白海染まれ   作:ねをんゆう

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149.ラストアウト

最初に弾けたのは、光だった。

 

ーーーーーッッ!!!!

 

「アストレア様!!」

 

「まだよマルク君!……これはまだ、攻撃なんかじゃない。ただ封印が解かれただけ」

 

「そ、それだけでこれほどの余波が……!!」

 

森の中央部に巨大なクレーターが発生し、凄まじい魔力と瘴気の嵐が吹き荒れる。土煙と多くの破片や草木が飛び交う中、のっそりとその向こう側で起き上がる巨大な影が1つ。

 

「あれが……!」

 

「……ええ。穢れた精霊、その成れの果て」

 

「へぇ、前見た時以上だね。色々と」

 

それは正しく、穢れているという言葉が相応しかった。

目にしただけで、存在を認識しただけで、マルクの心が激しく揺らされる。恐怖、嫌悪、憎悪、そういった負の感情があまりに強く呼び起こされる。神であるアストレアでさえも顔を歪め、予期していた筈のタナトスでさえも冷汗を流しているほどの負の存在。

人が人を憎み、人が神を憎み、そうして生まれた究極の否定存在。人も神も恐怖する。なぜなら彼等を否定するためにそれは生まれたのだから。彼等を滅ぼす事こそが存在意義なのだから。だから……

 

【yu...ki...】

 

「……ユキちゃんだけじゃなくて、クレアちゃんも大概だよね」

 

「……」

 

「普通、あそこまで負のエネルギー溜め込んでたら自我なんて吹っ飛んで本能のままに殺し尽くすだろうに。あんな姿になってもユキちゃんだけしか見てないんだからさ。あの子も十分異常だよね」

 

【yukiyukiyukiyukiyukiyukiyukiyukiyuki!!yukiiiiiiiii!!!!!!!!!】

 

「「「っ!!!」」」

 

より一層濃い瘴気が放たれる。

心が侵食される。

タナトスも、アストレアも感じていた。

距離を取っている筈なのに、神である自分達の精神までにも影響を与えている。汚染をして来ている。存在自体が対神特攻。放置しておけば、もしこの場でユキまでも取り込んでしまえば、地上だけではなく天界までも滅ぼし得るかもしれない。

神々でさえも汚染されるというのに、ただの人間であるマルクがそれに耐えられる訳がない。元々強靭な心を持っている彼でも、限度はあった。今にもこの苦しみに耐えられず暴れてしまいそうになる。今すぐこの場から逃げ出したくなってしまう。

……そんな彼等を救ったのは、言うまでもなく。

 

「っ、この光は……」

 

「なるほど。全力のユキちゃんは、ああなるんだ」

 

「……やるのね、ユキ」

 

【緑白心森(ミルキー・フォレスト)】

・自身の精神に超耐性の効果。

・対象の精神に改善の効果。

・エルフに対する魅了の効果。

 

クレアの放った瘴気による精神汚染の効果を、このスキルによって改善する。とあるエルフとの絆によって生まれたこのスキルが、彼自身を守り、彼の周りの者達を守り、彼女さえも救う緑の波動を放ち魅せる。

 

【愛想守護(ラストガーディアン)】

・守る対象が多いほど全能力に超高補正。

・死に近いほど効果上昇。

・上記の条件下において早熟する。

 

一撃が容易く死につながるこの環境の中、守る対象は世界の全て。今ほどこのスキルが効果を発揮する事もないだろう。否、むしろ今日この日のためにこのスキルは発現したと言っても過言ではない。力の差を埋め、引き上げる。戦うための舞台に、相手が立っているその場所に。

 

【愛染の英雄(アイゼンハート)】

・死が遠ざかる

・愛される程に全能力に高補正。

・愛する程に全能力に高補正。

 

ああ、愛されているとも。

ああ、愛しているとも。

自覚しているとも。

身に纏う輝く白の光が、それを誰より物語っている。

 

「月並みだけど、まるで天使だね」

 

「……勝ちなさい、ユキ!」

 

そこから始まった戦闘は、正に神話の時代に起きた大戦争を思い出すに値する。人の領域を容易く超えた、仮に数千年時を遡ったとしても、その一撃一撃に匹敵する物がどれほどあったか分からない。

既にレベルいくつに値するほどの力を得ているのか分からないユキに対し、それすら塗り潰さんとばかりの魔法を放つクレア。

持ち込んだ100本近くの十分な質の剣は、単なる武器という役割だけでなく、剣そのものの寿命をエネルギーに変えて更にユキを強化している。

 

剣達を引き連れて飛び回るユキに対して、高速詠唱どころではない、最早聞き取ることすら困難な詠唱で極大の消滅魔法を放つクレア。しかし一方でそんな魔法をただの光の一振りで容易く引き裂き、難を逃れるユキ。

彼の背後にあった山だけが消し飛び、更に荒野は広がった。

 

……もしかしなくとも、クレアもまたユキと同じようにアストレア達を敢えて標的にしていない。そちらに攻撃が行かない様に、恐らく無意識であろうが、ユキの分かりやすい位置調整に付き合っている。そうでもなければ、何故この状況で今こうして生きていることが出来るだろうか。

 

「っ、また……!」

 

「あーあー、これじゃあ地図の書き換えが必要だね〜」

 

「なんという……!」

 

更に森林の一角が消し飛ぶ。

大きく抉られた大地には塵の一つも残らない。

いくつもの尾を引く眩い流星の様に凄まじい速度で動き、極大の威力を持った白の斬撃を放ち続けるユキに対し、仮にここがダンジョンであれば何回層打ち抜いているのか分からないほどの巨躯を持ったクレアが、その大きさに見合わぬ反応で只管に魔法を放って追い詰める。

正に極大魔法の雨霰。

59階層でロキ・ファミリアが経験したいくつもの精霊による魔法があったが、あれを遥かに超える威力の魔法が超高速詠唱+重複詠唱によって無限に近い魔力貯蔵から撃ち続けられているのだ。

 

ユキとクレアは次第にアストレア達が居る位置から逆方向に向けて移動し始めるが、そちらの方向の土地は本当に酷い有様になっている。

緑だったものは赤茶けた凹凸に変わり、残っていたとしても焼けていたり溶けていたり腐っていたり。魔法によって宙から岩石や炎矢、雷が延々と降り注いでいるせいで空の色は真っ赤に変わり、ぽっかりと空間に空いた穴からは止めどなく黒い液体や赤い液体が流れ続ける。

一度息を吹く様な真似をすれば見上げるほどの獄炎の柱が広大な壁の様にそそり立ち、突然何かを叫んだかと思えば今度は空から知覚できない速度で凝縮された光が柱となって堕ちてくる。

 

……正直、マルクにはもう何も分からない。

何が起きて、戦況はどうなっているのか。

そもそもあの災嵐の中で本当にユキは生き残っているのか、それすら信じることが出来ない。

ただ攻撃が続いているということは終わっていないということで、自分達の精神が安定しているということは守られているということ。稀に光る小さな閃光が恐らくユキであり、今のユキもまたあの中で生き残れるほど規格外の存在になっているということだ。

 

ここに来て漸く理解が出来る。

なぜユキがあれほどこの戦いに他人を寄せ付けるのを嫌ったのか。どうしてあれほど厳しい条件を満たさない限り戦力にはなれないと断言したのか。

仮にロキ・ファミリア全員がこの場に居たとしても、仮に都市中の冒険者が一堂にここに集ったとしても、それはきっと意味がない。丸ごと焼き払われて、生き残れるのは極々僅か。その極々僅かの中でも上澄みだけしか、前に立つことは許されない。

 

(アイズさんでも……うっ!!)

 

飛んで来た岩の破片をマルクは咄嗟に持っていた大楯で叩き落とす。痺れる腕、垂れる冷汗、何とか反応出来た。

しかしその程度なのだ。

マルクではこんな小さな余波の対処だけで精一杯。

 

……きっと、3大クエストとはこういうものだ。

ゼウスとヘラの両陣営が壊滅した理由。

あれほどの力を持った者達が敗れた理由。

言葉で説明できるはずもない。

見ても分からないのだから。

はっきりしているのは、ロキ・ファミリアでさえ未だこの場に立つに相応しい資格すら持てていないということ。

 

「……!ユキ!!」

 

「おっと、あれは少し不味いかな」

 

アストレアとタナトスが同時に何かを察する。

それまで凄惨な破壊を行なっていた全ての魔法が消失し、ようやく目視できた白い光が静止する。動かなくなったのはクレアも同じだ。

 

「い、いったい何が……」

 

「空間を遮断したのさ」

 

「空間を、遮断……?」

 

「空間に壁を作って自分ごと強制的に閉じ込めた。ただ目的は動きを封じるというより、強制的に対面で向き合わせることだろうねぇ」

 

「……そうなってしまうと」

 

同じ様に遮断された空間の中にあった30本近くの剣を回し、驚異的な密度で魔力を凝縮させていくユキ。一方で向かい合うクレアもまた爛れた両手の間に空間が捻じ曲がって見えてしまうほどの何かを作り始める。

 

「逃げるわよマルクくん!」

 

「こ、こちらへ!!」

 

「あーあー、塵も残らないでしょあんなの」

 

予め馬車を隠しておいた巨大な岩裏に隠れ、更に大楯を構えてアストレアを隠すマルク。その裏にタナトスも勝手に入ってくるが、最早何も言うまい。

 

ーーーー!!!!!!

 

炸裂する白と黒の奔流。

これだけ離れているにも関わらずその余波だけで立っている山の3割ほどが消失し、岩陰に隠れていた筈の3人の身体を浮かせた。崩れ始めた岩砂の間を抜けて、なんとか形だけは保っていた馬車の側に身を隠す。先程の余波の影響で連れて来た馬が2匹とも命を落としていた。もし隠れる場所を予め決めておかなかったら、自分達もまたああなっていた筈だ。

 

「ユ、ユキは……!」

 

「……っ!!」

 

果たしてここに来てからマルクは一体何度目を張った事だろうか。見る物全てが常軌を逸しており、僅かなことですら予想も想像も出来やしない。

互いの大技をぶつけ合った後、砂埃や煙すらも吹き飛ばした結果、目を開けたところで残っていたのはあまりに広大な陥没痕。ここが木々の生えていた森林地帯であったとは、最早それを確認したはずのマルクですら思えず、確かに対面に存在していた小高い山々も消え失せていた。荒野の地平線、決して現界してはならない最悪の光景。

 

「呆然としてる場合じゃないんじゃない?出力が足りてないんだからさ、撃ち負けたのはユキちゃんの方だよ」

 

「なっ!」

 

考えてみれば当然の話だ。

なぜこちらではなく対面側の方が被害が酷いのか。

それは向こう側にいたユキが押し負けたから。

必死になって彼の姿を探す。

しかしタナトスのその言葉に反して、未だ輝く白い光は容易く見つけることが出来た。……つい先程見たものより、光の強度を遥かに落とした姿で。

 

「……どうして?」

 

「アストレア様……?」

 

動きを止めた白い光……そもそもこういう場合を想定してマルクは2つ分の双眼鏡を持って来たが、彼の分はいつの間にかタナトスに取られてしまっている。故に彼はこれまでステータスによって底上げされた自身の視力のみでその全てを観察していたが、あまりにユキとクレアが遠くに離れてしまったため、ここからではユキの姿を殆ど捉えることは出来なかった。

だから分からない、アストレアが何に疑問を抱いているのか。そして本当にユキはまだ大丈夫なのか。マルクには分からない。

 

「タナトス!」

 

「はははっ、知らないよ俺だって。前提なんかもうぜ〜んぶ引っくり返ってるし」

 

「アストレア様、一体何が……?」

 

神妙な顔をしたアストレアは俯きながら双眼鏡をマルクに手渡す。彼がそれを覗き込み白の光の方へ目を向ければ、そこには半透明の黒色の球体に閉じ込められたユキの姿があった。怪我は大したことはない、疲労もそこまで酷そうには見えない。ただその球体を中から叩き、攻撃を放っても壊すことが出来ないことに酷く困惑している様だった。

……間違いなく、閉じ込められている。

 

「拘束されています!助け出さなければ!」

 

「いやぁ、無理無理。あれを壊せる奴なんて、今この世界だとそれこそ黒龍くらいなんじゃない?」

 

「それは、どういう……」

 

「……空間封印系の魔法、つまりさっき使用した空間遮断系の魔法と同じ性質を持った封印術。封印に特化させた分、更に強度を増してる。遮断から封印への流れは、一部の神々が使う常套手段なのよ。それをどうしてクレアが」

 

「そもそも、空間そのものを破壊出来る様な特殊な力を持ってないと、空間封印どころか空間遮断からも逃げられないからさぁ。まあ卑怯だよねぇ。神同士で争う時にも、対策は必須みたいな奴だし」

 

「それではもう……っ!」

 

それでもう終わり、なんてことは決してない。

閉じ込められたユキに対して近付いてくるクレアに、一本の光り輝く剣が飛来し、爆発する。爆発に規模はそれ一つで爛れたクレアの皮膚が弾けるほどの物だ。そしてその直後、クレアをあらゆる方向から取り囲む様にして、剣達が牙を剥く。

 

「うん、まあ、そうするしかないよね。中から開けられないなら、外から攻撃して、魔法の継続を邪魔するしかない」

 

【Kiiiiiィィィィイイイイイ!!!!!!!】

 

残っていた大凡70以上の剣による一斉爆破。

元より防御力が高くない(ユキ目線)クレアの身体は、それによって十分なダメージを受けている様に見える。

爛れ溶けた悍しい女性の死体の様な上半身に、様々な生物の下半身を無理矢理混ぜ捏ねてくっ付けた様な、視界に入れるだけで吐きそうになる様な姿をしているが、その中に例えば龍の様な鱗は存在しない。

爆破するたびに青色の皮膚は弾け、中から紫色の体液に濡れた肉が見え、粘性の高い血液をその場にボタボタと垂れ落とす。悲鳴は封じ込められた事でユキのスキルの効果が届かなくなってしまったのか、タナトスも含めた3人の精神に影響を与え、全員が耳を塞ぎながら唇を噛み締めて自我を保つために必死になる。

 

そうして全ての剣を爆破し終えた頃には、クレアの身体は元より更に目を背けたくなる様な姿になっていた。

焼け焦げ、抉れ、崩れている。

そして一方でユキもまた狙い通りに封印から解除され、地面の上に膝を突いていた。

 

……否、膝だけではない。

両手を突いて、明らかに苦しそうに呼吸をしている。

 

「……相当、消費させられたわね」

 

「魔力切れ、ですか」

 

「要となる武器を消費する以上、加減が出来なかったのかな。もし失敗したら、今度こそ本当に出られなくなる訳だし」

 

脱出のために両手に持つ2本以外の全ての武装を使い果たした。

魔力もまた少しの温存もすることなく切った。

そのおかげでクレアに対してダメージも与えられている。

けれどそれが等価交換であったとは、どうしたって思えない。

 

「超速、再生……」

 

「ユキちゃんもポーションとか全部飲んでるけど、流石に回復力が違う。それに武器から供給されていたエネルギーももう無い。後は逃げるだけで精一杯じゃない?」

 

「……ユキ」

 

持っていたポーションを使い切り、直ぐ様再生中のクレアに攻撃を仕掛けに行くユキ。しかしその動きはやはり少し前より明らかに劣化しており、放たれた斬撃はクレアが咄嗟に発動した障壁魔法によって容易く防がれてしまう。

そして再び始まる魔法の嵐。

あらゆる属性のあらゆる規模の魔法が、次から次へと際限なく、殆ど同時に発動される。

ユキは最高速で飛び回りながら、どうしても避けられないものを"母の心音(ゴスペル)"と唱えることによって打ち消し、なんとか命を繋いでいるが、最早反撃に出られる余裕などないことは明確だった。

 

「ア、アストレア様……」

 

「……大丈夫、大丈夫よ。まだ、まだ可能性はあるもの」

 

アストレアのその言葉が引鉄になってしまったのか、それとも単なる偶然であったのか。けれど、マルクから手渡された双眼鏡をアストレアが再度覗き込んだ直後に、それは起きてしまった。

 

「っ!!駄目!!」

 

突如として、何の前触れもなく、一部の空間が砕け散った。それはまるで最初からそこに仕掛けられていた様に、ユキの左腕がその場所に重なった瞬間に、発生した。

……破片と共に、ユキの左腕と剣の片割れが粉々になって落ちて行く。いくら最硬の耐久力を持った剣とは言え、空間ごと破壊されてしまえば為す術はなかった。それはもう元には戻らない。苦悶の表情を浮かべながらもユキは、自身の光でそれを焼く。

 

ユキ・アイゼンハートは、左腕を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、痛い。

ああ、怖い。

ああ、苦しい。

逃げ出したい。

泣き出したい。

投げ出したい。

何もかもが嫌になる。

 

左腕がなくなった。

魔力も1/5程度しか残っていない。

武器なんて右手握っている1本だけだ。

 

正直、絶望的だった。

何に一番絶望を感じているのかと問われれば、それは間違いなくクレアという穢れた精霊が自分に対して望んでいること。

 

精霊は、クレアは……私を殺そうとしていない。

 

私を取り込もうとしている。

もしくは、入り込もうとしている。

だから封印をしようした。

だからさっきの罠も、身体ではなく左腕に当てた。

 

もしクレアが本当に私を殺す気であったのなら、もう何度死んでいたか分からない。

けれどクレアが殺しに来てくれないせいで、スキルが十分な効果を発揮してくれない。

 

そしてこの戦闘において、ユキが何より驚異的に感じているのが……

 

「っ、また、知らない魔法が……母の心音(ゴスペル)!!」

 

突如として凄まじい勢いで自身を追尾して来た赤い光の光線達を、咄嗟に唱えた魔法で撃ち消す。

……これだ、これが1番厄介だ。

クレアの持つ魔法の数の、底が見えない。

魔法の数が限られているのであれば、反撃に出る機会を作り出すことも出来るだろう。しかしクレアはこれまで、殆ど同じ魔法というものを使用していない。広域に放つ炎魔法一つでさえも炎の広がり方や出現方法に熱量まで全く違っており、記憶にはないが既に100近くの種類の魔法が放たれている様に感じている。

 

「……!母の心音(ゴスペル)!!」

 

前方の空間が僅かに揺らいだことを確認すると、魔力の残存量など完全に無視をして魔法を放つ。そうすれば確かに何かを打ち消した手応えがあるのだから、間違ってはいなかった。

 

(空間魔法だけが本当に分からない……発動も突然で、読み難いし、なにより避けられない!それにさっきの封印魔法!あれは平穏の園(エデン・オブ・アタラクシア)でも破れなかった!次またあれに捕まったら、今度こそ本当に終わる!)

 

無限のエネルギーなど存在しない。

こうして逃げ回っていれば、いつかはガス欠をするはず。これだけの規模の魔法を、これだけの数行使しているのだから、いくらクレアでもどこかに限界はある筈だ。

 

……そう考えていたが、どうもそうではないらしい。

どう見ても魔力の限界がない様にしか見えない。

そしてその魔力を利用して回復しているのだから、最早勝機すらもどこにも見えない。

 

「直接物理攻撃を当てるしかない……」

 

斬撃を飛ばすだけでは魔力耐性によって深傷を与えるには至らない、ならば直接切ることで身体の切断を狙う。"平穏の園"には魔法を打ち消す効果以外にも影響範囲内で使用することで詠唱を強制的に停止させる効果もある。魔力消費量は凄まじいことになってしまうが、連続使用によって強引に突破すれば出来る筈だ。

 

「……剣光突破・過光(ソード・プロミネンス・オーバーロード)」

 

残存魔力量を考えると、強行突破とこの一撃を放てば自分に出来ることはもう殆どなくなってしまう。最後の剣、最後の一撃、正にこの剣の名前に相応しい現状だろう。

収束しつつも光量だけはそれでも増大し続け、驚異的なエネルギー量によって次第に黒色と赤色を纏い始める剣光突破。全力で使用しても壊れることのない様にアストレアやエレボスの神力をもって作られたこれだが、今はもうその2人の力すら利用して増幅させる。……結局壊すのだ。けれど、それに対する後悔など存在しない。

 

「私は愛しています、この世界を」

 

上乗せする、事実を。

 

「私は愛されています、多くの人達に」

 

掘り起こす、思い出を。

 

「……誰よりもリヴェリアさんに、愛されている」

 

光によって、翼を形成する。

無駄な魔力消費。

何の意味もない形だけの形成。

でもそれに意味がある。

今はもうない左腕に、誰かの手が繋がれている感覚が伝わってくる。

 

特別性の剣が溶解し始める程に凝縮された光の束は、ついに周囲から音すらも消し始めた。明らかにそれを警戒し出すクレア。周囲の空間が様々な形で揺れ始める。空間魔法を中心に使用し始めたのだろう。なるほど確かに、今のユキには空間遮断を乗り越える手段はない。

 

「母の心音・重想(ゴスペル・トリプレット)」

 

だからもう、発動すらさせない。

 

【Kiッ!?】

 

「いい加減に帰って来てよ!クレア!!」

 

魔法での迎撃が困難であると悟ったのか、身体の形を変え、右腕を剣の様な形に硬質化させ始める彼女。しかし、クレア・オルトランドは剣という武器なんて使ったこともなければ、もう完全に無縁の人間であった。その素体となった人間は、魔法だけが武器だった。

……何の脅威も感じない。

それで防げる筈もない。

 

「救いの祈りを(ホーリー)!!私はずっとずっと、クレアだけの為に!し続けてきたんだから!!」

 

全ての魔法を打ち消し、光の柱はその身に叩き付けられた。今この瞬間まで秘めて想い続けた、全ての願いと、祈りを乗せて。

 

 

 

 

 

 

「……まあ、流石にそんなに甘くはないですよね」

 

眼前に広がる赤い空。

顔を少し横に向けてみれば、両手を使ってこちらに歩き始めている異形の姿。その背後には下半身だけが力なく倒れており、ドロドロと溶解しながら上半身に向けて流れ始めている。そしてその上半身もまた黒く変色し始め、しかし確かに放つ魔力の量と密度は増している。

 

「……身体を両断したくらいじゃ……どうにもならない、か」

 

これが所謂、第二形態といったところ。

光を全く反射していないのか、まるで空間に突然人型の黒い穴が出来た様に錯覚してしまう奇妙な姿。身体の変形がより容易くなっているのか、腕を2本にも3本にも増やし、足元に広がる同じ様な黒い液体からも数多くの手が生えてくる。

口元にだけ浮かび上がる裂けた様な白い半月模様……笑っているのか、嗤われているのか。きっとあの液体に取り込まれてしまえば、それでお終いだ。感覚で分かる。そしてきっともう、物理攻撃も通じない。光属性の魔法も、通じないのだろう。あれはそう進化している。そう変化されている。受けた攻撃を全て蓄積・情報化し、より有利な身体に自分自身を作り替えたという訳だ。……元から負ける要素など微塵もなかった癖に。隠し球だって、きっとまだ殆ど引き出せていないだろうに。

 

「……生誕の歓喜 生存の祝福 今この身に受けし全ての愛に報いし時」

 

地に広がる黒色の湖の中から、1人の女の姿が浮かび上がる。背後に佇む巨大な身体は、最早本体ですらなくなっていたのか。それとも、こうして現れた姿はこちらを油断させるために生み出した餌であるのか。

……それももう、どちらでもいい。

 

「白き心は未だ遠く 正義の意味をも履き違え 魂の静寂に至らずとも 母の望んだ私はここに」

 

黒い液体がついに身体を浸し始め、少しずつ自分の身体がその中に沈み始めたのを感じている。あの日あの時の彼女の姿を、忠実ではないにしろ面影を残して存在している黒い女が、力なく詠唱だけを続けている私の身体を持ち上げ、抱き寄せた。

このまま一緒に、沈んでいくつもりなのか。

まあそれも、悪くはないかもしれない。

 

……リヴェリアさんと出会う前なら、きっとそう思っていた。

 

「妖精の皇女 正白の疾風 精霊の愛娘 それ即ち我が生涯の灯火」

 

何もかもが真逆だった。

けれど、だからこそ相性が良かった。

だからきっと、これだってそうだ。

 

「来るがいい 最後の英雄 私は貴方の道を開こう」

 

黒と白、私は白。

混ぜ合わせれば、きっと……

 

「代償は既に支払った 我が身に宿る全ての愛に誓い 世界の闇を切り開く」

 

 

ーー私達は、丁度良い。

 

 

「照らせ 光輝の樹海」

 

 

 

 

 

 

 

【ラスト・アウト】

 

 

 

 

 

ああ、そういえば。

リヴェリアさんからせっかく貰った指輪、壊れちゃったなぁ。

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