その後は、色々なことがあった。
例えば変化として1番大きかったのは、やはりレフィーヤだろう。彼女は今回の闇派閥との決戦で、自身の友柄であるフィルヴィス・シャリアを自らの手で討ち取った。そこには諸々の事情があったとは言っても、彼女もまた自身の非力と未熟さに深い後悔を抱いた人物の一人である。
その上で予定よりも随分と早いリヴェリアとの代替わり、彼女があらゆる手段で自分を追い込み始めたのは至極当然の話であり、その原因であるリヴェリアもそれを咎めることは出来なかった。
女性団員を中心にレフィーヤの手助けやフォローはしているものの、しかしそれもいつまで続くか。その必死さにはさしものベートであってもやりづらそうにしているくらいだ。いつまでも続けられるものでもない。
次にクレア・オルトランドについて。
というかまあ、見方によってはこれについてが1番影響が大きいのかもしれない。精霊などという何でもありな存在に生まれ変わったのだから、こうなる可能性も考えられなくはなかったものの……
「おぉ〜」
「……なんというか、随分とこう」
「可愛らしい光景やなぁ」
精霊とは様々な形を取るという。
例えばそれは武器であったり、動物の形であったり、人の形を取るということもあるだろう。神の意思によって遣わされた精霊達は、その目的を成すために適切な形を取り役割を成す。
「にしてもユニコーンは嫌がらせやろ。もうリヴェリアはユニコーンに乗れんのやぞ」
「ば、馬鹿を言うな!まだ乗れる筈だ!!」
「ほんまか〜?あんだけユキたんを襲っとったら、もう無理やろ〜」
「今のユキの前でそういうことを言うな!!」
これまでは橙色の球体の形しか取ることの出来なかったクレアであるが、次第に今の身体にも慣れ始めたのか、形を変えることを覚え出した。
まだそこまで細かく自由自在には変えられないものの、角を生やした馬のような簡単な物であれば、こうして姿を変えてユキを乗せられる。これは彼女の精霊としての成長と言っても良いだろう。精霊に慣れ始めた、なり始めたとも言える。
「……でも正直、今のクレアの存在は世界のバランスを揺るがしかねないから、少し不安でもあるわね」
「そうなのか?女神アストレア」
「ええ、精霊の格とでも言うべきかしら。大半の力を使い切ったとは言え、その容量までは変わらない。どころか一度は神力さえ行使したクレアの精霊としての格は、大精霊さえも超えているかもしれない」
「〜♪〜〜♪」
「あはは、クーがんばれ〜」
「……あまり、そうは見えないが」
「ま、まあまだ力の回復は追い付いてないみたいだもの」
「悪いことにはならんやろ。あの子にとってはもう、弟守るのが全てやろうし」
完全に精霊としての力を取り戻し、精霊の力の使い方にも慣れてしまったら、クレアの力は脅威的なものになるだろう。しかし何をするにしても、結局力というのは道具であり、それをどう使うかによって意味は異なる。
それをお馬さんごっこに使っていてくれるのなら、誰もどうこう言うつもりもない。ただ微笑ましく見守るだけ。
「私としては、ユキを守ることのできる手段が増えるのならそれで良い。……まあ、強い力を持っているということ自体に対する不安はあるが」
「それに……ユキ自身にも不安はあるのよ」
「ん?なんや?まだなんかあるんか?」
「分からない?ロキ。……確かにユキの恩恵はリセットされた、記憶も何もかも一緒に。でも同時に、その全てが完全に消失した訳じゃない。あくまで無くなったのは英雄としての役割だけ。それ以外のものは、単に行き場を失って散らばっているだけ」
「……!そうか、無関係な筈ないわ」
「!」
「ええ、そう。……散らばったものがこれから先のユキの人生に何の影響も齎さない筈がない。散らばったパーツを使って、結果的に恩恵が元の形と近いものになる可能性が高い」
「元の、形……」
「あんまりええ想像せん方がええで、リヴェリア。それはつまり英雄としての役割のない人間に、英雄が持つべき器を与えられるかもしれんってことなんやから」
「っ……!!」
「そうなると……どっちが幸せやったんやろ、って話にもなって来る。器に不相応な力を与えられた人間の行末なんて、決まって悲惨なもんや」
そして、それは恩恵だけではない。記憶や人格など、成長に伴って元のユキのパーツが使用されていくであろうことは容易く想像出来る。それは新しいパーツを作り出すことよりも、よっぽど簡単なことなのだから。ユキが何を考えずとも、無意識のうちにそうなっていくのは自然の理。
そしてもしそうなった場合、それは酷く歪なものになるだろう。英雄としての役割という主軸があったからこそ正常に働いていたものを、柱を失った状態の自分に付けていくのだから。正常に育てても、確実に何かしらの歪みが生じてしまう。きっとそれはもう、避けられない。
「一先ず、ユキの恩恵だけは解除しておかないと。それだけでもかなり変わる筈だから」
「そ、そうなのか?」
「今回の場合は、子供等の才能を引き出す"神の恩恵"がむしろ事態を悪化させるからな。……そういう意味では、やっぱり元のユキに戻すことは現実的やないんかもしれん。英雄としての役割もまた、あの子の一部やったんやろうし」
「……」
それは誰であってもそうなのだろう。
どんな人間にも欠点の1つはあるが、それだけを取り除くことなど出来ない。それを取り除いてしまえば、それが支えていた他の性質にも影響が生まれる。最悪の場合、今回のユキのように人間性そのものが崩壊する可能性さえある。
人間というのは、まるで三次元的なパズルのように様々な要素によって出来ており、それ等もまた絶妙なバランスの上で成り立っている。ピース1つの抜けが致命的になるのだ。しかもそれが柱を担っていたものとなれば、それは当然に……
「ま、せやけど今出来ることはこんなもんか……リヴェリアも暫くはレフィーヤ達の方を見たった方がええで。ユキたんの方はうちとアストレアで面倒見といたるからな」
「そうね、今直ぐ出来ることなんてそれくらいかしら」
「とは言え、そちらもそちらでどう対応したら良いものか……」
「まあなぁ」
「かなりの無茶を重ねているようね。エルフが髪を切るというだけで相当なのに、見ていて痛々しいくらい」
「……ユキがこうなって、私達は悲しさはあれど浸っている暇がなかった。だが同様に悲しみを抱いていながらも、何も出来ず浸るしかなかった者も居る。レフィーヤもまた、その一人だった」
「慕っとったからなぁ。……あれ以来、レフィーヤは一度もユキたんに話しかけとらんのやろ?あんなこともあったのに、流石に二重、どころか三重苦やからなぁ。間違いなくレフィーヤが今1番苦しい立場におるわ」
フィルヴィス、ユキ、そしてリヴェリアから託される重責。それほどに弱った彼女が今頼れる人間はそれほど居らず、リヴェリアもまた重責を押し付けた立場上、声を掛けづらい。だがいつまでもそんなことを言っていられないこともまた事実。
「……りえりあ、さん?」
「ん?ああ、いや、なんでもない。大丈夫だ」
「あら、ちゃんと名前を呼んでくれるようになったのね。前は"りあさん"って言ってなかったかしら」
「あれから何度も名前を聞かれて、その度に練習していたからな。偉いぞユキ」
「んぅ……だいじょぶ、ですか?」
「っ……ああ、本当に大丈夫だ。ありがとう」
「……ん」
撫でられ嬉しそうにしながらも、心配そうにリヴェリアを見上げるユキ。クレアに乗りながら動くことの楽しさを覚えてしまったのか、当然のように跨っているけれど。それでもやっぱり、その優しさは変わっていない。
人の名前をしっかり覚えられないことは駄目だと思ったのか、それとも名前を覚えようとするとリヴェリアが喜んだのを見ての行動なのかは分からないが。その優しさと純粋さが今はとても心に沁みる。
「……そうだな。レフィーヤに言葉を掛けるためにも、小遠征でも準備をしてみるか」
「ええんやない?それなら嫌でも一緒におる時間が増えるんやから。文句の1つや2つくらい打つけたほうがレフィーヤもスッキリするやろ」
「ふふ、そうかもしれないな」
「じゃあユキはお留守番。良い子にしてリヴェリアちゃんを待っていましょうね」
「……おるす?」
「ああ、今日明日の話ではないが、少しの間ここを空けることになる。その間、お利口にして待っていられるか?」
「……はい。あすとれあさまと、まってます」
「……うっ」
「愛おしさと罪悪感で押し潰されそうになってるわね」
「押し潰されとるのはユキたんの方やけどなぁ」
「うみゅ」
闇派閥が完全に壊滅し、こうしてダンジョンの攻略に集中出来るようになった。……とは未だ言い難く、問題は他にもいくつもある。けれど問題というのは放っておいても解決されるものではない。動かなければ、歩かなければ、変わらないどころか悪化する一方だ。
女神フレイヤの動向は気になるものの、それを恐れて何もしないで居るというのも滑稽な話だ。そんな無駄な時間の使い方をしていられるほど、今のリヴェリアは悠長ではない。
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「ユキ、あ〜ん」
「あ〜……」
「うん、良い子だね。美味しい?」
「ん……おいひいれす」
「よかった」
皆が集まる食堂で、そんな風にしている光景も最近では見慣れたものになった。
それは人から見れば意外な話ではあるけれど、ユキがこんな状態になってしまって、特に甲斐甲斐しく世話をするようになったのは意外にもアイズである。
左手を失い、利き手はあっても食べづらそうにしているユキを見て。こうして食べさせてあげたことが、始まりだったのかもしれない。
リヴェリアやアストレアも常にユキを見ていられる訳ではなく、そんな時にはアイズがこうして世話をしていることも多い。彼女にこんな一面があることを団員達は驚いていたが、元よりこの2人はそれなりに仲が良かった。それこそ特に用事がなくても同じ部屋の中で何かを話すことなく2人で本を読み耽っていたくらいには。それを考えれば今の関係は当然の話であり、そして同時に不思議な話でもなかったのだろう。
……加えて。
「アイズがそんな風に他人の世話を焼くなんてね、リヴェリアも驚いていたよ。君も立派に育ったんだなってね」
「フィン……その、妹が出来たみたいで」
「……妹か」
「ユキは男の子だから、弟かもだけど……すごく、可愛いなって」
「……寂しくはないのかい?」
「寂しいけど、直ぐに帰って来るから」
「?」
何かを確信しているかのようにそう言い切ったアイズに、フィンは首を傾げる。神々でさえもそれは不可能だという前提の下で、微かな希望に縋りながら進めている現状。フィンでさえも策などない。それでもアイズは違うという。
……ユキは直ぐに帰って来ると、そう言い切る。
「まだ何も解決してないのに、ユキが諦める訳がない」
「……それは、英雄の資格が無くなってもかい?」
「ユキは英雄じゃないよ」
「え……?」
「ユキはずっと、お姉さんとか、アストレア様とか、リヴェリアとか。自分の大切な人を守るために戦ってた。……英雄になりたいから、英雄だから戦ってた訳じゃない」
「……」
「だから、こんなことで満足したりしない。……大切な人達が泣いてたら、どれだけ辛くてもユキなら立ち上がるよ」
「……なるほど」
それは決して、理論的な話ではない。どちらかといえば感情論で、単なるアイズの願望でしかなく、実際はそれほど単純な理屈で世界は動いていない。世の中には原因と結果があり、積み上げられたものを適切に処理しなければ、最善の結果を得ることなど出来ない。
……だが、それでも。
「確かに、そうかもしれないね」
どれほど絶望的な状況であっても、大切な人のためならユキ・アイゼンハートは立ち上がる。それは決して英雄だからではなく、彼自身がそれを見過ごして生きていくことが出来ない人間だからだ。
……自分の痛みより、他人の痛みの方が痛く感じてしまうような。自分の笑顔より、他人の笑顔の方に価値を感じてしまうような。そんなお人好しで、依存しがちな性格の持ち主だから。自分の幸福のために、自分を1番に据えて1人で生きていくことが出来ない、そんな人間だから。
「だから、今のうちにこっちのユキを楽しんでおこうかなって」
「その考えは……どうなんだろうね」
「今のうちに覚えさせておくの。……ユキ、お姉ちゃんって呼んで」
「?……おねえ、ちゃん?」
「うん、お姉ちゃん。私はユキのお姉ちゃん、覚えて」
「あいず、おねえちゃん……」
「そう、よくできました。元に戻っても忘れたら駄目、私がお姉ちゃんだよ」
「ん、はい」
「……アイズ、これは流石にリヴェリアに報告させて貰うよ。アイズがユキに変なことを刷り込んでいるってね」
「え……」
この後、アイズは普通に叱られた。割と久しぶりに、リヴェリアに普通に叱られた。それもなんとなく出会ったばかりの頃を思い出すようなやり取りではあったけれど、普通に凹んだこともまた言うまでもない。
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「フレイヤ様、九魔姫と千の妖精がダンジョンに潜ったと報告がありました。装備品から見ても、小規模の遠征で間違いはないかと」
「ようやくね。……オッタル、貴方達も準備は出来ているのかしら」
「万全に」
「そう……それなら行きましょうか」
「今度こそ恩を返しなさい、全てを敵に回してでも」