白海染まれ   作:ねをんゆう

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28.思わぬ再会

ダンジョンの5階層の片隅で、レフィーヤとユキは向き合っていた。

彼等のレベルでこの階層に居るというのはあまり意味のある行為ではないのだが、単純な訓練を行うにはうってつけだ。

この階層を狩場にしている冒険者達の邪魔にならないように人の寄り付かない場所を陣取り、近付くモンスターを浮遊する剣で威嚇しながら2人は訓練を始めた。

 

「周りのモンスターの事は気にしないで下さい。まずは歩きながら魔法が唱えられる様になりましょう。ゆっくりでいいですからね」

 

「は、はい!……解き放つ一条の光、聖木の弓幹、汝弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手!穿て、必中の矢!……『アルクス・レイ!!』」

 

壁の端から端へと歩きながら最も慣れた魔法を詠唱する。訓練を始めて一発目、その魔法は乱れる事なく浮遊する剣に翻弄されているモンスター達を撃ち抜いた。

 

「で、できました!!」

 

「ふふ、流石レフィーヤさんです。リヴェリアさんが自分の後任に選んだのも納得ですね」

 

「えへへ〜、それほどでもないですよぉ♪」

 

見事に調子に乗っているレフィーヤであるが、まだ何の緊張もなくただ歩きながら魔法を撃っただけである。

この程度ならば彼女よりレベルの低い魔法使いでも出来る者はいる。

彼女の才能を考えれば、この程度出来て当然の話だ。

 

「さて、それでは次は難易度を上げて、その場で回転しながら唱えてみましょう。こちらもゆっくりで構いませんが、途切れない様にしてみましょう」

 

「はい!任せてください!」

 

……と言った感じで、

 

歩行

回転

小走り

本走り

跳躍

サイドステップ

スキップ

 

と段々と要求するレベル上げながら訓練は続いていく。

小走り辺りから失敗も出始め、それでも何度か同じ事を繰り返すうちにレフィーヤの才能もあってか、彼女は着実にお題をクリアしていった。

 

調子に乗っている所もあるが、彼女は真面目である。

遠征が近い今、時間は少ない。

そんな中で他の人間の、ましてや憧れの芽生えたユキの時間を使わせて貰っているのだ。

1秒たりとも無駄にする事はできないし、気を抜かせることなど許されない。

 

集中していれば過ぎる時間も早いもので、今日のメニューを終えた頃には既に日が傾く時間となっていた。

集中力の酷使と魔法の使い過ぎで肩で息をしながらヘトヘトになっているレフィーヤは、それでも自分の成長を感じられていた。

最後の方には1つのメニューをこなすのにも1時間ほどかかったし、マナポーションを何本も使う羽目になった。

それでも走りながら魔法を使うなど以前の自分には考えられないことを出来るようになった嬉しさはあまりにも強い。

 

「はい、お疲れ様でしたレフィーヤさん。この短期間にこれだけ出来る様になるなんて、流石です。頑張りましたね」

 

「え、えへへ、ユキさんのおかげです。自分だけではこんなにも早く身に付けられるわけないですから」

 

「まだまだ完全に身に付けられた訳ではないんですけどね。今日出来たことも、明日には出来なくなっているかもしれません。同じ事を何度も繰り返しながら、慣れて生まれた時間に新しい事を加えていくんです。追加のメニューも考えておきましたから、是非使ってみて下さい」

 

「ほ、ほんとですか!?ありがとうございます!」

 

そう手渡されたメモ用紙を嬉しそうに受け取るレフィーヤ。

しかし次の練習メニューは何かと気になり目を向ければ、途端にその表情は青く染まっていってしまう。

 

「あ、あの、ユキさん……?これ、全部やるん、ですか?」

 

「いえいえ、それはあくまで短期間でマスターしたい人のためのメニューですから。戦闘で使える程度で構わないのでしたら、ある程度まで進めたら止めても大丈夫ですよ。実際の戦闘で経験を積むのも大事なことですからね」

 

「は、はは、そうですよね。うん、そうですよねぇ……」

 

などと言われても、メモ用紙に直筆でギッシリと書かれたこの用紙を見てしまえば、そして何よりユキに言われたものであれば、途中で止めるなんてことはレフィーヤの良心に反する。

しかもその内容も、今日は自発的な行動での平行詠唱、次は受動的な行動での平行詠唱、そして対生物での平行詠唱に、対人での平行詠唱としっかりと考えられた上で成り立っている。

練習中にユキが密かに書いていたものは間違いなくこれであり、これを無下にすることなどできるはずがない。

 

(………全部やろう)

 

レフィーヤは諦めることを諦めた。

 

「さて、じゃあ今日は何処かに食べに行きましょうか。レフィーヤさんも頑張ったことですし、私が奢りますよ♪」

 

「え!?そ、そんなの悪いですよ!」

 

「もう、遠慮しないで下さい。私だって偶にはレフィーヤさんに良い所見せたいんですから」

 

「むぅ、そんなの私はいつも見せられてるのに……と、とにかく、奢りはダメです!自分の分くらい出させて下さい!私こそ奢るべきなんですから!」

 

「あや……意思は固そうですね。仕方ありません、今日は諦めます」

 

「もう、そうやって直ぐ甘やかそうとするんですから……」

 

とは言うものの、既にフラッフラの彼女はダンジョンを出るまでユキの肩を借りることになったのだから、その強情さも立つ瀬が無い。

なんだかんだと言いつつも、レフィーヤはユキには敵わないのだった。

 

 

 

 

「いらっしゃいニャー!……あり、こりゃまた珍しい二人組だニャー?」

 

「ふふ、こんばんは。席の方は空いてますか?」

 

「もっちろんだニャー♪2名様、ご案内ニャー!」

 

ユキが選んだのは"豊穣の女主人"という店であった。

あの件以来、何度かこの店に来ようと思っていたが、時間的、経済的な理由もあってなかなか来ることが叶わなかったのだ。

武器という問題が解消された以上、既に持ち金にそこそこ余裕が生まれてきており、遠征に参加することもあって彼はもとより今日ここに来る予定であった。

 

「おや、あんたはこの前の子じゃないか。なかなか顔を見せてくれないから心配してたんだよ」

 

「ごめんなさい。落ち着いたら来ようと思っていたんですが、なかなか時間が取れなくて」

 

「いいよいいよ、あんたの噂は私も聞いてるからね。それにその分、今日は落としていってくれるんだろ?」

 

「あはは、お手柔らかにお願いします」

 

ユキの顔を見かけた店主のミアが珍しく優しげな表情で彼に話しかける。

恐らくユキの本当の性別を知らないということも理由の1つではあるのだろうが、それでも年中厳つい顔つきをして客が粗相を起こさないか見張っている彼女の笑顔はレフィーヤにとって珍しく思えた。

 

「レフィーヤさん、レフィーヤさんは何が食べたいですか?私はこの辺りの魚料理とかにしようと思うのですが……」

 

「え?……あ!じゃ、じゃあ私も同じものでお願いします!」

 

「ふふ、了解しました。店員さ〜ん、注文してもいいですか?」

 

「少々お待ちを……」

 

機嫌良さげに店員を呼ぶユキの笑顔はこうして見てみればとても男性のものとは言い難い。

これまで何度も何度も何度も何度もレフィーヤは思ってきたが、ぶっちゃけ神であるロキが初見で間違えたことすら当然なくらいにユキの性別は分からない。きっと周りから見れば仲のいい友人同士が酒場に来たように見えるのだろうが、実際にはほぼデートの様なものである。

もちろん、レフィーヤ自身にはそんなつもりサラサラ無いのだから問題無いのだが、肝心のユキ側はどうなのだろう?いくら女性にしか見えなくとも、ユキには自分が男性である自覚がある筈だ。

自分と2人きりで食事を取るということに何か感じるものはあるのだろうか?

 

そんなふとした拍子に思ってしまった思考がレフィーヤの頭の中へと充満していく。

 

一度気になってしまったことはなかなか頭から離れないもので、チラリとユキの方を見れば、そんな自分の考えなどお構いなく彼は店員の(これまた綺麗なエルフ)と楽しげに会話をしているのだから遣る瀬が無い。

 

入って早々にリヴェリアと心を通わせ、初めは疑っていた自分ですらこうして一緒に食事を取るほどに懐柔させられた。そして今度はこの美人だらけの店でも一際美しいあのエルフの店員だ。

 

もしかしてエルフを落とすスキルでも持っているのだろうか?

 

そう思ったのもつかの間、そもそもエルフ以外も陥落させられているのだから、単にユキが人誑しなだけだと気付く。

神も誑かしているのだから、それすら間違いな気もするが……

 

「なるほど、貴方が噂の方でしたか」

 

「噂、ですか……?」

 

「ええ、ロキ・ファミリアにまた美しい女性がやってきたと男性冒険者達の間では有名になっていました。最初は妬みに走っていた女性の方々も、貴方がリヴェリア様と"非常に"懇意になさっていると聞いて一転した様です」

 

「あ、あはは……それは、良かった、んでしょうか……?」

 

「敵視されるよりは良いかと。……私も女、美しいものには惹かれてしまいます。お二人の事も陰ながら応援していますよ」

 

「え、えっと、ありがとうございます?」

 

無表情ながら冗談気にグッと拳を握ってエルフのウェイトレスは、そう言ってその場を後にする。

残ったのは苦笑いを浮かべるユキと、やけに不満げな表情をしているレフィーヤだけで。

 

「レ、レフィーヤさん?どうして怒っていらっしゃるのでしょう……?」

 

「別に何でもありません!ユキさんが人誑しなことなんて今更ですし?」

 

「え、えぇぇ……?」

 

そんな風に困惑する姿すら可愛いのだから、これだから美人は!これだから美人は!とレフィーヤはブンブンと大きく頭を振るう。

そんな彼女にユキは困惑するしかないのだが、そこに思わぬ助っ人が参戦した。

 

「あ、あの……」

 

「あれ?さっきの店員さん……?と、そちらの方は?」

 

つい先程注文を聞いて立ち去ったばかりのエルフのウェイトレスがなにやら居心地悪そうにユキの後ろに立っていた。

そしてその後ろには更にもう1人、薄鈍色の髪を揺らしながら、チラチラとエルフの背後からこちらに目を出してくる少女が1人。

 

「リューと申します。その、理由はよく分からないのですが、ミア母さんにこの席で貴女方をもてなす様に言われまして。……シル?貴女も先程から何をしているのですか、挨拶をしなければ」

 

「私はもちろん構いませんよ?……ところで、もしかして今"シル"さんって言いませんでした?それにその独特な雰囲気はもしかしなくても……」

 

「あ、あの……お久しぶり、です。ユキさん……」

 

「シルさん!やっぱりシルさんじゃないですか!オラリオで働いているって聞いていたので探してたのに、まさかここに居たなんて!」

 

「わわわ!も、もう!駄目ですよぅユキさん……!また心が揺らいじゃいますからぁ!」

 

「?」

 

「う、うぅぅ……!ユキさんが人誑かしすぎて私は一体どうすれば……」

 

思いもよらぬ再会が、ここにはあった。




--おまけ--

「ええ!もうレベル4になったんですか!?アナンタの時からまだ半年くらいしか経ってませんよね!?」

「あはは、正直に言えば私も戸惑っています。……ですが、前の主神様のお言葉を借りれば、『成長を実感した時こそ修練時』ですから。大変なのはこれからです」

「ふむ、懐かしい言葉です。わたしの主神も同じ様な事を言っておりました。しかし、その言葉は正しくその通りかと。経験がおありかと思いますが、レベルアップ直後は慣らすのが大変ですから」

「ぶー」

「そうですよね……以前のレベルアップの時は慣らしている余裕もなかったので、この感覚は久しぶりです」

「そうなのですか?」

「あ〜……あの時は、まあ、あはは……」

「それで早速、明日から鍛錬しようと思っているのですが、どうしたものかと悩んでいたんですよ。遠征前なので皆さん忙しい様ですし」

「ぶー」

「……それでしたら、私がお付き合いいたしましょうか?」

「リューさんがですか?」

「っ!!ぶーぶー!!」

「ええ、実は私も朝の鍛錬の相手に困っていまして。これでも腕には自信があります、問題はないかと」

「それは助かります!是非お願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、こちらこそ。夜明け頃にここの裏手にいらして頂ければ対応できますので、よろしくお願いします」

「あ!それなら朝食も一緒にどうですか?ユキさんと一緒ならミアお母さんも許してくれると思うんです!」

「ほんとですか!助かります!」

「ぶーぶーぶーぶー!!!!」

レフィーヤの抗議は虚しく店の喧騒に押しつぶされていった。

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