白海染まれ   作:ねをんゆう

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20.影-2

肩を掴まれ至近距離にまで引き寄せられたフィルヴィスは決死の表情で彼女に迫るレフィーヤのあまりの気迫に、素っ頓狂な声を上げてたじろいだ。

こんな様子を彼女が見せるのは滅多にないことであり、レフィーヤのあまりの距離の近さに頬を染めて冷静さを失うその様子は先程までの無表情とは異なり年相応の女性らしい。

しかしそんな珍しい彼女に気付きもせず、レフィーヤはどんどんとフィルヴィスとの距離を詰めていく。

 

「私はあなたのことが好きです!!」

 

「は、はひっ!?」

 

何も考えていない火の玉ストレートが放たれた。

 

「今日ここに来るまで、フィルヴィスさんは私のことを何度も守ってくれました!」

 

「い、いやそれはだな……!」

 

「それに足の遅い私を気遣って、ずっと側に居てくれたのも知ってます!」

 

「だからそれは……!」

 

「ベートさんが居ない時に私達に近寄ってくる人達に睨みを利かせて下さっていたことも!」

 

「は、話を聞け!」

 

「だから私はそんな優しいフィルヴィスさんのことが大好きです!!」

 

「や、やめろぉ!!」

 

可哀想なくらい顔を真っ赤にさせられたフィルヴィスは、どんどん壁の方へと追いやられていく。

美少女が美少女に「好き」と言いながら詰め寄るその光景は、一部の人間にとってはそれはもう大好物の代物だろう。

目の前で繰り広げられるそんな光景を見ていられないと溜息をつきながら目を逸らすベートの元へと、そんな2人を温かい目で見ながらユキが近づいていく。

そんなユキのことすら煩わしいベートであるが、流石に今余計な口を挟むほど彼も空気の読めない男では無かった。

 

「だ、大体お前とはまだ会ったばかりだろう!それなのにす、す、好きとはなんだ!?お前が私の何を知っている!」

 

「そんなこと!これから知ればいいだけです!何も知らない人を好きになってもいいじゃないですか!」

 

「いいわけがあるか!せめて相手の素性や性格をだな!」

 

「私はもっとフィルヴィスさんのことが知りたいんです!フィルヴィスさんともっと仲良くなりたい!もっと、もっと貴女と一緒に居たいんです!」

 

「うっ」

 

ついに壁際に追い込まれてしまったフィルヴィス。

最早レフィーヤは半分正気を失っていた。

後で思い返せば数日は部屋から出てこれない様なことを一心不乱に言っている。

ほぼ告白とも取れる様な言葉を次々と口に出してはいるが、その意味がそういう意味なのか、どういう意味なのかは彼女自身ですら今は分かっていない。

 

「わ、私と居ればお前も死ぬかもしれないんだぞ!それでもいいのか!」

 

「構いません!!」

 

「なっ……!」

 

決死の反撃の言葉すら今のレフィーヤには通じない。

フィルヴィスの自虐じみた突き放す言葉にさえも彼女は即座に食らいつく。正気を失った様な目を見てもその様子はさながら喉元に食らいつく肉食獣の様で。

 

「私は死にませんから!!」

 

「何を根拠に……!」

 

「フィルヴィスさんが守ってくれます!」

 

「……は?」

 

「ユキさんだって守ってくれます!なんだかんだ言ってもベートさんだって助けてくれるツンデレさんです!!」

 

「オイこらクソエルフ!!」

 

「だから私は死にません!フィルヴィスさんの側にいても大丈夫なんです!!」

 

呆れる様な彼女の言い分に言葉を失う一行。

ユキだけはそんなレフィーヤの様子を見て何処か嬉しそうに微笑んでいた。

彼女のあまりの言い分に一瞬気を失ったかの様に呆然としていたフィルヴィスは、ため息一つその場に落として俯きままに一つずつ言葉を紡ぐ。

 

「……言っていることがめちゃくちゃ過ぎる。こちらの話も聞かず一方的に捲し立てて。私のせいで死ぬと言っているのに、私がお前を守るだと?何を根拠にそんなことを言っているのかと、呆れ果てて言葉も出ない」

 

「けど、それでも私はフィルヴィスさんのことを知りたいです。貴女ともっと一緒に居たいんです」

 

「それがそもそも理解不能なのだ。私じゃなくともお前の周りには、それこそ私なんかよりも魅力的な人間は居るだろうに。なぜそこでわざわざ私なのだ、私などと関わればお前まで汚れるというのに」

 

「そういう心配をしてくれる人だからです。もしフィルヴィスさんが本当に私の事を見捨てるような酷い人でしたら、こんなことは言いません。もし本当に汚れることになったとしても、フィルヴィスさんになら私は構いません」

 

「……その言葉、私以外に使うなよ?変な意味で捉えられるからな?」

 

「はい?」

 

額に手を当て、今度は諦めではなく呆れの溜息をつくフィルヴィス。

彼女と出会ってから自分は何度溜息をつかされるのだろうと思うフィルヴィスであるが、その表情は先程よりもずっと明るいものになっていた。

 

小さくではあるが口角を上げると、彼女はレフィーヤの両手を自分の肩から外し、そのまま己の手の上へと置く。

その仕草の意味がわからず首を傾げるレフィーヤに対して少しだけ身を屈め、彼女を見上げる様にして笑い掛けると、フィルヴィスはまるで誓いの言葉を述べる様にして言葉を発した。

 

「……最後だ。私がパーティを組む相手は、お前で最後にする。だがもし仮にお前すら失くしてしまうようなことになってしまったら、私はその場で必ずこの命を絶とう。これは絶対条件だ」

 

「そんなことは絶対にさせません。だって、フィルヴィスさんが私を守ってくれますし、私もフィルヴィスさんのことを守ります。これだって絶対です!」

 

「……並行詠唱もできないのにか?」

 

「うっ、それは……これからおいおい学んでいくといいますか!」

 

「ふふ、冗談だ。それは今後に期待させてもらおう。……だから、頼むから私の前で死んでくれるなよ。最初に私と居たいと言ったのはお前の方だ、それ相応の覚悟はして欲しい」

 

「は、はいっ!私、フィルヴィスさんといつまでも一緒に居られる様に頑張ります!」

 

「お、お前はまたそういうことを……!!」

 

あのレフィーヤが押している、こんな光景を見ればロキ・ファミリアの面々達はそれはもうニマニマするに違いない。

後から振り返って暴発する彼女を想像するまで込みで。

 

その後もなんやかんやとイチャイチャとしだした2人を、ベートは興味無さげに放ってその場を後にしようとする。

勿論そんな彼を一人行かせる訳もなく、ユキもまた二人に声を掛けた後で彼の背を追うのだが。

 

「ふふ、あんまり面白くなさそうですね、ベートさん?」

 

「チッ、黙ってろ。あんな面倒臭い空間に居られるかっつーの、気持ち悪い」

 

「そうですか?私はその辺りの偏見はありませんから、たとえレフィーヤさんが"そういう意味"を持っていたとしても驚きませんよ」

 

「……お前のその感性はどっち寄りなんだ」

 

「???どういう意味ですか?」

 

「いや、やっぱいい。答えるな。その藪蛇だけは俺でも御免だ」

 

「は、はぁ……今日のベートさんは不思議ですね」

 

仮にユキのそういう対象がアレで、この中性生命体に何故か妙に懐かれている自分が居て、そういう様々な思考の故に"もしその対象の中に自分が入っていたりしたならば……"などと考えた日には、ベートはリヴィラの街を壊滅させることも厭わない程に荒れ狂うことになるだろう。

その一歩手前でほぼ勘頼りながらも引き返すことができた彼は正しく褒められるべきだ。

 

急激に顔色を悪くした彼を不思議そうに見つめるユキの表情がまたあどけなくて、思わずそれを直視してしまったベートは反射的に珍しながらも自分から話題を振る。

 

「……そういえばテメェ、最初からあの女のこと疑ってなかったな。話を聞いてもそうだったが、素性でも知ってたのか?」

 

「フィルヴィスさんのことですか?いえ、私が彼女と会ったのは本当に少し前で、その時も挨拶をした程度でしたよ?」

 

「あん?だったらンで警戒一つしなかった、またいつもの綺麗事か?」

 

「いえいえ、私だって人を疑う事くらいはしますよ。そうでなければ大切なものを取り零してしまう、ということも知っています」

 

「……だったら何でだ」

 

いつもの様に顔色一つ変えることなく微笑みながらそんなことを言うユキに対して、ベートは探る様に目線を合わせる。

彼としてはそこそこ強めに睨み付けたつもりであったのだが、それに対しても特に何の変化も見せる事なくユキは薄っすらと目を開けた。

 

「……別に疑っていないという事はありませんよ?生粋の善人という訳でもないでしょうし。ただ呪いの事については、最初から確信していましたね」

 

「確信……?」

 

「フィルヴィスさんが『呪い』になんてかかっていないということです。呪詛どころか、そういった運命に縛られている訳でもない様ですから」

 

「ハッ、たかが挨拶したくらいでそれが分かるってか。そら大層な目を持ってるもんだな、ロキかテメェは」

 

「ふふ、そんなに褒められては困ってしまいますね。……ですが、そうですね、この場合は私の目という訳ではないんです」

 

「……相変わらず面倒臭い話し方してんじゃねぇよ、言いたいことがあるならさっさと言いやがれ」

 

そうして足を止めて横を見れば、後ろからついて来ていた二人もこちらの話を聞いていることに気付いてしまう。

特にフィルヴィスの方は自分と同じくらいに興味深そうにしているのを見て、それでも構わないとばかりにベートはユキの肩を掴んだ。

そんな彼にしては珍しい大胆な行動に少しばかり驚いたユキは、多少体勢を崩しながらも彼の方へ顔を向ける。

 

「……正直に言えば少し判断には困りました。御二方共、見た事の無いような歪な方でしたし、フィルヴィスさんなんて今でも何度見てもよく分かりませんから」

 

「なッ!」

 

ユキの瞳を真正面から捉えたベートは、横顔からは分からなかった彼の瞳の奥から、受けたこともない様な途方も無いプレッシャーを感じた。

ダンジョンのモンスターや凄腕の冒険者、様々な強者の圧力を受けて来た彼ですらも体験したことのない様な異質な圧力。

それはこうして目の前で捉えている自分だけしか感じ取ることは出来ないだろう。

 

金縛りにあった様に動けなくなったベートの耳元へ、ゆったりとした動きでユキは近づいて行く。

そうして足りない背の分を爪先立ちしながら補い、息と息が触れ合う程の距離まで近づいた末に、彼はベートにしか聞こえないほど小さな声で呟いた。

 

「でも仮に、フィルヴィスさんが本当に意図的に仲間を陥れ、自分の快楽の為にその手で苦しめて殺し続けている様な悪人であったとすれば……」

 

 

 

 

『出会ッタソノ場デ私ガ殺シテイタカラナ』

 

 

 

 

「ッ!?」

 

自分の知っているその人物から発せられたとは思えないほどに冷たく、棘のある言葉にベートは大きく目を見開く。

弾かれる様にユキから首を大きく後ろへ離すと、しかしそこには彼のいつも通りの優し気な笑顔があるだけ。

……ただ、薄っすらとユキの背後からは嫌な雰囲気が漂って来ていて。それは少し離れた場所にいる2人からは気付けない程に微かなものではあったのだが。

 

「……おい、何があった」

 

「べっべべっ、ベートさんとユキさんが……!あわわわっ!!」

 

何かを察したフィルヴィスと盛大な勘違いをしているレフィーヤに声を掛けられると、ユキは『なんでもないですよ♪』と笑う。

どこか悪戯っ子な雰囲気を感じさせるその様子に二人は引き下がるが、今もまだ額に汗をかいているベートを誤魔化せはしない。

 

一体何を言われたのか、恐らく聞いたところでベートが答えることはないだろう。

しかしフィルヴィスの心には大きなシコリが残ってしまっていた。

 


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