白海染まれ   作:ねをんゆう

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「はっ!」

 

「ん、せぇやっ!!」

 

「む、なかなかやりますね」

 

「ふふ、そう言って貰えると嬉しいです」

 

次の日の早朝、ユキは約束通りリューの元へとやって来ていた。

偶然にもこちらの方向へと用があったらしいアイズと途中まで一緒に来ていたが、その際に背後から感じた恨めしそうな視線は無かった事にしておきたい。

その視線の主も遊んでいる暇なんて無いのだ、ストーカーしている暇だってもちろん無い。

 

「せぇぇやっ!!」

 

「うっ……」

 

連続打からの一閃。

速度だけならばLv.5に至る程の一線級。

ユキはその全てをなんとか受け流すが、単純なステータスの差故なのか勢いに押されてしまう。

リューの剣戟もまた洗練されたものだった。

 

「……ふぅ、そろそろ休憩にしましょう」

 

「ええ、そうですね。……それにしてもリューさん、本当にお強いんですね。同じレベルということは聞いていましたが、その中でもかなり上位の腕前なのでは?」

 

「どうでしょうか…このレベルになって数年が経ちますが、更新自体はしていませんので、ステータス自体は特別高くはない筈です。ただし慣れという面で言えば私の方が一日の長がありますから、その差でしょう」

 

「なるほど」

 

「身体に思考が付いて来ていないからか崩れ気味なところが多々ありますが、恐らく本来の技量だけならば貴方も私と変わらない。身体さえ慣らせば私など容易に追い越せるかと」

 

「あはは、それは少しばかり期待が過剰な気もしますが……頑張ります」

 

「ええ、期待しています」

 

朝日が昇る。

周囲が段々と照らされていくその様を二人は段差に腰掛けて見つめていた。

特に何かを話す訳でもなく、しかし特段気まずいという訳でもなく。

昨日会ったばかりの彼等はそれでも何処か互いに不思議な信頼のようなものが芽生え始めていた。

 

「……貴方は、何処か私の主神に似ていますね」

 

「リューさんの、ですか?」

 

「ええ、もう暫くお会いしていませんが……表情や仕草もそうですが、なにより容姿や雰囲気が良く似ている。新妻のような、という表現を彼の方はよくされていましたが、貴女もまるでそれのようだ」

 

「に、新妻ですか……そう言われてしまうと、なんだか嬉しいというか恥ずかしいというか、困ってしまいますね」

 

「いえ、とても好ましいと思いますよ。少なくとも、私は貴女に好感を抱いています。貴女とは仲良くなれそうだ」

 

「ふふ、実は私もそう思ってたんです。どうしてでしょう、先日会ったばかりの様に思えないんですよね。まるで何か同じものを持っている人に会ったみたいな」

 

互いに顔を合わせながら、思わず口元に手を当てて笑い合う2人。

2人が持つその共通点が何なのかはまだ分からない。

それでも何故かこうして抱いた親しみやすさは、きっと2人に良い影響を与えてくれるに違いなかった。

 

「おや、あれは……」

 

「あれは、アイズさんと少年くんでしょうか」

 

リューとユキが暫くそうして休憩をしていると、壁の上で2人の男女が肩を組んで歩いているのを見かける。

その2人にはリューもユキも見覚えがあって、誰もが知っているアイズ・ヴァレンシュタインとベル・クラネルという例の少年。

どうやら訓練の最中にベルの方がボコボコにされてしまったのか、肩を貸されないと歩けないようだ。

階段を下りながらも、なかなかに苦難している様子。

 

「……どう思いますか、リューさん。あれは助けに行った方が良いのでしょうか?私はそういった色恋の類には疎くてですね」

 

「いえ、私もそういった事はあまり得意では無いと言いますか……そもそもあの2人は恋愛関係なのですか?」

 

「いえ、それについては私もよくは知らなくて……でも、ああいった何でもない時間も恋愛には必要だと聞いたことがあります。ここは見ておくだけにしておきましょう」

 

「そうですね。シルのためとは言え、そこまでするのはルール違反でしょうし……」

 

そんなこんなで、2人がこうして毎朝鍛錬を続けている間、休憩中にアイズとベルがフラフラと下りて来るのを見るのが日課になったのであった。

 

 

 

「お皿洗い終わりました、配膳入りますね」

 

「ああ、手際が良くて助かるよ。うちの連中にも見習って欲しいくらいさ」

 

「ふふ、女性の店員さんしかいないのが売りのお店に紛れ込むのは、少しだけドキドキしますけどね」

 

「細かい事はいいのさ、客が集められるんならね。それに、あんたが男だなんてこと、誰も信じやしないよ」

 

「え〜、それはそれで酷いですよ。これだけの人が居るんですし、1人くらい気付いてくれるかもしれませんよ?」

 

「はっ、うちの制服をそれだけ着こなしてる奴が何を言うんだか。ほら、さっさと行ってきな。早速男共の目線があんたを待ってるよ」

 

「ふふ。は〜い、行ってきますね」

 

リューと行っていた毎朝の鍛錬から繋がり、ユキは時々ではあるが彼女の働いている店である"豊穣の女主人"で手伝いをする様になっていた。

女性店員に紛れながらスカートを身に付けて働くユキの姿……この店においてユキの性別を知っている者が店主のミアしか居ないため、その姿に疑問を抱く者は誰もいない。

むしろ豊穣の女主人にごく稀に現れる期待の新人として常連客達の中で有名になってきている程の人気っぷりを博していた。

そして今日もユキはおっさんの冒険者達に絡まれる。

 

「いやぁユキちゃん!今日も美人だねぇ!これは酒が進みそうだ!おじさんいっぱい注文しちゃおうかな!?果実酒一杯だけに、いっぱいってな!?がはは!」

 

「ふふ、おじさまは冗談がお上手ですね。この前だってそう言いつつも、い〜っぱい注文して下さったじゃありませんか♪」

 

「ワッハッハ、そりゃそうよ!こんな女っ気の無いおっちゃんの冗談にも、白けず笑って接してくれる美人っ子が酒を一杯頼めば来てくれるんだ!一杯がいっぱいになるのも当然な話ってもんよ!」

 

「もう、おじさまったら、人を褒めるのもお上手なんですか?今日も私は閉店まで居りますし、い〜っぱい呼んでくれてもいいんですからね♪」

 

「はっはっは!こりゃあ参った!おじさん明日からはダンジョン潜りっぱなしになりそうだな!明日からもボッチで探索頑張るぞ〜!ぬわっはっはっは!!」

 

……とまあ、酒の席ともなればこういった独特なお客さんも来たりする。

ユキ個人としてはそんなに嫌いなタイプでは無いのだが、やはり一般的には相手をするのは面倒臭いのだろう。

思わず手を出してしまいそうな店員も居るため、こういった客をユキが自然と相手してくれている状態は店の平穏に一役買っていた。

 

「ナハハ!いいケツしてんなぁユキちゃん!」

 

「ひゃっ」

 

「あんた達!その屑野郎の身包み剥いで店の外に吊るしておきな!」

 

「「ラジャー!」」

 

「あ、あはは……」

 

もちろん、時には治安の維持の為に暴力を用いる事もあるが……この辺りについては厳し過ぎる程に徹底しておかなくては他の店員も被害に遭いかねないため、安易に許して貰っては困るのだ。

 

「ふぅ……今日はこれでお終いでしょうか」

 

「ああ、お疲れさん。これは今日の駄賃だ。あんたにとっちゃ端金だろうけど、持っていっておくれよ。その辺は信用問題に関わるからね」

 

「もう、そんなことはありませんよ。私も他のお店で働いていたことがありますし、十分以上のお給金を頂いていることは分かります。このお金はお客さんとして来た時に使わせて頂きますね」

 

「そいつは楽しみだ、是非そうしていっておくれよ。金は使ってこそだからねぇ」

 

ミアに手渡された今日の報酬をユキはほくほく顔で受け取る。

実際、ユキの懐事情はそこまでよろしく無い。

いくら武器の余裕が出来たとは言え、冒険者としてはまだまだ駆け出しだ。

それも度々大怪我をするせいでダンジョンの深い所まで潜る機会が殆ど無く、使う武器も片方は必ず市販のものを使っている。

故に普段の探索はプラスマイナスで言えば本当にゼロと言った辺りで、こうした剣等を消耗する事の無い臨時の仕事を貰えるのは本当に助かるのだ。

むしろ今の環境ではここで働いていた方がお金が貯まるまである。

 

「アイゼンハートさん、よろしければ夕食も一緒にどうですか?とは言っても、まだ食べていないのは私と貴女くらいですが」

 

「え……あ、そういえば食べていませんでした。休憩の時間が噛み合わなくて」

 

「なんだそうなのかい、だったら2人ともさっさと食べて来な。あんまり遅くまで引き止めるとロキが煩いからねぇ」

 

「は、はい……それでは行きましょうか、リューさん」

 

「ええ、こちらへどうぞ」

 

夕食とは言っても、こういった飲食店ではお馴染みの所謂"賄い"と言うものだ。だが、そもそもが美味しいこのお店の賄いとなれば、嬉しさも一押しというもの。

リューと向かい合って座りながらニコニコと目の前のスパゲッティにありつく。

お金も貰えて賄いも美味しい、その上働いていて楽しく、同僚も良い人ばかり。よくよく考えなくとも、こんなに良い働き場所も無いだろう。

もし冒険者が続けられなくなったらここで働くのもいいかもしれない、なんて縁起でも無いことを考えながらユキは満足そうに食事を続ける。

 

「……アイゼンハートさんは、最近ロキ・ファミリアに入ってきたんですよね?」

 

「?ええ、そうですけど……それがどうかされました?」

 

「い、いえその、風の噂でアイゼンハートさんがリヴェリア様と親しくされているというのを聞きまして……前にもお話しした事があるとは思うのですが」

 

「あ、あー……そういえば最初に会った時にそれで揶揄われた覚えがあります。やっぱりエルフとしては思う所があったりするんですかね……?」

 

「い、いえ、そういう訳では無いんです。ただその、言い難い話ではあるのですが、あまりに良くない噂が流れていましたので。以前は冗談にもしましたが、私としても少しだけ気になったと言いますか」

 

「よくない噂……?」

 

「ええ、例えばですね……リヴェリア様が外でアイゼンハートさんを襲っていた、というような」

 

「えっ……」

 

「他にもリヴェリア様とアイゼンハートさんが恋仲であるというような話から、リヴェリア様は同性愛者であるという話まで、それはもう色々と。私も長くこの街に居りますが、あの方のこういった話が噂とは言えど聞こえてくるのは初めてのことでしたので、少々驚いているといいますか……」

 

「へ、へー、そうなんですね……あ、あはは……」

 

「……アイゼンハートさん、これは笑い事ではない。リヴェリア様はもちろん、貴女もこの被害を受けている1人なんだ。もう少し自覚を持ってこの問題には向き合わなければならない」

 

リューから切り出された予想外の話題。

それはユキにとっては本当に色々な意味で予想外だった。

まず、そもそもユキ自身はそんな噂がファミリア内どころか都市まで広がっていたなどということは今の今まで知らなかった。

というか、リヴェリアとのあの一夜の出来事が他の誰かに知られているということにすら心の準備が出来ていなかったのだ。

戸惑いも混乱も強い。

 

さて、これはどう返答すべきなのだろう。

まず、リヴェリアにその様な噂が立っているのは本当に申し訳ないと思いつつも、"同性愛者"という所以外は概ね事実の様なものなので反論はできない。自分が反論したという事実がリヴェリアに伝わってしまえば、それこそ本末転倒だ。

"恋仲"という部分は……それは流石にユキにだって分かっている。あのリヴェリアが自分にあそこまでのことをして、あそこまでのことを言ったのだ。否定するのはむしろ侮辱なようなもので、ユキ自身としても悪くないというか嬉しいというか、その辺のことを考え始めるとまた頭が沸騰してしまうので今は置いておく。

 

それよりももっと懸念すべき問題があるだろう。

それはつまり、この噂が広がっているということだ。

もっと言えば、リューを含めたエルフ達の耳にも……

 

「あ、あの、リューさん?その、一応聞いておきたいのですが……この噂を聞いたエルフの皆さんはどのような反応をされているのでしょう?怒っていらっしゃる方とかも居るんですよね?」

 

「……賛否両論、でしょうか。その様な噂は頑なに信じ無いという者、リヴェリア様に不敬な噂が立った事に怒り狂う者、アイゼンハートさんの立ち位置を羨ましく思う者、妬む者、アイゼンハートさんが相手ならば許せるという者、むしろお二人のそう言った仲ならば応援したいと言う者、お二人が並んでいる姿を一目でもいいから見てみたいと言う者、想像だけで書籍を作ろうとしている者」

 

「う、うわぁ……」

 

「現状ではどの派閥もそう偏ってはいない印象です。ただ、この噂が事実で無くとも今後長く尾を引くことは否定できません。そして仮に、本当に例え話だとして、もしこの噂が真実だとすれば……」

 

「し、真実だとすれば……?」

 

「エルフの里々も含めた大混乱になる」

 

「そ、そんなにですか!?」

 

「当然です!仮にもリヴェリア様はエルフの王族の血を持つお方、それは里を出たとしても変わりません。その様な方が異種族の殿方と恋仲になるというだけでも影響は計り知れないというのに、その相手が女性ともなれば……」

 

男だからセーフ、男だからセーフ……そんな哀れな感想しか抱く事のできないユキ。

しかし、よくよく考えてみれば当然なのだ。

いくら今これだけ近くに居る事が出来たとしても、相手は王族。そういったことを気にして接されることをリヴェリアは嫌うだろうが、それでも周囲の人間の反応は本人の意思とは関係が無い。

故郷の里ではユニコーンを飼っていたという話がある程の清廉、あらゆるエルフに尊敬と敬意を向けられる象徴、魔導師としてもオラリオ最高の称号を持つ程の才女。

冷静に考えなくとも分かる。

その様な彼女と恋仲になった男が、それも何の家柄も無いぽっとでの田舎男が受ける事になるであろう扱いと誹謗中傷の嵐は。

 

「……アイゼンハートさん、ここで断言して下さい。貴女とリヴェリア様にそういった関係は無いということを。先程からの貴女の反応は何処かおかしい。まるでその、そういった事に心当たりがあるような」

 

「………」

 

「アイゼンハートさん、貴女が否定するだけでこの騒動は一旦は落ち着くのです。まだ話は薄らとした噂の段階だ、やはり噂は噂だったと促す事は容易い。対処するには今しか無いんだ」

 

「………」

 

「アイゼンハートさん……?」

 

まるでそうであって欲しい、ただの噂であって欲しいと、そう懇願するかのようなリューの言葉に、ユキは答えない。

というか答えられる筈がない。

なぜなら俯いているユキの表情は、焦りと困惑と緊張で凄まじいことになっていたからだ。

 

「り、リューさん……」

 

「は、はい」

 

「……事実、です」

 

「え?」

 

「その噂……ほとんど、事実、です……」

 

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

 

「終わった……」

 

「物騒なこと言わないで下さいよぉ!!」

 

光の消えたリューの眼は遥か彼方を見つめていた。

 


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