白海染まれ   作:ねをんゆう

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今回ちょっと短いです。


151.白桜の街

 

朝の日差しが登る頃、早朝から移動を開始していた事もあり目的地が見えて来る。

リヴェリアはここではないどこかの世界で、リュー・リオンと共に走ってアナンタへ向かったことがある。リヴェリアが全力で走り続けても、半日はかかる場所だ。多少急がせたとは言え、休憩を挟みつつ2日未満でアナンタが目に見える場所まで来れたというのは、かなり順調に進めたのではないだろうか。朝早い事もあり女神ヘスティアやベル、ヴェルフは座りながら眠っているが、リヴェリアはしっかりと目を開けて外の光景を見ている。

……以前にこの場所に来た時には、瘴気によって多くの動植物が死滅していた。今思えばあれは黒龍の瘴気ではなく、既にクレアという切札を切っていたユキ自身が放っていた瘴気なのではないだろうか?今思い返してみれば、あれはユキの恩恵を開く際に感じていたものに近いものだった気もする。今更になって分かることもあるが、本当に今更な話。

 

(今回は、大丈夫だと思いたいな……)

 

一先ず、この辺りには戦いの痕跡が見つけられないことを考えるに、戦闘はもう少し離れた所で行われたと考えるべきだろう。

例えばアナンタの背後に聳え立つ一際大きな山と、その周辺。明らかに山肌が見えているくらいには大きく広い範囲で崩れており、単なる土砂崩れとも思えない有様だ。あの場所できっと2人は戦ったのだろう。目に見えるだけでも広大な地形をあそこまでの有様にしてしまう様な力、やはり完全に力を取り戻したクレア・オルトランドというのは、尋常ならざる存在だったらしい。よくもまあ商人が出入り出来るくらいに落ち着いているなと思うくらい。

 

「リヴェリア」

 

「……アナンタから商人の馬車が出ている、街が滅んでいる訳ではない。最悪の状況にはなっていないだろう」

 

「……うん」

 

リヴェリアの隣に座って外の様子を見ていたアイズも、その光景に対して動揺を隠すことは出来なかった。

そもそもアナンタの街は元は商業の中間地点としてそれなりに栄えていた都市であった。しかし闇派閥の襲撃にあったことにより人口が減り、街の大半が焼いて破壊されてしまう。今も当然その復旧は最低限でしか出来ていない筈で、実際に今こうして外から見れば廃墟同然の有様だ。

リリもアイズの隣でアナンタの街を見ていたが、その表情は険しい。まあ確かに外目だけを見れば、これから向かう場所は決して治安の良い様には見えないだろう。

 

「あの……アナンタは活気のある商業都市と聞いたことがあるのですが……」

 

「知っていたか。だが、それは数年前までの話だ。アナンタは闇派閥の襲撃を受けた事で大部分を焼かれ、その人口を大きく減らした。都市の中心となっていた主神とファミリアは全滅し、今や住民の大半は女子供しか居ない。復興も最低限の区画でしか行われていないらしい」

 

「ええと……どうしてそんな場所にユキ様は?」

 

「あの子はその襲撃の際にこの街に滞在していた。女子供しか残っていないとは言うが、その女子供を守ったのがユキだ。そして同時にユキの姉もバケモノへと変えられ、それを自らの手で封印もしている」

 

「……因縁のある街、ということですか。壮絶というにはあまりにもな話です」

 

「……私も、初めて聞いた」

 

「だからまあ、あの子はアナンタでは英雄扱いを受けている。女神アストレアと共に神聖化というか、街の象徴にされているな。首飾りを住民の多くが身に付けていたり、教会に像が置かれていたり」

 

街の復興祭の中心人物として担ぎ上げられていたり。

……そういえば、アナンタでは丁度今その準備に取り掛かっていたところだった。今もまだその祭りの準備は続けているのだろうか?この状態でも続けているのなら、大した胆力である。

それにもしかしなくとも、街の中ではユキが彫られた首飾りなんかも買うことが出来るかもしれない。正直強引に何もかも良い方向に考える様に意識しているリヴェリアだが、これだけは素直に気になっていた。普通に欲しい。というかあるもの全てを揃えたい。もうなんだったら像も1つ作って欲しい。言わないけれど。こんなことを言ったら、ユキに怒られてしまいそうだけれど。

 

「お客さん方、着いたよ。お代は……」

 

「ああ、私が払おう。アイズ、彼等を起こしておいてくれ」

 

「うん、分かった」

 

金に物を言わせて一番良い馬車でここまで来たが、御者は街の中にまでは案内をしてくれない。

欠伸をしながら降りて来る女神ヘスティア、同じ様に欠伸をしつつも、目の前に聳え立つボロボロの外壁を見て驚くベル。……街の中からは門越しとは言え、人々が生活している声や音が聞こえて来る。前にここに来た時とは雰囲気は全く違っていた。聞いた話でしかないが、住う人々は善人が多いという。心配は必要ないだろう。

 

「失礼、街に入りたいのだが」

 

「あいよ、目的は?商売か?観光か?それとも仕事探しか?悪ぃが今この街に仕事なんて殆ど……」

 

「ユキ・アイゼンハートに会いに来た」

 

「!」

 

中年の門番。

恐らくこの街では珍しい男性の生き残り。

そしてそんな彼は、やはりユキの名前を出すと同時に顔色を変える。訝しむ、怪しむ、警戒する。持っていた長槍をグッと握り締める。それも当然だろう、その名前は彼等にとっては間違いなく重要な人物のものなのだから。そして同時に確信する。やはりユキは今この街にいるのだと。

 

「……あんた等、何者だい?悪いがそれを聞いちゃあ簡単には通せねぇ。いや、簡単には帰せねぇってのが正しいか」

 

「ち、違います!僕達はオラリオの冒険者で!別に怪しい人物なんかじゃ!」

 

「そ、そうだよ!ほら!僕は見ての通り神だよ!善良な神様だ!だから何も悪いことなんて……!」

 

「私はユキの恋人だ」

 

「え?」

 

「「「「え?」」」」

 

一瞬で静まり返る世界。

誰もが信じられないといった顔でこちらを見ている。というかアイズは知っていたのではないのか、まさか一緒に暮らしていたのに本当に気付いていなかったのか。

……まあ、リヴェリアとしてはどうでもいい。

誰に何と言われようと思われようと構わない。

それが事実で、それは隠す様な事でもない。

ここで事実説明に無駄な時間を使うくらいならば、会話など最初からぶっ壊してしまえばいいのだ。この街の人間にはこれが一番効くと、最初から想定していた。

 

「え……あ、え……?エ、エルフくんと彼女は、そういう関係だったのかい?」

 

「そうだ、それとユキはああ見えて男だ」

 

「う、嘘ぉぉぉおおお!?!?!?!?」

 

「なんだってぇぇぇええ!?!?」

 

「ちょ、ちょちょちょちょっと待て!!あの人男だったのか!?ってかリリ助!お前確かこの前ダンジョンで抱き着いて……!!」

 

「にゃぁぁあああ!!!こ、ここここんな所で何言ってるんですかヴェルフ様ぁ!!そんなこと言ったら私……!!」

 

「ほう、抱き着いた?……リリルカ・アーデ、詳しく聞かせて貰おうか」

 

「ほらこうなったじゃないですかぁぁあ!!違うんです知らなかったんですー!あのままじゃベル様が抱き着かれて落とされる可能性があったんですー!私はそれを防いだだけなんですー!!」

 

「今度は僕に飛び火した!?」

 

「……ベル、ユキのこと好きなの?ユキに抱き着かれたいの?」

 

「ち、ちちっ違いますからねアイズさん!?本当にそういう感情はないですからね!?そ、それにユキさんに抱き着かれたことなんて一度も!……一度、も?」

 

「……どうしたんだいベルくん?どうしてそこで黙るんだい?」

 

「ベル……お前、まさか……」

 

「……ほ、本当に出会った最初の頃に、泣きながら走ってたところを抱き止められて、慰められた様な」

 

「「「「………」」」」

 

「まあ……許してやろう」

 

「「「「セーフ!!!」」」」

 

「?」

 

なんとかリヴェリアから無罪を勝ち取ったベルが3人+ノリで参加したアイズから胴上げをされる。なんというか、そう、ヘスティア・ファミリアはこういう変なノリがある。だからこそ変に沈むことなくリヴェリアはここに来られたし、それも加味しての無罪判決である。

とは言え、こんなことでいちいち有罪にしていたら果たして今日までユキと出会って来た何人の人間を有罪にしなければいけないことか。ここまでのリヴェリアの言葉も、彼等のそのノリに乗っかっただけに過ぎない。

そしてそんな彼等のノリは、決して無駄な訳でもなかった。

というよりはまあ、リヴェリアの狙い通りに進んだ。

ヘスティア・ファミリアは下手に交渉なんかするより、こうするべきなのだ。

 

「くっ、くくく……あーあ、なんだよ、これじゃあ変に警戒してた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」

 

「いや、これからも是非そうして欲しい。……ユキのためを思ってのことだ、むしろ感謝したい」

 

「いいんだよ、どうせ俺は大事な時に怪我で気絶してただけの役立たずだ。代わりにこの街と女房、それに娘を助けてくれたあの子の為なら門番だろうと何だろうとするって決めてる」

 

「……門番くんも、例の事件の生き残りなんだね」

 

「ええ、女神さま。そのせいもあって街の人間は余所者をまだ少し警戒してるが、ユキちゃんの友人に恋人と来たら問題ねぇや。他のどんな立派な肩書きより、この街では信頼されるってもんだ」

 

彼はそういうと門の裏側へと回り込み、誰かと少し話した後に、中から鍵を開けて大門を開いた。

そこからようやく見えた街の中は、外見から想像していたより、ずっと……事前に話を聞いていた筈のリヴェリア想像していたよりもずっと、綺麗で、美しく、活気が良くて。

 

そして……笑顔に溢れていた。

 

「ようこそ、白楼の都:アナンタへ。……ま、これからもっと綺麗にしていくつもりなんだ。楽しんでいってくれ。それと、ユキちゃんはここを真っ直ぐに行った街長の屋敷に居るからな」

 

白に染められた小さなその都市は、リヴェリア達を光と共に出迎える。


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