白海染まれ   作:ねをんゆう

140 / 162
140.とある世界の

「……やっぱりな」

 

「やっぱり、か」

 

「やっぱり、ね」

 

「やっぱり、でしたか……?」

 

 

「ユキ、Lv.7到達よ」

 

 

「「「………………」」」

 

歓喜の声は聞こえない。

聞こえて来るのは2つの大きな溜息と、一つの申し訳なさそうな苦笑いの声だけ。それは確かに治療院の病室だからということもあったが、何より頭の痛い事実でもあったからだ。今回ばかりはロキも笑わない、笑えない。どうにもならない。

 

「闇派閥との決戦が近い以上は保留はあり得ん。とは言え、Lv.7はなぁ……」

 

「ステータスの差はあるとは言え、実質的に都市最強のオッタルと同格。神回が近い現状でこれは流石に不味い」

 

「ギルドとウラノスにお願いして私のファミリアの公表はまだ止めて貰ってるけど、これは逆にロキとフレイヤの所のパワーバランスを崩す切っ掛けになってしまうんじゃ……」

 

「ま、流石にそれはフレイヤも気付いとるわ。問題はその上でフレイヤがどんな行動を取ってくるかやけど……」

 

服を着直し始めたユキを横目に、ロキとリヴェリアとアストレアが頭を抱える。

ここまで神威を隠して変装をしてやって来たアストレアは帽子にサングラスに服装もリヴェリアの服を借りて来ているが故に妙な恰好にはなっているが、彼女もかなり困った顔をしているのは誰にでも分かる事であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ユキ・アイゼンハート

 Lv.7

 力 :I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

発展アビリティ : 剣士F、耐異常F、精癒G、戦技G、機先H

 《魔法》

【フォスフォロス】

・付与魔法(エンチャント)

・光属性

・詠唱式「救いの祈りを(ホーリー)」

【平穏の園(エデン・オブ・アタラクシア)】

・超短文詠唱魔法

・魔法消去、呪術消去、詠唱中断効果

・詠唱式「母の心音(ゴスペル)」

【ラスト・アウト】

・超長文詠唱

・光属性

 《スキル》

【緑白心森(ミルキー・フォレスト)】

・自身の精神に超耐性の効果。

・対象の精神に改善の効果。

・エルフに対する魅了の効果。

【愛想守護(ラストガーディアン)】

・守る対象が多いほど全能力に超高補正。

・死に近いほど効果上昇。

・上記の条件下において早熟する。

【愛染の英雄(ユキ・アイゼンハート)】

・愛される程に全能力に高補正。

・愛する程に全能力に高補正。

・死が遠ざかる

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「……しゃあない。リヴェリア、脱げ」

 

「な、なぜだ!?なぜ私が脱ぐ必要がある!?」

 

「もしかしたらリヴェリアもLv.7になっとるかもしれへんやろ!最近は全然更新しとらんかったし、リヴェリアも一緒ならまだ話題薄められる!」

 

「そんな馬鹿な……!私が上がっていたらフィンやガレスも上がっていなくてはおかしいだろう!この間のユ、ではなくザルドの教え子との戦いの後ですらもフィンは上がっていなかったというのに!」

 

と言いつつも取り敢えずロキに背中を晒す為に衣服を脱ぎ始めるリヴェリア。

この場にいるのは恋人であるユキと神2柱だけ、エルフの貞操観念など今更気にする余地もないリヴェリアにとっては何の問題は無い。そんなリヴェリアの姿に顔を赤くして手で顔を隠しながらも、その隙間からこっそりと見ているユキの事はさておくとして。

 

「……上がっとるやんけ」

 

「だから何故だ!?」

 

祝・リヴェリアLv.7到達。

 

「待て待て待て待て待て!!私はいつの間にそんな難題を突破した!?穢れた精霊を突破した時でさえも上がらなかったというのに!!」

 

「なんで言われてもなぁ、上がっとるもんは上がっとるし。ユキたんみたいに夢の中での偉業が評価されたんちゃうか?」

 

「あ……」

 

そう言われてみれば、それはまあ確かにリヴェリアは体験した数多の分岐した世界で諸々の怪物と戦って来た。その大半は異形化したユキであったりするのだが、それは置いておくとして。しかしやはり架空の世界、最早無かったことにされた世界で起きた事でレベルが上がるとは考え難いだろう。つまりリヴェリアのレベルを上げるに至った要因、それは……

 

「……ユキ・アイゼンハートを救い出した行為そのもの」

 

「女神アストレア……?」

 

「なるほどな、絶望的な状態になっとったユキたんを救い出した。それに仮にもユキたんは英雄や。その結果と、それまでの諸々の過程も含めての偉業っちゅうことか」

 

ほとんど全ての世界線においてユキの死は確定的な物になっている。

それはエレボスが最初にユキを選ばなかった世界、アストレア・ファミリアが生存した世界、アストレアが都市から出なかった世界、他にも様々な人々の様々な選択の違いでユキの命は終わっている。

加えて決定的な場所は、それこそリヴェリアが行き詰まりかけたあの瞬間であった。

あそこまで辿り着く事が出来たユキ・アイゼンハートは、それでもあの場所で99.9%死に至る。リヴェリアはそれを奇跡的にも回避する事が出来たのだ。誰の、何の力を借りてなのかは知らないが、それでもリヴェリアは自分の意思で無くとも全ての世界を渡り歩き、頭が狂いそうになるほどの苦痛を繰り返し、最後にはユキの生存を勝ち取った。それが偉業と言わずなんと言うだろうか。彼と言う英雄を今この瞬間にも生き残らせ、世界の破滅を防いだのは間違いなくリヴェリアだ。レベルが上がるのは、むしろ当然の報酬だとも言える。

 

「なんにせよ、これなら少しはユキの話題も薄れるわ。ありがとう、リヴェリアちゃん」

 

「ま、まさかフィンやガレスより先に上がることになるとは……」

 

「ちなみにリヴェリアは夢の中で何と戦っとったんや?」

 

「あ、それ私も気になります。私もまだそんなに詳しく聞いてなかったですし」

 

「いや、それは……」

 

「1例だけでええから、な?」

 

リヴェリアは考える。

なにより最も記憶に焼き付いているもの。

だとすればあれだろうか?

今もオラリオの街並みとバベルをホームから見渡す度に思い出す、あの救いしかない救いのない世界の話。

 

「……ユキが精霊と完全に同化し、何の因果かダンジョンやバベルと融合した世界の話がある」

 

「何があったらそんな事になんねん、初っ端からぶっ飛んどるな」

 

「バベルと完全に同化して大樹の様になったユキは、オラリオを中心に世界中に根を張り、世界中の負の思念を持った人間達を攫い始めた」

 

「とんでもない規模の話ね」

 

「目的は全人類の浄化だ、ユキは人々を浄化する世界の機能の一つになった」

 

「で、終わりやないやろ?」

 

「当然だ。私達はユキを止める為に大樹の中に入ったのだが、中は全20階層のダンジョンになっていてな。中にいるモンスターも軒並み深層にいるモンスターよりも強力だったんだ。……それでも、大樹の中で人間が死ぬことはないと判明した。命を落としても、時間が経過すれば傷から全て元通りになる。加えてモンスター達は生き返っている途中や逃げる存在を追って襲い掛かって来ることはしなかった。奴等の存在意義は、単純な門番」

 

「ああ、もう最低や」

 

「聞いてるだけで心が痛くなる話ね」

 

「……?」

 

2柱が何を悲しそうな顔をしているのかはユキは分からないが、今はとにかくリヴェリアの話を聞く。ロキとアストレアの反応に、リヴェリアも苦々しく頷いていた。どうやらこれは悲しいお話らしい。

 

「結局私達は暫くの間はそのダンジョンを攻略する事が出来ず、20階層に辿り着いたのは果たして何年後の事だったか。私達はそこで漸くユキを見つける事が出来た訳だ。……大樹の頂上で苦しみ叫び続けているユキをな」

 

「きっつ……」

 

「ユキは大樹にヘファイストス・ファミリアに寄贈した筈のあの2本の剣で無理矢理自分を縛り付けていた。結局、全人類の浄化などという馬鹿げた行為は、ユキ自身が人柱になって行われていた事に過ぎなかったのだ。スキルによって超再生する体力と精神力を注ぎ込み、他者の精神の改善と大樹の維持を行い続ける。それによって生じる苦痛にユキが耐え続ける限りは、人類救済の為の機構は動き続けるという訳だ」

 

「……その代償は、何かしら」

 

「等価交換として、他者の精神の改善と同時に、自身に精神の悪化が付与される。しかし別のスキルによって自身に恒常的な洗脳を行う事で、どれだけ苦痛に喘ごうとも他者の精神の改善は続けられる。加えて不老の効果があるが故に、放っておけば殆ど永久的に活動を行える。そしてそのエネルギーの財源となるのは地下のダンジョンだ。事実その数年の間に世界中の犯罪率は殆ど0まで低下した」

 

「すごい、そんなことが……」

 

「ユキ?」

 

「ひっ!ご、ごめんなさい……!」

 

思わず口走ってしまった言葉に、アストレアが見せたこともない様な凄まじい形相で睨み付ける。

当然だ、それは人類の浄化と同時に、世界中の不浄を自身に1点集中させているという事に過ぎないのだから。いくら恒常的に働き続ける機構となったとしても、その様な穢れを溜め続ける動きをしていればいつか必ず限界は来る。より大きなしっぺ返しとなって、必ず……

 

「……待って、もしかしてユキが大樹に縛り付けられていたのは」

 

「ああ、ユキは恐らくそれすら見越していた。完全な自身の拘束に、洗脳による無抵抗、加えてスキルによって人類と敵対する場合に自身のステータスを大幅に下げる効果を有していた。……つまり、限界が来て世界に悪影響を及ぼし始めた時、簡単に人類に殺される事が出来る様にしていた。ダンジョン内のモンスター達は全て闇属性に弱かったからな、限界状態になれば自然とダンジョン内のモンスター達も死滅していた筈だ」

 

「……本気で全部を捧げるつもりやったんか。命どころか、魂まで。もう2度と生まれ変わる事も出来んことを承知で」

 

「むしろ1人の犠牲で人類全てを救えるのなら安いくらい、そうは思わない?ユキ」

 

「そうですね。私もそう思います、アストレア様」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……あれ?」

 

完全にアストレアに嵌められたユキが全員に睨まれる。判明した、こいつはそれが出来るのなら今直ぐにでも同じ事をするかもしれないと。リヴェリアと話したばかり故に今は選ばないかもしれないが、必要に迫られれば当然のようにその選択肢を取るのだと。つまりリヴェリアの話した世界の話も、条件さえ揃えば普通に有り得た事だと証明されてしまった訳だ。他ならぬユキ自身のこの反応によって。

 

「……リヴェリアちゃん、ありがとう」

 

「ほんまようやったわリヴェリア」

 

「まあ、結局その時は私がこの手でユキを殺した。その時点ではまだ魂も取り返しの付く段階だと連れて行ったロキが確認したからな、完全な手遅れになる前に……」

 

「……あの、一つ聞いていいですか?リヴェリアさん」

 

「なんだ、ユキ」

 

「私って、その、何回くらいリヴェリアさんに最期をお任せしたのかなぁって……」

 

「……全てを覚えている訳ではないし、体感ではあるが、3割程度は私だな。3割はベル・クラネルやアイズを含めた他者の手。残りは逆に世界が滅ぼされた場合や黒龍によって殺されたりと諸々だ」

 

「普通に死ねんのかユキたんは」

 

「それは流石に酷くないですか、ロキ様」

 

どの世界もリヴェリアにとっては間違いなくトラウマ級の出来事であった事は間違いないが、一つだけリヴェリアが確信しているのは、ユキに精霊の力を与えてはいけないと言う事だ。

エレボスに与えられた役割に加えて、ユキ自身の意志の強さ、そしてスキルによって変質し易くなっている神の恩恵。これに強大な精霊の力があれば、そもそもの親和性と受容量の多いユキはそれによって自身の存在すら書き換える神力に近い力を行使する事が出来る様になる。

全ては偶然だ。

偶然の積み重ねによって出来ている。

この血と身体に生まれなければ。

エレボスが役割を与えなければ。

アストレアが恩恵を与えなければ。

クレアの精霊を取り込まなければ。

この条件は決して満たされる事はなかった。

 

「……ユキ、お前は精霊の胎児を取り込んでいたな。それについては本当にもう大丈夫なのか?」

 

「えっと、本当に何もないですよ?私自身何か変化もありませんし、取り込んだ力もクレアの時と比べれば本当に僅かな物ですし」

 

「……ユキ?一応言っておくけれど、元々クレアの精霊の力はクロッゾに匹敵する物だったのよ?それにあれだけの膨大で濃密な死者の念が加わった存在と比べたら、どんな力も欠片でしか無いわ」

 

「う〜ん……」

 

「ちなみにやけど、その僅かってどれくらいなんや?体感的に、それこそ割合的に」

 

「……許容量の2割くらいでしょうか。クレアの時は12割くらいでした」

 

「……判断に困るわ」

 

「まてロキ、騙されるな。おかしいのはユキだ。普通の人間が精霊の胎児を取り込んでみろ、即座に取り込まれて怪物化する代物だぞ」

 

「リヴェリアさんは時々酷いです……」

 

まあ、今は何を言っても誰も分からない。

前例が無い故に神々でさえもはっきりと分からない未知だ、これ以上話しても結果は出まい。

とにかく、ユキがLv.7となって、リヴェリアがLv.7になった。今はそれで十分だ。……いや、まあ問題はこれっぽっちも解決はしていないのだけど。

 

「あ、そういえばリューさんが神会に向けた私のレベルの対処法について色々と考えて下さっている筈です。かなり前から考えて下さっていたので、もしかしたらもう良い方法を思い付いているかも……」

 

「はぁ……まあいい、取り敢えずそれをユキの方から聞いておいてくれ。私は彼女に避けられている様だし、ロキはそもそも接点がない、女神アストレアもまだ彼女と会う訳にはいかないのだろう?」

 

「そうね、ユキにお願いするわ」

 

「が、頑張ります……」

 

「……?ユキたんは何をそんなに震えとるんや?」

 

「ぜ、絶対に怒られる……今度こそ叱られます、間違いないです……」

 

「「「…………」」」

 

自分以外にもユキを叱ってくれる人間が居たことに対する喜びより、それに関する嫉妬の方が大きかったリヴェリアは、一度2人の関係について調査する必要があると考えたそうな。


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