているが、ユキの目があったことで2人の狩のペースは格段に上昇しており、無意識にコンビネーションのような事もしていたことはユキしか知らない。

確かに2人が必死になっている最中に予想以上の大軍となって襲い掛かってきたキラーアント達を、ユキがこっそりと全滅させていたりはしていたが、それでも彼等はとても頑張っていたのである。

これは決してユキだけの力という訳ではない。

この2人でだけでも今日の稼ぎの4割くらいは間違いなく占めている。

 

「今日はお二人とも本当に頑張っていましたから、これくらいにはなります♪……はい、少年くん。これは2人でしっかりと分けるんですよ?」

 

「へ?あ、あの、ユキさんの分は……」

 

「え?……あ、それじゃあ1万ヴァリスだけ貰っちゃいますね。今日の夕食代、にしては高過ぎる気もしますが」

 

「そ、そうはいきませんよ!狩の他にも色々なことを教えて貰ったのに!それに最初に僕に一任するって……!せ、せめて三等分に!」

 

「ふふ、少年くんならそう言ってくれると思っていました。私はその言葉が聞けただけでも満足です」

 

そう言って決してそれ以上の金額を受け取ろうとはしないユキ。

しかしそこで折れるベルでもなく、何度も彼女に食い下がる。

それにそもそもの約束では、分け前はベルが決めるというものだった筈だ。ベルが納得できない以上は成立しない。

……ただし、悪い事に彼がそういう少年だと知れば知るほど笑顔になっていくユキが相手なので、その食い付きが虚しい空振りに終わるのが悲しいところだ。

 

「……うーん。じゃあ、分け前の代わりに一つだけ約束してもらいたいです。私の我儘を聞いてくれますか?少年くん」

 

「そ、それくらいなら!!な、なんでも言ってください!僕にできることならなんでもします!」

 

「あらら、君のような可愛い男の子がなんでもなんて言うものじゃありませんよ?悪〜い女神様に狙われちゃいますからね♪」

 

ツンツンと鼻先を突くユキ、側から見るリリ的にはこいつの方が如何にも悪い女神に見えたことだろう。

だがこの女、いやこの男の魔性はここからが本番である。

ユキはそのままベルの両手を取り、ベルより高いその背丈を合わせるどころかむしろ下から見上げるように屈み込む。

そうして、そのまま全てを包み込む様な渾身の慈愛の表情でこう言い放つのだ。

何の下心も無く、純粋な心で。

 

「じゃあ約束です、いつか私なんか簡単に追い越せちゃうくらい強くなって下さい。もちろん、優しくてカッコいい君のままでですよ?期待してますから♪」

 

こんなことを言われてしまえば、奮起しない男の子はいない。

健全な男の子であるベル少年は、そんな目の前の"男"の笑顔を脳裏に焼き付けられ……

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

「あ、あらら……大丈夫ですか?」

 

パタリと意識を失った。

今日一日、相当な頑張りを見せた彼は色々な意味で密かに限界だったのだ。頭に血が上りすぎて、鼻血まで出ている始末。

そのまま気絶したところを目の前の張本人に受け取れめられているのだから、後で聞かされて2度目の気絶をしてもおかしくない。

 

とりあえずはそんな彼を今日の稼ぎと共にギルドの職員に預け、最後にユキはなんとも複雑そうな顔で運ばれていくベルを見守っていたリリに向き合う。

そうして差し出すは一本の剣、リリが探索中にずっと見つめていた4本のうちの1本だ。

 

「へ?あ、あの、ユキさま……?」

 

「ダンジョン内で約束したものです、捨てたりしたら怒っちゃいますからね?」

 

そんな風に頬を膨らませて言うものだから、(この人ほんとにあざとすぎませんか?)などとリリルカは呆れながら考えつつも、貰えるというものを貰わない彼女ではない。

一体どんな思惑があるのかは知らないが、これは間違いなく高級品だ。

なにせこれほどの実力者が使っている武器なのだから。

それに、長時間使っていても切れ味を落とす事もなくあれだけスパスパとモンスターを切り飛ばしていたのだ。きっとどれもが相応のレアリティをもつ剣のはず。

 

リリは思わず口角が上げてしまいながらも、それを受け取った。

一体これはどれくらい高く売れるのだろうか?

そう思いウキウキ顔でもう一度剣を見てみれば……

 

(いや、これ、やっぱりその辺の武器屋で1000ヴァリスくらいで売ってる奴じゃないですか……?わたしも何となく見た事があるような)

 

バカにされているのか、騙されているのか。

初心者推奨の鈍同然なそんなものを手渡されたリリルカは、怒りの表情を浮かべながらユキの腰に携えられた残り3本の剣にも目を向ける。

そしてそのまま目を見張った。

 

(こ、これ、ぜんぶ同じものじゃないですか……!しかもしっかりと使われた跡もある……ってことは本当に!?本当にこの人、こんなものであれだけの数のモンスターを倒してたんですか!?)

 

驚愕と共に目線を上に上げると、バッチリその持ち主と視線があってしまう。それまで考えていたこともあって、リリルカはビクリとその身を跳ねさせて一歩足を引く。

しかしそんな彼女に詰め寄るようにユキも足を踏み出し、彼女の面前へと顔を近づけた。怒りも、睨みもせず、ただただ変わらぬ笑顔のままで。

 

「リリさん、私から一つだけ忠告です」

 

「ひっ!な、なんでしょう……?」

 

下がるリリルカ、追うユキ。

そうしている間に最初に出会った時のベルの様に壁際まで追い込まれたリリルカは、これで自分も終わりかと息を呑む。

 

しかしあまりに鮮明に脳裏を過ったその凄惨な予想とは裏腹に、彼女に走った衝撃はそんな物とはかけ離れたとても柔らかなものだった。

 

「……っへ?」

 

ぐっとその小さな頭を引き寄せ、両手で彼女の頭を包み込む。

暖かく、柔らかく、心地の良い感覚に全身が覆われる。

分からない、意味がわからない。

呆然とする彼女の耳元で、魔性のそいつは囁くのだ。

 

『貴女が諦めなければ、きっと救いは訪れます。だから、貴女に残ったその最後の良心だけは、絶対に捨てないでくださいね』

 

彼女は手を振りその場を立ち去る。

最後まで何をしたかったのか、どうして責めなかったのか。

なにも分からないまま、自分を取り残して彼女は帰る。

リリルカはそんなユキの様子を最後まで呆然と見ていた。

 

……ちなみにだが、何の許可もなく男性が女性にハグを行うのはセクハラ以外の何者でもない。

見た目で騙されているが、イケメン以外はやってはいけません。

いや、イケメンもやったらダメです。

ユキ・アイゼンハート、現行犯逮捕です。

 


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