白海染まれ   作:ねをんゆう

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141.彼と彼女との対話

「……そうですか、少年君もLv.4に」

 

「はい……あはは、それにしてもユキさんもLv.7なんて凄いですね。初めて会った時はまだLv.4でしたよね?」

 

「この短期間で3つもレベルが上がった、それは私も少年君も一緒ですよ」

 

「……つまり、ユキさんもそれだけの事をしてきた、ということですか?」

 

「さあ、どうでしょう。私も少年君もステータスが上がり易い眷属である事は間違いないでしょうし」

 

その日、ベルは再びユキの元を訪れていた。

街を出歩き、ヘルメスやフェルズと出会い、その後なんとなく足が動いたのがこの場所。少し前に偶然出会い、彼女がここで入院しているということはベルも知っていた。

 

「……ユキさんは」

 

「はい」

 

「ユキさんはアステリオスさんを、倒したんですか……?」

 

「!……流石に聞こえていましたか、あんな浅い階層で戦っていたら」

 

「はい……」

 

ベルは今日までずっと訪ねたかったそれを言葉にする。

1階層でアステリオスに負け、エイナに介抱されながら、それでもベルは動かない身体をそのままに更に下層から聞こえてくる衝撃音に耳を傾けていた。

それを誰が奏でている物なのか、ベルにはよく分かった。

 

「……勝ちましたよ。今のところ、5勝1敗です」

 

「5勝1敗って……そんなに戦ってるんですか!?」

 

「私とアステリオスさんの戦いは、少年君とアステリオスさんの戦いとは違います。真剣では無かったなんて絶対に言いはしませんが、私と彼は好敵手ではなく競争相手です」

 

「好敵手ではなく、競争相手……」

 

「どちらが多くのモンスターを倒せるか、どちらがより活躍出来るか、そんな風に競い合った仲です。そしてあの時にした我慢比べでは、なんとか私が勝てました」

 

「………」

 

「……アステリオスさんの視線の先には、少年君しか居ませんよ」

 

「!!」

 

「彼は私を競争相手として見る一方で、更にその奥の何かをずっと目指している。それこそが少年君です。私とアステリオスさんは謂わば、互いに互いを夢の為に利用している」

 

強くなるために。

勝つべき時に勝つために。

敵の強さを知り、自分の物にしようと互いに目を向けているだけに過ぎない。

 

「勝てますか?私と競争をしている、アステリオスさんに」

 

「……勝ちます。次こそは、必ず」

 

「ふふ、男の子の顔をしていますね」

 

「もう、負けたくないんです。僕は強くなりたい。強く、在りたい」

 

「そうですか……」

 

ベルの顔は決死のものだった。

それほどに彼も、アステリオスを意識している。きっとアステリオスがそれを聞けば、大いに喜ぶだろう。人生最大の好敵手、互いにそれを認め合った時こそ、よりその関係は濃密な物になる。

 

「……私も、勝たなければならない人が居ます」

 

「ユキさんにもですか?」

 

「ええ、以前は色んな人の助けを借りてなんとか引き分けに持ち込みました。しかし、近いうちに彼女とは最後の決着を付けなければなりません」

 

「……負けたら、どうなるんですか?」

 

「私は死にますし、世界が滅びます」

 

「えっ!?」

 

「最低限、そうならないように相討ちには持ち込むつもりですけどね。レベルも上がってくれましたし、想定していたよりかは楽に戦えるでしょう」

 

ユキは本当に、まるでなんでもないようにそう言った。世界の命運を握る様な戦いを前にしているというのに、それこそベルがアポロン・ファミリアと戦う前よりもずっと自然な状態で。まるでそう、そんなことに慣れてしまっている様に。

 

「……ユキさんは、世界を守った事があるんですか?」

 

「ありますよ。ありますけど、当時はそんな大層な事を考えはしなかったです。少年君だって、ヘルメス様にあの矢を渡された時、そんな大層な事を考えて戦いましたか?」

 

「っ!アルテミス様の事を……!?」

 

「私は詳細までは知りませんが、なんとなく」

 

「……確かにあの時、僕は何よりアルテミス様の事を考えていました」

 

「そんな物なんですよ。世界なんて、何かのついでに救われる物なんです。私はこれから世界を救うために戦うのではなく、大切な姉を取り戻すために戦いに行くんです。世界なんてそのついでです」

 

「……そんな不真面目でも、いいんですかね」

 

「いいんですよ、そうでなければやってられません。むしろ世界より姉を救う為の方がよっぽど力を出せます。少年君だってそうでしょう?」

 

「あはは、確かにそうかもしれません。きっと世界を救う為なんて理由より、神様や、リリ達の為に戦う方が、何倍も力を出せる」

 

だってそれが人間なのだから。

人間である彼等に、神々の様な大きな視点で物事を見ることなど出来ない。世界の危機と言われても、実際にその世界を見るまでそれを実感する事は出来ない。だから自分の大切な人を守るために戦えばいい、ユキはそれをベルに教える。

 

「少年君はこれから先も、たくさんそんな事に巻き込まれると思います。私が予言しちゃいます」

 

「えー、困りますよ、そんなの」

 

「ふふ、でも大丈夫です。きっとその全部に打ち勝てます」

 

「……どうなんでしょう、ユキさんは助けてくれないんですか?」

 

「その時に私が加勢に入れるとは限りません。どころか、私が少年君の加勢に入れたのなんて黒いゴライアスの時くらいでしょう?だからあまり期待したら駄目かもしれません」

 

「ユキさんが居てくれたら百人力なんですけどね」

 

「私は裏方から密かに応援していますよ、少年君がんばれ〜って。けど、もし道を間違えそうになっていたら手くらいは差し伸べに行きます。もし全部を間違えてしまっても、私が責任を取って全部壊してあげます」

 

「な、なんか物騒ですね」

 

「リヴェリアさんに聞く限り、少年君は私との約束を守ってくれたみたいですからね。それくらいは当然です」

 

「?」

 

何を言っているのか分からないといった様子のベルに、ユキはベッドの隣の引き出しを開けて、中から一本のナイフを取り出してベルへと渡す。白く魔力の宿ったナイフ。魔剣では無い筈だが、何処か魔剣と似た雰囲気を感じる。

 

「私の魔法を宿したナイフです。元は椿さんの発案でまだ試作品の段階なんですが、少年君に差し上げます」

 

「い、いいんですか?」

 

「ええ、使い方は魔剣と変わりません。ただし、使う時にはくれぐれも気を付けて下さい。一度使ったら壊れてしまう上に、例えどんな相手であろうと一刀両断してしまう様な危険な威力があります」

 

「そ、そんなに凄いんですか……!?」

 

「オリハルコンは難しいですが、アダマンタイトの壁くらいなら切り裂けますよ」

 

「そ、それって大抵の武器や防具を破壊出来るって事ですよね……」

 

「だから気を付けて下さい。それを人に向けるということは、相手を殺す事を意味します。出来るならモンスターを相手に使ってくれると嬉しいです」

 

「は、はい、そうします……」

 

それからベルはそれを丁寧に鞄に仕舞い込むと、ゆっくりとその場を立ち上がった。ユキはそれに瞳を閉じて頷く。

 

「……僕、強くなります」

 

「ええ、見ていますよ。君はきっといつの日か、私よりも強くなって、私なんて霞んでしまう様な偉業を打ち立てる」

 

「そうなれるように、頑張ります」

 

「その意気です。さあ、行ってらっしゃい」

 

「はい……!」

 

彼等2人の間だけに伝わるものがあったのか、何処か満足した表情で部屋を去っていった彼を、ユキもまた満ち足りた表情で見送る。

ユキがベルに感じている感情はともかく、ベルも無意識のうちに感じていたことがある。まるで母親の様に見送る彼女の温もりを。

 

「……貴方はクラネルさんの母親ですか」

 

「あや、リューさん。来ているなら入って来てもよかったのに」

 

「あんな雰囲気の空間に入れるほど図々しく生きているつもりはありません。……それに、悪趣味ですが貴方達2人がどの様な会話をするのかに少なからず興味もありましたから」

 

「聞いた感想はどうでした?」

 

「クラネルさんが貴方に惚れる様な事は無さそうで何よりです」

 

「あはは、それは流石に杞憂ですよ」

 

「どうだか」

 

ベルが部屋から出て行ったのと入れ替わりになるように部屋に入って来たリュー。どこか疲れた様な顔をしているが、ユキからしてみれば、まあそれはいつもの事だとも言える。それくらいユキがリューに迷惑をかけているという事でもあるが、それも今更が過ぎた。

 

「どうやら神会が終わった様です」

 

「様子はどうでしたでしょうか」

 

「相当荒れた様ですね、今も帰り掛けの神々が色々と言葉を交わしていました。半分はクラネルさんの、半分は貴方の、リヴェリア様についても触れられてはいましたが、やはり主な話題はあなた方2人についての物でした」

 

「色々と知恵を貸して頂いて、ありがとうございました、リューさん」

 

「大した事はしていません、私は単に昔聞いた話を利用しただけです。……最も容易くレベルを上げる方法は、より強い冒険者を倒す事だと」

 

「闇派閥の手先であり、先日の闘争の際にもモンスターを操っていた黒衣の男を私とリヴェリアさんで倒した……理由としては十分ですね」

 

「嘘だとバレない様に神ロキは相当気を遣っていたようですが」

 

「ロキ様にもお礼を言わないといけません。……それに、名前を使わせて貰ったザルドさんにも」

 

今回の神会。

ユキが短期間でLv.5からLv.7にまで上がってしまった事を、どうにかして納得させる必要があった。それに相応しい理由が必要になる。だからこそ持ち出したのが、ゼノス騒動の際に現れた謎の黒衣の男。ザルドの剣を使い、あのフィン・ディムナを煙に撒いて闘争出来る程の存在。間違いなく当時のザルドと同等の力を有している彼を利用したのだ。

オッタルはザルドを倒してLv.7へと上がった、ならばユキとリヴェリアがLv.7へと到達した理由もそれで一応の説明は付く。加えてユキが深層からウダイオスを含めた大量の素材を持ち帰って来ていた事も彼のステータスを上げるに十分な理由となり、それはとんでもない強引なレベルアップを図ったという印象付けを行う事も出来た。

まあ代償としてユキ・アイゼンハートが"剣姫"と同じくらい頭のイカれた存在だと周知されてしまったという事はあるが、まあ強ち間違った事でもないので、気にするのは本人ばかり。故に上手くいった方である。同じ時期にベルがオラリオ内で相当に有名になっていた事もあって、話題を薄めることには成功していた。

 

「全く、クラネルさん達に協力していると思ったら、まさかダンジョン内で精霊と戦っているとは……そんなに人の想定外をする事が楽しいんですか?あなたは」

 

「その事はもう何度も謝ったじゃないですかぁ……」

 

「私は昨日も嘔吐が止まらず食事が喉を通りませんでしたが?」

 

「……ごめんなさい」

 

「貴方のその死に癖は死んでも治らなさそうですね、ちなみにこれは別名"馬鹿"とも言います」

 

「リューさんが段々厳しくなってます……」

 

「貴方がほんの1月でも大人しくしていてくれるのなら、私もここまでストレスを溜めなくて済むのですが」

 

「……あの、数日後に」

 

「聞いています、だから言っているんです、この馬鹿者」

 

「ううっ」

 

ボッコボコに言われ、落ち込む。

先程までのベルの前での姿が嘘の様だ。

落ち込むくらいならしなければいいのに。

してしまうから落ち込むのだが。

 

「……ユキ、ごめんなさい」

 

「え、な、なんでリューさんが謝るんですか。これは全部私の勝手で……」

 

「もし私がアストレア様との確執を取り除き、もっと早くレベルを上げる事が出来ていたら、私は貴方の加勢に入る事が出来た」

 

「!」

 

「速度なら自信があります。しかし、今の私では貴方の足しか引っ張れない。私は今それを、酷く後悔している」

 

「リューさん……」

 

リューはそれまでずっと密かに気にしていた事を打ち明ける。もしリューがアイズと同じレベルに達していれば、きっとユキが求める加勢が可能な冒険者の条件を満たせていただろう。そして同時に、ユキを1人にさせずに済んだ筈だ。全てはリューが今日まで何も変われていなかったから、変わらない事に甘えていたから。

 

「……待っていて下さい、リューさん」

 

「ユキ……」

 

「私、絶対勝って戻って来ますから。この戦いが終わったら、暫くは大人しくしようと思ってるんです。……リヴェリアさんにも心配をかけてばかりですし、私自身も少し疲れてしまいましたから」

 

「……本当に出来るのですか?信用できないのですが」

 

「あはは、リヴェリアさんにも同じ事を言われました。……ただ、私1人居なくてもこの街は大丈夫ですからね。暫くは何か起きても、この街にお任せしようと思うんです」

 

「……もし黒龍がこの街を襲って来たら?」

 

「それは流石に出ます」

 

「でしょうね」

 

「いえあの、流石にそれは仕方ないじゃないですか。リヴェリアさんやリューさんが出ざるを得ない事が起きたら、流石に私も着いていきますよ」

 

「……私の時にも、来てくれるのですね」

 

「?当然じゃないですか」

 

「当然、ですか……」

 

嬉しさはある。

けれど理解もしている。

リューは一つ溜息を溢してユキの側へと近寄った。可愛い後輩を虐めすぎるのも良くないだろう、彼がそう言うのなら信じるだけだ。自分自身もいい加減にケジメを付けて、彼に負けないほどに強くなればいい。置いていかれない努力をして、もし次に同じ事があったとしても、その時には隣に立てているように頑張ればいい。

 

「ユキ、私はもう行きます。暫くは会えませんが、必ず無事に帰って来なさい」

 

「は、はい……あの、リューさんはどこに?」

 

「私自身のケジメを付けに。アストレア様に会う前に、心の整理を付けておきたいのです。……ユキの先輩として、恥ずかしくない自分で居たい」

 

「リューさん……」

 

愛おしそうな表情を隠そうともせず、リューはユキの頭を撫でながらそう告げる。何か大切な事を忘れているような、けれどそれももうどうでもいいような。そんな思いを胸に、リューは目を細めてユキを見つめる。

 

「……いってらっしゃいです、リューさん」

 

「ええ、貴方もいってらっしゃい。ユキ」

 

名残惜しそうにユキの頬を右手でなぞり、そのままリューは部屋を出て行く。なんとなくその触り方がリヴェリアがいつもする様で、ユキは少しだけ顔を赤らめながらも手を振って見送った。

……そう、リューは早急にレベルを上げなければならない。否、上げなければならなかった。その理由はただユキの手助けが出来ないというだけではない、無かったはずだ。もう彼女の頭の中には、今はそんなこと残っていないかもしれない。今更レベルを上げたところで、それが解決されるとは限らない。

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