転がるオリヴァスの首が見たものは、自分の首にあった筈の位置に浮遊している見覚えのある一本の剣。
……そして、悍しいほどにその口角を広げた女の姿。
モンスターでもあるはずの自分ですら吐き気を催す程のナニカを纏った、異常な存在。
「〜〜っ!!巨大花!!食人花!!奴を殺せ!ころせぇぇぇ!!!」
至高の存在である彼女の僕である自分が、たかが人間ごときに恐怖を抱くなどあり得ない。あり得ないことであるにも関わらず、これほどまでに心と身体が、目の前の女から逃げ出そうと震えている。
オリヴァスは一心不乱にソレに向けてモンスターを押し当て、胴体に自分の頭を掴ませてその場を離れようとした。
「……アァ、本当ニ……気分ガ悪イ」
迫り来るモンスターの一体一体に生気の失われた瞳だけを動かして向け、曇った目で威圧感を放つユキの姿はその纏った雰囲気が無くとも恐ろしい。
ヘルメス・ファミリアの魔導師達は既に吐き気を堪えることが出来ずにその場で嘔吐しており、同じ様に魔法を使う者達もあまりの不快さに顔を歪めていた。
レフィーヤもまた例外ではなく、あまりにも気持ちの悪いユキの変貌振りに胃液の逆流を抑えきることができない。
あのベートでさえも、今のユキに近付こうとはせず、逃げ出したオリヴァスをその速さを生かして追い詰めに行く。
アレに直接干渉するのは、今絶対にすべきではないと判断したからだ。
『全テ殺シテシマオウ。ソウシヨウ、ソレガイイ』
ユキの腰に据え付けられていたものを含めた7本の剣がその場に浮遊し、2本がその手に握られる。
目や口は引き裂かれてしまうほどに強く見開かれ、口角を広げられ、眩しい程に光り輝く付与魔法がユキの腕の全てを包み込んでいく。
『殺ス、殺ス殺ス殺ス殺ス……!アノ男モ!オ前達モ!全員纏メテ!ブッ殺ス!』
食人花の群へと突っ込むユキ。
一瞬その姿が完全に緑によって隠されるが、直後、その居た場所を中心にモンスター達が単なる肉片へと姿を変えた。
ユキの周りを縦横無尽に飛び回る剣達はそれだけで硬い皮膚を持つ食人花を引き裂くほどの力を持っていながら、同時にユキ自身の手にある剣から放たれる斬撃によって更に数は減らされていく。
何十体と居たはずの食人花達は急激にその数を減らされ、なすすべも無くただの灰へと姿を変えていく。
360度全ての方向からの攻撃もユキへと届くことはなく、その寸前で的確に魔石を貫かれ爆散させられるその様子は、むしろ可哀想になるほどで。
単なる虐殺といっても過言ではない有様だった。
生まれては殺され、生まれては殺され、供給が追いつくはずもなく食人花は全滅に追い込まれていく。
ユキがその場を離れたことで冒険者達もなんとか平静を取り直したものの、彼等にとっても恐怖の対象は既にモンスターではなくユキにあった。
……それでも、これ以上子供達を殺されてなるものかと、巨大花がユキへと挑みにかかる。
通常の食人花達は今がチャンスとばかりにその隙を見てユキから退避し、立ち直り始めた冒険者達に向けて突っ込んでいく。
冒険者達にとっての試練はここからだった。
「っ!ウィリディス!魔法の準備をするんだ!」
「で、でもフィルヴィスさん!ユ、ユキさんが……!」
「今はそんなことを言っている場合か!あいつの為に今してやれることは何もない!あんなバケモノ共の戦いに交ざれるか!!」
「で、でも……!」
"バケモノ"という言葉に一瞬の否定感を持ってユキの方向へと目を向けるものの、当の本人は今巨大花へ向けて地下水路でも見せたあの複数剣を犠牲にした『剣光突破/ソード・プロミネンス』を撃ち込んでいる最中であった。
あの異常な大きさを誇る食人花を、巨体に相応かそれ以上の強靭さを誇る巨体を、光の束を狂った様に放ち……憎悪に狂った瞳と形相で痛めつけているその様子を、果たして普通の人間だと言えるだろうか?
その体躯と大量の蔓が目で追うことも危うい速度で放たれるにも関わらず、その人間の形をしたナニカはそれ以上の速度で空中を縦横無尽に駆け回り、悉くを間一髪で避け続けるのだ。
フィルヴィスが言った様な"バケモノ"という言葉があまりにも今のユキに似合い過ぎていて、レフィーヤはついその口を噤んでしまう。
「あいつを助けたいなら今やれることをしっかりとやれ!それ以外にできることなど無いだろう!」
「!!」
またその言葉だ。
自分にできることは少ない、だから自分のできることをやるしかない。
それは分かっている。
分かっているけれど、悔しさは拭えない。
自分にできることがあまりにも少な過ぎて、
自分の力量があまりにも足りなさ過ぎて、
結局こういった場面でこうなってしまうのは、果たして本当に正しいことだと言えるのだろうか。
まるでその行為が自分の弱さに甘えた行いのように思えてきてしまって、胸が痛くなる。
いつも肝心な時に最低限のことしか出来ないのは何故なのか、そんなことは単純に自分の力が足りないからだ。
ならばなぜ自分の力が足りない?
そんなことは自分の努力が足りていないからに他ならない。
これまではそれでも何とかなってきた。
けれどこれから先もそうだとは言い切れない。
自分の力が及ばず仲間を失ってしまうこともあるかもしれない、自分の弱さが原因で誰かを犠牲にしてしまうことがあるかもしれない。
少なくとも、今壊れてしまったユキの元へ行き、彼を助けることができないというのは紛れもなく自分の弱さが原因だ。
あの様子では負けることはないだろうが、あんな様子の彼を放っておくことに安心できる要素など何処にもない。
早急に止めるべきだろうに、止めなければならないだろうに、それができないことは事実だ。
「……!!3分、3分ください!絶対に私が何とかします!!」
「たった3分でいけるのか?」
「3分でも遅いくらいです!リヴェリア様なら、1分で十分なはず……!」
レフィーヤは決意の下で呪文を紡ぐ。
放つは憧れた彼女の魔法。
追いつきたい彼女の力。
あの領域へ至る気持ちを持たなければと、自分を律して一節一節に力を込める。
「ウィーシェの名のもとに願う 。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい。『エルフ・リング』!」
「ッガ……!!」
レフィーヤが決断をしたと同時に、巨大花の一振りによってユキの左腕が棒切れの様に吹き飛んでいく。
あまりの密度と速度で繰り出される巨大花の攻撃を避けることに、ここにきて漸く失敗したのだ。
むしろここまで避け続けながらも攻撃を与えていた方がおかしい。
……加えて、ユキは既に光の付与魔法を全身に纏わせていた。
子供に叩かれただけでも皮膚が弾け飛ぶ程に脆くなったその身体で受ける衝撃は凄まじく、左腕だけでなく左の半身のあらゆる場所にまでダメージが入り、真っ白だったその服をドス黒い赤へと染め上げる。
それでもユキは攻撃の手を休めることはなく、巨大花を削り続けた。
既に9本の剣はその殆どを使い切り、巨大花の身体には3つの大穴が空いている。
それだけの多くの損傷を受けながらも、しかし巨体花は同時に少しずつ回復を行なっているのか傷口が塞がれていく。
ユキはそれを更に深める様に引き裂いていく。
質の悪いイタチごっこだ。
巨大花は食料庫に寄生し半永久的に再生を行うが、ユキは一度でも当たれば身体ごと吹き飛ぶような極限状態。
そんなフェアではない削り合いをしていてもなお、このままでは勝ち目が無いということが分かっていてもなお、ユキが引くことはない。
それが冷静さを失っているからなのか、はたまたユキ自身の意思なのかは分からないが。
「間もなく、焔(ひ)は放たれる。忍び寄る戦火、免(まぬが)れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを」
レフィーヤは必死になって魔法を唱える。
早く魔法を唱えなければ、早く助けに向かわなければ、このままではユキが確実に死んでしまう。
自分の力が足りないせいで、彼を死なせてしまう……!
そんな思いで、血濡れになった彼の姿を見ながら、焦りを感じながら……
「レフィーヤ!!」
「へ?」
その瞬間までレフィーヤは気付くことができなかった。
自分の目の前に迫り来るその巨大な口の存在に。
「……ぁ」
終わった。
特別何かを考えなくとも分かる。
自分を守れるものは誰もいない。
背後の敵を抑えてくれていたフィルヴィスは動けるはずもなく、周りの冒険者達も受けた傷や血を流している仲間に気を取られている。
周りを見ていなかったが故に、自分の状況すら把握していなかったが故に、いつのまにか最悪の状況にいることにすら気付くことができなかった。
誰かに助けを求めることもできなかった。
食人花の口が顔の寸前まで迫り来る。
自分は一歩たりとも動くことができない。
……結局また自分は失敗したのだ。
誰も守ることができないまま、
フィルヴィスとの約束も守れないまま、
自分のミスで大切な人達をも殺すことになる。
フィルヴィスが目の前の花を蹴り飛ばして走る。
しかしどう考えても届くことはない。
その表情が絶望の色へと染まっていく。
また助けることができないのかと。
やはり自分が仲間を殺してしまうのかと。
こんなにも純粋な子を、自分のせいで殺してしまうのかと。
伸ばしても届くことのないその手が空を掴む。
誰もが終わりだと確信した。
誰もが自分のミスを察してしまった。
そのミスが致命的であることも分かってしまった。
この場にいる全ての人間のミスによって引き起こされたこの事態は、既に取り返しのつかないことになっているのだと理解してしまった。
……そして、諦めてしまった。
どうしようもないのだと、手遅れなのだと。
他でもないレフィーヤでさえも、そんな風に思ってしまった。
『ッ』
思わず目を閉じてしまいそうになるその寸前。
突如として目の前の大口と自分の間に真っ白な光が遮る様に現れて、真っ赤な鮮血と共に動かない身体が押し出される。
レフィーヤの身体に何かを引き裂く様な痛みは、来なかった。
ただ自分の顔に、何か液体の様なものが付着した感覚だけが感じられて。
「……!?ゆき、さ……!」
赤い、紅い、真っ赤な光景。
その身を自分の血で染めたユキが、肩口を食人花に大きく引きちぎられる様子だけが、レフィーヤの目に映り込んでいた。
虚ろな目をしながらも、何の痛みも感じていない様に。
常人ならば立つ事すらままならない様な有様でありながらも、それでも剣を振り切ってレフィーヤや他の冒険者達の周りの食人花を殺し尽くす人の姿。
ぼたぼたと致死量に達していると断言できるほどの赤を散らし、左半身はもう既に元の原型を保っていない。
そんな状態になってもまだ、こちらに気付き突進してきた巨大花に残りの力全てを注ぎ込んだ愛剣を投擲し、花の中央部で凄まじい爆発を引き起こし、大穴をこじ開ける。
その一撃は魔石に掠めるほどの的確な攻撃に致命的なダメージを与えることには成功するも、消滅にまでは至らなかった。
もがき苦しむ巨大花、
対して既に虫の息寸前のユキ、
どちらも立つことすら限界の有様である。
それでも、武器を持たぬ身になってもまだ、ユキがレフィーヤの前から退くことはない。
今にも命を手放しても不思議ではない状態にあるにも関わらず、ユキは彼女の前で立ち塞がる。
未だにその身体から漂う不快な感覚が消えることがなくとも、狂気が少しずつ解けかけ自分の感覚と苦痛が戻って来ていたとしても、光の消えた瞳を隠す様にして、自分は大丈夫だと誤魔化すようにして、ユキは震えるレフィーヤに向けて笑いかける。
「ダい、じょブ、です…………ワた、し……立てます、から……」
「っ!!!焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ!!」
『レア・ラーヴァテイン!!!』
如何に集中力が途切れてしまったとしても、今この瞬間に、この魔法が失敗することなどあり得なかった。
それは他でもない、彼女の魔法なのだから。
世界が紅蓮の業火に包まれる。
既に満身創痍だった巨大花は勿論、戦闘中にも増殖し続けていた食人花も残らず焼き尽くされる。
圧倒的なその魔力量を前にして、ヘルメス・ファミリアの面々はただただ立ち尽くすことしかできない。
そもそも一体何が起きたのかすら理解できていないのだ、直前まで死に直面していたレフィーヤが誰に助けられたのかも把握できていない。
その上でこの様な光景を見せられたのだから、呆けてしまうのも仕方ない。
「ユキさん……!ユキさん!!」
そんな飛ばしていた意識を引き戻される様な悲痛な叫びが、食料庫内に木霊した。
ハッとした面々がその方向へと視線を向けると、赤く染まった人型の何かがレフィーヤに向けて倒れ込んでいるのが分かる。
人型にしてはどこか歪な形をしているが、何がどうしてそうなっているのかは、相当な間抜けで無い限りは容易に想像できるだろう。
多少マシになったとは言え、未だにその身体から不快な雰囲気が漂っている。
それだけでその人物が誰であるのかも、予想がつく。
「誰か!誰でもいいですからエリクサーを……!ポーションなんかじゃ治せない!」
訴えかけるレフィーヤの言葉に反応できるものはここにはいない。
エリクサーなどと言うものを持ち歩く冒険者はそれこそ稀であり、そもそもヘルメス・ファミリアの者達はそれを既に仲間の為に使い切っている。
彼等の中で怪我人が出ていても死人が出ていないのはそれが要因の1つだ。
既に使える回復アイテムは使い切っており、彼等にできることなどもう何一つない。
「………!!だったら魔法で……ぅ」
リヴェリアの回復魔法を使えば。
そう思い付いたのはいいが、先程の一撃に全てを込めてしまった今のレフィーヤにそんな魔力などこれっぽっちも残ってはいなかった。
気力で保ってはいるが、彼女自身もマインド・ダウン寸前であるのに、どうしてリヴェリアの魔法などが使えよう。
エルフ・リングでさえも発動は不可能だというのに、出来るはずがない。
「何も、できないんですか……?私はまた、何もできないんですか?助けようと思った人に助けられて、助けようと思っても助けられない。肝心な時に何もできないなら、私は一体何のために……!!」
「レフィーヤ……」
フィルヴィスは悲痛に駆られるレフィーヤのことを見守ることしかできない。
彼女の気持ちは自分が何度も味わったもので、それでも何の答えを得ることのできなかったものだ。
嘆き悲しむ彼女に掛けられる言葉など自分には何もなかった。
ユキ・アイゼンハートの傷は最早完全な手遅れだ、むしろ生きていることがあり得ないというレベル。先程までどうして立って動いていられたのかすらも分からない有様だ。
ただ、急速に生気を失っていくその様子を見るに、彼を今この場に引き止めていた何らかの効力が消えてしまっているということだけは分かる。
普通のポーションでも止血が精々、本格的に死を回避するまでには至らない。それはヘルメス・ファミリアの団長であるアスフィすらも同意見であり、一度視線を向ければ静かに首を振る。
フィルヴィスとアスフィ、彼等2人だけが理解していた。
この凄まじい戦況の中で陣営に死者が1人も出なかった本当の理由を。
それは紛れもなく戦場中を飛び交っていた錆れた剣達の働きによるものであった。
命の危機に陥った者の前に現れ、一瞬で敵を屠り飛び去っていく。
2人はそんな光景を何度も目にしていた。
そしてその剣を実際に動かしていたのは他でもない彼女(ユキ)であり、あんな精神状態であっても、あれほどの化け物と対峙している状況であっても、8本もの剣を遠隔操作しながら戦場全体をフォローしていたというのは最早人間の所業ではない。
戦闘中に彼女が表情は動かさずとも何度か自分の頭を押さえつける様な仕草をしていたのは、恐らく精神的な理由だけではないのだろう。
自分達を助ける為にあれほどの乱戦の中で脳まで酷使しながら戦っていたというのならば、一度でも彼女のその変わり様に忌避してしまった自分達が心底情けなくなる。
しかもそんな彼女が命の危機にあるというのに何一つしてやれることが無いというのだから、その思いは一層強い。
特にアスフィは彼女に一度命を救われていることもあり、思うところは多くあった。
「オイ馬鹿エルフ共!!これは一体どういうことだ!」
「……っ!!ユキ!!」
「ベートさん……!アイズさん……!ユキさんが、ユキさんが……!!」
沈み込み、レフィーヤの嗚咽しか聞こえてこないその空間に、2人の見知った人物が走り込む。
それは逃亡したオリヴァスを追っていったベートと、その争いへ偶然レヴィスと共に参戦することになってしまったアイズであった。
2人は壮絶な戦いの末にオリヴァスの魔石を食らったレヴィスを退けることには成功したが、それでもベートは足の骨を砕く大怪我をし、アイズもまた全身に裂傷を負っていた。
正しく辛勝と呼べるものであったが、それでも漸く得た勝利に内心一息ついていたにも関わらず、こうして一同の元へ戻ってこればあまりに凄惨なその有様に再び心を激しく乱されることとなる。
「チィッ、テメェ等ァ!こんだけの頭数揃えといて何やってやがった!おいアイズ!エリクサーあんだろ!さっさと出せ!!」
「え……」
「分かってる!ユキ、死んじゃだめ……!!」
"エリクサーを持っている"
その言葉にレフィーヤ涙に塗れた目を大きく見開いてアイズの方へと視線を向ける。
彼女が自身のバッグの奥底から取り出したのは確かに虹色に輝くエリクサーであり、その瞬間、レフィーヤはあまりの安心感にその場に崩れ落ちてしまう。
そしてそんな彼女を見て、アスフィが一つの当然の疑問を投げ掛けた。
「……剣姫、貴女は今日ダンジョンに潜っている所をスカウトされたと聞いていたのですが。普段からそんなものを持ち歩いているのですか?」
そんな当然の疑問を。
「いつもじゃない、ユキとダンジョンに行く時だけ。けど、リヴェリアは毎日持ち歩いてる。最近はベートさんも……」
「余計なこと言ってんじゃねぇぞアイズ……ったく、どうやれば人間の腕がンな形で吹き飛ぶんだっつの。こいつの身体はゼリーかなんかか」
遥か彼方へ飛ばされた彼の腕を手に持ち、ベートは一つため息をつく。
信用されていないという訳ではないのだが、あの一件以来リヴェリアの過保護が過剰になっているのは明らかだった。
ユキと一緒にダンジョンに潜る人間には悉くエリクサーを持ち歩くことが推奨されており、流石に『過保護過ぎる』『アホくさい』と言う者達も居たが、アイズもあの時のことを思い出すと持たざるを得なくなっていた。
ちなみにだが、ベートが偶に持っている理由は、戦闘中にガンガン剣を消耗させながら危うく戦うその様を見ているうちに、自然とイライラしてしまう自分を落ち着かせる為以外の何物でもない。
これさえ持っておけば多少危険な場面に遭遇しても『勝手に大怪我してろ』で済むからだ。
もちろん、ユキがそういった失敗をしたことは一度もないが、個人としての感情はまた別物である。
「アイズさん!ユキさんは、ユキさんは……!」
「……多分、大丈夫。ギリギリ間に合った。あと少し遅かったら、ダメだったかも」
「ぁ」
冷たく凍っていた心に温度が戻ってくる。
瞳の奥から溢れ出る涙の質が変わる。
レフィーヤは自然と今も意識を失っているユキの胸に縋り付く。
自分の力の無さが原因で大切な仲間を失わずに済んだことに、
自分の弱さ故に助けてくれた恩人を死なせずに済んだことに、
そして、
自分を認めてくれる誰よりも優しい理解者を助けられたことに。
レフィーヤの心はついに決壊し、マインド・ダウンが近かった事もあり、そのまま咽び泣きながら気を失った。
これが彼女が変わる為の一歩になるかは分からない。
それでもきっと、素直な彼女ならば、努力を重ねないということはあり得ないだろう。
そんな彼女におっかなびっくりと触れようとするフィルヴィスという掛け替えのない友人が出来たということも、大きな影響を齎すことに間違いはない。