白海染まれ   作:ねをんゆう

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32.舞台

至って平和的にその場を引いたオッタルを見送ったユキは、以前一度だけダンジョンに同行したことのあるリリというサポーターを治療し始めた。

見た目には酷い怪我だが、どうにもならないという訳では無さそうで、これならば直ぐにでも復帰は目指せるとユキは判断する。

不幸中の幸いとはこの事だろう。

 

「ユキ!ベート!」

 

「っ、おっせぇぞフィン!」

 

そうしてフィンとリヴェリアが遅れてこの場に到着する。

彼等としても想定外の出来事だったのだ。立場的にその場から突然離脱する訳にも行かず、今の今まで集団に指示を出していたのだろう。

 

ユキは治療に集中するため、事情はベートが何やら微妙な顔で説明することになったのだが、やはりというか当然というか、ベートの話を聞いていた二人の表情はなんとも言えない。

納得、困惑、疑問、驚愕、様々な感情を持った彼等はしかしそれをユキに直接聞く事もできず、ともかくは後回しにすることに決めた。

というか遠征中にこの件について突っ込むのはやめておくという結論に達した。流石にこの藪の中にいる蛇の大きさは測れなさ過ぎる。

 

(あとは……少年くんが気になりますね)

 

一方でユキはそんな3人のことなど知らず、黙々とリリの治療を続けている。

リリがここに居るということは、この先に居るのは間違いなくあのベル・クラネルという少年だ。

アイズが向かったとは言え、確か彼はまだレベル1。普通ならばミノタウロスなどを相手にすれば僅かな時間稼ぎすらも困難だろう。

いくら格上の冒険者と修行を積んでいたからと言って、アイズが到着するまで持ち堪えられるかどうかと聞かれれば、大半の人間が不可能だと答えるに違いない。

それを覆せるかどうかは彼の力量次第だろうが……ユキ個人の感想を述べるのであれば五分五分と言った所か。

 

「ユキ、事情はよく分からないが今は取り敢えずアイズを追う。その子を背負ってついて来てくれ」

 

「はい、分かりました。急ぎましょう」

 

それでもなんとなく嫌な予感を感じることはなく、ユキはリヴェリアに続いて走り出した。

あの少年が死んでしまう姿が想像出来なかったからだ。

 

……そして、その予感はそれでも、ユキの想定外な形で的中した。

 

『ブモォォオ!!』

 

『せぇやぁぁあ!!!』

 

闘気と闘気が打つかり合う。

意地と意地を叩きつけ合う。

ベル・クラネルとミノタウロスがただ殺し合う。

ユキとリヴェリア、ベートとフィンがここへと入って来た時、まず最初に目に入ったのが……そんな衝撃的な光景だった。

 

「……どういうことだ。あいつァまだ底辺のクソ素人だった筈だ!」

 

ベートの言葉は尤もだ。

けれど、目の前の光景もまた確かなもの。

 

ダンジョンでは滅多に見ることの無い、モンスターと人間の、誰にも邪魔される事のない一騎打ち。

互いに互いのことしか見えておらず、ただ1秒先の生存の為だけに剣を振るい合う。

それが如何に危険な行為であろうとも、それが如何に死に近い行為であろうとも、止められない。止められる筈がない。

それどころか……目を離さずにはいられない。

 

「……すごい」

 

以前はキラーアントの群れにさえも苦戦していたベル・クラネルが、今や武器を持ったミノタウロスを相手に負けていない。

いや、それどころか、こうして見ている間にも少しずつ気迫と気力で押して来ている。

そこに集ったロキ・ファミリアの面々も、各々に驚愕と困惑を隠し切れない。

ベート曰くついこの間まで初心者だった少年が、この僅かな期間でこれ程までに成長した。

そんな事実が、彼等には当然ながら信じられなかったからだ。

 

「ユキ、あの少年はまさか……」

 

だが、リヴェリアだけは違った。

この場においてリヴェリアだけは、ユキのスキルとステータスを知っている。

それ故に、この世界にそういったスキルがあることも知っている。

例えば特殊な条件下で、その人間の成長を急激に促進させるようなスキルがあることを、そういったスキルを持つ者が居るということを、彼女だけは知っている。

 

「……多分、持ってると思います。それがどんな条件下で発動するものなのかは分かりませんが、今の彼にはなんとなく既視感を覚えますから」

 

「アイズが入れ込んでいたのはそれが原因か」

 

チラとリヴェリアが横を見れば、アイズは奮闘する彼を凝視している。

しかしそれはただ驚いているだけでもなく、興味深そうに、納得している様に、むしろ少し自慢気に、彼の動きの一端すらもその目から逃さないようにと、必死になって焼き付けていた。

 

ここ最近、アイズが彼に稽古を付けていたのも、勿論成り行きというのもあるだろうが、きっと彼のこの成長速度に彼女だけは気付いていたからなのかもしれない。

なかなか上昇しない自分のステータスに悩み、アイズは彼に打開策を求めたのだろう。

 

だからこそ今、戦闘中にでさえも急激な成長を遂げている彼から、彼女は目を離せない。

 

 

「……少年君は、大変ですね」

 

 

突き立てた剣からミノタウロスの体内に火の魔法を撃ち込もうとする彼を見て、ユキはポツリと呟く。

そんなユキの言葉を、リヴェリアは隣でじっと黙って聞いていた。

 

『ファイアボルト……!!』

 

「アストレア様は仰っていました。急激な成長を促すスキルは、その人物に必要だからこそ与えられるのだと」

 

悲しむような、怖がるような、そんな暗い表情でユキは言葉を紡いでいく。

ただ偶然にあの少年がそのスキルを得た訳ではなく、何か必要に迫られてスキルが少年を選んだのだと。

 

「そして私は、確信しています。成長を促すスキルが、早急に強者を作り上げるスキルが人に芽生えるということは……」

 

『ファイアボルト……!』

 

ユキもまた同じだ。

必要になるからと与えられた。

そこにユキ自身の意思など介在していない。

ただ気付いたら、芽生えていた。

種を撒かれていた。

誰もが知らぬうちに。

 

「近いうちに必ず、そうして得た力が必要になる程の災禍が訪れるのだと。そして少年くんの成長速度と上り幅は、間違いなく私の時よりも酷い」

 

『ファイアボルトォォオ!!』

 

彼の渾身の一撃により、ミノタウロスが地に沈む。

膝を突き、呆然としていても、勝ったのは少年だ。

この死闘を制したのは、間違いなく彼だ。

 

普通のミノタウロスよりも明らかに強かった筈の個体を、レベル1の冒険者が単独で倒した。

そんなことは有り得ない。

本来ならば有り得ない。

けれど、その有り得ないことを実現した者が生まれた。

……生まれてしまった。

 

ベートやフィン等の上位の冒険者から見れば、ミノタウロスはそこまで脅威な存在ではない。

けれど、彼が明らかにその身の実力に見合わない大物殺しをやってのけたのは事実で。

 

「急激な成長なんて、所詮は戦いの舞台に上がるための土台でしかありません。それはただ、その舞台に上がるための手助けでしかない」

 

そうだ、過去にユキ・アイゼンハートに求められていたものは、

そして、これから先ベル・クラネルに求められていくものは、

単純な成長速度などという甘ったれたものではない。

 

「私達が真に必要とされているのは……大物殺しの才能です」

 

それは、自分よりも上の実力の敵を屠る才能。

あらゆる不利や実力差を覆してでも、勝利を掴み取るという才能。

そして同時に、たとえどれほどの困難や絶望を前にしても、それでも前に進み続けるという才能。

 

それが無ければ、相応の実力を持って舞台に上がった所で、迫り来る災には敵わない。

1人で戦わなければならない事態に陥った所で、絶望して諦めてしまっては意味が無い。

 

「……それならば、大変なのはお前もそうではないのか、ユキ」

 

立ったまま意識を失っているベルをジッと見つめていたユキに、リヴェリアはそう尋ねる。

けれどユキはそれに対して静かに目を瞑った。

過去の自分を振り返るために、そしてこれからの自分を想定するために。

 

「そうかも、しれませんね……このスキルが消えず、私もまだ死んではいない。だとすれば、私がすべき役割は残っているのでしょう」

 

事実、ここに来てユキのレベルはまだ上がっている。レベル4に到達し、ステータスの伸びも天井に至ってはいない。

それはまるで、お前もまた何かに備えろとでも言われているかのように。

 

「……それでも」

 

それでもただ、ユキの中で一つだけ確信できていることがある。

 

「私にとっての舞台は、もう終わっていますから」

 

そう言ってユキは笑う。

笑えるような感情でなくても、無理矢理その形に表情を作る様に。歪に。空虚に。

笑顔という形を貼り付ける。

 

けれどそれに直ぐに自分で気付いたのか、彼は慌ててリヴェリアから顔を背けた。

そんな顔を他ならぬ彼女に向けたくないと言った様に。

 

「……私が主役だった舞台は、もう終わったんです。そして私はあの時、それを上手く演じることができなかった。だからきっと、もう大切な舞台を私に任せられるようなことは無いでしょう。今の私に求められているのは、次の主役の引き立て役」

 

「ユキ……」

 

「だから、これから一番大変なのは彼なんです。私はもう、これ以上大変なことはやーなんですから♪」

 

笑う、今度は自然に笑えている。

きっと、その言葉がなによりユキにとっての本心だったから。

だからそれを聞いたリヴェリアもまた笑い、腰に手を回してユキを引き寄せた。

 

「大変なことは嫌、か……ふっ、ここに来てもう2度も死に掛けている奴が何を言うのだか。その様子ではお前はこれまでの人生で何度死に掛けているんだ?」

 

「10回くらいですかね」

 

そして直ぐに笑えなくなった。

 

「……お前、本当にこれまでダンジョンに潜ってきた事は無いのだろうな?」

 

「ありませんよ?3年前までは村から出たこともありませんでしたし。ちなみにここ3年間でその内の8回を占めてます」

 

「……よく今日まで生きてこられたな」

 

「私もそう思います。もし何処かで少しでも判断を間違えていたら、私がこうしてリヴェリアさんと出会う事も無かったのかもしれませんね」

 

そんなユキの言葉にリヴェリアは途端にとてつもない恐怖を感じて、腰に回した腕をより強く自分の方へと押し付けた。

ユキはそれに露骨に嬉しそうな顔をしたが、背負われているリリは気を失いながらも何処か苦し気な表情をしていたのは間違いない。

 


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