「〜♪〜♪♪〜♪」
今日も今日とて中庭で洗濯物を干すユキ・アイゼンハートさん。
今日は白のTシャツに青の長ズボンという単純な服装ではあるものの、珍しく髪型をポニーテールにしており、直前に昼食の手伝いをしていたためエプロン姿でもある。
彼が男だと知らないロキファミリアのメンバー達は、機嫌が良さそうに白のシーツを干すその姿を窓の隙間からコソコソと見守っていたりしており、そしてその中には何故か暇をしていたロキと、そんな主神に無理矢理連れてこられたベートも入っていた。
「……なんやあれ、可愛過ぎるやろ。あんな男おるかいな、いやおったわ。下界楽し過ぎるやろ、結構長いこと居るのにウチの常識がどんどん破壊されてくわ」
「……いや、もういい、もうどうでもいい。あいつは女だ、男じゃねぇ。俺はそれで納得したんだ、これ以上何も考えるんじゃねぇ」
などと各々の複雑な思いを抱きつつ、2人は白のシーツと戯れるユキという"少年"を見守っている。
リヴェリアやフィン、アイズ達がダンジョンへ向かい、今日で丁度1週間。予定なら彼等は今日帰ってくるはずであった。
数日前にダンジョンの浅層から帰ってきてから何故か機嫌の良かったユキは、そんな今日ばかりは更にテンションが高い。
それはフワフワと舞っているシーツに、嬉しさのあまり飛び付いて抱き着くほどの調子の良さだ。そんな姿は最早ロキファミリアの男性陣だけではなく、女性陣に対しても目に毒で……
『ロキが鼻血を噴出して倒れるほどの破壊力』と言うとなんだかそうでもないのだが、あのベートが俯きながら顔を抑えて何かを抑えているとなれば、その威力の高さが伝わるだろうか。
そも、彼は一体何を抑えているのだろうか。
もしかすれば、性別をハッキリしろという怒りかもしれない。彼はなんだかんだと言って男性には男性の、女性には女性の相応の扱いをする紳士であるのだから。
けれど、もしかすれば違う感情なのかもしれない。
彼はなんだかんだと言って1人の恋する男の子なのだから。恋愛感情自体はしっかりと持っているし、年相応の失敗をして酷く落ち込んだりもする可愛い青年なのだ。ツンデレで捻くれていて口が悪いだけで。
……ちなみに、既に窓から中庭を覗いていた何人かのメンバーは画板と用紙に絵の具まで用意して写生を始めている。
こんなものある意味汚染である。
そしてそんな中。
「ユ、ユキさーん!皆さんがダンジョンから戻られましたー!」
「っ!?い、今行きます!教えてくださってありがとうございます!!」
1人の団員がフィン達の帰りを報告する。
報告がまず初めにロキに対してなのではなく、ユキに対してなのはご愛嬌。それよりむしろ一気にテンションがうなぎ上りした彼(女)に、至近距離からの人誑し殺人笑顔を向けられた彼女の方が被害が大きい。
「……顔が良い」
駆け抜けていったユキを顔を赤くして見送った彼女が最後に発した言葉がそれだった。
やはり美人は強い。
「え……リヴェリアさんとアイズさんは戻って来ていないんですか?」
団員の報告を聞いたユキが向かった先で待っていたのは、フィンとアマゾネス姉妹、加えてレフィーヤの4人が各々に少しの疲れを見せながら門を潜っている光景であった。
そんな4人のことを笑顔で出迎えたユキであったが、直後に人数が行きよりも2人ほど減っていることに気がつく。
というより、特に親しい肝心の2人が居ない。
不思議に思ったユキがフィンに尋ねたところで、返ってきたのがこのような話だった。
「ああ、うん。アイズが我儘を言いだしてね、それにリヴェリアも付き合ったという形なんだ。流石に明日までには帰ってくるんじゃないかな?」
「そう、なんですか……」
明らかに先程までの笑顔が打って変わって萎んでしまう彼の姿を見て、4人は苦笑を浮かべた。
彼等がダンジョンに潜っている際にも色々とあったのだが、その間ずっと『あいつはまた無茶をしていないだろうか……』と心配していたリヴェリアを見ていただけに、色々と面白く感じたのだ。
そんな落ち込んだ彼を見かねて先程まで鼻血でダウンしていたロキが復活し、ある意味近寄り易くなったユキに対して肩を抱いた。
「なんや残念やったなユキたん!あないに楽しみにリヴェリアの帰りを待っとったのに!」
「……むぅ、私だって1週間も放っておかれては寂しくもなります」
「ぐっ、頰を膨らませたユキたんもええな……あ、フィン達もお帰りな。なんも問題なかったか?」
「……その件だけど、報告したい事がいくつかあるんだ。けど、とりあえずその話は後にしよう。皆疲れているからね」
「あ!ええと、皆さんお疲れ様でした!それと、おかえりなさいです!」
帰ってきたところをションボリした顔で出迎えるのはあまりにも失礼だろう、ロキの言葉でそう思い返したユキは改めて満面の笑みで出迎える。
その笑顔から何人かが一斉に目を逸らしたのは言うまでもない。
段々と性別を理解するのを諦めてユキの扱いが変わってきているのに気付かないのは、もちろん本人だけだ。
彼等が戻ってからは荷物の整理や武器の手入れなどの手伝いをしていたユキであったが、ある程度落ち着いた今は誰もいない食堂で冷蔵庫内の確認をしている。
食材の補充は別段ユキの仕事でもないのだが、ちょくちょく個人的に使わせて貰っているため、その分の補充はしっかりとしていたりもする。
団員達からは結果的に自分達が食べるのだから補充の必要はないと常々言われているのだが、この辺りは見解の相違というものだろう。
そして今日も今日とて、彼はダンジョンから帰ったばかりの4人+これから帰るであろう2人に甘いものでも差し入れようと企んでいた。
そんな計画を満面の笑みで考えながらユキがゴソゴソと冷蔵庫内を物色し、果物類をいくつか取り出して新しいエプロンを付け直した矢先に……ガチャリと、まだ食事時には早い時間であるにも関わらず食堂の扉が開かれる。
「あっ」
「……?レフィーヤさん?」
今日もお腹を空かせたエルフが1人、ユキ'sキッチンに迷い込んだ。
そうして彼女もまた幸せにされるのだ。
実母や主神の好みだったあっさり系、
訪ねた街の子供達が好きだったガッツリ系、
そして個人的な趣味のデザート系、
凝り性な彼がその齢にして10年近くの歳月を経て身に付けたその料理の腕に魅力されて。その旅の最中に各地の料理人からバイトと共に技術を学び、お店で出せる程度には作れる様になった自分ながらも自慢の味に。
「丁度良かったですレフィーヤさん、今から何か甘いものを作ろうと思っていたんです。少しだけ待っていてくださいね♪」
「へ?ひゃ、ひゃいっ!」
まあ食堂につまみ食いにやってきたところを見られてしまったレフィーヤの心境は、それどころではなかったが。
「〜♪〜〜♪〜〜♪♪」
慣れた手つきで果物を切っていく。
彼の目利きもあってそれなりに鮮度の高い果物を使っているのが分かるのか、お腹を空かせたレフィーヤもその様子を食い入るように見つめていた。
そんな彼女の様子にユキはクスクスとまた笑みをこぼす。
とりあえずとばかりに果実ジュースとシロップをかけたフルーツの盛り合わせを差し出せば、レフィーヤはキラキラとした目をしてそれを見つめ始めた。
相当にお腹が空いていたのか、それとも新鮮な果物をダンジョン内では食べられなかったからなのか、聞かなくともわかるほどの嬉しそうなオーラをこれでもかと彼女は醸し出す。
「い、いいんですか!?私だけ食べてしまって……!」
「ふふ、むしろ余ってしまうところでしたので食べて下さると助かります。もちろん、これでレフィーヤさんの分は終わり、なんてこともありませんから安心してください」
「そ、そうですか!それでは遠慮なく……!えへへ〜♪いただいちゃいます♪」
これだけで喜んでくれるならば、冥利にも尽きるというもの。
口に運ぶ度に心からの嬉しそうな顔をしてくれる彼女の表情を見ながら、大きめのフルーツパイを作っていくユキ。
旅の最中、どうしてもお金が必要になった時に料理店などで働いてきたその腕前は伊達ではない。
すっかり頭と身体に染み付いているその手順を、極めてスムーズに行っていく。
そうして出来上がったものをオーブンへと入れる頃、丁度盛り合わせをレフィーヤが食べ終えたのを確認して、ユキは彼女の前の席へと座り込んだ。
レフィーヤの機嫌は最高潮である。
それを見たユキもまた嬉しさを隠し切れない。
「っぷはぁ♪すっごく美味しかったです、ご馳走さまでした♪」
「いえいえ、それだけ美味しく食べて下さるのなら私も嬉しいというものです。パイの方もあと20分ほどしたら出来上がりますので、期待していて下さいね」
「き、期待してますっ……!」
女の子が甘いものに目がないというのはいつの時代も共通の話である。
いつの頃からかアイズとの仲から生じたユキへの嫉妬や警戒も今のレフィーヤにはすっかり無く、どころかこうして度々差し入れられるデザート達によって完全に餌付けされている始末だ。
そもそも互いにレベルは同じ3。
得意分野は違えど互いにかなり尖った力を持ち、性格的な相性も悪くない。元より仲良くなれる素質はあったのだ。
……もちろん、性別のことは置いておくとして。
「そういえばユキさんはこの1週間、なにをしていたんですか?リヴェリア様から無茶はしないように言われていたんですよね?」
「ええ。ですから初心者冒険者さん達と上層でお金を稼いだりしていましたよ?……あとは、街をフラついたり、以前のアストレア様のご友人を探したりとかですかね。流石にこの数日だけでは見つかりませんでしたけど」
「アストレア様のご友人……ですか?」
「というよりは、以前にアストレア様のファミリアに居た方ですね。解散した後も1人だけこの街にいらっしゃるそうなのですが、行方が分からないんです。時間がある時に探してはいるのですが……」
「そうだったんですか……」
「会って何を話したいとかいうこともないのですが、やはり私の個人的な願いとして、いつかはその方にもアストレア様の元へ戻っていただきたいんですよ。難しい話ではあるみたいなのですけどね」
神妙な顔持ちでそう呟く。
そんか彼の珍しい顔にやってしまったとばかりに慌てるレフィーヤは、なんとか話題を変えようと思考を回す。
しかしこういう時の彼女はいたって不運であり、選んだ話題すらもアウトだったりすることがお決まりだ。
そして彼女は踏むのだ、敷き詰められた地雷の一つを。
「そ、そういえば!ユキさんはいつからアストレア様と旅をしていたんですか!?聞いた話ですけど、アストレア様は5年前にオラリオを出られたんですよね?」
「ん、そうですね……私がアストレア様と旅をし始めたのは3年ほど前のことです。それまでの2年間は寝た切りの母とアストレア様の3人で、村の人に助けられながら生活をしていました。アストレア様も含めて皆さん優しい人ばかりで、本当に恵まれていたと思います」
「あはは、なんだかそういう話を聞くと私まで心が明るくなりますね。……でも、それならどうして旅に出ようだなんて思ったんですか?何かやりたいことがあったりとかですか?」
「……いえ、村が全焼してしまったからです」
「え"」
言うまでもなく、レフィーヤは踏み抜いた。
彼の中でも3つの指に入る大きな地雷を。
「……私がアストレア様と麓の町に買い出しに行っていた時のことです。当時話題になっていたオラリオから逃げ出した犯罪系ファミリア、その残党が物資目的に村を襲撃したんです。
私とアストレア様が戻った頃には、村は完全な火の海。村人の大半が殺されて、若い女性は皆連れ去られていました。
運良く私の母は村長の手で地下室に隠されていたので助かりましたが、その後急激に病状が悪化し、結果的に1月も保たず……」
「え、や、あの……」
「私が旅を始めたのは、そんなことがあって心を壊しかけていた所を、アストレア様が誘って下さったからです。
もしあのまま焼け落ちた村に留まっていれば、今の私はありませんでした。あの時、無理矢理にでも引き離してくれたアストレア様には本当に感謝しています」
そう言ってくしゃりと笑うユキ。
しかしそんな話をされた側はたまったものではない。
話の最初の部分で『やらかした』ということはレフィーヤも気付いてはいたのだが、内容が自分の想定より遥かに凄まじかった。
このユキ・アイゼンハートという人間が何かしら抱えていることにはレフィーヤでさえ気付いてはいたのだが、それをなかなか彼からは話してくれないということは聞いていたし、それをまさかリヴェリアやロキよりも先に自分に話してくれるとは思わなかったのだ。
しかもこんな場で。
「えと、ごめんなさい。あまり楽しい話ではありませんでしたね」
「いえ、あの、その……あはは」
そして、そんな話をそんな自嘲するような悲しい笑顔で締めくくられては、大した反応などできようものか。
これがリヴェリアほどに彼と関わりが深ければまだしも、レフィーヤは本当につい最近こうして話せるようになったばかりなのだ。
どう頑張ろうが無理に決まっている。
むしろ何の言葉をかければいいのか。
私に一体どうしろというのか!
もしこの直後にフルーツパイを焼いているオーブンが鳴らなければ、レフィーヤはまた大きなやらかしをしてしまっていただろう。
次からは気をつけて話題を振ろうと心の底から思い直したが、それを実行できるかどうかはまた別の話である。