何があったのかダンジョンから6人が帰った日の夜。
悔しそうにポカポカと両手を振るうアイズと、それを笑いながらもどこか余裕有りげに受け止めるリヴェリアの姿が見られたが、それはさておくとして。
今はそれから更に二日ほど経った朝である。
前日の、
『アイズたんLV.6キタァァァァ!!』
というロキの雄叫びから始まったアイズたん最強騒動は今が旬のピークであり、その反響はホームを揺るがすほどに凄まじい。
当事者であるアイズは何処にいても話しかけられ、団員達に部屋にまで押し入れられる始末。
一体どうやってレベルアップを成し遂げたのか、その時のエピソードなどを聞かせて欲しい、などなど。
朝食中ですらまともに食べられないような、アイズにとっては完全な地獄の様な有様。何処にいても逃げ場がないという状況の中でアイズが唯一思い付いた避難所がここ、ユキ・アイゼンハートの部屋であった。
「あや、アイズさ……だ、大丈夫ですか!?凄い形相ですけど」
「……匿って」
「え?あ、ああ、なるほど。朝から皆さん凄かったですもんね。構いませんよ?どうぞお好きに使ってください」
「ありがとう……」
なにやらバッグの整理をしていたユキは突然のアイズの訪問に驚きつつも、事情を直ぐに把握してこうして匿ってくれる。
アイズにとっては彼女の部屋は正しくオアシスであった。
真っ白な部屋に必要最低限の家具が置かれ、唯一ある個人的な本棚にはダンジョンに関する本がズラリ。
しかしソファやベッド、椅子などは異様に触り心地の良い素材で統一されており、気軽に訪ねてゴロリとしていても、部屋主は特に何も言うこともなくお茶や菓子を出してくれるという好待遇。
誰かの私室というよりは誰かを迎えることを前提に作られている様なその部屋は、しかも他のファミリアメンバー達はユキに配慮、遠慮、気後れしてあまり訪ねてくることがないという利点もあった。
アイズは実は自分の隣の部屋であるこの場所に日常的に訪れており、夜まで2人でゴロゴロと本を読んでいるということも少なくない。
そして異様に騒がしい今日であってもこの部屋だけはいつもと全く変わらぬ姿を保っており、他の場所と比べて安心感が違う。
女性であるアイズが男性であるユキの部屋に入り浸るというのが好ましいことではないのは確かであるが、
まずどちらにも全くその気が無く、
そもそも彼が男であるということは一部の人間しか知らず、
知っていても信じられてはいないので、
問題だと感じている者がそもそも居ない。
今日も今日とて訪問と同時に近くのソファに倒れ込んだアイズは、そのまま首だけをユキの方へと向けて適当な会話を投げかける。
「なに、してたの?」
「私ですか?実は椿さんにお願いしていた武器が完成したので、早朝に早速受け取りに行ってきたんです。昼頃から試し切りに行こうかと思って、今は持ち物の確認を」
「!見せて……!」
「ふふ、構いませんよ。こちらです」
そうしてユキによって布袋から取り出されたのは一本の銀色の剣。
剣というには腹が異様に広く、峰から先端部にかけて度々細く切り抜かれていたりと、あまりに歪な形をしているそれ。
恐らく何かに引っ掛ける事を前提として作られているのは明らかであり、そしてそれは同様に引っ掛けられるよう形作られたハンドガードの直下に垂れ下がっている鎖が関係していることも明らかであった。
剣自体は相当に軽く、鍔迫り合いや打ち合いなど最初から微塵も考えていないのだろう。
……だがそれでも、アイズの物と同じ不壊属性の剣だ。
やはり普通の剣とは伝わってくる脈動感が違う。
付与魔法使いの宿命なのか、その自分よりも剣の消費の激しいという彼女がむしろ今まで持っていなかったということの方が驚きであるのだが。
「……そういえば、ユキは二刀流だよね?」
「ええ、ですからもう1本はまた今度ということだそうです。形が形ですからね。椿さんもお忙しい方ですし、一度に二本は難しいという話でした」
そう言いつつ、またユキは安物の剣を3本ほどベルトへと仕舞い込む。
あの剣もあと数時間の命なんだな、と失礼な事をアイズは考えてしまうが、それは間違い様のない事実なので仕方がない。
今日のユキの服装は以前の様な痴女スタイルではなく、 薄い黒の長パンツに白の大きめのパーカーという肌を一切見せない勢いだ。
パーカーの大きさ故に自然に萌え袖が作れたり、フードに猫耳が付いていたりとあまりにも狙って来ている感はあるが、痴女スタイルよりは幾分もマシである。ダンジョンに潜るスタイルかどうかはさておき。
ちなみに基本通り髪は縛る事なくそのままに、勿論防具も最低限にしか採用していない。
以上、今日のユキの服装チェックの時間であった。
「……ね、私も付いていってもいい?」
「へ?私は別に構いませんが……」
「ユキ、18階層に行ったこと無いんだよね。ついでに連れてってあげる」
「え、本当ですか?ありがとうございます、アイズさん♪」
「私も身体を慣らしたかったから、気にしないで。……門のところで待ってて、直ぐ準備してくるから」
「分かりました。ゆっくりで大丈夫ですから、転んだりしないでくださいね?」
「ん、わかった」
そう言って意気揚々と飛び出していくアイズ。
どうやら彼女も色々と溜まっていたらしく、1週間のダンジョン生活の疲れなど微塵も感じている様子は無かった。
この後、一応ということでリヴェリアにダンジョンへ行く旨を伝えに訪ねたユキであったが、生憎にも彼女は現在会議中ということで、偶然鉢合わせたレフィーヤにリヴェリアへの手紙をお願いすることとした。
……結局この約束も破ってしまうこととなるのだが、今の彼はそんなことは勿論知らない。
一方その頃、リヴェリアを含めた幹部メンバー達はロキと共にここ数日の出来事について話し合っていた。
話題は極彩色の魔石についてと、今後の遠征について。
話の途中でティオネにアイズを呼びに行かせたフィンであったが、この時丁度アイズはダンジョンへ突入した時間であったため見つからず、ティオネと何故か付いてきたティオナから4人は報告を受けることにする。そんな元気なアイズの姿に、少々の溜息も吐きながら。
「全く、ダンジョンから帰ってきたばかりだというのに……」
「随分と塞ぎ込んでおったようじゃが、気晴らしにでも行ったか?」
そんな呆れ顔の2人の会話に差し込む様にして、再び鳴るノック音。
今度は誰かと思いドアを開ければ、そこには申し訳なさそうな顔をしているレフィーヤが立っていて。
「あ、あの、リヴェリア様……アイズさんの件についてなんですが、ユキさんからお手紙を預かっていまして。ティオナさん達が入って行ったので、今なら大丈夫かなと思って持ってきたんですけど……」
「……なに?」
"ユキからの手紙"と聞いた途端に立ち上がるリヴェリア。
自ら進んでレフィーヤから手紙を受け取ると、滑るように書かれた丁寧な文字列に目を通す。
「どうしたんだい、リヴェリア?」
「……どちらかと言えば良い報告だろうな。ユキがアイズと共にダンジョンへ行ったらしい、目的は武器の慣らしと18階層の見学だ」
「あー、それは確かにええ報告やな。ユキたんがおるならアイズたんも無理はせんやろうし、18階層より先に行くことも無いやろ。ユキたん様々やな」
「まあ、確かに1人で中層に行かれるよりはマシかな。あの2人ならよっぽどのことが無い限りは大丈夫だろうし」
「……18階層へは私が連れて行くつもりだったのだがな」
「はっはっは、珍しいのう。嫉妬しとるのか?リヴェリア」
「そらそうやろ!リヴェリアはユキたんのことが大好きやからなぁ?この前なんて日の沈む夕暮れの中、こっそりユキたんに近づいて、後ろから子供みたいにぎゅ〜っt『焼き殺されたいのかロキィッ……!』ひぇっ……」
鬼神のような表情で濃密な魔力を纏わせるリヴェリアの全力の殺気……その日の出来事を笑い話にすることだけは色々な意味で許されない。
九魔姫の突然のガチ殺意に部屋内の人間は二度とユキとの話をネタにするのは止めようと心に誓った。
アイズとユキがホームの前で合流し、他愛のない話をしながら白い巨塔『バベル』へと歩を進めていると、話題は次第にアイズがどこか落ち込んでいる理由へと渡っていった。
朝から団員達に追われていたアイズであったが、その前日の夜から何故か気を落としているということも明らかであったのだ。
そのことについては誰にも話してくれないという話もあったのだが……
「なるほど、そんなことが」
「うん、私嫌われてるのかな……」
意外にもあっさりと話してくれた内容は、これまた意外にも、とある男性との関係についてのことだった。
どうやら以前から謝りたかった少年がいるらしく、しかし会う度会う度に逃げられてしまうという。一度だけならばまだしも、二度目は流石に落ち込んでしまうのも仕方ないというものだろう。
これにはユキもまた真剣に頭を捻る。
「……アイズさん。もし機会があればですけど、次は相手が逃げられない様な環境で話してみてはどうでしょう?」
「逃げられない環境……?」
「ええ、例えば仲介人を作ってみるとかです。聞いた話でしか私は判断できませんが、その少年はアイズさんのことを嫌っている訳ではないと思いますよ?」
「え」
「きっと一度目はミノタウロスへの恐怖、二度目はアイズさんへの照れが原因なんだと思います。だって考えても見てください、目を覚ましたらアイズさんの様な美人さんに膝枕をされているんですよ?ウブな少年くんには少しばかり刺激が強過ぎます」
「そう、なのかな……確かにビックリしてたけど……」
「ふふ、大丈夫ですよアイズさん。その年頃の男の子は美人のお姉さんに弱いものです、好かれてはいても嫌われているなんてことなんて無いと思います」
「……だと、いいな」
あの時の少年を思い出しながらそう語るユキに、少しの笑みを浮かべて答えるアイズ。彼女が1人の少年のことにここまで悩んでいるということを知れば、きっとファミリア中の誰もが驚くだろう。
少しずつ変わっていくアイズを、ユキもまた微笑ましく見ていた。
「あ」
「………?」
そこで妙なすれ違いが起きていることにも気付かずに。