ダンジョン内に威勢の良い声が響き渡る。
武器を叩きつける音、魔力が爆発する音、獲物を引き裂く音、あちらこちらから聞こえてくるそんな音色は集団の勢いをより掻き立てる。
ここはダンジョンの中層、リヴェラの街を出て少しだけ下へと下りて来た地点。
少しずつ生まれ落ちるモンスター達が強くなってくるこの頃合いで、それでも彼等の勢いが落ちると言う事は無かった。
「なにを興奮しとるんじゃ彼奴等は……あれでは下の者が育たんではないか」
「上層で活気の良い冒険者に出会ってね、彼に当てられたんじゃないかな?」
「ほう、それほどの若者が?」
「彼のことか……まあ、あんなのを見せられてしまえば仕方ないか」
「そうですね。私もあの少年君の勇姿を見て、恥ずかしながら少しだけ高揚してしまいましたし」
「……その割には主はいつも通り落ち着いておるな」
興奮を晴らす様に暴れ回るベート達を見ながら、幹部3人とユキは思い思いを口にする。
本来ならば後衛でサポートを行う筈のユキも、今や魔導師達すらも邪魔になる程の有様でその役割が必要無くなっているため、こうしてリヴェリアに引っ付いていた。
……いや、別に深い意味がある訳ではない。
決してバレない様に後ろ手でリヴェリアに服を摘まれているとか、摘んでいるとか、そう言った事実は一切無い。
無いと言ったら無いのだ。
それでこの話は終わりだ。
「そういえば……彼等を地上に送った後、君とリヴェリアは戻ってくるのがかなり遅かったね。一体何をしていたんだい?」
「「ぶっ」」
「ど、どうしたんだい?いきなり同時にくしゃみをするなんて、何か変なものでも飛んでいるかな、ガレス」
「いや、この階層にそういったモンスターやギミックは無かった筈じゃが……風邪でも引いたか?」
「い、いや、なんでもない!ただの偶然だ!」
「お、遅くなってしまったのはアレです!わ、私が少しお腹を空かせてしまって、リヴェリアさんがそれに付き合ってくれてですね……!?」
「そ、そうだ!ついでだからと店で食べていたらついついユキが寝てしまってな!仕方なく、そう本当に仕方なく、宿で一晩過ごすことになってしまったのだ!いや、本当に申し訳ない!」
「い、いや、どうせ18階層で宿泊するつもりだったからよかったのだけれど……どうして2人ともそんなに焦ってるんだい?本当に」
「「なんでもない(んです)!!」」
「そ、そうかい……それならもう聞かないよ」
「おかしな奴等じゃのう」
そんな様子の2人に困惑するフィンとガレス。
あのリヴェリアまでもが取り乱している姿はなんとなく気になるが、本人達がここまで言うにも関わらず問い詰めるのも違うだろうと2人は引き下がる。
……ところで、今の話とは本当に全く、何の関係も無い話になるのだが、今日のユキは何故かかなり着込んでいる。
いつもの白のコートだけでは飽き足らず、首元にマフラーを巻き、薄めの手袋まで身に付けている始末だ。
そこまで肌を見せない理由はよく分からないが、恐らく寒いのだろう。そうに違いない。
それにしては少し熱いのか顔を赤くしているが、それも気のせいだ。気のせいだと言えば気のせいなのだ。
「これから50階層まで突っ走ることになるけれど、ベート達の集中力もあと少しは続いてくれるだろう。2人は必要になる時までに調子を戻しておいてくれれば問題ないよ」
「……面目ない。ここに来て緊張感の無い己が恥ずかしい、直ぐに頭を切り替える」
「リ、リヴェリアさんだけのせいじゃありませんから…………つ、次からはその……こ、こういうことを見越して、事前にですね……?」
「あ、ああ、そうだな……事前に、な」
「「?」」
ここにロキが居ないことにリヴェリアは心の底から感謝した。
光源の乏しい宵闇の中、団員達の喧騒が響く。
木々の見下ろせる一枚岩の上で互いに指示を出し合いながらベースキャンプを作り上げていく彼等は、それでもどこかぎこちなさを持って作業に臨んでいた。
そうなっている原因はただ一つ、一部の幹部達から異様な圧を感じているという理由だ。
「なんだか結局、50階層に着くまでベートさん達の独壇場でしたね」
「ああ、まさかここまで感化されるとはな」
「そのおかげで割を食うのは下の者達なんじゃがのぅ……帰りは注意をしておくか」
「取り敢えず、今は温存が出来たと考えよう。彼等が暴れて引き付けてくれていたおかげで、ユキがこの階層でも十分に戦えると確かめる事もできたからね」
「あ、あはは……やっぱりこの階層になるとなかなか骨が折れますね」
いつの間にかフィン、リヴェリア、ガレスの三幹部の横で給仕係的なポジションに落ち着くようになっていたユキは、拠点からわざわざ持ってきていた金属製のティーセットを使い葉を煮詰めていく。
テントの組み立てに加わろうとすれば"大丈夫だから任せて欲しい"と男性陣に言われ、それならばと食事の用意に交ざろうとすれば"ここはいいからリヴェリア様達の所へ"と女性陣に言われてしまう。
もしかして自分は嫌われているのだろうか?
それにしては満面の笑みでそう言われてしまうものだから確信する事も出来ず、ユキは今ここにこうしている。
リヴェリアはそれに気をよくしているのかニコニコしてくれているが、団に入ったばかりの身としてはもっと働かせて欲しいと思ってしまうところ。
実際、他の団員からしてみればユキは、たとえレベル4だとしてもアイズ達のような幹部クラスと同等の存在だ。
そこに歴の短さなど関係なく、団員への貢献度と実力、そしてユキの人柄に接していれば、彼等が自然とその位置に置いてしまうのは仕方のない話であった。
……それとこれはあくまで一部の者達の話ではあるのだが、ユキとリヴェリアが並んで話している姿を見ていたいと願う者達が少なからず存在する。
それは主に女性陣に多く、彼等は中継地点に来て少しだけ気が抜けていることもあり、ここぞとばかりに供給を求め始めている。
そんな彼等が色々と裏で手を回してこの状況を作り出していると言っても過言ではないため、確かにユキはハブられているのかもしれない。
イジメとかそういった類のものとは違うだろうが……
「さて、最後の打ち合わせを始めよう」
50階層にまで辿り着いた団員達を労う為の食事が済んだ後、フィンを中心とした最終確認が始まった。
51階層からは上位の冒険者と言えども他者を守りながら進める世界では無い。
突入するのは少数精鋭で、サポーターにすらも最低限の能力が求められる。
更にキャンプの防衛も重要であり、以前の遠征であの緑色の生物達の被害を受けた時のようなことが再びあれば、18階層に戻るまでに力尽きてしまう者が出てくるかもしれない。
行く側にも残る側にも重大な役割が与えられている。
これは団員達にそれを再度自覚させる為の最終確認でもあった。
「……以上がサポーターのメンバーだ。それとユキは基本的にはリヴェリアとレフィーヤ、そしてサポーター達の側に居るようにして欲しい。ここまでの様な突発的な後方支援と、彼等が狙われた時の近接対策の両方を担えるのは君しか居ないからね」
「あの、荷物とかは」
「身軽な君がわざわざ動きを遅くしてどうするんだい?これは生き残る可能性を少しでも上げる為の判断だ。どうしても負い目を感じるというのなら、君のその手で彼等を守ってあげればいい」
「!……分かりました」
「うん。それじゃあ椿、後は頼むよ」
「うむ、任された!」
いい加減にユキの扱いに慣れてきたフィンは、上手い具合に言いくるめて話を椿に振る。
実際、ここまで来る間だけでも、フィンの中ではユキという存在が非常に便利な役割を持てる冒険者であると印象付いていた。
剣を投げ付けると言った単純な技術ながらも付与魔法によってそれは必殺の一撃となり、射出までの時間と精密性、そして弾速を加味すれば、フィンの指示一つで対象を破壊できる便利な砲弾になる。
同時に本来ならば近接戦闘を得意とするユキは、想定外のモンスターの出現で混乱しやすい後方部隊において、居るだけで安心できるという精神面的なケアにもなった。
たとえ実際に現れたとしても瞬間的にカバーできる機動力と、一撃でそれを沈める事のできる十分な攻撃力があり、何度かそれによって怪我人が出ることを事前に防げているのだから、置き得とはこういったことを言うのだろう。
前衛ばかりが充実しているロキ・ファミリアにとっては正に痒いところに手が届いている人材だ。
それでも敢えてユキの欠点を上げるとするならば、そのあまりに脆い紙装甲が致命的な事が挙げられるのだが、そもそも後方支援の者達は基本的にそういうものと考えると、やはりユキは後方に置いておくべきという結論に至る。
適当に後ろの方に置いておくだけで後衛の仕事をしながらも生存率まで上げてくれるこの便利さ。常に頭を使いながら探索を行なっているフィンにとって、これ程に嬉しい事はない。
そしてそのユキの手綱をリヴェリアが握っているという点も大きい。
リヴェリアが居る限りはユキは無理をしないし出来ない。若い故の失敗をしそうになっても、彼女が近くにいればカバーする事ができる。
そういった理由もあって、フィンの頭の中ではそもそもユキを連れて行かないという選択肢すらも無かったのだ。
そもそもユキとリヴェリアの2人の役割が噛み合い過ぎているので、もうここをセットで使うことは今後も確定していくのだろうが。
「ユキ、お前にも武器を渡しておかねばな。待たせてしまって申し訳なかった、これで存分にその剣を使う事もできるだろう」
「!!つ、椿さん……!ありがとうございます!」
「ふふ。いやなに、本当はここに来る前に渡しておこうとも思っていたのだが……やはり手にするのは皆と同じタイミングが良いだろう?」
「は、はい!とっても嬉しいです!本当にありがとうございます!」
椿からメンバーに不壊属性の武器が渡されていく中、フィンが思考していたユキの手元にも漸く2対の剣が揃う。
以前の剣とそっくりなそれを抱き締め、心から嬉しそうに笑うユキの姿を見て、椿も満足そうに笑みを浮かべた。
これだけ嬉しがって貰えるのなら、あれほど難解な作りの武器を再現した甲斐があったというものだ。
なんだかんだ言って、ユキの武器が形状的に最も時間がかかっていたりもする。
「基本的には以前のお主の愛剣と同じ作りの2対なのだが、手前にはどうしても使いこなせなんだ。ただ、以前渡した片割れを主が十分に扱えている事を根拠にもう一方も全く同じ形状に作ってみたのだが……どうだろうか?」
「そんな、期待してた以上の出来ですよ!私これなら誰にも負ける気がしません!……あ、少し試してみてもいいですか?」
「ん?ああ、それはいいが……」
「それでは!」
「っ!?」
そう言うと突然剣の尻に付いた鎖の尾を壁に投げ付けるユキ。
付与魔法のせいか凄まじい速度でカッ飛んでいくそれは当然の様に壁へと突き刺さり、途端に付与魔法が霧散する。
しかし次の瞬間ユキは跳躍と引く力で高速で飛び上がると、再び付与魔法を使用して右の鎖を打ち込み、左の鎖を壁から外す。
そんなことを繰り返しているユキの姿は、まるで自分の糸を使って飛び回る蜘蛛のようだ。
……どころか、途中途中で自身の鎖や木の枝などにその歪な形をした剣の腹の部分を引っ掛けて回転したり軌道を変えたりする姿を見ていると、まるでそういった芸を見ている様な気持ちになってくる。
器用というより、最早それは理解が出来ない。
「うわぁ、なにあれ……」
「なんか、なんか凄い!あれなにあれなに!?私もやりたい!」
「ユキさんって本来ああやって戦うんですか……?」
「猿かあいつは……」
「リヴェリア、私もできるかな」
「やめておけ、目を回すぞ」
思わず拍手をしそうになってしまう団員やその動きの気持ち悪さに微妙な顔をしている団員が居る中、椿もまたこう考えていた。
(そんな使い方するのか、その武器……)
てっきり鎖の部分を使う事で距離感を変えながら戦うものだとばかり思っていた椿は、その異様な発想を思わず称賛してしまった。
もちろん、そういう使い方も出来るのだろうが……こういった特殊な発想を出来る様にもなりたいと、椿はふと思ってしまっていた。