白海染まれ   作:ねをんゆう

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23.切口

史上稀に見る様な激戦を制した彼等は、崩落し始めた食料庫から命からがらなんとか逃げ出し、リヴィラの街を経由しながらオラリオへと帰還した。

死人こそ出なかったものの、多くの負傷者を出したこの一件は関わったファミリアの主神達に様々な思いを抱かせることとなった。

 

そしてその日の夜。

ディアンケヒト・ファミリアの治療院で砕けた足を治しているベート、マインド・ダウンで寝込んでしまったレフィーヤ、未だに眠り続けているユキの3人を駆り出すわけにもいかないので、最も軽傷であったアイズからロキファミリアの幹部達は報告を受けていた。

 

「なんでや、なんでユキたんはふと目を離すと死にかけるんや……流石に一週間ペースは早過ぎやろ!昔の英雄譚でももう少し間隔あるで!?」

 

「……ごめんなさい」

 

「いや、この件に関してアイズに責任はないよ。そもそもベート達にユキを回収させて君の方へ向かわせるまでがロキの提案だったからね。……勿論、怪しい人物から勝手にクエストを受けたことは反省すべきことではあるんだけど」

 

「話を聞いとる限りじゃと、死人が出んかったのが奇跡に近いしのう」

 

「結果的にロキの判断は間違っていなかったんだろう。……とは言え、問題は山積みか」

 

「ユキたんの豹変、59階層、オラリオ壊滅を目論む輩、どれも考えるだけで頭痛なる案件やんなぁ」

 

はあ、とアイズを除いた4人は揃って深い溜息を落とす。

なぜこうも忙しい時に限って、そう思ってしまうのも仕方のないことであるだろう。

特にユキに関しては早急に調査が必要だ。

 

「にしても、あのユキたんがそないに物騒なことをなぁ。『悪人は殺す』なんて、ちと過激すぎひんか……?」

 

「私は見れてないけど、ベートさんが『あいつは陰で何人か殺してるんじゃないか』って……」

 

「そんな筈が!!」

 

「落ち着きぃや、リヴェリア。……ガレス、なんか知っとらんか?」

 

アイズの言葉に声を荒げようとするリヴェリアを制し、ロキはガレスへと話を振る。

そういった話に聡い彼は、顎鬚を撫でながら記憶を振り返る。

 

「……確かに、あやつがこの街に来た頃合から突然姿を消した者達はおる。じゃが、そもそもこの街の治安自体が以前よりマシになったとは言え良くはないからのぅ。出て行ったきり帰ってこん冒険者というのも珍しくはないし、それが嫌われ者の悪党となれば話題にすら上がらんからな。断言はできん。加えて、仮にあやつが陰でそういった嫌われ者達を始末していたとして、死体が無ければ誰にも分からん。証拠も無ければギルドは応じん」

 

「ということはつまり……」

 

「どこもこの件に関してはノータッチ、情報を集めることすらしとらんっちゅうことかいな」

 

「ガレス、消えた者達の中に無実の者は居たかい?」

 

「居るにはおった……が、そやつ等は漏れなく身元を漁っとるうちにボロボロ罪状が溢れてきてな。複数の殺人、強姦、人攫い、どれも許されるものではない事が露見し、捜索を依頼した主神等は逆に取り調べを受ける羽目になっとる」

 

「それはつまり、ギルドですら掴んでいない様な犯罪を、その犯人は知っていたということかい?」

 

「それは分からんが、それらしい被害者はどいつもこいつも胸糞悪い連中ばかりよ。所謂死んで喜ばれる様な者共、それもこの件がギルドから放置されとる要因の一つじゃのう。たとえ其奴等が殺されていようが、自分達の代わりに街を乱す輩を減らしてくれるのならば、犯人捜索の優先順位は遅くもなろう」

 

「……また判断に困る話だね、正直その件も山に積むべき問題の一つの様な気がするよ」

 

話し合えばば話し合うほどに新たな問題が掘り返されていくこの有様に、場の雰囲気はどんどん重くなっていく。

そもそもユキが大怪我をして帰ってきたというだけで冷静さを失っているリヴェリアにとっては、ここに来てユキに殺人疑惑が浮上してきたのだから最早半放心状態である。

思い返せば、ユキは度々一人でフラリと姿を消すことがあったのだ。それはロキも以前より指摘していた。もしそれがそういう目的の為ならば、この話に筋が通ってしまう。

 

……そしてそんな彼女の顔色を伺いながらも新たな話題を提供しようとするフィンは、本当に言い出し難そうで。

しかしこの瞬間を逃せばあまり話せる話題でもない故に、切り出さざるを得ない。

 

「それとだけれど、以前に調査を頼まれてた彼とフレイヤ・ファミリアとの関係性についてなんだけどね、目星はついたよ」

 

「なに?」

 

「ほんまか!フィン!」

 

「例によって、あまり好ましい話ではなかったけどね」

 

「またか……あいつはどれだけ私の心を痛めれば気が済むのだ」

 

そう言って頭を抱えるのも無理はない。

過去を暴けば地雷しか出てこない。

今を見ても死に掛けたり殺人疑惑が出てくるし、未来を見据えても不安しかないユキだ。

そんな彼を大切に思っている人間にとってはたまったものでないし、正直リヴェリアは今すぐにでもアストレアに対して彼の全てを問い詰めに行きたいと思っている。

その肝心のアストレアの所在すら現状では分からないのだが。

 

「半年ほど前の話になるけれど、北西のとある都市に新生の闇派閥を名乗る集団が攻め入った事件を覚えているかい?」

 

「ん?ああ、ウチらが遠征に行っとる最中にフレイヤんとこが対処した奴やろ?対応が後手後手になって大変やったってギルドが言うっとったわ」

 

「ここ5年以内にフレイヤ・ファミリアが関わった事件の中で可能性があるのはそれしかなかった。他は少なからず僕達も関わっていたり、他のファミリアも同伴していたからね。……ちなみにだけど、この件に関しては珍しくあの"猛者"が出動した記録もある」

 

「なに?」

 

「メンバーもかなり本気の編成だ、大半の第一級冒険者が駆り出されている。それだけあって彼等がオラリオを出て僅か2日で混乱は治ったようだけどね」

 

それが事実ならば、戦力過多にも程がある。

一般的にオラリオの外にはレベル4以上の冒険者はよっぽどのことが無い限りは存在しない。

街の外で出現するモンスターは基本的に脆弱で、レベル1あれば事足りる程度の力しか必要とされないからだ。

勿論例外はあろうが、それでもやはり外の世界でのレベル4以上というのは、それだけで街や国の最高戦力として立てられる程に珍しい。

 

そんな環境にレベル5以上の冒険者達を大量に投入したというならば、言っては悪いが無駄でしかない。

そんなことをあの主神フレイヤが行なったということをどう捉えればいいのか、近い立場にいるロキですらサッパリ分からないと首を傾げる。

 

「……分からんな、あのフレイヤがそこまでせなアカン様な事が思い付かん。気に入った男がその街におったとかなら話は別やけど」

 

「それがユキ……というわけではないだろうな。その時点で魅入られていたのならば、もっと強引な手法で手に入れられていた筈だ」

 

「ちなみにこの事件、正式発表だと街民の20%が殺されてるよ」

 

「「「なっ……!!」」」

 

「僕達含めた非関係者がそれを知らなかったのは、恐らく意図的に隠されていたからだろうね。実際この資料を探すのにも手間取ったし、ギルドが隠蔽工作をしていた可能性はかなり高い。ちなみに元々この街にはは5万人近くが住んでいたそうだ。そして噂ではあるけれど、実際にはその倍以上の被害が出ていた、なんて話もある」

 

「ほんまに何があったっちゅうねん……闇派閥の生き残りが攻めて来たにしても、被害の規模がデカ過ぎるやろ」

 

あまりの話に呆気にとられる3人に苦笑いをするフィン、一方で今も無表情で何を考えているのか分からないアイズの方へと目を向ける。

しかしそれでも彼女が特に反応を示さないことが分かると、彼はまた話を続けた。

 

「詳しいことは遠征の後にでも直接聞き取りに行こうかと思っているのだけど、それよりも当時のギルドと主神フレイヤとの興味深いやり取りの記録を見つけてね」

 

そうして彼は懐から一枚の紙を取り出す。

早く読めとばかりに身を乗り出すリヴェリアとロキ。

ガレスもまた興味深そうにその紙を見つめていた。

 

「これは少しばかり良くない手段を使って得たものだから他言無用にして欲しい。……簡単に言えば、オラリオと対象都市を繋ぐ陸路を黒龍が横断しているという複数の目撃情報についてだ」

 

「はぁっ!?そないなことウチ聞いとらんぞ!?」

 

「実際にはどうか分からない、あくまでも目撃情報だけだ。けど、これを聞いて女神フレイヤは予定されていた出動日を2日遅らせると断言している。勿論、ギルドは形式上は反対しているね」

 

「フレイヤの反応も当然や!何の準備も無しにみすみす黒龍なんかが居る所に子供等送るわけあらへんやろ!」

 

「……いや待てフィン、ということはその襲われた街はどうなっている。フレイヤ・ファミリアが2日で解決したとしても、実際にはそれまでの2日間は完全に放置されていたわけだろう?」

 

「さあ、今の段階ではそこまで掴めていないよ。ただ、発表された死者数とギルドの焦り様を見る限り、状況が良かった筈が無いだろうね。……正直この件に関しては残っている資料が少なすぎる上に、事件の大きさに反して噂話も少な過ぎる。直接聞かないことにはこれ以上は分からないけれど、もし彼が関わっていたとしたら……」

 

「神フレイヤに恩を売れる機会はいくらでもある上に、恩恵に呪いを背負うほどの凄惨な経験をしていても不思議ではない、ということじゃな」

 

それきり、4人の口から何かが語られることは無かった。

彼等がそれぞれ一体どのようなことを考えているのかは分からないが、どれだけ掘り下げても闇しか見えてこないこの話題をこれ以上進めていくことに躊躇いを持ってしまった者も居るかもしれない。

そして……

 

(恩恵に、呪い……?)

 

特に何も話すことなくこの会話を聞いてしまっていたアイズは、思いがけず気になる話を聞いてしまっていた。

 


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