白海染まれ   作:ねをんゆう

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R17くらい


24.愛

深夜、重苦しい会議が終わり4人が自然と解散をした後、リヴェリアはやはりユキの部屋へと歩いていた。

しかしその足取りは当然ながら重い。

こうして目を覚まさない彼の元へと出向くのは2度目である。

けれどそれでも、今回は最初の時とは違い、何処か顔を合わせることに躊躇いがあった。

つい先程までは目を覚ましたらどんな説教をしてやろうかと考えていたのに、今ではその気力すら湧いて来ない。

 

「……辛いのは私ではないだろうに、いつまで私はショックを受けているつもりだ」

 

たどり着いてしまったユキの部屋の前でリヴェリアはコツンと自分の頭を叩く。

もし彼が起きていたとしたら、そう考えればこんな顔で訪ねるわけにはいかない。一度深呼吸をして、いつもの自分を取り戻す。

 

「ユキ、入るぞ」

 

なるべく感情を表に出さない様に意識して中へと入った。

返事が無かったということは、恐らくまだ起きていないのだろう。

そうして少しだけ安心して部屋へと足を踏み入れると、しかしそこに彼の姿はどこにも無いことに気がつく。

 

「ユキ……?ユキ!どこに行った!?ユキ!!」

 

彼が寝ていた布団は捲られており、スッキリしたその部屋のどこを覗いても彼の姿はない。

部屋から出て廊下を見渡しても影は無く、既に大半の者が眠っていることもあって、耳が痛くなるほどの静寂だけがそこにあった。

 

「くっ……!」

 

リヴェリアは駆け出す。

頭によぎるのは最悪の光景。

話を聞いた限りでは彼は意識を失う直前まで我を失っていたという。

もし、目を覚ましてもまだ自我を取り戻せていなかったら……?

 

嫌な想像というものは強いもので、焦って考えれば考えるほど悪い方向へ悪い方向へと思考が偏っていく。

 

「……っ、ラウル!ユキを知らないか!!」

 

「ひえっ!?ユ、ユキさんっすか!?それでしたらさっきテラスの方で見かけましたけど……」

 

「よくやった!感謝する!」

 

「えぇ……」

 

いきなり恐ろしい表情で走りこんできたと思えば、答えた途端に全力で褒め走り去っていく今のリヴェリアは、彼から見ればあまりに異様であったに違いない。

ホームの中をレベル6の脚力を使って全力で走っていく彼女の姿は、それだけで記事の一面を飾れる程に珍しい光景である。

 

 

 

 

月の美しい夜だった。

影一つかかっていない丸い月がこの日は一段と大きく輝き、夜であるにも関わらず灯りがなくとも足元に不自由しない。

 

そしてそんな月が良く見える大きめのテラスの淵に、彼は座っていた。

見晴らしの良い一段ある段差の上に腰を下ろし、屋根を支える柱に身体をもたれさせ、夜風にその長く美しい髪を流しながら空を見上げている。

その哀愁漂う背中からは彼が何を考えているのかは分からないが、想像していたような自我を失っているということは無さそうであった。

むしろ想像していた時よりもずっと、静かで、穏やかに。

 

「そんな所に座っていると風邪を引くぞ、ユキ」

 

「リヴェリアさん……?まだ起きていたんですか?」

 

「ああ、眠る前に私に心配ばかりかけさせる問題児の顔を見ておこうと思ったのだがな。部屋に見当たらなかったので、こうしてホーム中を探し回る羽目になったというわけだ」

 

「ふふ、リヴェリアさんに迷惑をかけるなんて、いけない人ですね。その人は見つかりましたか?」

 

「ああ、呑気に空など見ていたよ。全く、困った奴だ」

 

チラリとこちらへ顔を向けたユキは、いつものように穏やかな笑顔をリヴェリアに見せる。

その表情を見た途端、リヴェリアの中に渦巻いていた懸念や不安、そういった負の感情が一度に取り除かれてしまうのだから、自分がどれだけ彼に毒されているのかも分かるというもの。

自然な動作で自分の上着を掛けてやると、ユキはそれをほのかに嬉しそうに握り締めた。

 

「……身体はもういいのか?」

 

「皆さん毎回そう言って心配してくれますけど、エリクサーまで使って治療までして貰って、弱音なんか吐けませんよ。むしろファミリアに入ってもう2本も使わせて貰ってるんですから、流石に申し訳ないというか……」

 

「気にするな、死なれるよりずっとマシだ。それにお前の働きを見ていれば反対する者も居るまい。もし居たとしても私が負担するからな、それで問題はないだろう?」

 

「もう、リヴェリアさんは直ぐそうやって……人を甘やかすのは私の仕事なんですから、あまり取らないでくださいね」

 

「別に私は誰にでもこうしている訳ではない、お前だから甘やかしているんだ」

 

「……今のはちょっと嬉しかったです」

 

「本音なのだがな」

 

掛けられた上着に頰を赤らめながら顔を埋めるその姿がまた可愛らしくて、思わずリヴェリアはユキの頭をぐしぐしと撫でる。

そんなことでさえも嬉しそうに目を細めるのだから、愛でがいがあるというか何というか。

 

「……何を見ていたんだ?」

 

「リヴェリアさんもさっき言ってたじゃないですか。空ですよ、正確に言えば月の方ですけど。部屋の窓からチラッと見えましたので、もっと近くで見たくなってしまいまして」

 

「月が好きだったのか?それは知らなかったな」

 

「……母を思い出すんです」

 

「母親を……?」

 

思わぬ言葉に疑問を抱くリヴェリア。

しかしそんな彼女の視線に応えることなく、ユキは再び夜空を見上げる。

 

「私の母は、本当に真っ白な人だったんです。容姿も勿論、その心の内も……あのアストレア様が初めて会った時に驚愕するほどだったんですよ?今でも私の憧れです」

 

そうして右の手のひらを月にかざすその姿は、果たしてただの母を焦がれる息子の姿なのだろうか。

何か違和感を感じながらもリヴェリアは話に耳を傾ける。

 

「私が母と住んでいた家では、時々ではあるのですが、本当に綺麗な満月が見えたんです。いつも窓際で眠っていた母が、そういう日に限っては身体を起こして空を見上げていました。幼い私にはそんな母がとても綺麗で、美しくて、それなのに今にも消えてしまいそうなほどに儚く見えて……今でもあの光景を忘れることはできません」

 

「ユキ……?」

 

「私は母のようになりたかった。あの日あの瞬間の母のように、美しく在りたかった。けど、私は母ほど白くはなり切れなくて、どうしても自分の黒い所が浮き出てしまって、隠せなくて、それでもなんとか頑張ってたのに。気付けば私の手は、心は、拭うことすら出来ないくらいに汚れてしまって……」

 

懺悔をする様に、告解する様に、責め立てる様に、ユキは振り返ることすらせずに話し続ける。

 

「だからなんですかね。こうして月を見ていると、たとえこの瞬間だけであっても、たとえそれが幻想であったとしても、自分まであの時の母のように白くなれている様に感じるんですよ。

もっと近くで見ていたい、もっと近くに居たい、もっともっとあの白さで私を塗り潰して欲しい。こんな色に塗れた私でも、取り返しのつかないくらい汚れた私でも、あそこに行けば綺麗な白を取り戻せるんじゃないかって。憧れて、焦がれて、恋いに請いた真っ白な自分になれるんじゃないかって、私はそうやっていつも……」

 

「ユキ!!」

 

段差から立ち上がり、テラスの淵から身を乗り出す様に一心不乱に手を伸ばし、危うくそのまま落下しそうになったユキを、リヴェリアは背後から間一髪で引き止めた。

それでもまだ空の球体を求めて止まない彼の右手は空を彷徨い、視線も捕らえられたまま……

 

そんな彼の姿は、酷く痛々しい。

ただの憧れではなく、最早義務感に近いその白(母)への憧れは、確かにユキの精神を善性へと導いたという良い一面もあっただろう。

しかし一方で彼に完全な潔癖という強迫観念を植え付け、一向に理想に近付けない、どころか年齢を重ねるに連れて理想から離れていく自分という現実が、常に彼自身を痛め続けていたのだ。

 

月を求めるというその行動の裏にあったのは、彼の唯一の逃げでもあったのかもしれない。

強引にでも自分を真っ白に染め上げられてしまうのならば、たとえそこに自分の意思が介在していなくとも、理想と現実の乖離から生じるこの苦痛から解放されることができる。

現実的に考えれば、そんなことがあり得ないことであることは彼にだって分かるはずだ。

それでもそうして求めてしまうのは、それが幻想であっても縋り付いてしまう程に、彼が完全な白を求める自分自身によって追い詰められてしまっているからで……

 

(お前は、なぜ……)

 

ただひたすらにそれを求めるユキの姿に、リヴェリアは恐怖すら感じていた。

それは彼の心に潜む狂気に対してではなく、このまま放っておけば、いつか彼が自分の手の届かない場所へと行ってしまうのではないかという恐怖。

今でこそこうして間に合ったが、彼はきっと少し目を離した隙に自分の手の及ぶ範囲から消えてしまうことになるだろう。

それこそ、彼自身がその手を伸ばすことをやめなければ、どこまでもどこまでも空を見上げたまま走り続け、いつか先程の様に足元を見失い落ちて行く。

その時、側にいて、引き止めることが出来なければ、自分は一体どれだけの悲しみを覚えるのだろうか?

それを考えるだけで、心が荒れる。

 

「ユキ」

 

「っ」

 

いつかした時の様に、背後からユキを抱き締める。

けれど今日のそれは以前の様に優しいものではなく、力を込めた強いもの。月へと伸ばされたその手のひらにも、嫉妬する様に指を這わして引き寄せる。

自分の知らないどこかを目指す彼を引き留めるために、

今にも飛び出そうとする彼を逃がさない様に、

自分のものであると、

他の誰にも渡す気は無いと、

独占欲を示す様に、

リヴェリアはユキの身体を離さない。

 

「……将来のことは、考えているのか?」

 

「将来、ですか……?」

 

返答した彼の言葉が、漸く自分を見た様に感じて、更に抱き寄せる腕に力が篭る。

 

「ああ、どうせお前のことだ。たとえ神アストレアが帰ってきた所で、戻るつもりは無いのだろう?どころか、ロキ・ファミリアに残るつもりも無いのではないか?」

 

「っ……どうしてバレちゃうんでしょうね、リヴェリアさんには。アストレア様にも言ってなかったのに。……確かにリヴェリアさんの言う通り、粗方の問題が片付いたら、私は一人でこの街を出て行こうと思っていました」

 

「だろうな、お前を見ていれば想像もつく。自分の私室に私物がほぼ無い時点で、私はその可能性を以前から心配していた」

 

「お部屋については本当に色々と考えてはみたんですよ?何を置けばいいのか、どんな内装にすればいいのか、とか。……けど何も思い付かなくて、試しにお客さん用の椅子を置いてみたら思いの外スッキリしたので、今ではあの有様です。最近は私物を置くことに抵抗を覚えるくらいになってしまいました」

 

「……それは」

 

「どうしても、ここが自分の居場所だって実感が湧かないんですよ。皆さん優しくて、良くして下さるのに、肝心の私がこんなで。だからそれもまた許せなくて、こんな不純な思いを抱いたままここには居られないって、そう思い始めて」

 

「……この馬鹿者が」

 

「返す言葉もありません」

 

それでも、反省はしていない。

リヴェリアが言いたいことは分かる、けれどそう考えてしまう自分を直すつもりなどこれっぽっちもない。

ユキが責任を問うのはただそう感じてしまった自分にであって、そう考えてしまった自分を否定する気など毛頭無い。

その考え方を間違っていないと、自ら肯定してしまっているのだから。

 

……だが、そんなことはリヴェリアとて承知している。

この愚か者がそういった人間であるということも知っている。

だから否定はしない。

否定して治るくらいならば、彼女がここまで入れ込むことなど無かった。

この話を切り出す筈もなかった。

そして、これから言うつもりである言葉もまた、決して伝えることも無かっただろう。

 

「……それで?ファミリアを出た後はどうするつもりだったんだ?」

 

「え?そ、そうですね……アストレア様としていた様な人助けの旅を、今度は一人で、とかでしょうか」

 

「人助けの旅?」

 

「ええ。アストレア様とは3年ほど一緒に旅をしたのですが、彼の方はその行く先々であらゆる問題事に関わろうとするんです。そうしたら自然と私も巻き込まれて……モンスターの討伐から野盗の退治、赤子の子守に飲食店の手伝いまで。アストレア様は色々なことが出来る方なので、本当に私は見習いという形だったんですけどね」

 

そう苦笑う彼の表情は、困った感情に少しの懐かしさが滲んでいて……

 

「旅は、楽しかったか?」

 

「まさか。その日の食料に困ったり、決して清潔でもありませんでしたから。苦しい事の方が多いくらいでした。……ですけど、誰かの為に働けている時が、白さを自覚できていたあの時が、私にとって一番落ち着ける瞬間でもありました。今思えば、あの頃の自分が羨ましくなることもあります」

 

その言い方ではまるで今の自分が好ましくない状態に居る様にも聞こえてしまう。

普段の彼ならば直ぐに気付くであろう言い方の間違いも、気付く素振りすら見せないでぼーっと月を眺めているのは疲労のせいか、眠気のせいか。

……とは言え、今のリヴェリアが気に入らないのはそんな言い方の問題ではない。

彼女が気に入らないのは、今この状況にあってなお、自分を見ようとしない彼の態度の方だ。

自分という女がこれほど密着しているにも関わらず、それでもなお少しの感情も動かす事ない彼の方。

 

「リヴェリアさん?」

 

こうして腕を巻き付けていても、抱き止めていても、それでも自分ではない何処かを見つめ続ける彼を無理矢理に引き止める様に、リヴェリアは彼の視界を左手で塞ぐ。

まるでその視界の先にあるものにすらも嫉妬しているように。

 

「……ユキ、一つ提案がある。いや、提案というよりは願い事だな。私はお前に頼みたいことがあるのだ」

 

「はい、なんですか?リヴェリアさんのお願いでしたら、たとえそれがどんなことでも私は断りませんよ?」

 

「ほう、言ったな?後悔するなよ?」

 

「しませんよ、リヴェリアさんなら後悔するほど酷い頼み事はしないでしょうから」

 

「……そうか、ならば遠慮なく言わせてもらおう」

 

「んっ」

 

離せば自然と空へと上がってしまう彼の右手をもう一度、今度は絶対に離すことが出来ない程に深く絡ませ、甘える様にユキの肩へと頭を乗せる。

こうまでしても以前の様な反応すら見せてくれないことに少しだけつまらなさを感じつつも、リヴェリアはより強く身体を密着させてユキの耳元で囁いた。

 

 

『その旅、私も連れて行って欲しい』

 

 

「……え?」

 

予想すらしていなかったそんな言葉に、ようやくユキの意識がリヴェリアの方へと向いた。

それに気を良くした彼女は塞いでいた左手を頰へと移動させ、強引にその至近距離でユキの目線を自分へと向けさせる。

 

「実は私にはかねてより夢があってな、私がロキのファミリアに入ったのも最初はその目的もあった。まあ他にも色々と理由はあったが」

 

「……どんな夢、なんですか?」

 

「旅をしたい、という夢だ。様々なところへ赴き、この世界の隅々を見て回りたい。それが私にあの狭い世界から抜け出す切っ掛けを作った、最初の原動力だ」

 

コツンと、自分の額をユキの額へと当てる。

その行為に反射的に身を引いてしまう彼の頭を頰に添えていた左手で押さえ付け、逃がさない。

ようやく段々と頰を染め始めたユキに、リヴェリアの調子も上がってくる。

 

「ユキ、私は他でもないお前とその旅を始めたい。少し先の話にもなるし、同伴者も他にもう1人居る予定だが。それでもお前の隣で、お前の近くで、この世界の全てを見て回りたい。だから決して断ってくれるな、そして可能ならばお前にも喜んで貰いたい。……私を、これから先も、お前と共に歩ませて貰いたい」

 

普段ならば絶対に口に出せない様な、そんな口説き文句じみた言葉でも、今のリヴェリアには簡単に発することができた。

リヴェリア自身の顔にも赤が差しているが、それでもこの言葉は本心からのものであるが故に、むしろ今言うことが出来たことは内心が喜びに包まれる程に嬉しいものであった。

今の彼女はどんな障害があろうとも簡単に乗り越えることが出来るほどに、強く、堅く、力強い。

 

「……だめ、ですよ」

 

「ほう?先に断らないと言ったのは誰だったか、約束を曲げる気か?」

 

「だって……だって、私なんかと一緒に居たら、リヴェリアさんが……」

 

「さぞかし楽しい日々が過ごせるだろうな、恐らく病気一つ掛からないほど健康に過ごせるだろう」

 

「でも私、リヴェリアさんの近くに居ていいほど綺麗じゃなくて……」

 

「私の近くに居てもいい人間を決めるのはお前ではない。汚れていようが綺麗でいようが、私が選んだのはお前だ。たとえお前にでも、それを否定させるつもりはない」

 

「だ、だって、わたし、人とか、殺してて……」

 

「今更だな、護衛や闘争を経験した冒険者にはよくあることだ。それは私とて例外ではない」

 

「それに、恩恵とか、変になってて……変なスキルとかも、付いてて……」

 

「だからどうした、その程度のことならば悩む暇もなく受け入れられる程に私の決意は固いつもりだ。他に何かあるか?」

 

「……っ!わたし!悪い人を見ると、変になって!それで、だから、危なくて……!昨日も、女の子を襲ってた冒険者を、3人も……!!」

 

 

 

 

「それでも私は、お前を愛している」

 

 

 

 

「……ぁ……」

 

その一言に、必死に頭に浮かべていた全部の言い訳が押し潰されてしまった。

分かってしまった。

きっと、どんな言葉を並べようとも、その一言に勝てるものが、自分の中には有りはしないということを。

 

「……っ、卑怯です、リヴェリアさん。そんなこと言われてしまったら……私、もう、何も言えない……!」

 

「当たり前だ、元よりお前に何かを言わせるつもりはない。お前はただ、私の言葉に頷けばいいだけだ」

 

「でも、私、きっとリヴェリアさんの気持ちには応えられない。だって、自分が男だってこと、ほんとは自分が一番よく分かってなくて……!」

 

「私はお前が男だろうと女だろうと構わない。私が愛しているのは男ではなくお前だ、性別などついでに過ぎん」

 

「なんで、なんでよりによって、私なんかを……」

 

「逆に聞くが、お前は私のことを好いてはくれないのか?」

 

「そんなわけないです!好きに決まってます!……でも、恋愛的な好きとかは、その、まだ、分からなくて」

 

「そうか、ならば以前の様に誘惑してみれば、少しは分かるようになるかもしれんな。また一度試してみようか」

 

「もう、私は真剣な話をしているのに……」

 

冗談交じりにそういう彼女に、ユキは少しだけ頰を膨らませながらも視線を合わせる。

その言葉の衝撃故にか頬をこれまで見たこともない程に真っ赤に染め、少しだけ涙目になりながら腕の中で震えるそんな彼の様子に、リヴェリアの中の愛しさ度数は急激に上昇していく。

 

「リヴェリアさん……?嘘じゃ、ないんです、よね……?」

 

「ああ、嘘偽りの無い本心だ。私はお前が欲しい、お前を私だけのものにしたい。お前が誰かの物になると考えただけで、たとえその相手が男だろうと女だろうと吐き気がする」

 

「ほんとのほんと、なんですよね……?」

 

「ああ、そうでなければ私がここまで他者に身体を許すと思うか?父親でさえもここまで私に触れたことは無いのだぞ?」

 

「でも、でも……!」

 

「言葉だけでは信じられないというのなら……」

 

リヴェリアとて女である。

加えて彼女は貞淑なエルフ、その中でも特に気高い王族だ。

そんな彼女が決死の覚悟で口にした。

恐らくこれから先、他の誰にも言うことが無いであろうその言葉を。

にも関わらず、これほどに何度も何度も聞き返され、信じて貰えないというのは一体どれ程の屈辱だろうか。

それはもう、たとえ相手が愛おしい相手であろうと、フラストレーションは溜まるものだ。

 

故に、

 

「ん…………っ!?」

 

「っ……ふふ、これでもう信じられないとは言わせないからな?」

 

「〜〜っ!?!?」

 

最初はするつもりもなかったこんなことまで感情に任せてやってしまっても、きっと彼女は悪くない。

本当に触れ合う程度のものではあるが、どんな言葉よりも自覚を植え付ける行為であったのだから、決して間違いではないのだ。

 

「リリリリヴェリアさんっ!?」

 

「お前が悪いのだぞ?こんなにも私に恥をかかせて、焦らして……私はこんなにもお前の事を想っているというのに」

 

「あ、あぅ……」

 

「好きだ。好きだぞユキ、大好きだ。私はお前の全てが欲しい、お前の全てが知りたい、お前のどんな表情も、私に見せて欲しい」

 

「あ、あの、もう許して……」

 

「駄目だ、お前が二度と私の言葉を疑えなくなるまで続ける。ああ全く、本当に可愛いなお前は。こんなにも顔を赤くして……ん?なぜ顔を背ける?泣いているのか?そんな所も愛らしいが。ほら、こちらを向け。もっとお前の顔を私に見せろ」

 

「だめ、だめです……顔、熱くて、リヴェリアさんの顔、見れなくて……」

 

「ユキ」

 

「ひぁっ……やぁっ……」

 

リヴェリアの上着の中に顔を隠す様に俯くユキ。

その背中からも分かるほどに大きな鼓動が伝わっていることに気付いたリヴェリアは、自身の恥ずかしさは何処へやら、殆どヤケクソ気味に責め立てる。

紅く熱を持ったユキの耳に軽く歯型を付ける様に噛み付き、ユキがピクリと反応をする度に何度も何度も甘噛んだ。

座り込んだユキが助けを求める様にテラスの柵の上へと手を伸ばすが、リヴェリアはそれすら許さず掴み取り、絡み取り、繫ぎ止める。

どんな抵抗も意味を成さず、ただただ責められるばかりのユキは、その液に濡れた目と口を強く瞑りなんとか耐えようとするが、漏れ出る喘ぎ声とビクビクと跳ね上がる身体の反応を誤魔化すことはできない。

 

「っはぁ……これは、なんというか、あまり長く続けるとマズそうだな。私としたことが、危うく冷静さを失ってしまいそうになる。大丈夫だったか?ユキ」

 

「……ふぇ、ぁ……?」

 

「……」

 

後ろへと身体を起こしたリヴェリアに、ユキもまた、もたれ掛かる様に倒れ込んでくる。

暫く何の反応も示さず横たわっていたユキはリヴェリアのその呼び掛けに、蕩けた顔をゆったりと力なく上げた。

そしてその唾液と涙に塗れ、真っ赤に染まった顔をリヴェリアへと向けて、空気が漏れ出る様な、言葉にすらなっていない様な声で返事をする。

……普段は優しげな顔で笑顔を振り撒き、誰もに愛される様な人柄で注目を集めるユキ。

そんなどこか侵し難い聖人染みた人間の顔を、ここまで乱してしまったという事実。

それを見て腹の下の方から湧き上がってくるこのドス黒い感情は、一体なんなのだろうか。

 

「……ユキ、知っているか?我々エルフは基本的に性的欲求が薄い種族だと言われている。そもそも寿命が長いからな、そういった機会が一生に数度あれば十分だというのも理由の一つなのだろう」

 

「………?」

 

リヴェリアはそう言いながら再び彼の身体を立て直し、ユキを自分の膝上へと座らせる。

すっかりと力が抜け、されるがままに座らされたユキは、意識を朦朧とさせつつもその言葉に首を傾ける。

 

「だが、これには問題が一つあってな。一生に数度あれば良いとは言うが、それが故に我々エルフはそういった欲求に対する耐性があまりにも弱い。

……つまり、だ。慣れていないが故に、一時的に強力な欲求が発生した時、その理知的な思考でさえも抑えきれず、抗えなくなることが多々ある、ということだ」

 

「ひゃうっ!!」

 

がぶり、と突然首筋に走った感覚に、ユキは油断し、呆けていた意識を無理矢理覚醒させられた。

 

「な、なに、を……?ふぁっ」

 

「お前が、悪いのだぞ……んっ、こんなにも、私を焦らした上に、あの様な無防備な表情で、この私を誘惑しようなどと……!」

 

「そ、そんなつもりは……ひっ!」

 

「んっ、んん……」

 

「あっあ、あのっ!わ、わ、わかりましたから……!いっしょに旅にも連れて行きますし、リヴェリアさんの言葉も疑いません!だっ、だから、だからもう許して……んひゃぁぁっ!?」

 

「駄目だ、絶対に許さない。私が満足するまで、絶対に離すものか。……大丈夫だ、安心しろ、そこまで手を出すつもりはない。お前はただ、そこでそうしているだけでいい」

 

「〜〜っ!!だ、だめ、です……私、これ、こわれちゃいま、ひゅっ!?も、もう、あたまが……あぁっ!吸っちゃ、だめ、ですって、ばぁ……!」

 

堰き止めていたものが溢れ出した様に、リヴェリアはその白く透き通る様な肌に齧り付く。

抵抗して身をよじるユキの身体を押さえ付け、長く美しい黒髪の隙間から見える首筋から下の部分へ、歯跡と赤い充血痕を幾度となく刻み付けていく。

その度に悲鳴を上げ、涙を目にためながら、リヴェリアの服に必死になってしがみ付き、真っ赤な顔をしてふるふると震えるそんな愛らしい仕草がまた彼女の欲求を煽ってしまい……それがまたより激しい責めを招いてしまう。

 

「っはぁ、はぁ……ふ、ふふ、いいぞ、壊れてしまえ。お前がどんなになったとしても、私がお前を愛してやる。お前がどれだけ汚れたとしても、私だけはお前を受け入れてやる」

 

「ぅ、あ……ほ、ほんと、ですか……?私がどんな風になっても、んっ……リヴェリアさんは、そばに、いて、くれますか……?」

 

「ああ、だからもっと私を求めろ。もっと私に依存しろ。私が居ないとダメになるくらいに、私のことだけを考えろ……!!」

 

「うぅ……リヴェリア、さん……リヴェリアさん、リヴェリアさん、リヴェリアさん……!」

 

「そうだ、それでいい。これで最後だ、これでお前は、私のものだ……ユキ……っ!」

 

「かっ、はっ……!?」

 

ぐちゃり、と乱れた服の隙間から、リヴェリアはユキの胸元へと歯を立てる。

深々と突き刺さった犬歯はユキがその身に引き留めていた全ての感覚を解き放たせるのに十分過ぎる程の衝撃で……

ピンと張り詰めた足は一定の間隔で小さく震え、仰け反る様にリヴェリアにもたれ掛かる身体はそれに呼応する様に跳ね上がる。

言葉を発することも出来ないほどに思考を真っ白に塗り潰され、感じたこともない様な感覚の波に対する恐怖故なのか、ユキは必死になってリヴェリアの腕にしがみ付く。

そしてそんなユキをリヴェリアは両腕でグッと拘束し、跳ね上がる身体を強引に押さえ付けて噛み付いていた。まるでその押さえ付けて相手を好きにする行為にさえも、興奮を抱いているかのように。

 

……そうして数秒が経ち、数十秒が経ち、リヴェリアがようやくそこから水音と共に口を離すと、ユキは解放された様に崩れ落ちた。

力も何もかもが抜けて、頭を上げる気力すら奪われて。

 

「はぁ、はぁ…….大丈夫か?」

 

「………」

 

「……ユキ?」

 

リヴェリアの膝上でぴくぴくと丸くなっているユキは、涙と唾液を垂れ流し、荒い息をしながら意識を完全に手放していた。

乱れた服から垣間見える素肌の多くは赤い痕跡と甘噛みによる歯跡に埋め尽くされており、あの美しく絹の様だった真っ白な雪肌は今や見る影もない程に噛み荒らされた。

着ていた服が透ける程に汗を流し項垂れるその姿は、こうして見ているだけでも良くない想像を掻き立ててくる。

 

「………やってしまった」

 

そして勿論、見る影もないのはこちらも同様だった。

 

「わ、私は一体何をしているんだ!これでは最早強姦と変わらないではないか……!ああ、まさかエルフの性的欲求に対する耐性がここまで弱いとは……というかそれが私でさえも例外ではないとは思わなかった!」

 

普段の冷静沈着で理知的なエルフの姿は、そこには無い。

ただこんなことを言っていても心の内では密かに、どんな形であれ自分を受け入れてくれたユキに対する嬉しさがある上に、心の何処かで未だに"これは仕方ない"と思っている自分も居たりする。

自分を責めるに責めきれないとはこのことかと、リヴェリアは何処か遠い目をして達観する。

 

「……い、いや、今はそんなことを言っている場合ではなかった。早くユキを移動させなければ、風邪を引かせてしまう」

 

それと何かと色々な液体に塗れた上半身を綺麗にしなくてはならない。

このままではユキの綺麗な顔が台無しだ。

そう思って彼の顔を見ていると、なんだかその有様ですら、いやらしく感じてしまって……

 

「くっ、この期に及んで私は何を。さっさと運んでしまおう。……ここからなら私の部屋の方が近いか、一先ずはそこで寝かせるとしよう」

 

特に下心もなく、本当に下心などなく。

リヴェリアはユキを抱き自分の部屋へと運んでいく。

その後もユキの乱れた上半身を拭く際に妙にドキドキとしてしまったり、背中越しで聞こえる寝息にいちいち大きく反応してしまったりとあったが、それでもリヴェリアの心はどこか晴れやかな色をしていた。

つい数時間前まで悩んでいたことなど最早ちっぽけなものの様に感じ、リヴェリアにしては珍しく、まるで少女の様な思考回路が走っていたのだった。

 

「………な、なんか、とんでもないものを見てしまったッス」

 

もちろん、何もかも上手く行く程、世の中は私達に優しいものではないのだけれど。

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