白海染まれ   作:ねをんゆう

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156.燻る火種

「……以上が事の経緯だ」

 

ロキ達がそうして話し合っている頃、同じ様に拠点の中ではリヴェリアが幹部達に対してこれまでの経緯を話していた。夜も更けてきた頃合い、ユキはリヴェリアの膝の上でアナンタの時の様に身体を任せて眠っていた。

……6歳にしては大人しく、しかしその年頃の子供にしては幼く感じる。そして身体も同い年の子供と比較すれば小さい方だろう。ユキ自身から年齢を聞いていなければ、もっと幼いと思っていたくらいだ。

 

「……あ〜。こういう時、なんて言えばいいのかしら」

 

「あの、リヴェリア?それって本当に本当の話………なんだよね」

 

「………ッ」

 

「ユキさん……」

 

「……そうか、そうなったのか」

 

「お主は大丈夫か?リヴェリア」

 

「大丈夫だと思うか?ガレス」

 

「いや……そうじゃな。余計なことを言った」

 

困惑したり、信じられないといった様子で見たり、今にも怒り狂いだしそうになる者も居れば、絶望の片鱗を表情に出す者も居る。

しかしその事実をどう受け止め、どう考え、どう処理して行くのかはリヴェリアが干渉することではない。なぜユキが眠っている今それを話しているのか、ただそれを考えて欲しいというだけ。

……以前のユキが消えてしまったとは思っていないが、今のユキのことを蔑ろにはしたくない。もし今のユキに悪影響を与えるようであれば、同じファミリアの仲間でさえも引き離さざるを得ない。それは奇しくも別世界のアルフィアがリヴェリアに対して求めていたことでもあったりする。それはまあ別の話として。

 

「レフィーヤ、アイズ」

 

「は、はい……」

 

「……どうしたの?」

 

「私は近いうちにこのファミリアを抜ける」

 

「「!!」」

 

「理由は言わずとも分かると思うが、ユキをこの街では育てられないからだ。……というより、育てたくないからだ。戦いが嫌いなこの子を、ダンジョンのあるこの街に居させたくはない」

 

それは暗にファミリアやアイズよりもユキを取ったと言っているようなものだろう。アイズを母親代わりに育ててきたリヴェリアがその言葉を伝えるのに、葛藤が無かったと言えば嘘になる。しかしそれを飲み込んでも、リヴェリアは既に決意していた。アイズだってそんなことは、薄々でなくとも分かっていた筈だ。

 

「……リヴェリア」

 

「止めんなよアイズ」

 

「ベートさん……?」

 

それでもアイズにもきっと言いたいことはたくさんあるはず。恨言の一つも言いたいだろう。しかし意外にもそれを止めたのはベートだった。……いや、今ではもう意外でもないだろう。彼の真意を知った今では。

 

「雑魚を、戦場に出そうとすんな」

 

「!」

 

「戦えなくなった奴を、戦いたくないなんてほざく様な雑魚を、戦場に引き止めるんじゃねぇ」

 

「……でも」

 

「そもそも、そんな奴に頼ってきたこと自体が間違いだろうが」

 

「っ」

 

「この場に居る奴等全員が雑魚だった、だからそこの馬鹿が1人で突っ込んだんだろ。大した力も無ぇ俺達に、これ以上クソな我儘垂れる資格なんかあるかよ」

 

「………」

 

確かに、そうだ。もしアイズ達にもっと力があれば、ユキを1人で行かせることもなかった。そうすれば少しくらいは事態は変わっていたかもしれないし、闇派閥にあれほど翻弄される事も……

 

「……リヴェリアは、行きたいんだよね」

 

「ああ、そうだ」

 

「私より……ユキを、選ぶの……?」

 

「……最初から私は、私自身の夢を選ぶつもりだった。私はその夢の中に、こいつが隣に居る光景を加えただけに過ぎない」

 

「……ごめん」

 

「いや、全て私が悪いのは分かっている。お前が選ばれないことの辛さを抱えているのを知っていてもなお、選ばなかった裏切りを許して欲しい」

 

ステータスも、スキルも、魔法も消えて、役割すら消失した無力な子供。その子供ではなく自分を選んで欲しいという言葉は、流石にアイズにも出せなかった。だってそもそも、そんな無力だった過去の自分をリヴェリアは選んでくれたのだから。今日この日まで、育ててくれたのだから。そしてアイズもまた、最後の時にはリヴェリアではなく、自分自身の目的を取るつもりだったのだから。リヴェリアだけを責められる訳もないし、それは不公平と言えよう。

 

「だがアイズ、お前が私にとって娘のように大切な存在であることに変わりはない。ファミリアから抜けるとは言え、その事実が変わることもなければ、もう2度と会えないという訳でもないことを忘れないで欲しい」

 

「……うん」

 

ロキ・ファミリアは変わっていく。

これはただその1部分に過ぎない。

少し早い世代交代。

それもかなり平和的で、穏便な。

 

「フィン、ガレス、そういうことだ」

 

「……うん、まあいずれ来ると分かっていた話だ。問題はないよ」

 

「そうじゃな、むしろ漸くというくらいじゃろうて」

 

「ああ、悪いな」

 

「構わないよ。……ところで」

 

まだ雰囲気が改善されていない中で、フィンはどうしても気になることが一つだけあって、それに対して指を向けた。……まあ正直なことを言えば、この場に居る誰もがそのことについては気になってはいた。だってどう見たって奇妙だし、今もずっとフヨフヨと浮いているのだから。左腕をなくしてしまったユキについても驚きはしたが、その周りをずっと漂っているそれに対してどうしても目を吸い込まれてしまう。

 

「それは、なんだい……?」

 

「ああ、精霊だ。というより、クレア・オルトランド本人だ」

 

「せ、精霊……?あ、あの、悪い精霊とかではなくですか……?」

 

「女神ヘスティア曰く、元々精霊とはこういった姿で浮遊しているらしい。ユキの身体に起きた症状は全てこのクレアの仕業なのだが、本人が意図していない事も多く重なった故の結果でもあってな……」

 

「ああ、だからそうしてずっとユキの側で気遣うように浮いているんだね」

 

「そういうことだ。……恨言の一つも言いたいが、彼女もユキの為に自分の全てを捨てている。救われなかった人間の1人、だな」

 

光の塊でしかないのに、ユキが転びそうになると咄嗟に身体を支えたり、眠っているとくっ付いていたり、何処に行ってもユキの側を漂っている。

まあ確かに、単に絶望の深さで言えば彼女の方が大きいかもしれない。ヘスティア達の想像通りであるのなら、全てクレアの考え通りに進んでいたことでしかなく、違ったのは結果だけ。もし全てが偶然であったとしても、意識を取り戻した先にあったのがこんな現実だ。

 

「こうなってしまったら精霊となった彼女も、これ以上何かをするつもりはない……というより、出来ないだろう。精々その力もユキを守るためくらいにしか使わないはずだ」

 

「ああ、同感だ。私でも同じ立場ならそうなる」

 

「その精霊がクレア・オルトランドである以上は何も問題はない、この問題は一先ず解決としておこう。むしろユキを守る強力な壁が一枚増えたと、好意的に思ってもいいくらいだろう。……すると、あとは個人的に僕が怖いと思うのは、女神フレイヤの動向くらいになる」

 

「女神フレイヤ……?」

 

「……ああ。そうか、それもあったのか」

 

「?どういうことですか、団長」

 

フィンが唐突に提示してきた議題。それに対して多くの者は首を傾げ、唯一少し時間を置いてから頷いたのはリヴェリアだけである。

しかしユキと関係の深い神となると、当然彼女の存在を忘れてはならなかった。そして彼女がこの件をどう思ったのかによれば、嵐が起きることになるだろう。フィンが言いたいのは、そういうことで。

 

「言うまでもなく、既に私達は何度も失敗している。そもそものユキを保護するという目的さえも、それは言い訳の出来ない事実だ」

 

「リヴェリア様……」

 

「そして然りげ無く、けれど確かに女神フレイヤはロキや僕達に忠告していた。冗談混じりでも、本気でも、何度もね。ユキは僕達の手には余るから、こちらに引き渡せと」

 

「そういえば……」

 

「結果的に彼女の危惧していた通り、ユキはこんな状況に陥っている。そして彼女は女神アストレアに対しても既に失望していてもおかしくない。任せていられないと、そう思うくらいには」

 

「……強引に奪いに来るってことかよ、こいつを」

 

「ああ、その可能性は十分に考えられる。彼女がユキに対して果たして何を望んでいるのかは分からないが、現状が彼女の理想とかけ離れているという事だけは間違いないだろう」

 

フレイヤ・ファミリアとの正面衝突。それこそユキが望んでいないことであったとしても、ユキの考えを尊重してこれまで手を出さずにいたフレイヤからすれば、最早それすら考慮の種にはならないかもしれない。

フレイヤがこの状態になってしまったユキに失望し、そのまま興味を失ってくれるのなら問題はない。しかし恐らくそうはならない。そうなってはくれない。なぜならこの子は、英雄という役割が抜けただけで、それでも間違いなくユキなのだから。見ようによってはユキをもう一度自分の手で育てられるチャンスとも取れるのだ。仮に戦力にはならないとしても、そもそもフレイヤはユキの戦闘力について重視していた訳ではなかった筈だ。

 

「……神々は英雄を求めている」

 

「?」

 

「リヴェリア、申し訳ないが暫くはユキと一緒にここに居て欲しい。具体的には女神フレイヤの動向を完全に掴めるまでは」

 

「……お前がそう言うのであれば、そうしよう。この期に及んで未だ幹部として残れと言うお前ではないだろうからな、何か確信があるんだな?」

 

「ああ、少し調べたい。女神フレイヤについては当然、現状のユキについてもね。……神ヘルメスに会う、ロキにも相談しないといけない」

 

未だ平和は訪れない。

新たな火種は、どこにでも眠っている。

少しずつ、そして着実に、燃え広がりながら。

 

 

 

 

 

鉄を叩く音が響き渡る。

ここだけは今も昔も変わらない、相変わらずの音色に耳を傾けながらアストレアは手渡された飲物に口を付けた。

向かいに座るのは旧友だ。

そしてその背後には変わらぬ彼女の眷属が。

 

「久しぶりね、アストレア。貴女が街を去って以来かしら?」

 

「ええ、そうね。……ここは本当に、私が街を去ってから何も変わっていないのね」

 

「そう?少しずつ変わってる物もあるのよ?……色々無茶な注文をしてくるお客さんも居るから、色んな新しい器具が増えていくの」

 

「……私の子供が、お世話になったわね」

 

「ええ、本当に。不壊武器を超える絶対に壊れない武器を作って欲しいなんて言われた時には、本気で頭を悩ませたわ。……どうやらその依頼も、完璧には熟せなかったみたいだけれど」

 

そう言って目を細めるヘファイストスの目の前に置かれているのは、2本の剣の成れの果て。片方は見事に砕け散り、もう片方は凄まじい熱によって解け、一部が灰になりかけている。

その様から既にヘファイストスはより多くのことを理解しており、ただ冷汗を流してそれを見つめる椿よりも悟っていた。

 

「……空間破壊系の魔法ね。天界で大戦が起きていた時代に、嫌というほどに見たわ。この壊れ方をした武器は」

 

「主神様……その空間破壊系の魔法というのは、ここまで耐久力を高めた武器でも容易く破壊出来る物なのか」

 

「空間ごと叩き割ってるんだもの、あらゆる防壁や防御力は何の意味も持たないわ。……本当にユキは無事なの?」

 

「……ヘファイストスの想像通り、左腕を失ったわ」

 

「それだけ?」

 

「空間破壊魔法による傷跡は、それだけよ」

 

「………」

 

それ以上のことは、ヘファイストスは聞かなかった。アストレアがわざと濁しているということは、椿の前では言わない方がいい話であると同時に、より詳細に相談する必要がある理解したからだ。

故にその件については椿を帰してから話し合うとして、ヘファイストスは話を戻す。

 

「空間破壊魔法なら仕方ないわ、あんなものは天界で使われるような反則だもの。特殊な対策を施さないと抵抗のしようがない」

 

「それほどなのか……」

 

「問題はこっち、この剣は明らかにユキ自身の魔法によって消費させられてるわ。これに関しては完全に私達の責任ね、あの子の注文通りの物を作れなかった」

 

「ヘファイストス、私もあの子も別にそんな事は……武器だって沢山融通して貰ったのに」

 

「いいえアストレア、これは商売の話じゃないの。私達鍛治師にとっての、プライド(誇り)の問題なのよ」

 

それに大きく頷いて同意するのはマスタースミスでもある椿だ。確かに椿もヘファイストスも現状の努力をし尽くしてこの武器を作り出した。しかしその性能は足りておらず、生粋の職人である彼等はその事実を重く受け止める。最初から椿が驚愕して見つめていたのは、粉々になった方ではなくユキが消費した方だった。それほどにこれは、彼等にとって想定外だった。

 

「……大きな借りが出来てしまったわね、ユキには」

 

「ヘファイストス……」

 

「私達はこの武器に"最後の鎖(ラスト・チェイン)"と名付けたわ。あの子にとって最後の武器になる様にと、そう思って付けたの。……その最後の品が満足のいく物を作れなかったことが、悔しくて仕方ないわ」

 

「全くだ。……男神エレボス、女神アストレア、この2柱の神力だけでは足りなかったということなのか。それももう今更なのが本当に残念だ」

 

「それに結局、ユキが最初に持っていたあの武器の正体も分からないまま。……そうだ、アストレアは知らない?ユキがこの街に持って来ていた"母の鎖(マザーズ・チェイン)"って武器のこと」

 

なんだかんだ言いつつ、話に聞く限りではユキにとって最も長持ちしたのは最初の武器だったのではないだろうか?その事実に向き合えばヘファイストスと椿の中には敗北感が生まれてしまって、ここぞとばかりにアストレアに尋ねてみた。今はアナンタに移設される予定になっているそれは、変わらず多くの鍛治師達に衝撃を与え続けている。

 

「……ごめんなさい、私もよくは知らないの。あの子の母親から最期に託されたもので、誰が作ったのかすら分からないわ」

 

「そう……ユキの母親から」

 

「……そういえば」

 

「む?何か思い出したのか?」

 

記憶を探っていたアストレアが何かを思い出した様に目を見開く。しかしそれは武器に関することではなく、それこそユキの母親に関することで。

 

「ヘファイストス、メーテリアって名前に覚えはある?」

 

「うん?メーテリア?……確かヘラ・ファミリアの"静寂"の妹がそんな名前じゃなかったかしら」

 

「ユキの母親の名前なのよ」

 

「偶然じゃない?ユキは16とかでしょ?少なくともその時にはまだヘラ・ファミリアは活動してたし」

 

「……ああ、思い出したぞ主神様!昔ロキ・ファミリアの爺共から聞いたことがある。ヘラとゼウスの眷属が子を作って、色々と荒れたと」

 

「え、なに?それじゃあその子がユキなの?」

 

「いえ、ユキは神子の一族と呼ばれる隠れ里で生まれた子よ。メーテリアはユキの育ての母親で、血の繋がりはないわ」

 

「……それなら普通に育ての母親なんじゃない?」

 

「う〜ん……」

 

アストレアがなぜこんなことをヘファイストスに聞いたのか、それはユキの母親が"自分は昔オラリオに居た"と語っていたことを思い出したからだ。しかし当時の彼女は自分の記憶すら朧気で、ユキの事も剣の事もとある神から託されたとしか覚えいなかった。

リヴェリアの話を聞くに恐らくそれがエレボスなのだろうが、どうもそこに引っ掛かりを覚えて仕方ないのだ。……ユキにはまだ何かがある。それはもう本当に今更としか言えないような何かではあるのだろうけれど、もしかしてそこにユキを取り戻せるヒントがあるかもしれない。




一先ずここで書き溜めていた分の連続投稿は終わりです。
次の投稿はダンまちの最新刊を待ちながらです。
番外編なんかも良いかもしれませんが、他にも色々と書いているので、特に期待せずにお待ちください。

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