白海染まれ   作:ねをんゆう

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なかなか読めてなかったダンまち17巻を昨日漸く読みました。
またベルくんが酷い目にあってる……


153.導きの火

「こ、れは……」

 

「なんだよこれ……あり得んのか?こんなことが」

 

「まさか山の裏側がこんなことになっているなんて……」

 

「……これを、ユキがしたの?」

 

「…………」

 

「……考え様によっては、これまでのどの世界より酷い結果に終わった、と言えるのかもしれないな」

 

アストレアとの対話が終わった後、リヴェリア達はアストレアの勧めもあって崩れた山を登り、その向こう側に広がる荒野を見に来ていた。

ただただ広がる草一つない最悪の景色。

山は消え、川は枯れ、生物は死に絶えた。

こんなことを成す怪物が本当に居たのか。

そんなものを相手に1人で立ち向かった冒険者が居たというのか。

何もかもが信じられないというのが全員の総意であり、過去にリヴェリアが見てきたどの世界よりも何も残っていないというのが事実。

 

「……微かな神の力(アルカナム)の痕跡が残ってる。ここで発動されたのは間違いない様だ」

 

「神の力(アルカナム)って世界を書き換えるなんて事まで出来るもんなんすか?ヘスティアさま」

 

「僕達でも簡単に出来ることではないよ、その全てのエネルギーを自分だけで賄う必要があるし。それこそ引金を引くだけでも神1柱の犠牲は確実に必要になる」

 

「……恐らくタナトスが利用されたんだろう」

 

「そのクレアくんとやらは神の力は持っていたのかい?」

 

「それに匹敵する力は持っていたかもしれないが……神の力そのものではないはずだ」

 

「だとしたら、神の力(アルカナム)は1度しか発動されていないのかもしれないね。2度も同じ場所で使ったなら、もっと濃い痕跡が残っている筈だ。単にそれを発動したのがクレアくんの作り出した異空間、もしくは結界の内部だったのかもしれない。……相当に考えたんだろうね、ユキくんを救うために」

 

「……ああ。ユキを英雄という役割から引き離すには、それこそ神の力でも使わなければ不可能だった。だから問題は、その後に別の神によって修正されない様にすること」

 

「それでも、そのせいでユキくんから色々な物が失われてしまうという事にまでは流石に思い至らなかったんだろう」

 

「役割から引き摺り下ろすんじゃなく、役割を引き抜くというのが実際の在り方だった。……クレアは当然、ユキが神子の一族だったなんて知らなかった筈だ」

 

「不幸な事故、というには酷かな」

 

「……馬鹿者が。ユキは間違いなく、英雄として戦い続けるより、自分の姉が消失する事の方が苦しむだろうに」

 

ヘスティアが山を降りていく。

ベルやリヴェリア達もそれに続いた。

恐らくはその力が発揮された起爆点。

そこまでは歩いても少し時間が掛かったが、その中心部に辿り着くと、ヘスティアは両手を差し出して目を閉じた。

周りには本当に何も見当たらない死の土地。

一体ここに何があるというのか。

思わずリヴェリアは疑問を投げかける。

 

「女神ヘスティア?一体何を……」

 

「……思ったんだよ。もしクレアくんが一度しか神の力を発動していないというのなら、エネルギーの消費量が噛み合わないんじゃないかなって」

 

「?どういうことです、神様」

 

「ベルくん、これだけの範囲を更地に変えるほどの力を持った精霊だよ?加えてタナトスを犠牲にしてまで神の力を行使した。その結果起きたのは?ユキくんの役割を奪っただけだ」

 

「確かに、聞くだけだと、そんなに力を使ったとは思えないな……いや、俺もよくわからねぇけどさ。精霊の力ってやっぱ規格外だろ?」

 

「そう。もしクレア君が自分の異空間で行使しただけなのであれば、いくらその異空間を強固な物にしたところで、まだ余裕はある筈だ。つまりクレア君の存在が完全に消滅させる程のことはしていない」

 

「……クレアは、まだ何処かに残っていると?」

 

「それを探しているんだ。……ヴァレン何某くん、君も協力してくれるかな?」

 

「え?あ、はい」

 

アイズはヘスティアに指示されるがままに、ヘスティアが自身の神血を塗って火を付けた木の枝をあちこちに投げ始める。ベル達もそれを手伝ったが、やっていることは完全に不審者のそれだった。

時間は大凡1時間程度、それだけ風に吹かれても一切火の消えることのない不思議な光景。少しずつ暗くなって来た空に対して、この場だけが妙な明るさを保っていた。

その場に立つヘスティアは正に神に相応しい雰囲気を纏っており、その光景にはアイズもまた目を奪われる。リリやヴェルフが普段見ている陽気な主神とは、正に別物と言えた。

 

「ヘスティア様、何をするの……?」

 

「ふふん、僕はこれでも炉の神なんだぜ?火っていうのは僕にとって血液みたいなもんだ。……ああ、あの辺りかな。ヴェルフくん、ヴァレン何某くん、あの辺りに立ってくれるかい?」

 

「え、俺もですか?」

 

「君達は精霊と縁が深いからね。大丈夫、僕の予想が正しいのなら危険はない筈だよ」

 

そうして燃える木の枝で円を作られた空間を、更に挟み込む様にして立たされたヴェルフとアイズ。それまで枝の先端にのみ付いていた火が枝全体に広がり始め、青色の炎環が形作られる。まるでそこに穴でも開ける様に。

……そうして事が起きたのは、ヘスティアがその円の中に今度は真っ白な火をつけた枝を投げ込んだ直後の事だった。

 

「な、なんだこれ!?」

 

「……灰色の、液体?」

 

「やっぱり、自分で自分の空間に閉じ込められてたんだね。一体どれだけ強固な空間を作ったんだい?」

 

円の中心から溢れ出して来る灰色の液体。そしてその中から飛び出してきた橙色の光の球体。それはフワフワと空を浮きながら、リヴェリアの周りをクルクルと回り始める。

 

「め、女神ヘスティア!これはまさか……!」

 

「正真正銘間違いなく、精霊になってしまったクレアくんさ」

 

「これが……精霊……」

 

「そう、元々精霊というのはこんな感じなんだよ。クレアくんはユキくんの改変を隠す事に重きを置き過ぎて、自分の異空間を相当強固に作ってしまったんだろうね。残った自分の力では、ユキくんを外に出すだけで精一杯だったんじゃないかな?」

 

だからヘスティアはその入口に精霊と繋がりの強い2人を起き、少しの刺激と導きを与えた。僅かな影響でしかないであろうそれは、しかし既に出口すら見失っていた彼女にとっては大きな手掛かりだったに違いない。

 

「……きっと、慣れれば言葉を伝えることも可能になると思うよ。もし契約をしてくれるのなら、その人物の武器として一緒に戦ってもくれるだろう」

 

「……だが、そうはならないだろうな」

 

「うん、そうだろうね」

 

リヴェリアから離れ、山の向こう側へと飛び去っていってしまった彼女。彼女が向かった先は、追わずとも分かる。そしてこれまでのヘスティアの仮定が正しいとするならば、彼女はそこで生じてしまった結果を目撃し、絶望してしまうのだろう。

……リヴェリアが未だ冷静でいられるのは、きっと彼女がまだ直接ユキと会話をしてはいないからだ。一度姿を見ただけ。ヘスティアやアストレアが話していることの意味は分かっても、心で理解は出来ていない。だから、怖いとも感じている。ユキと言葉を交わすのが、初めて会ったというような顔をされるのが、どうしても。

 

「……女神ヘスティア、ユキの記憶はもう2度と戻ることはないのだろうか?」

 

「どうだろう、普通に考えたら絶望的じゃないかな」

 

「……やはりそうか」

 

「でも、あくまで役割という皿の上に載っていた物が落ちただけだと考えることも出来る。表層には出て来ないだけで、未だユキくんの奥深くには眠っているのかもしれない」

 

「……」

 

「まあ、希望はまだあると想い続けるか、今の彼を受け入れる事を優先するかは君次第さ。どちらを選択しても、君は薄情で、懸命で、愛深く、優しい人間だ。どんな形でも君が恋人として彼を愛している限り、誰にもそれを責める権利も口出しする権利もない」

 

ヘスティアとしても、これ以上この件に深入りするつもりはなかった。ここに来て確信したからだ。これはもう終わってしまった話で、ヘスティアにこれ以上出来ることなど何もないと。

ただ悩める子供達に言葉を与え、彼等を導くしか出来ることはない。たとえそれが他のファミリアの子供であったとしても、ヘスティアは関係なく手を差し伸べる。それが女神ヘスティアだ、それがベル・クラネル達が主神と慕う女神の姿だ。

 

「さあエルフ君。……いや、リヴェリアくん。彼のところに戻ろうか。こんな何も残っていないところに立っていても、世界は何も変わらないよ」

 

「……ああ。ベル・クラネル、君は良い主神に恵まれたな」

 

「へへ、そうだろ?みんな直ぐに君達のファミリアも追い抜かしてくれるんだ、だから僕もそんなベル君達に相応しい女神で居ないとね」

 

「神様……」

 

「それは流石に無理だと思いますよ、ヘスティア様」

 

「ちょっと現実的じゃねぇよなぁ」

 

「き、君達は〜!!」

 

何の容赦もなく彼女の言葉を否定したヴェルフとリリを、ヘスティアは追いかけ始める。彼等のこういった言動に、リヴェリアは救われている。ヘスティアもそれに気付いて、乗ってくれているのだろう。リヴェリアとしては感謝しかない。

 

「リヴェリア……」

 

「……大丈夫だ、アイズ」

 

「でも……」

 

「確かに結果としては最悪だ、でも最悪の中ではまだマシな方なのも間違いないんだ。……知っているかアイズ、実は私達はまだユキと出会ってから4ヶ月程度しか経っていないんだ」

 

「……?そうだよ?」

 

「いや、まあそうなんだが、私としてはもう何年も一緒に居る感じがしてな。だから4ヶ月をまた取り戻すだけだと考えれば、少しは前向きに捉えられる」

 

実際は全くそんなことはないのだけれど。たった4ヶ月とは言え、その間のあまりにも濃過ぎる密度を考えれば、容易く取り戻せるものではないと分かっているけれども。それでも。

 

「……私は、寂しい」

 

「私も、そうだ。だがユキを戦いから遠ざけるためには、いつかは通らなければならなかった今だったのかもしれない。……取り敢えずは会いに行こう、話はそれからだ」

 

もうきっとこの更地には戻って来ない。

今は何も残っていないこの場所にも、いずれは草木が生い茂り、次第に元の形を取り戻していくのだろう。それはユキも同じだ。今は色々なものを落としてしまったとしても、また少しずつ元の形に戻っていく。それは最初の形とは色々な部分で違って来るのではあるだろうが、その修復に自分は一番近い場所で関わる事が出来る。

 

(……今は、何も考えずにユキと会おう。それからどうするかは、ああ、その時の私が考えれば良い。数時間後の私が苦しむべき問題で、今の私はただ、歩く事だけが仕事だ)


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