「アイズさんのお相手ってベルくんのことだったんですか……!?」
「なんでユキがベルのこと知ってるの……?」
「い、いえその、豊穣の女主人の前で飛び出した彼とぶつかりまして、その縁で少し前に一緒にダンジョンに潜ったりしていたので……」
「むぅぅぅ……!ずるい、ずるい……!!」
「ちゅ、仲介人しますから!だからそんなに睨まないでください〜!」
バベルの塔の前で偶然にも鉢合わせたギルドの受付嬢エイナ・チュール。
どこかオロオロとしている彼女から受けた咄嗟の依頼、それは彼女の担当冒険者ベル・クラネルを助けて欲しいというものだった。
『えっ、少年くんが!?』
『え……?』
『え?』
エイナからの話を聞いた直後、おっぱじまるアンジャッシュ。
まさかアイズの言っていた少年というのが、ユキが気にかけていたその少年であったということなど夢にも思わなかったのだろう。
気にかけていたというか、ぶっちゃけ客観的に見れば誘惑、あるいは魅了していたと言われても仕方がないレベルではあったのだが、今はそれは置いておく。
アイズからの冷たいジト目をその身に受けながらも足だけは全力でダンジョンを駆け抜ける。
途中で見かけた冒険者に話を聞きながら進んでいくと、彼が恐らくは10階層辺りに居るということが掴めてきた。
アイズは彼がその階層まで進んでいるということに驚いていたが、ユキとしてはそれくらいの実力が彼にあるということを知っていたので今更特に思うことは無い。
それよりもユキは彼と共にいたあのリリという少女がどうしているかということが気になっていた。
あの日あの時、他者からの悪意というものに縛られ、同時に自身の心まで黒く染まり始めていた彼女の姿。
ユキが本当に気になっていたのはベルの方ではなく、彼女の方であった。
そして、エイナの話を聞いた限りでは今回の件はそのリリが主に関わっていて……彼女の周囲を渦巻いていたあの悍ましい悪意達がもしも遂に彼等を攻撃するような事態になったとしたら。
「っ!?」
「……ユキ?」
突然ガッと頸を押さえつけるような仕草をしたユキに、アイズは首をかしげる。
しかし直ぐに『えっと、石が当たったみたいです』と手を離して笑みを浮かべたユキは少しだけ汗をかいていて……
「……アイズさん、10階層の方へ先に向かって頂いても構いませんか?」
「どうして?」
「少しばかし、んっ、気になることがありまして……少年くんを、助けるぅ役割は、お任せします。直ぐにその、追いつきますので、っ、10階層で、お待ち下さい」
「……無茶はしないでね」
「ふ、ふふ、そレをアイズさんが言イますか。分かリました、直ぐにオわらせますのデ」
そう言ってユキは迷う事なく一直線にある方向へと飛び去っていく。
どこか普段より目つきが鋭く、殺気が出ていたような気もしたが、今はそれどころではないとアイズは10階層へ降りていった。
(あれ、そういえばユキのレベルって……結構早めに走ってたのに、頑張って付いてきてたのかな?)
そんなアイズの疑問も遥か彼方へ。
もしここでアイズが何かに気付いていれば少しは何かが変わったのか。
気付かなかった以上、それを議論することになんの意味もないだろう。
「すみません!ありがとうございました!」
「あっ……」
10階層に突入し、多くのモンスター達に囲まれていたベル少年を助けたアイズは、そのまま話をしようと試みるも、またしても少年に逃げられてしまった。
逃げられた、というよりは今は本当に余裕がないらしく、急いでいるということが分かっただけまだマシだろうか。
彼の落し物らしき物を回収して、アイズは後から追ってくるはずのユキをデスペレートを収納して待つことにする。
なお、そんな彼女に近付いてくるモンスター達は綺麗に吹き飛ばされていくので段々と近寄ることすらやめて避けていく。
モンスター達にもそれくらいの知能はあるのだ。
本当にやばい奴から逃げるくらいの知能は。
「アイズさーん」
10分ほどその場で待っていると、後ろから自分の名前を呼んで駆け寄ってくる人の姿を見つけた。
紛れもなく待っていた彼女、いや彼である。
ダンジョンの中にも関わらず白のパーカーを着ているというふざけた格好をしている、そんな彼の姿である。
(……!?)
ただしその白いパーカーが今は返り血によって所々赤く染まっており、その血が彼の顔にまで飛び散っているのは、あまりにも気になることではあるのだが。
「だ、だだ、大丈夫……!?け、怪我とかしてない!?り、り、リヴェリアに何て言えば……!」
「いえ、あの……これたダの敵の返り血ですので、そんなに驚かれても困るといイますか」
「……ほんと?」
「いや、こんな所で嘘ついテも仕方ないじゃないですか。心配してくれてありがとうござイますね、アイズさん」
「……うん、別にいい」
そういえば、自分もあの少年くんを助ける際に斬り飛ばしたミノタウロスの血で彼を真っ赤にしてしまったことを思い出す。
あのせいでベルはベートにトマト野郎と呼ばれることになったのだが、それを思い出すとなんとなく申し訳ない気持ちになってしまうので考えるのをやめた。
鞄から取り出した手拭いで、彼の頰から血を拭き取る。
慣れない手つきのアイズにされるがままにされるユキは、リヴェリアに世話を焼かれる時とはまた違った恥ずかしさを味わっていた。
一方でアイズの方はユキの世話を焼くリヴェリアの気持ちを味わっていたりもするのだが……
「……?ユキ、変なモンスターと戦ったりした?」
「変なモンスター、でスか?」
「うん、ユキからなんか変な感じがする。吐きそう」
「そんなに!?」
「背中に何かかけられた?モンスターの体液とか」
「そんな記憶ありませんよ!?うう、なんだかそう言われると凄く気になっちゃウんですけど……」
バッサバッサと匂いを飛ばすようにパーカーをはたくユキ。
露骨に鼻を抑えて嫌な顔をするアイズは酷過ぎるにも程がある。
その臭いが実際にどんなものなのかはさておき、偶然か必然かモンスターが群がってこないのは助かるというものか。
……そして、そんな匂いの被害者はもう1人。
『"剣姫"よ、お前nオェェェオロロロロ……!』
突然、背後から聞こえてくる嘔吐ボイス。
とある事情によってアイズを訪ねた如何にも怪しい格好をした男がひっそりと現れ、そのまま嗚咽し始めるという異常事態が起きてしまった。
背後に突然現れた衝撃よりも、突然現れて突然吐き出した衝撃の方が強く、この正体不明の人物の印象が"なんかいきなり吐く変な人"と2人の記憶に刻み込まれてしまったのも仕方のない話であって。
「ここまで死にたイと思ったのは二日ぶりですね……」
ユキの心へのダメージは甚大であった。
『ウッ……まさか私にここまでの不快感を感じさせるとは、お前は一体何者だ……』
「初対面でそういうこと言うのやめてください、本気で死にたくなります……」
「でももう臭くなくなった、不思議」
アイズと突然現れた自称"魔術師(メイジ)"とかいう怪しい相手から少し離れた場所で、綺麗な体操座りをしてイジけるユキ。
自分でもコソコソと匂いを確かめているが、全くわからないと言った様子で首を傾げる。
そんな彼を放って、彼が落ち込んでいる間にアイズと黒衣の人物は淡々と話を進めていった。
『ルルネ』やら『宝玉』やらと分からない単語が飛び交っているが、簡単に言えば24階層で大量発生しているモンスターをどうにかして欲しいと言うことらしい。
もうどこからどう見てもいかにも怪しい人物からの頼み、普通ならば絶対に受けたりはしないだろう。
それでも、アイズは少し考えた程度で簡単にそれを了承してしまう。
彼女の顔を見ている限りでは何かしらの確信があるからなのだろうが、あまりに簡単にし過ぎなのでは無いかとユキは心配になった。
ユキはジッと黒衣の人物のことを見つめ、一瞬ジト目になったかと思えば、大きく溜息をついてそのままアイズの方へと顔を向ける。
「ユキ?」
「……アイズさんのことですから、止めても無駄で、止められない理由もあるんですよね?」
「うん、ユキは18階層で待ってて欲しい。そんな所まで連れて行ったら私がリヴェリアに怒られそう」
「……分かりました。本当は私も付いて行きたいんですけど、今回は言われた通り大人しくしています。その方も企みはあっても悪い人では無さそうですし」
『っ』
言葉と共にジロリと目を向けられた黒衣の肩がピクリと跳ねる。
それは企んでいることがバレたからなのか、単にユキの目線が恐ろしかっただけなのか。
そんな黒衣を一瞥し、ユキは自分の持っていたカバンを叩いてアイズに言った。
「その代わり、私が持ってきた薬やトラップの類は全部持って行って下さい。お代は後からで構いませんから」
「うん、分かった。ありがとう、ユキ」
「絶対無事に帰って来て下さいね。もしアイズさんに何かあれば、私大泣きしちゃいますから」
「……それはリヴェリアが本気で怒ると思うから勘弁して欲しい、頑張ってくる」
「はい、頑張って来て下さい」
そう言って優しく微笑んだユキを安心した表情で見つめるアイズ。
しかし一方で、蚊帳の外の黒衣の男は興味深そうな目でユキのことを見つめていた。
(あれは確か、ロキ・ファミリアに最近入った
……それに、ユキと言ったか。まさかとは思うが、少し調べてみるか)
厄介な輩に目をつけられたのは間違いない。