白海染まれ   作:ねをんゆう

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144.抜け

ロキ・ファミリア本拠地。

闇派閥との決戦2日前を迎えた昼頃、リヴェリアは自身の部屋の中で彼女にしては珍しく箪笥の中身をひっくり返したりと、騒がしく、そして派手に動いていた。

周囲の団員達もそれに気付きつつも何も言わない、邪魔はしない。彼女にはそれだけをする理由があり、皆もそれを知っていたからだ。

今彼女は自分に出来る事を必死にやっている、むしろあの日からずっとこうして忙しなく走り回っている。

 

「まだやっているのかい?リヴェリア」

 

「フィン……」

 

そんな彼女に話しかけられるのは、彼しか居なかった。付き合いが長く、大抵のことは気軽に話す事が出来る彼くらいしか。

 

「順調がどうか……というよりは、ユキのために用意出来る物を可能な限り集めているといったところかな。もっとも、実際に順調では無い様だけれど」

 

「……分かっているのなら邪魔をするな、あと2日しかないんだ。今更私が居なければ回らないという事もそうはあるまい」

 

「そうだね、アキやラウルもよく動いてくれている。助けを乞われたレフィーヤも、今必死になって働いているところさ」

 

「そうか、いよいよ私達も代替りの時期かもしれないな」

 

「……あまり興味が無さそうだね、リヴェリア」

 

「……なんだ、嫌味を言いに来たのか?だとしたら後にして欲しいのだが」

 

「いいや、僕はここに大切な話をしに来たんだよ、リヴェリア。それこそ今の話に関わりのある事をね」

 

「なに?」

 

酷く真面目な顔をしてそう言うフィンに、リヴェリアも流石に作業の手を止める。彼がこうして2人での会話を求めて来たのはいつぶりだろうか。……しかし、ふと周りを見渡せば打ち捨てられた物だらけ。ここは話すのに適さないだろう。

 

「……場所を移すか?」

 

「いいや、ここでいいよ。むしろここの方が、今の君の現状が分かりやすい」

 

「………」

 

勝手にソファに腰掛けたフィンに対し、リヴェリアもその向かい側に座る。笑える類の話では無い、けれど闇派閥に関する様な話でもない。何となくでも長い付き合い、それくらいはわかる。

 

「先ず、これを見るといい。アイズからの手紙だ。君が居なかったから僕が代わりに受け取っておいたよ」

 

「ああ、そうだったか。すまないな」

 

「僕の話云々の前に、一先ずそれを読むといい。僕もアイズからのその手紙を読んで少し考えを改め直したからね」

 

「アイズからの手紙で?」

 

てっきりリヴェリアは、フィンに“幹部としての自覚が足りていない"と注意されるのだと思っていたのだ。リヴェリアとて最近のユキへの入れ込みよう、そしてファミリアへの態度は幹部として不適格であると自覚していたし、最低限の仕事はしていたとは言え、そう言われても仕方がないと理解していた。

しかしここで出て来たのはアイズの手紙の話。

一体どう言う事なのか。

フィンは自分に何を言いたいのか。

 

……そんなリヴェリアの疑問は、アイズから送られてきたその手紙によって氷解する事となった。正しくはアイズからの手紙に書かれていた、女神フレイヤの言葉によって。

 

「"ユキの隣を望んでいるのは貴女だけじゃない"」

 

リヴェリアは思わずその言葉を反芻する。

なぜアイズがフレイヤと関わる事になったのか、本当にアイズは一体どこで何をしているというのか、そんな事に思考を割く余裕も無い。

その言葉がリヴェリアの心に、頭に、思いのほか深く深く突き刺さっていたからだ。その言葉だけでなく、アイズが詳細に綴っていた女神フレイヤのリヴェリアに対する批判でさえも。

 

「……だが、だがこれは」

 

リヴェリアとて分かる。

女神フレイヤが言いたいのは単純、『何故ユキ・アイゼンハートをただの人として見ているのか』。

加えて言うのであれば、『ただ負担を掛ける様な人間は隣に立つべき人間として相応しく無い、今直ぐにでも身を引け』。

これに尽きる。

 

「ユキの単独行動が増えている理由に関する考察、恐らくそれも間違っていない。実際、僕はもうユキに負けているし、この都市において彼以上の実力を持つ者は既にオッタル以外には存在しないだろう」

 

「……私達は、既にあの子が頼る対象ではないと、そう言うのか」

 

「ユキ自身はそう考えていなくとも、無意識にそう感じているんじゃないかな。隣に立つ相手ではなく、守るべき対象にされてしまっている。悔しいけどね」

 

もうユキは、自分達が守らないといけない相手ではなくなっている。むしろ自分達の方がユキに守られる側になっている。そしてだからこそ、そこでフレイヤの言葉が効いてくる。何故そんな風に自分達すら守られている分際で、彼をただの人間扱いし、負担をかけているのかと。何故彼のために全てを捧げて支えようともしないのに、側に居座っているのかと。より相応しい人間は他にも居るのに、そこに座りたい人間はいくらでも居るのに、と。

 

「……フィン。居るのか、私の他にユキの隣に立ちたいと願う人間が」

 

「それは、探せば居るんじゃないかな。それこそオラリオの外には、ユキが救った人々がいくらでも。それに最も危惧すべき相手は、君が一番よく知っている筈じゃないのかい?」

 

「……"疾風"」

 

リヴェリアとて、警戒はしていた。

ユキの浮気を疑う訳ではない。

しかし、ユキが襲われる危険性を考えて。

その中でも彼女は、ユキと最も仲が良く、最も警戒すべき相手だと認識している。そして彼女がアストレアの眷属の先輩として、ユキのことを酷く気に入って、気にしている事は確かだった。甘々に甘やかしているという事だって勿論知っている。加えて彼女は他でもないエルフ……ユキの魅了の効果が影響している可能性だって考えてはいた。

 

「それで、どうするんだい?リヴェリア」

 

「どうする、とは……」

 

「ユキの隣、誰かに譲るのかい?確かにユキの隣に立つ人間は、それくらい彼に尽くせる相手の方が良いと僕も思うよ」

 

「ゆ、譲る訳がないだろう!!譲る、訳がない……そんなことは、絶対に、しないが……」

 

だからと言って、今の自分がユキに相応しい人間かと言われれば、それはまた別の話だった。その問いに対して十分な自信を持って頷く事は今のリヴェリアには出来ない。つい先日、ユキと少しの喧嘩の様なものをしてしまい、その時に彼に向けて思わず嫌味の様なものを口にしてしまったリヴェリアには。

 

「……私、は」

 

相応しい人間になれる自信もなかった、出来るとも思えなかった。もう100年以上も生きている自分が、そこまで考え方や思考を変えられるだろうか。何より、口ではどう言っても結局ユキ以外のものを捨てる事が出来ずに居る半端な自分を勝てる事が出来るのだろうか。リヴェリアの指が震える。

 

「……リヴェリア、これは僕からの提案なんだけれど」

 

「?」

 

「そろそろ自由になってもいいんじゃないかな?」

 

「自由に……?」

 

そうして言われたフィンからの提案は、リヴェリアにとってはイマイチよく分からない物だった。しかしそれは兼ねてよりフィンが気になっていた事でもあったのだ。

 

「思ったんだよ、僕が自身の目指す英雄としての在り方を考え直した時に。ガレスは既に存分に戦いを楽しんでいる。僕の夢も、まあ嫁探し以外は順調だ。けれど君の夢はどうだい?最初に誓い合った3人の中で、君だけが未だにその夢を叶えられていない」

 

「それは……だが、その為に今はレフィーヤを」

 

「君はもう、自由になってもいい」

 

「!」

 

「確かにレフィーヤはまだ未熟だけれど、新たな友人を得ながら確かに成長を始めている。幹部達も既にLv.6、僕達に追い付き始めた。アイズだってもう子供じゃない。仲間達と共に精神的に成長し始めて、最近だとベル・クラネルと懇意にしているそうじゃないか。まだそういう感情は無いかもしれないが、もう君が守らなければならないほど子供じゃない」

 

「………」

 

「君はもう、自分の人生を歩み始めてもいいんだ。自分のしたい事を、し始めてもいい。……覚えているかい?ユキが最初にこのファミリアに来た時に、僕達幹部の仕事量が明らかにおかしいと指摘してくれた事を」

 

「……ああ、今や懐かしくも感じるが、覚えている」

 

その時は珍しくユキが怒り、強引にリヴェリアの仕事を手伝い始めた事を思い出す。最近ではユキの方が忙しかったりホームに居なかったり気絶している事もあり、なかなか肩を並べて執務をこなす事は無くなったが、あれも今では良い思い出だ。

 

「……ああ、そうか。私はユキと、そういう関係で居たかった筈なのに」

 

いつの間にか、戦闘、争い、スキル、ステータス、そんな物に目を取られて、何気ない日常の幸福に慣れてしまっていた。その幸福を噛み締める事が出来なくなってしまっていた。

もしかしたら、今よりあの頃の方がユキの事を見る事が出来ていたかもしれない。今のリヴェリアはユキの事を見れているつもりになって、その癖、自分の知っているユキ以外から目を逸らしているのではないのかと。そう思ってしまった。

 

「とは言え、流石に女神フレイヤの言うように君をアストレア・ファミリアに移す訳にはいかない。今直ぐに君をオラリオの外に出す事も、残念ながら出来ない」

 

「それは理解している」

 

「だから僕は、君を幹部から外そうと思う」

 

「!」

 

「これも流石に色々と根回しが必要になるから、今直ぐの話では無いんだけどね。ただ君は何でもない1人の団員として、むしろ普通の団員よりも自由な立場で、必要な時にだけ力を貸してくれればそれでいい。それを認めてくれる程度には、団員達からの人望もある筈だ」

 

「だが、それでは私がこのファミリアを利用しているようで……」

 

「散々君を縛り付けて来たんだ、数年くらい利用し返しても問題ないさ。……というより、むしろ本当にユキの事を思うのなら利用していた方が都合がいいんじゃないかな?ここまで言っておいてなんだけど、僕達も結局は君の力を借りる必要がありそうだしね」

 

「……それはまた、随分と格好の悪い台詞だ」

 

「自覚はしているよ、ただ君の力が僕達にはもう少しだけ必要な事もまた事実だ」

 

つまりそれが、今フィンがリヴェリアのために出せる最大の条件。それは決して駆け引きではなく、戦友として、そして友人としての、感謝と思いやりだ。それが分からぬリヴェリアではない、そして今はそれを受け入れないリヴェリアでもない。

 

「分かった。その提案、ありがたく受け入れさせて貰う。私自身、ユキとの今後の関わり方について考え直す必要があると思っていたんだ。……今以上に、ユキの隣に居るために」

 

リヴェリアは頷いた。

少しずつ、ファミリアから離れる決意をした。

冒険者から、離れる決意をしたのだ。

そんな彼女にフィンも頷く。

 

「……ああ、そういえば」

 

「ん?」

 

ここで一旦話の区切りが付いたと思い、早速立ち上がってユキのための作業を再開しようとしていたリヴェリアへ、フィンが思い出したかの様に声をかける。

事実、忘れていたのだろう。

これも聞いておこうと思っていた物を、危うく。

 

「ユキのこと……というよりは、これはリヴェリアのユキに対する捉え方、考え方の話なんだけれど」

 

「うむ」

 

「……結局、リヴェリアはユキをどうするつもりなんだい?英雄として育て上げるのかい?それとも、以前に言っていた様に神の恩恵と英雄としての資格を奪って、ただの1人の少年に戻すつもりなのかい?」

 

「………え」

 

「………?」

 

けれどそんなついでのつもりだったフィンの疑問は、彼が想像していた以上にリヴェリアの心を揺さぶった。

頭から抜けていた。

むしろ、考えるのを避けていた。

意識していながら、その問題を遠ざけていた。

まるでそんな表情をしているリヴェリアに、フィンは厳しい顔付きをして座り直す。

 

「……まさか、考えていなかったのかい?」

 

「……」

 

「君は以前に神ウラノスの前で言い放ったそうじゃないか、ユキを英雄になどやらない。いつか絶対にユキから恩恵も英雄の資格も奪い取ると」

 

「だが、ユキが、英雄に、憧れて……」

 

「ユキの思うままに進ませるのであれば、君が隣に居る必要性がない」

 

「っ」

 

「君が思う、君がありたい、君がしたい事をユキに伝えなければ……ユキは自分の考えた通り、それこそ、自分に与えられた役割通りにしか進まない。それは君が一番良く分かっている筈だ」

 

否定したくなかった。

ユキが憧れたといったそれを、否定して、嫌われたくなかった。それに真っ向から反対して、喧嘩をしたくなかった。肯定するのは楽だった、それを応援しようとすれば嬉しそうな顔をしてくれるから。……だから自然と、最初に抱いていた筈のその気持ちに、その願いに、蓋をしてしまっていた。

 

けれど気持ちを伝えるということは、必ずしも喧嘩になる訳ではない。リヴェリアのそれは言い訳だ。だってもしユキから英雄の資格を剥奪する事が出来るのであれば、その役割を奪う事が出来るのであれば、ユキはもう強くなる必要も戦う必要もなくなるのだから。ユキがいるからこそ生じる災厄はなくなり、ユキは将来起こるであろう厄災を前狩りする必要もなくなり、本来の時、本来対処すべき者達がそれを処理する元の状態に戻るだけ。

少し考えれば分かる筈なのだ。

ユキは確かに英雄に憧れたが、彼はそもそも戦う事を望んでいない。その英雄への憧れという物も、そもそもユキがこれから先も戦い続ける事に必要なモチベーションであり、言っては悪いがベル・クラネルの方がよっぽど強い憧れを持っている。きっといざ戦う必要がなくなればユキはそれを諦めるだろう。それがそこまで強い思い出はないということは、リヴェリアとて薄々と分かっていた筈なのだ。

 

「……リヴェリア、君はもう一度ユキと向き合うべきだ。ユキを英雄にするにせよ、凡人に戻すにせよ、彼の隣に立つ以上は、彼の道を君は見続け、共に考え、ユキが英雄故に思い付かない、否、思い付くことが出来ない道を提示し続ける義務がある。分かっている筈だ、リヴェリア。彼は放っておけば……英雄にしかなれない」

 

それ以上は何も言わず、それ以上は何も答えは帰って来ず、一度瞳を閉じたフィンはリヴェリアを1人にする為に静かに部屋を後にする。

ユキは放っておけば、英雄にしかなれない。

その言葉がリヴェリアの頭に残って離れない。

ああ、そうだろう。

英雄としての役割を持たされたユキは、リヴェリアが何も言わずに彼の思うがままの道を進ませていれば、彼はきっと英雄になる。むしろ、もとより持っていた自身の気質も、それまでの人生で受け取った想いや願いも全部塗りつぶして、英雄になってしまう。

 

『今この一瞬でさえも、英雄達は凄まじい勢いで歩みを進めているというのに……どうしてあれほど呑気にして居られるのか、私は不思議で仕方ない』

 

フレイヤはそう言った。

英雄達は今この瞬間にも、英雄となるための道を歩いている。呑気にしていられる時間など何処にもない。ほんの少し目を離しただけで、彼等は自分達の全く手の届かない場所に行ってしまう。自分で考えた、自分だけの道を、歩んでいってしまう。けれどそれは滅亡だ、ただ1人で考えて歩んだ道の先には破滅しかない。だからフレイヤは言うのだ。誰かが隣を歩まなければならない。そして隣を歩くその人間には、僅かな一瞬さえも現を抜かす暇などない。……ファミリアなんぞの事に構っていられる時間など、これっぽっちも存在しない。と。

 

「……ユキは、ユキは何処にいるっ!!」

 

リヴェリアは立ち上がる。

僅か2週間程度目を離しただけで、あれほどの事に巻き込まれ、レベルすら上げていたユキ。あの日以来、リヴェリアはユキとまともに話せていない。話してはいても、少しぎこちなくて、互いに互いの準備のために別行動が多かった。それは今でさえも、そうだった。

 

「ユキ……!!」

 

もしかして今ユキに必要なのは、ユキの決戦のための準備をする事ではなく、彼の側に居てやる事では無かったのか?こうして色々と忙しなくしていたことも、結局はユキから逃げるための言い訳ではなかったのか?そう考えてしまうと、もう、心の底から自分を嫌いになってしまいそうだった。

 

「リヴェリア!大変!ユキが……!」

 

 

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