白海染まれ   作:ねをんゆう

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少しですが出来たので、また少しずつ投稿していきます……


146.大喧嘩

その夜、ロキ・ファミリアの一室からは珍しく言い争う様な声が響いていた。

普段ならばそんな者達が居れば団員の誰かが止めに入るし、そうでもなければ幹部達が強引に止めに入る。しかしどうも、今日ばかりはその様子がない。彼等が決して居ないという訳では無いのだ、むしろ彼等はそれを周りで見ている。見ているけれど、入り込めない。なぜなら言い争っている2人が、それこそ珍しいという言葉では片付けられない程に珍しい2人だったから。この2人の間にどう割り込めばいいのか、そんなこと今同じ様にそれを呆然と見ているロキやフィンですら分からない。

 

「何度も言ってるじゃないですか!今回だけは駄目です!絶対に駄目です!いくらアストレア様のお願いでも聞けません!」

 

「これはお願いじゃないわ、ユキ。私は貴方に連れて行きなさいと言ってるの、肯定以外は求めてないわ」

 

「本当に危険なんですよ!?逃げられる所なんて無いんです!私だって守れる自信なんて少しも無いんです!」

 

「守る必要なんて無いわ、貴方の力も借りない。それにタナトスが何も考えずに付いてくる訳ないもの、私にはその監視をする義務がある」

 

「タナトス様がアストレア様を襲う可能性だってあるんですよ!?そんな危険な事させられません!」

 

「良い加減にしなさいユキ!1人で死ぬことになるかもしれないのよ!?そんなこと絶対に許さない!貴方に1人で死地に行かせる事なんて!そんなの絶対に認めないわ!」

 

「アストレア様にはまだリューさんが居るんです!もしアストレア様まで居なくなったらリューさんはどうするんですか!」

 

「貴方が居なくなってもあの子は終わりなのよ!だったら私は少しでも貴方が死なない様に動く!これだけは絶対に譲らない!」

 

 

「「「「……………」」」」

 

あのアストレアが言い争っている。

あのユキが怒鳴りあっている。

あまりにも信じられない目の前の光景に、リヴェリアも口を挟む事が出来ない。これが幹部達が居る場であっても、その幹部達も凍りついた様に目の前の状況を見ているだけだった。

 

……2人はよく似ていた。

ユキはアストレアを慕っていたし、アストレアもユキを自分の子供の様に育てていたから。だからこそ、2人はよく似た。けれど似たからこそ、どちらも本当に大事なことについては絶対に自分を曲げる事のない、非常に頑固な所があり、時々こうして衝突する事がある。

実際、ユキとアストレアがこうして口論になるのは今日までも決して無かったという事ではないのだ。確かに数は然程多い訳ではないが、それでもあった。その度に長く硬い意思が打つかり合い、最終的には第三者にもたらされた第三の選択肢に落ち着く事になる。それも若干ではあるがユキが折れる形で。やはり元となったアストレアの方が強いのかもしれないが、見ている限りでは今回ばかりはその限りではないらしい。

 

「絶対に連れて行きません!」

 

「それなら勝手に付いていくだけよ」

 

「駄目ったら駄目です!絶対に駄目です!なんで進んでそんなに危険な所に行こうとするんですか!!」

 

「貴方が危険な所に行くからよ!もう絶対に私の子達は死なせない!私の見ていない所でなんて、もう嫌なの!」

 

「私だってアストレア様が私のせいで危険な目に遭うのはもう嫌なんです!もう何回そうして天界に還りかけたのか分かってるんですか!?諦めて下さい!」

 

「諦めないわ!」

 

「諦めて下さい!」

 

「絶対に行くから!」

 

「絶対に駄目です!!」

 

 

「あーあー、これもう収集つかへんわ……」

 

実際、どちらの言い分も分かる。

ユキが他の誰も連れて行きたくない、それこそリヴェリアすら連れて行きたくないという様な強大な敵。そんな存在との戦場に恩恵の無い人間程度の力しかないアストレアを連れて行きたくないというのは至極当然の話だ。

一方でそんな相手と戦うというのに、ユキを1人だけ送り出すというのはロキでさえ抵抗感があるし、別に遠く離れた場所から見守るくらいなら問題ないのではないかとも思う。タナトスも付いていくとの事なのだから、実際離れていれば大丈夫という見積もりがあの神の中にもあるのだろう。

 

「なあユキたん、離れた場所から見守るくらいならええんやないか?」

 

「……クレアの分身体は25階層から30階層までを打ち抜く様な魔法を使いました。だとすれば本来のクレアが使う魔法の規模は」

 

「ああ……山一つ消し飛びそうやなぁ」

 

「どころか、アナンタからオラリオ近くまで影響させる程の超広域魔法を放つ可能性も私は想定しています。実際リヴェリアさんの見た世界の私は似た様な事をした様ですし」

 

ユキの言葉にリヴェリアは顔を歪ませながらも頷く。精霊の力に人間の負のエネルギーを吸収させたそれは、本当に凄まじい力を発揮する。神力に届き得ると言ってもいい。それはリヴェリアが誰よりもよく知っている。

どんな方法を取るにせよ、ユキの想像は決して間違ったものではないだろう。つまり戦いの余波すらも地上を揺るがす様なものになるのは確実だ。

 

「……な、なあ、それほんまに今開けるん?別にこっちが終わった後でも、それこそ封印を解く方法なんて別に一つじゃないやん?」

 

「ロキ、あれは謂わば爆弾なの。例えばタナトスがあれをオラリオの地上で解放すれば、たとえ半分の力でも即座に数千人規模の死者が出る。タナトスから奪えるのなら一番良いのだけど、相手もそれは理解してるでしょうし」

 

「そもそも、封印の話が嘘って可能性もあるやろ?ユキたんには悪いけど、タナトスから無理矢理奪い取った後、クレアたんの復活を諦めるとか、半分ずつ倒せばええやん?」

 

「片方だけを開ければ、不完全が完全を求めて周囲の生物に手当たり次第寄生し始めると思います。あのヴィーヴルもそういった経緯で誕生したのでしょうし、人間に寄生したらどうなるのかなんて想像したくもありません。特に私が近くに居たら、クレアは喜んで入ってくるでしょう。既に2割ほど埋まっている今の私です、次もまた耐えられるとは限りません」

 

「というかそれは私が絶対に許さん」

 

「それに、神器の封印も永久に続く訳では無いのよ。……もう一つ決定的な話をするのなら、今こうしてユキがクレアと戦う状況が整理されている。これはただの偶然じゃない」

 

「……つまり?」

 

「……私がクレアの問題を解消する事が、将来的に最も被害が少なく済む選択という事です。後世の人間がそれに直面するより、今私が向かい合った方がずっと犠牲は少なくて済む。それがアイゼンハートという役割ですから」

 

ロキが自身の額をつねりながら考え込む。

どうにかしてこの状況を打破出来ないか。

何か別に良い方法はないか。

2人の説明を纏めて一つ一つ分解しながら思考を進めていく。

 

恐らくタナトスの封印は、ある。

しかしそれはそれほどに質の高い物ではなく、恐らく蓋に仕掛けをした遠隔で解除出来る様な機械的な物。タナトスは別に封印に関わる神ではないのだから、所詮はその程度の代物であると考えるのが自然だ。

そう考えればタナトスから奪い取った後に蓋の仕掛けをどうにかすればいいだけの話ではあるが、彼は仮にもあの闇派閥の頭である。封印どころか神器ごと破壊する様な仕掛けを施していてもおかしくない。やはり神器に直接触れるのはリスクが高いだろう。

 

(だとすれば次に考えるべきは……)

 

半分の解放は仕方ないと割り切って対処するという方法だ。例えば待ち合わせ場所でタナトスを襲撃し、解放と共に撤退する。襲撃は撤退速度の速い探索者がいいだろう。そうなればクレアが寄生出来る存在は周囲のモンスター程度しか居なくなる。あとの処理は街の冒険者全員で行えば良い。……ただそうなると問題は、クレアがタナトスに寄生した場合だ。仮にも神であるあの男に、半分とは言え神に匹敵する力を持つクレアが寄生したらどうなるか。最悪の最悪が起きても不思議ではない。

 

いや、そもそも、もしオラリオを本当に破壊したいというのであれば、さっさとクレアの力を使えばいい筈だ。例えば17階層のゴライアスにでもクレアの半分を寄生させれば、オラリオはそれだけで尋常ではない被害を受ける事になる。

 

「……なるほど、そこでユキたんか」

 

「?」

 

そこでユキの存在が出てくる。

仮にどんな階層主にクレアを寄生させたとしても、仮に地上で解放させて複数の人間に寄生させてそれなりに犠牲を出す事は出来ても、最終的にはユキが居る限り解決されてしまう可能性が高い。そうならなくとも、クレアのもう半分は今ユキとリヴェリアが持っている。それを使えば実際ユキの犠牲だけで大抵の事はどうにか出来てしまうというのは、ユキとクレアを理解しているタナトスならば容易に想像出来る事だ。

だから何より、最初にユキを殺す必要があった。ユキさえ始末してしまえば、ユキさえ失敗してしまえば、自ずとオラリオを含めたこの世界はクレアによって壊滅する。クレアを使って世界を破壊するには、先ずユキを殺す事が前提条件になる。

 

(……いや、ちゃう。前提なのはユキたんが死ぬことやない、居らんことや。つまりユキたんがオラリオに居る事そのものがタナトスに対する牽制になっとる。だとしたら今回の話は)

 

「なあユキたん。仮にタナトスが偽物の神器を用意して来たとしても、ユキたんなら判別出来るん?」

 

「それは問題ないと思います。私がクレアを間違えるとは思えません」

 

「そんなら、例えばタナトスが何らかの方法でクレアたんを更に分けとったとしたら?そんでも完全に見抜けるんか?」

 

「!……完全な量の把握までは、難しいかもしれません。例えば5:5から5:4+1に分けられたとして、1が抜けている事にまで気付けるかは自信がありません」

 

「アストレアならどうや?アストレアは一瞬でも見とるんやろ、タナトスが持っとるクレアたんが入った神器を」

 

「……そうね、アナンタでの一瞬だけだったけれど、見分ける自信はあるわ。ううん、見分けてみせる」

 

「そか、そんならアストレアはユキたんと同行すべきやな」

 

「な、なんでですか!?」

 

「タナトスがウチ等との決戦にクレアたんの一部を持ち出してくる可能性があるからや。たとえ1割でも、ウチ等にとっては脅威にしかならんからな。そこはユキたんが責任を持って、クレアたんの全部を対処して貰わんとあかん」

 

「……それ、は、そうですけど」

 

ロキにそこまで理詰めされてしまえば、いくらユキでも頬を膨らませながら頷くしかない。一方でアストレアは上機嫌だ。一応タナトス対策にアストレアにも護衛を付ける事は後で考えるとして。

 

「問題はもう既にタナトスがクレアたんを使った半精霊を作っとる場合やな。クレアたんの分身体は他の精霊より強いんやろ?どうにかならんやろか」

 

「……それは一応対処できると思います」

 

「ん?なんかあるん?」

 

「私の魔法で作り出した光の液体を振り掛けるんです。そもそもクレアの為にあるような魔法なので、触れるだけで鎮静化させる事が出来ると思います。個体によっては多少理性が戻る可能性もありますし」

 

「魔法の液体て、保存出来るんか?」

 

「例えばレフィーヤさんの光魔法を私の魔法で変質させれば、所有権はレフィーヤさんのままですから、レフィーヤさんの魔力で存在を維持する事は可能な筈です。……ただ、仲間に振りかけるのだけは危険なので注意して欲しいです」

 

「え、どうなるんそれ」

 

「……戦闘中なのに安堵感と幸福感に満ち溢れてしまいます、非常に危険です」

 

「こっわ!薬物やんけそんなん!」

 

「い、言わないで下さい!私だってなんとなくそう思ってたんですから!というかそもそも思念を癒すための魔法なんです!人に当たった時のことなんて私は知りません!」

 

「逃げたなユキ……」

 

まあユキの危険薬物を製造する魔法のことは置いておくとして、これならば十分に対応することはできる。そして同時に、ユキが今回クレアの事を対処するというのは確定だ。タナトスが仕組んだ何かがアストレアにバレて逃げ出したりすれば話は別だが、タナトスも馬鹿ではない。恐らく結果的にはユキをクレアとの決戦に仕向ける様に策を巡らせているだろう。彼にとってはそっちが本命と言っていいのだろうから。

 

(ただそれは、タナトスにとってもほんまの賭けやな。そんでもこっちを取ったんなら、タナトスの見積もりやとユキたんが負ける可能性の方が高いっちゅうことになる)

 

しかしタナトスが知っているのかは分からないが、エレボスが話したというアイゼンハートという英雄の役割を考えるに、ここでユキがクレアを対処するのは間違いなく正解だ。……むしろ、クレアを対処出来るのはユキ以外に存在しない。リヴァイアサンにアルフィアがトドメを刺したように、ベヒーモスにザルドが喰らい付いた様に、クレアという精霊を打ち倒すにはユキという存在が不可欠な様にロキは感じている。

 

「……結局、こんだけ色々と考えても、最後はユキたんを信じる以外にええ方法は思い付かんかったわ」

 

「ロキ様……」

 

「ほんま、下界は退屈せんなぁ。……もしクレアたんを倒して帰ってきたら、ユキたんほんまの英雄やで?ザルドとかアルフィアとか、それとおんなじくらいの偉業を成した事になるんやからな」

 

「!!」

 

「当たり前やろ?これは実際それくらいの難易度の話や。ユキが対処してくれへんと、『ゼウス』『ヘラ』が居らん今、クレアは下界にとって最大級の絶望になる」

 

だからもう、腹を括るしかない。

互いに互いを信じるしかない。

この世界の平和に更に一歩進む為には、この2つの件を同時に進めるしかない。

 

「ま、大丈夫や、アストレアの護衛にはウチの自慢の門番を付けといたるから。せやからユキたんは思いっきり戦ってき、そんで絶対生きて帰って来るんや。……ま、一回くらい負けても大丈夫やろ。今度はウチ等と一緒にリベンジすればええんやから、な?」

 

「……ありがとうございます、ロキ様」

 

それでもまだ納得はしていないらしいユキの頭をロキは撫でる。

本当ならばアイズを貸し出したい、けれどアイズが居ない状態で闇派閥と怪人達を打ち倒す事は絶対に出来ない。仮にアイズが居ない場合、作戦が失敗する可能性が高いのはユキの方ではなくロキ・ファミリアの方だ。感情では動けない。

 

「アストレア……頼むで」

 

「ええ、その為に私が行くんだもの。正直どんな形になるのかは想像も出来ないけれど、絶対に連れて帰るわ」

 

明日の昼までにユキは体調と荷物を整えてオラリオを出発する。どうせならタナトスが本当に何も考えておらず、ユキとクレアの戦いを見たいだけならばいいのにと、ロキはそう思わずには居られない。


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