白海染まれ   作:ねをんゆう

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26.レフィーヤの一日

その日、レフィーヤ・ウィリディスは大いに昂ぶっていた。

 

原因は重度のマインド・ダウンから抜け出したその日の朝。

足りない実力を補うため、もう絶対に足手纏いにはならないため、ついでに憧れの彼女と一緒に居たいが為にアイズ・ヴァレンシュタインを探し始めたことにある。

 

珍しく早朝から支度を終えてレフィーヤはアイズを探し始めたが、いつもならば朝の鍛錬を行っているはずのアイズの姿はそこにはない。

そこで付近を探してみればこっそりとホームから抜け出すアイズを見かけてしまった。

そんな彼女をこっそりと追ってみれば、挙動不審な白髪の男性冒険者を見つけ、捕まえようとすれば逃げられたり、探そうとしても見つからず。

挙げ句の果てにその男性冒険者にアイズが肩を貸して歩いている所を目撃してしまったのだ。

 

疲れと困惑に蝕まれたそんな状態で朝食の時間に恐る恐るとアイズに尋ねてみれば、なんと彼女がその男性冒険者に稽古を付けているという。

そうして一度は絶望に沈んだレフィーヤであったが、そこで勇気を振り絞って交換条件に自分の鍛錬に付き合うように求めてみれば、思いの外すんなりと要求は通ってしまったのだ。

こうしてレフィーヤは会心の喜びに包まれたのた。

 

「ふんっ!ふんっ……!」

 

そういった経緯もあり、彼女は今こうしてやる気に満ち溢れている。

アイズとの鍛錬はまた今度とは言え、沸いたやる気を発散したい。

たとえ朝から街中を全速力で走り回っていたとしても、三日間溜めに溜めた体力は有り余っており、今直ぐにでも課題であった平行詠唱を練習したいと思っていた。

思っていたのだ。

 

……けれどそこで問題が一つ生じた。

 

まず、彼女は魔導師だ。

いくら彼女がレベル3の冒険者であるとは言え、平行詠唱の練習をするならば他の近接戦闘職の誰かの同伴が必要不可欠である。

特に魔法特化でステータスを育ててきたレフィーヤはよりその傾向が強い。

普段ならば彼女の特訓に付き合ってくれそうな人達が少しはいるものなのだが……偶に例外があるからこそ普段という言葉が成り立つということも忘れてはならない。

 

「なんで、なんでこんな時に限って誰も付き合ってくれないんですか……いつもなら皆さんすごーく暇そうにしているのにぃ!!」

 

今日に限って、今日に限ってファミリアのメンバー達は珍しく悉く出払っていたり、他の予定に忙しそうにしていた。遠征に向けて鍛錬や準備を行おうとしていたのは、なにもレフィーヤだけでは無かったのだ。

そもそも平行詠唱の練習の付き合いなど、それこそレフィーヤに付きっきりになってしまうので、断る者が多いのも仕方のないことではあるのだが、それでも今日の彼女はあまりに運に恵まれていなかった。

 

「………ユキさんなら、大丈夫かな?」

 

ふと思い出すのは最近なにかと避けてしまっていた彼(女?)のこと。

あの一件以来、どんな言葉をかければいいのか、どうやって接すればいいのかが分からない。

だからこそ、ずっと会わないようにしてしまっていた、あの人のこと。

 

レフィーヤにとってのユキへの感情は、アイズに感じているものに近しいものだった。

アイズという少女の強さと美しさに憧れた様に、ユキという少女(?)の優しさと覚悟に憧れた。

 

自分にとって大切なものを守る為に、命すら懸けて立ち上がり、どれだけ限界に近付こうともこれっぽっちもブレることなく立ち塞がる。

それだけ堅牢な精神を持ちながら、誰よりも優しく誠実に生きるその姿はレフィーヤが憧れてしまうのには十分過ぎるものだった。

噂によれば彼女、いや彼はレベルが4に上がったそうであるが、それでもきっとユキという人間は変わることなく、そのままの姿でこれから先も戦い続けるのだろう。

 

リヴェリアほどの者があそこまで肩入れする理由も、レフィーヤはようやく理解し始めていた。と、思い込み始めていた。

なんだか彼ら2人のよろしくない噂もあるにはあったが、どうせ僻みやその類だと切り捨てていたレフィーヤである。

 

何はともあれ、レフィーヤがあの一件を経て彼にかける最初の言葉に迷っているのは事実であり、考えても考えてもそれが思い浮かぶことはなかった。

ユキならばきっと自分の訓練に迷うことなく付き合ってくれると分かっているのに。

 

「………いや、ここで逃げちゃだめだ。私は強くなるって決めたんだから、今日1日だって無駄に出来ない!勇気を出せ、レフィーヤ・ウィリディス!私はやれば出来るエルフだ!ユキさんと話すことくらいなんでもない!」

 

もうあんな後悔はしたくない。

遠征が近い今、1秒だって無駄にしていい時間などないのだ。

 

「私、行きます!いざ!ユキさんの部屋へ!」

 

そう言って彼女は勢いよく部屋を飛び出した。

ユキが自室にいないことも知らないままに。

 

 

 

 

「うぇぇん、リヴェリアさまぁぁ……」

 

「な、なんだレフィーヤ。何をそんなに泣いている」

 

「せっかく勇気を出して話しかけようとしたのにぃ、何処を探してもユキさんが居ないんですよぉぉぉ!うえぇぇぇ!」

 

「……いや、それならば何故最初に私のところへ来なかった。それが一番早い話だろう」

 

「テラスに居るなんて聞いてないですよぉ……滅多にこんなところに来ないじゃないですかぁ……!」

 

「ん?そうだったか?……そういえばそうだったな、最近は頻繁に来ているからか気付かなかった」

 

「うぇぇぇ」

 

ユキとその行方を知っているであろうリヴェリアを探し探して30分ほど、レフィーヤが疲れて立ち寄った先に彼女は居た。

見渡しは良いものの、滅多に人が立ち寄ることのないそのテラスで、椅子に座るわけでもなくリヴェリアは段差に腰掛けて茶を飲んでいた。

 

彼女がこの場所を好んでいたという事実はなく、レフィーヤにとってもまさかの一言である。

何かを思い返すような顔をして慌てているリヴェリアの様子はさておき、レフィーヤはようやく安堵感に包まれた。

 

「ぐすっ……それで、ユキさんは何処にいるんですか?リヴェリアさま」

 

「どこにと言われてもな。少し周りを見れば分かる位置にいるのだが……そら」

 

「え?……え」

 

 

リヴェリアが指を指した先、テラスの向かい側に位置する木の頂上。

高く聳える針葉樹のその先で、ユキは目を見張って佇んでいた。

その周囲には10本もの剣が浮遊し、各々が回転したり、飛び回ったりと好き勝手に動いている。

顔色悪く汗を流しているユキであるが、しかしその集中力は尋常なものではない。

 

「な、なんですかあれ……」

 

「並列思考の訓練、と言っていたな。

複数の剣に別々の動きをさせながら、自身のバランスも維持するという訓練だそうだ。やっていることは平行魔法と変わらないが、あれは相当の熟練具合だ。私が同じ魔法を持っていたとしても、あれほど使い熟す事が出来たかどうかは分からん」

 

「……そういえば、食料庫での戦闘の時も似たようなことをしていたような」

 

「しかも実戦で使えるのか、益々恐ろしい芸当だ」

 

そう言いながら苦笑いでもしているのだろうなとチラリとレフィーヤがリヴェリアの顔を覗けば、しかし意外にも彼女は微笑ましげに笑っていた。

 

「あいつのことだ、平行操作を覚える為に暇さえあればあんなことをしていたのだろう。全く、呆れるほどに真面目な奴だ」

 

「リヴェリア様……?」

 

滅多に見せない様なその嬉しさ溢れる様子にレフィーヤはなんとなく疑問を持つが、それと同時にこちらに気付いたユキが鍛錬を中断してテラスへと戻って来てしまったため、有耶無耶になってしまう。

というか、浮遊する10本もの剣に乗って人が戻って来たりすれば、否が応でも気を取られてしまうというものだ。

そんな使い方も出来たのかと驚愕すると同時に、実質的に魔法を使って空を飛んでいるという事実はあまりにも衝撃が強すぎた。

 

「こんにちは、レフィーヤさん。……えと、何をそんなに驚いているんですか?」

 

「……あ、あの、私もそれに乗ってみてもいいですか?」

 

「え、構いませんよ?リヴェリアさんもどうですか?」

 

「む、いいのか?それならば言葉に甘えるとしよう」

 

刃のない剣の床は少しだけ硬くはあるが、その強度にはなんとも安心感があった。

3人で乗るには少々狭くとも、今更ユキとの距離感を気にするエルフはここには居らず。

背中合わせになりながら、それでも比較的低空(地上3〜5mほど)の空中散歩を2人は楽しむ。

 

「すごい!すごいですよユキさん!こんなこともできたんですね!?」

 

「ふふ、それだけ喜んで頂けるなら光栄です。剣を踏んでいる様で私としてはこの使い方はあまり好きではないのですが、こうして腰掛けている分には少しだけ罪悪感が紛れるといいますか」

 

「相も変わらず難儀な考え方をするものだな。そんな自分の考え方も嫌いではない、とでも言いそうだが」

 

「ふふ、もう私のことならなんでもお見通しですね、リヴェリアさん♪」

 

「ふっ、当然だ」

 

「……でも、ティオナさんとか偶に自分の剣を足場にしたりしてますよね。足で蹴って突き刺したりしてますし」

 

「……色々な価値観があるということですね」

 

「あれは例外、こういった一般論に入れるべきでない部類の話だ。気にするな」

 

そのまま数分の空の旅を終えて元いたテラスへと戻れば、レフィーヤは満足そうにして頷いていた。

空を飛ぶという経験は神がいる世界と言えど、なかなかできるものではない。

魔法で空を飛ぶとなれば、更に珍しい話になる。

実の所、アイズが風の付与魔法を使い自在に宙を駆ける姿を見て、レフィーヤは密かに憧れていたのだ。

 

「本当にお前の魔法は何でもありだな。単純な付与魔法かと思えば、有り得ない程に汎用性が高い。単純な威力だけならばアイズには劣るが、私達本職からすればあまりにも巫山戯たものに見えるぞ?」

 

「いえ、まあ、アイズさんの付与魔法の威力もかなり異常な部類だと思うんですけどね。ユキさんみたいに剣を媒介にしなくても飛べますし、最悪武器すら必要無いですし」

 

「ん〜……この魔法に関しては恩恵を貰った時からありましたから、私も原典とかは分からないんですよね。スキルに関してはその後のゴタゴタで身に付いたものなので理由は分かるんですけど」

 

「え?恩恵を貰う前から魔法の練習とかしてたんじゃないんですか?」

 

「いえ、そういったことは無いですね。アストレア様は生まれついてのものだと仰っていましたが」

 

「ますます分からんな、エルフの血が混ざっている様には見えないが……」

 

呆れた様にそう言うリヴェリアであるが、今更ユキのことで分からないことが一つや二つ増えたところで動揺する様な彼女ではない。

わっしわっしと乱暴にユキの頭を摩るが、呆れの感情の中には確かに慈しみもこもっていた。

2人の距離がなんだかとても近くなっている様な気がしてレフィーヤも一瞬疑問には思ったが、ここに来て彼女は漸く自分の要件を思い出す。

 

「………あっ!そうだ!私、ユキさんに用事があって来たんでした!!」

 

「え?私にですか?」

 

「ああ、そんなことを言っていたな。一体なんの用だったのだ?」

 

「平行詠唱の訓練に付き合って欲しいんです、今日に限ってファミリアに人が居なくて……」

 

「ふむ、なるほど。確かにそういうことなら適任だな。ユキ、疲れているところ悪いが、付き合ってやれないか?」

 

「ええ、問題ありませんよ。私にできることでしたら、是非お手伝いさせて下さい」

 

この男?が誰かの頼みを断るはずなどもなく、ロクな休憩を取ることもなくユキはレフィーヤと共にダンジョンへと向かう準備を始めた。

 

……なぜかその直前にリヴェリアと共に30分ほど部屋に籠り、息も絶え絶えに衣服を乱して出て来たりしたのだが、一体なにがあったのかレフィーヤには全く分からなかった。


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