白海染まれ   作:ねをんゆう

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142.神会

「……って事で、ユキたんはLv.7になった訳や。"未完の少年(リトル・ルーキー)"……やなくて、"白兎の脚(ラビット・フット)"とおんなじくらい成長速度早いで。正直うちも呆れとる」

 

「はぇ〜、頭おかしい」

「あんな可愛い顔して剣姫並の狂犬かよ、すげぇな」

「にしてもまだゼウスの残し種があったとは」

「最近あの子"豊穣の女主人"で見ないと思ってたら、ダンジョン潜りまくってたんだな」

「あの2人のせいで各レベルの最速記録がボロボロに荒らされている件について」

「そろそろうちの子も泣くぞ」

「泣きたいのは"勇者(ブレイバー)"定期」

 

神会も終盤。

今神会において目玉とされていたベル・クラネルとユキ・アイゼンハートの報告は、まあ誰にとっても予想通り、波乱に満ちたものとなった。それこそ2人の主神がそれぞれにランクアップの要因となった事についての説明を求められる程に。

ロキもヘスティアもそれぞれに疲れた顔をして成り行きを見守っていた。

 

「ふふ、そう、もうそんな所まで。凄いじゃないロキ、これは私もうかうかしていられないわね」

 

「なんやフレイヤ、ユキたんはやらんぞ」

 

「別に貴女のものでもないでしょう、あの子は」

 

「っ」

 

「……?それはどういうことだい、フレイヤ?」

 

「あの子は"九魔姫(ナイン・ヘル)"のもの、という話よ、ヘスティア。忌々しい事にね」

 

「おお!ということはやはり"九魔姫(ナイン・ヘル)"は"白海の輝姫(ミルキー・レイ)"を襲ったのか!?」

「いやむしろ!もう手籠にされているということでは!?」

「もっと詳しく聞かせなさいよロキ!どうなの!?どこまでやってるの!?肉体関係はあるの!?」

「濃厚な百合は大歓迎だ!!薔薇もいいぞ!」

「抱けぇっ!!抱けっ!!抱けーーっ!!抱けーーっ!!」

 

「……フレイヤ」

 

「ふふ、いいじゃない。八つ当たりくらいしても」

 

やはりフレイヤは、アストレアがこの街の、それもロキ・ファミリアに居る事を知っていた。そして既にユキがアストレアの眷属に戻っている事も把握している様だった。

ロキは溜息を吐く。

ただ、されるがままのロキではない。

目には目を、歯には歯を、八つ当たりには八つ当たりをだ。

 

「そんで提案なんやけど、ユキたんの二つ名、考え直してくれへんか?」

 

「「「「っ!?」」」

 

ロキのその言葉に一帯が静まり返る。

あのフレイヤですら驚愕に目を見開いている。

当然だ。なによりフレイヤが直接名付けた二つ名が変更された事は、彼女の眷属以外ではそうそうある事では無かったのだから。それでもロキは言葉を続ける、至極当然な理由を述べて。

 

「なんかなぁ、イマイチ浸透しとらんのや。ユキたん自身も『あっ、そんな二つ名ありましたね』とから言うてたくらいやし。この際もっと分かりやすくて良い名前付けたってくれへんやろか?」

 

「なっ、なっ……」

 

ロキはニヤニヤとした顔を隠す事もなく提案する。それにまた疲れた顔をするのはヘスティアだ。フレイヤは明らかに動揺しているし、他の者達も自分がどう行動を起こせば良いのか困っている様に見えた。

今この場でフレイヤを差し置いて意見が出来る者はそうそう居ない。それこそ一部の、フレイヤを恐れる理由のない者以外には。

 

「はいはい!それじゃあ【白の英姫(シルク・プリンス)】なんてどうかな?」

 

「ヘルメス、却下や」

 

「酷いっ!」

 

「あー、それじゃあ【聖火の白光(ホワイト・ウェスタ)】とかどうだい?」

 

「黙っとれやチビ!何を自分の物にしようとしてんねん!」

 

「先に君がベル君にやった事じゃないか!僕はやり返しただけだい!」

 

「そう、それなら【美神の……」

 

「はいはい、二番煎じ乙。色ボケは黙っとけやフレイヤ」

 

まあ、そうなる。

そもそも真面目に考えている神も居らず、居たとしても自分の欲とか考えを押し付けようとしているのだから。

そしてロキはそれを目的としていた。

最初から自分の考えていた物を押し通す為に。

これは2回目である。

最初の時はフレイヤに負けた。

彼女はここにその時のリベンジをしに来たのだ。

 

「ほんならこれはウチの考えなんやけどー!」

 

「【愛染姫(アフィリア)】」

 

「え」

 

だというのに、刺された。今回ばかりは本当に、思いも依らぬ方向からロキは刺された。フレイヤでもない、ヘスティアでもない、本当に、何故ここでこの神物がという相手に。

 

「ファ、ファイたん……?」

 

「愛に溢れた今のあの子にピッタリだと思うの。そしてユキはこれからもっと沢山の愛に触れる事になる。むしろこれはそうなる事を祈るための名付けかしら」

 

「なっ、なっ、なっ……」

 

「ふふ、良いんじゃないかしら?愛に染まって、愛に染める、私は好きよ?」

 

「うっ、ぐうぅ……!」

 

「僕もヘファイストスの案が一番まともだと思うよ」

 

「俺も良いと思うぜ」

 

「ぬ、ぐぬぬぬぬ……!!」

 

悔しそうに拳を握るロキをニヤニヤと笑う。

散々他の神の眷属達の二つ名で遊んで来た罰とでも言うべきか、特にロキの答えを聞こうという雰囲気はその場からなくなっていた。

そしてロキ自身も、ヘファイストスのそれを悪いとは思わない。むしろあのヘファイストスが自ら他人の眷属の二つ名の意見を述べるという珍しい事が起きたのだ、これはもう飲み込むしかあるまい。……丁度つい先ほど決まったヴェルフの二つ名【不冷(イグニス)】を付けた際に軽くではあるが揶揄った手前、今のロキは余計に何も言えない。

 

「……【愛染姫(アフィリア)】でええわ」

 

「そう?良かった」

 

「ぐぬぬ、なんでファイたんが……」

 

もしかすれば今回が最後かもしれないユキの主神としての神会への出席。目的は果たせたとは言えこの大惨敗、ロキが悔しがるのも仕方なく、当然の話でしかなかった。

 

 

 

神会が終わり、丁度ユキがリューと別れた頃。ユキのランクアップの報告は街に流れ、神々だけではなく他の冒険者達にも知らされる事となった。そしてその話題は当然、ファミリアに密かに特訓を行なっていた彼女の元にも……

 

「ユキが、Lv.7……」

 

「あら、その様子だと貴女も初めて聞いた様ね、剣姫」

 

「……ザルドの、教え子」

 

「どうせそれも正体はユキよ。上手く取り繕ってはいたけれど、不自然な話し方をしてたもの、ロキ」

 

フレイヤ・ファミリア。

その拠点にてフィン達には内緒でオッタルに鍛錬を頼んでいたアイズは、疲労によって息を吐いていた所を、丁度帰って来たフレイヤによって呼び止められた。

 

「なんで、ユキはこんなにも早く……」

 

「必要とされているからよ」

 

「必要?誰に……」

 

「この世界に」

 

「世界……?」

 

フレイヤはそれ以上は答えない。

ただ、フレイヤもオッタルも知っている。

ユキがどうしてそれほどに成長速度が早いのか、そしてその代償にどんな運命を抱えているのか。ただで手に入る強さはない、強くなると言う事は即ち責任を持つと言うことだ。

 

「あの子が羨ましいかしら、剣姫」

 

「……はい、すごく」

 

「ならその代償に、生きている限り永久に安住の地を得る事が出来ないと言われても?」

 

「安住の、地……?」

 

「そう、あの子は生きている限り永久に地獄を見続ける。愛する人が出来ても、もう戦いたくないと願っても、それから逃れる事は絶対に出来ない」

 

「……そう、なんですか?」

 

アイズはフレイヤのその言葉に、確認する様にオッタルに顔を向ける。しかし彼の表情はそれを肯定していた。珍しく表情を表に出し、苦々しくも首を振る。

 

「……ユキ・アイゼンハートと会う度に、伝えている言葉がある」

 

「?」

 

「"俺はお前にだけはなりたくない"」

 

「!」

 

それは都市最強の男が発するにしては、あまりに弱気な一言。

 

「力は求めている、しかし戦乱を求めている訳ではない」

 

「それは……」

 

「故に我々は動かない。お前達(ロキ・ファミリア)で解決出来る事ならば、手を出すつもりもない」

 

「………」

 

「ユキ・アイゼンハートは、常に死と隣り合わせに生きている。それが愛すべき存在の為なら許容も出来よう。だが奴のそれは顔すら知り得ぬ他者の為の地獄だ、俺はそれを求めない」

 

そうまでしなければ手に入らない様な強さであるのなら、今の自分のままでいい。なぜ他に大切な人間が居るにも関わらず、知りもしない他者の為に命を張らなければならないと言うのか。別にユキとて聖人ではない、行きたくないと思う時だってあるだろう。弱音を吐く時もあるだろう。しかし運命はそれを許さないし、ユキが行かなければ間違いなく地獄は広がる。これは彼女の心の正しさに付け込んだ、醜悪な世界のシステムだ。少なくともオッタルはそう考えている。

 

「ゆっくりと強くなりなさい、剣姫」

 

「え……」

 

「他者の追い付かない成長は、孤独を生む。生まれた孤独は、心を蝕む。戻りたくはないでしょう?1人の世界に」

 

「っ」

 

「ユキの単独行動が増えているのは、全部それが原因。あの子を守れる人間が、あの子が頼れる人間が、この街においても徐々に減り始めている。あの子が強くなればなるほど、対処すべき問題は大きくなり、他の誰も着いて来れなくなる」

 

「だから、ユキはまた、1人で……」

 

大切な仲間も、大切な友人も、強くなるほど差は生まれる。それはユキだけの話ではなく、例えばベルだってそうだろう。最初は同じくらいの強さであった仲間達が、今では2〜3以上のレベルの差が付いてしまった。しかし彼の仲間達はまだ各々にしか出来ない特殊な技能を持っているだけマシだ、ベルも自身に足りない物をまだ補って貰っている段階。直接的な孤独感を感じては居ないだろう。

しかしユキはどうだろうか。

彼は孤独に慣れている、むしろ孤独な戦いを望んでいるまである。彼がオラリオに来る前に体験した集団戦というのは、その悉くが自分以外の弱い者達が犠牲になることを意味していた。故に心の底で、ユキの心の中には今もその時のトラウマが残っている。少なくとも自分より強い相手でなければ、心から安心して集団戦を行う事は出来ない。

……フレイヤの言う通り、最近のユキの暴走気味な行動の理由はそこにあった。アステリオスと共に深層へ向かう事を決めた理由も、彼が本気のユキと同等か、場合によってはそれ以上の力量を持っているからに過ぎない。嬉しくなってしまったのだ、安心して共に歩める相手を見つけた事に。

 

「……でもユキは、1人じゃない」

 

「1人よ、だって何よりもあの子と共に居ることを選ぶ人間は居ないでしょう?」

 

「リヴェリアがいる」

 

「九魔姫?何を言ってるの、あんなのは論外よ」

 

「……どうして、ですか?」

 

「だって本当にユキの隣に居たいのなら、今直ぐにでも自分もアストレアのファミリアに入ればいいじゃない」

 

「でも、それは、ロキに……」

 

「覚悟が足りていないのよ。英雄の隣に寄り添うという事は、そんな生易しい事じゃない。その人間の為に自分の全てを捨てても良い、その人間の為に自分の全てを預けても良い、それくらいの献身が無ければ英雄の孤独は癒せない」

 

「……リヴェリアは、幹部だから」

 

「代わりの幹部なんていくらでも居るのに、理由にならないわ。そんな半端な覚悟なら、その立ち位置を本当に求めている他の人間に渡すべきなのよ。今この一瞬でさえも、英雄達は凄まじい勢いで歩みを進めているというのに……どうしてあれほど呑気にして居られるのか、私は不思議で仕方ないわ」

 

その時アイズがフレイヤから感じた嫌悪感は、それまで見た事もないような凄まじい物だった。それほどに彼女がリヴェリアに対して悪感情を抱いている事は確かで、それほどに彼女がユキの行く末を憂いている事も確か。

そして彼女が言うには、リヴェリアの影に隠れて、ユキの為に全てを差し出す事のできる人間が居るという。しかしリヴェリアが既にその場所に居るが故に、変わる事が出来ない、立ち止まる事しか出来ない。そういう人間達が、他にも居る。

 

「……少し話過ぎたわね。オッタル、私は暫く部屋に籠るから誰も通さない様に伝えなさい」

 

「はっ」

 

「剣姫、九魔姫に伝えておいてくれるかしら?"ユキの隣を望んでいるのは貴女だけじゃない"って」

 

「……はい」

 

フレイヤの言葉に頷くアイズ。

とは言え、これを本当にそのまま伝えていいものか……

 

鈍いアイズとて、いい加減に彼等の関係については薄々と気付いている。年齢の差とか種族の差とかはあるだろうし、ティオネに言われた時には『そんなまさか……』と思ったものだ。それでもリヴェリアがユキに向ける目線は自分や他の者に向ける物とは違っていて、ユキもまた同様である。

そんな中でこれは、果たして本当に伝えていい事なのだろうか。アイズは困惑しながらも、結局は伝えるのだろう。このままではユキが本当に1人になってしまう、そう聞かされてしまった以上は。


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