白海染まれ   作:ねをんゆう

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143.更なる上昇

「すごい……すごいです!椿さん!ヘファイストス様!やっぱりお二人は最高の鍛治職人さんです!!」

 

「ふっふっふ、そうだろうそうだろう」

 

「まあ、流石に今回は私も苦労したわ。間に合って良かったけれど」

 

クノッソスへの突入作戦3日前、退院の許可を受けたユキは事前に治療院に届いていたとある報告を受け、ヘファイストス・ファミリアを訪れていた。

その報告の内容は、最早言うまでもない。

クレアとの決戦、その為にどうしても必要だった物。

それが完成したのだ。

 

「要望通り、2本の剣をこうして重ね合わせる事で大剣として扱う事も出来る。まあこれ自体はよくある物、そう難しくは無かったな」

 

「問題は貴方の魔法に耐えられるかどうかなのだけど……依代として使ったのは2つ。アストレアの血と、ヘルメス経由で手に入れたエレボスの力を宿した神器の欠片」

 

「そんな物があったんですか……?」

 

「まあ、あれで色々と世界中に種を撒いていたみたいだもの。ヘルメスがそれを細々と収集していたみたいで、今回の件を話したら快く分けてくれたわ」

 

「正義の女神と絶対悪の男神の神力を宿した剣とは、お主以外に使える物が果たしてどれだけ居る事やら」

 

「……早速、魔法を流してみてもいいですか?」

 

「ええ、試してみて頂戴」

 

手渡された2本の剣を持ち、ユキは全力で魔法を流し込む。Lv.7となり、魔法の出力自体もかなり強くなった。これに耐えてくれなければ、とてもじゃないがクレアとの決戦では使えない。正直な事を言えばいくらヘファイストスの作った剣とは言え、心配はしていたのだが……

 

「……!壊れない!それに凄く手に馴染みます!軽いというか、持ちやすいというか!」

 

「ふふ、やっぱり貴方の魔法は剣に宿った神力を活性化させる力もある様ね。それに相性もいいのかしら、魔力の伝導率も想定以上」

 

「ここまで持ち手と馴染む武器を作れたと思うと自分の事ながら誇らしいな。強度に関してもオリハルコンを使用している、滅多な事では壊れんだろうよ」

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!本当に!」

 

合格、どころか120点。

やはりユキと関わりの深い2柱の神力を混ぜ込んだからか、その武器はユキの魔法に耐えるどころか、むしろ増幅している様にも感じた。不壊属性等に通常の魔力は使わず、全てに神力を宿している。それ故にいくら魔法を使用しようとも決して剣自体の寿命は減る事なく、代わりに活性化された神力をそのまま出力に利用している。

つまり攻撃の全てに神力が宿っており、ユキが使う際限定の神器であるという解釈も出来るだろう。ヘファイストスとしては天界に居た時の様な神器を作っていた心持ちである。ユキの魔法と、根源に関わりのある2柱の存在があってこその武器だ。素材の事もあり、恐らく今後2度と似た様な物を作る事はないだろう。

 

「それじゃあ、これで約束通り契約は打ち切り。今後の収益についてはウチとロキの所で折半、本当にこれでいいのね?」

 

「はい、ヘファイストス様とロキ様には本当にお世話になりましたから。むしろ私の方がこれでいいのかと聞きたいくらいです」

 

「いいのよ。結局これを作っても数年後には黒字になる計算だし、むしろロキの方が頭を下げに来るんじゃないかしら?もう貴方に頭上がらないわよ?」

 

「ふふ、そんなに気にして欲しくはないんですけど……あ、そうだ、私の新しい二つ名もヘファイストス様が付けて下さったんですよね?ありがとうございました」

 

「ええ、どう?嫌じゃなかったかしら?」

 

「【愛染姫(アフィリア)】……まだ少し恥ずかしいですが、個人的にはお気に入りです」

 

「ふふ、それはよかった。ロキも色々考えて来てたみたいだけど、私もこの剣を作っていたら思い付いてしまったの。後はヴェルフを揶揄ったお返し」

 

「この前の件もヴェルフさん頑張ってたそうですね」

 

「ええ、本当に。また時間のある時にでも話を聞いてくれる?色々話したい事があるの」

 

「ふふ、是非」

 

「やれやれ、主神様の惚気を快く聞いてくれるのはお主くらいのものよ。ヴェル坊もとんでもない置き土産を残してくれた」

 

そうは言いつつも、笑みを溢して最後の調整を行った剣をユキに手渡してくれる椿。受け取ったユキは、それをしっかりと腰に付けた。2本の剣の尾の部分に付いた鎖もやはりあった方が馴染み深い、この感覚は7年前の世界に飛んだ際に何故か持っていた今は亡き"母の鎖"以来だろうか。

 

「剣の名は"最後の鎖(ラスト・チェイン)"。お主にとって最後の武器になる様にとの願いを込めた」

 

「私の、最後の武器、ですか……?」

 

「……私、ずっと思ってたのよ。貴方は根本的に戦いに向いてないって」

 

「!」

 

「そんなこと、手前とて見ていれば分かる。主は何事もなく平和に、こうして言葉を交わしている時が一番に幸せそうだ。役割でもなく、育ちでもなく、お主の生来の気質はそれなのだろう」

 

「強くなるのは楽しいかしら?ユキ」

 

「……嬉しくはありますよ、今は憧れもありますから」

 

「……そう。でも私達は、貴方がこの戦いで全てから解放される様に。そう願いを込めてこの剣を作ったわ。受け入れてくれるかしら?」

 

「……ありがとうございます。でも私、多分その期待には応えられないと思います。私自身の物語は終わっても、私以外の人達の物語は終わりませんから。本当の意味でこの世界が平和になるまで、私は……」

 

腰に取り付けた2本の剣が、それを肯定する様に鈍く光る。エレボスがそれを肯定している。終わらない、終わらせない、この世界を本当の意味で救うその日まで。

 

戦うことは、そんなに嫌いではなくなった。

強くなる事を嬉しいと思える様にはなった。

戦いたくはない。リヴェリアに言ったその言葉は確かではあるが、それを飲み込める事もできる様になった。

それだけで十分だし、それが何よりの救いとなっている。今更戦いから逃げることなど出来ないと理解している。この戦いが終わった後に変わるのは、それが自分の為の戦いであるか、世界の為の戦いであるか。それだけだ。

 

「……一応、貴方の為に他にも沢山の武器を用意しているわ。もう売れなさそうな物だったり、製品化した物の試作品だったり、失敗作だったり、そんなのばかりで申し訳ないのだけど」

 

「在庫処分、というものだな。どうせあっても役割を持てぬ物達ばかりだ、この際華々しい最後を飾ってやってくれ」

 

「本当に、色々とありがとうございます。きっと1本も残らずお返しする事は出来なくなってしまうと思いますが、きっと全部の力を引き出して見せます」

 

「ええ、期待しているわ」

 

仲間に恵まれた、友人に恵まれた。

故に、最高の力を、最大の力を出す事が出来る。何一つ言い訳の出来ない様な力をもって、確実にクレアを取り戻す。

 

決戦の日まであと3日。

今出来ることは……他に……

 

 

 

 

 

「全く、舐められたものねユキ」

 

「あァ、いくらLv.7になったとは言え、調子乗ってんじゃねぇのか?」

 

「考え過ぎだよ2人とも〜。……まあ、私も負けたくないんだけどね〜」

 

「あ、あの、どうして私までこの面々の中に……」

 

「それでは皆さん……お願いします」

 

ダンジョン5階層の広間、ロキ・ファミリアの幹部達がたった1人を相手に揃い踏む。

決戦まで残り3日に迫ったその日の夕方に、ベート、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの4人は彼に願われたのだ。

 

"体慣らしに付き合って欲しい"

 

ただそれだけの言葉を。

 

「後悔しやがれクソ女ァァア!!」

 

「だからユキは男だってばベートー!」

 

「どっちでもいいわよそんな事!!」

 

「ぜ、全然よくないですよね!?そこ大切ですよね!?」

 

「ふふ、どちらでも大丈夫ですよ?レフィーヤさん」

 

「え、いいんですか!?じゃあ女性でお願いします!!」

 

「テメェの方が深刻じゃねぇか馬鹿エルフ!」

 

「おりゃぁぁぁあああ!!!!!!」

 

隠されていたレフィーヤの欲望が吐き出された所で、ティオナがウルガを振り上げる。そこに手加減など無いし、会話の雰囲気に似合わない本気の一撃だった。それに驚いたのはレフィーヤだけではないし、体慣らし程度でまさかそこまでするとはベートすらも想像していなかったらしい。それに唯一驚かなかったのは……ユキだけだ。

 

「ーーーーーっ」

 

「うっそ!?止められた!?」

 

「っ!レフィーヤ!魔法唱えなさい!」

 

「ええ!?いいんですか!?」

 

「むしろテメェにそれ以外の何が出来んだ!手加減すんじゃねェ!!ぶっ放せ!!」

 

「は、はいぃぃい!!」

 

顔色一つ変える事なくティオナのウルガを受け止めたユキを見て、ティオネとベートが雰囲気を変える。手加減一つ考えない、ベートが最高速で走り寄る。弾かれたティオナの影から、ティオネも攻撃を仕掛けた。

 

「るォラァッ!!」

 

変則的な連続攻撃。

ベートとティオネは口喧嘩はしても、戦闘における相性は悪くない。どころか互いに(基本的には)手数を重視するタイプ、戦闘経験も豊富で2人が同時に連携を行えば容易くそれを潜り抜ける事は出来ない。……出来ない筈。

 

「う、嘘でしょ!?」

 

「これが、Lv.7……!」

 

「涼しい顔しやがって!!」

 

「撃ちなさい!レフィーヤ!」

 

「は、はい!アルクス・レイ!!」

 

近接戦闘型のLv.6を3人も前にして、二本の剣で捌き切る。時々地面や壁に向けて撃ち込まれる鎖はユキ自身を思いもよらぬ方向へと動かし、飛び道具として使われ、障害物にもなり得た。レフィーヤが放つ渾身の魔法はその悉くを避けられ、防がれ、撃ち落とされ、障害の一つにもなっていないことを理解させられる。

 

「ああもう!鎖鬱陶しい!なんでこの鎖こんな変な動きして飛んでくるの!?」

 

「それもユキの魔法よ!近くに来た瞬間に叩き落としなさい!」

 

「ラァアッ!!」

 

「っ」

 

「馬鹿ゾネス共!やれ!打ち上げたァ!!」

 

「「こんのぉぉおおお!!」」

 

渾身の連撃、ベートがガードの上から打ち上げたユキに向けてティオネとティオナが追撃を仕掛ける。いくらユキとは言え、空中に浮かせてしまえば無防備。当然ユキが付与魔法によって空中を飛び回る高速移動を会得している事は知っていたが、だからこそレフィーヤがそれの対策の為に彼等の背後で範囲魔法攻撃を待機させている。その状態になったユキは格段に防御力が低下する、レフィーヤが魔法を放てば必ず隙を見せる。……その筈だった。

 

「うおりゃぁあああ……ってユキ!?」

 

「そんなのあり!?」

 

「テメェはマジでどこまで人間辞めるつもりだ!オラァ!」

 

「流石にそれは酷くないですかベートさん!?私だって傷付くんですよ!?」

 

アマゾネス姉妹の追撃を、ユキは少し後ろに下がる事で回避する。行ったことはそれだけだ。問題はただ、ユキが空中に普通に浮いているという事実だけで。

 

「ど、どどっ!どう考えてもそれはおかしいです!ユキさん!!」

 

「レフィーヤさんまで!?」

 

「そんなの絶対付与魔法で説明なんて出来ません!高速移動で空を飛ぶくらいならまだしも……って、私はそれもまだ納得してませんからね!!」

 

「レフィーヤがキレた!」

 

「そりゃキレるわよ!どういう原理でやってるのか説明くらいしなさい!ユキ!……というか平然と空中に立ってる時点でおかしいでしょ!」

 

「ぶっ飛ばされてぇか!!」

 

「なんでこれにそんなに怒るんですか!?そんなに気にすることじゃないですよね!?」

 

「よし殴る!」

 

「レフィーヤ撃ちなさい!全力よ!遠慮無しよ!」

 

「はい!撃ちます!ヒュゼレイド・ファラーリカ!!」

 

「ちょっ、崩れます!ダンジョンが崩れます!ジャガーノート出て来ちゃいますからぁ!!」

 

「何言ってんだが知らねぇが、テメェは一回死んどけ!!」

 

「ひどいっ!?」

 

もう剣や高速移動を使っている訳でも無いのに当然の様に空を飛び始めたユキに、レフィーヤの怒りが爆発する。ついでにダンジョンも爆発する。アイズだって確かに付与魔法を使用している時には飛んでいるが、あれは風の付与魔法だからと一旦は納得できるものだ。しかし光の付与魔法で浮いているのはおかしい、どう考えてもおかしい。いくらLv.7でも好き勝手やり過ぎである、ユキの魔法についてはレフィーヤは以前から疑問を抱えていたというのに。

 

「殴れ!落とせ!足の一本くらいぶった斬ってやれ!」

 

「レフィーヤ!遠慮なくやんなさい!今ユキに怪我をさせておけばまた暫く治療院に閉じ込めておけるわよ!」

 

「ヒュゼレイド・ファラーリカァァァアア!!!!!!!!」

 

「なんでそんな急に出力が上がるんですかぁぁああ!!!」

 

最大威力の範囲攻撃、触れれば爆発、隙間を縫う様な3人の追撃。決して広いとは言えないダンジョン内で逃げ場はそう多くない。

 

「ひっ、"母の心音(ゴスペル)"……!」

 

「なっ!?私の魔法が!?」

 

「テメェ!まだ隠してやがったなチクショウ!」

 

「今度はこっちから攻めます!!」

 

「なっ、大剣!?あんたそんなの使って……!」

 

「ちょ、待って!?これって!?」

 

故に、ユキはその猛攻を退けるために2つの手札を切った。魔法を打ち消す魔法"平穏の園(エデン・オブ・アタラクシア)"、そしてより攻撃力を増したザルドの剣撃を元に改良を加えた剣技。レフィーヤの魔法を消し飛ばし、ウルガを叩け付けようとしたティオナをむしろ力で打開する。

それまで手数で攻め立ててきたユキの突然のスタイルの代わり様に4人は困惑し、同時にその剣撃に見覚えを得た。忘れるはずもない、それこそ数日前。あのミノタウロスと共に現れた黒衣の男。

 

「あの時のクソ野郎はテメェだったのかァァア!!!」

 

「嘘ぉ!?ユキってばほんとに何してたの!?って事はフィンを倒したのって……」

 

「ユキィィィイイイイイ!!!団長に手あげるなんて良い度胸してんじゃなぁぁあああい!?!?!?!?」

 

「どんだけ滅茶苦茶やってるんですかユキさぁぁあああん!!!!」

 

「あ、やば……」

 

そして気付くのが遅れてしまった、そういえばこれは隠さなければならない事だったという事を。もう今となっては何の問題もないとは言え、こんな物を見せれば直接それを見ていた彼等なら気付かないはずもないというのに。

 

「ち、違うんです!これは……!」

 

「「「反省しろ(しやがれ)(して下さい)!!」」」

 

「ごめんなさぁぁあいっ!!」

 

とは言え、ベート達から何より腹が立つのは、これくらい申し訳なさそうにしているユキがこの場に居る誰よりも強いということ。こちらがどれだけ怒って攻撃を仕掛けても簡単に捌くし、向こうの攻撃は避けるのが精一杯。レベルは1つしか離れていない筈なのに、何がこうも違うというのか。剣の振り一つにしても持ち主の表情や雰囲気とはあまりにかけ離れているという程の密度があり、必死さというか、恐ろしさというか、圧を感じるのだ。その一振りに込められている、染み付いている、ユキの執念が、まるで影の様になって宿っている。

 

「っ……」

 

その剣技を完成させるために、どれほどの密度を重ねたのか。明らかに長く使い古した技ではなく、短期間で作り上げた粗が目立つ。しかし極限状態で完成させたという事が明らかに分かるそれが、受ける者にとってはむしろ恐怖すら感じるのだ。狂気を感じると言ってもいい。まともな人間じゃない、まともな思考じゃない、強さを得る為の執着が尋常ではない。

 

(……ここまで、狂ってやがったか)

 

そう思わずにはいられない程の物だ。

こうして打ち合ってみれば、なんとでも分かってしまうのだ。これほど短期間でここまでの力を手に入れた要因の欠片という物を。そうせざるを得なかった地獄の片鱗という物を。

 

「っ、魔剣……!」

 

「いい加減、寝てやがれッ!!」

 

「【剣光突破・壁(ソード・ウォール・プロミネンス)】」

 

「なっ」

 

「【白染(ホワイト・アウト)】

 

「ちょ、まっ!?」「えっ!?」

 

勝ちたい、強くなりたい、強者でありたい。

ただそう思い続けている者と、ただそうせざるを得ない者。その中でも格別に、生きているだけでそれを求め続けられる者。

ベートはヒシヒシと感じている。

明らかに行き過ぎている、その変化の恐ろしさを。


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