『メテオ・スウォーム』
空に現れた巨大な岩石の群れが、凄まじい勢いで彼等の元へと降り注ぐ。
レベル5の者達がそれぞれの身を盾にしてレベル4の者達を守り、その身に魔力を帯びた岩石の雨を打ち付けられる。
アイズの風の鎧など、ティオナの頑強な武器など、ベートの最速の回避など、その全てが無駄であるかのようにして地表を塗り潰していく絶望の影。
単純な質量に速度と魔力と重力を上乗せした範囲魔法。
それは正に天災。
たった一つの生物が行使するにはあまりに規模の大き過ぎる魔法の極地。
「ぁ……ぅ……」
割れた岩塊と砂嵐の下。
そうして岩石雨が止み、地上が幾つものクレーターに支配され、多くの者が致命的なダメージを受けそうして空が晴れた時。
それでもフィンの咄嗟の判断は間違ってはいなかったということだけは証明された。
僅かに聞こえてくるいくつかの小さな呻き声だけが、彼のその判断の結果を物語っていた。
小岩の山が弾き飛ばされる。
余裕のある者が這い上がってくる。
余裕があるとは言っても、それはただ立ち上がる余裕がある者という程度の意味でしか無いが。
「あァ……クソ、がァ!!」
「生きて、いる……か……?」
「死に、そう、よ……!」
「リヴェリアと、ガレスは……?」
「私が、なんとか……ごほっごほっ」
「ユキ……君は、守られる側だろうに……」
誰も死んでいない。
ここにいる誰もが生きている。
だからこそ、フィンの目的は果たされていた。
……ただ、ここにいる者は、もう誰も立ち上がれない。
意識のある者達は周囲を見てそれだけは確信していた。
少なくとも、戦意がある無しの問題ではもう無いということを。
「ア、アイズさん……!」
「はぁっ、はぁっ……」
為す術が無い。
最高戦力であるリヴェリアとガレスが一方的に蹂躙され、敵は未だ無傷。そしてこちらは誰もが満身創痍であり、立ち上がる力すら無い者も少なくない。
心が折られるのは当然の話。
この場に居る誰もが悟っていた、自身の死を。
それでも立ち上がろうとするだけの心を残していた者達もまだ居た。
例えば彼等のトップの様に。
『風ヨ、乱吹ケーーー』
「っ!?……もう、勘弁してよ」
「っざけ、やがって……」
「次は、次は本当に、死ぬから……!」
「………っ!」
しかし、精霊の口からまたもや次の一節が呟かれた。
これ程までに完膚なきまでに叩き潰しても、まだ足りないというように。もっと出来るというように、両手を空へと広げて高らかに詠唱を始める。
もし仮にこの一押しが無ければ、フィンは団員達を励まして反撃に出ていたかもしれない。
だが、こうして3発目が来ることが確定してしまった以上、もうそんな判断は下せない。
これ以上は本当に死人が出る。
死者を出してまで欲しい名誉など彼には無いのだ。
撤退は指示する、とは言え今からでも全員の撤退が間に合うかは分からない。
だが、自分が今から最速で突っ込んで気を引いていれば、発動する魔法の種類にもよるが、もしかしたら間に合うかもしれない。その可能性がほんの僅かにでもあるのならば、集団の長である彼が試さないなんてことは絶対に有り得ないだろう。
彼の最古の友人達である2人もまた後進達を守る為に命を懸けたのだ。
彼等に出来て自分に出来ないなどと、そんなことは有りはしない。
「全員!このままこの場から撤退を……!」
指示しようとした、その瞬間だった。
「フィンさん、3分以内に全員起こして下さい」
「は……?」
この場に居る誰よりも耐久力が低い故に、それなりに深刻な怪我を負っていた筈の彼女が、誰よりも怪我の少ない自分よりも前に歩き進めていた。
「待て!君は、一体何を……!」
「まだ、勝てマスよ」
「っ」
彼女は、ユキは、全身に付与魔法を漲らせる。
そして同時に、背部から押さえていた筈のあの嫌な感覚が漏れ始めてくる。
そしてその感覚に気付いたのか、精霊の詠唱が一瞬だけ止まった。
詠唱を止めた精霊の目は、今はユキをジッと貫いている。
「フィンさん、後はオ願いしまス……私はいつも、行動でしか示せませン」
「っ、待て!ユキ!!」
凄まじい速度でユキが走る。
鎖を使い、剣を使い、雷や波の様な異常な軌跡を描きながら光源となって精霊へと近づいていく。魔法を一瞬だけとは言え止めてしまった精霊に、その速度に対抗出来るほどの余裕は無かった。詠唱を再び始めたとしても、驚愕していた隙に真に目と鼻の先にまで迫って来ていたその閃光を止める事など出来やしなかった。
『ッギ……!レ"ィ"ァ"ァ"ァ"……!』
「っ、やっぱリ頭を吹キ飛ばすだけじゃ駄目デすかっ!」
詠唱中に首を破壊し、魔力暴発を引き起こして頭を吹き飛ばす。
しかしそれだけ大きな傷も数秒で元に戻ってしまい、また万全の状態となってこちらへ攻撃をしかけてくる。
この辺りの再生能力はかつての巨大花を思い起こさせ、どころかそれすら大きく上回っているだろう。
だが、やはり性能の大半を魔法に振っているからなのか、近接戦闘はあまり得意では無いらしい。
それでも驚異的な身体能力で強引にこちらに攻撃をしてくるのは、単純な速度と攻撃力を加味すると恐ろしくて仕方がないが、いくら力があろうとも当たらなければ何の意味もない。
「これなラまだ、理性を失った"彼女"の方が手強かったでスよ!」
ユキは鎖も駆使してあらゆる方向から高速で精霊を攻め立てる。
ユキの周囲を浮遊する予備の剣は彼に付き添う様に飛行し、近付いてくる芋虫型や植物型を一緒に引き裂き、彼の攻撃に合わせて精霊の身体に傷を付けていく。
触手を破壊し、肉体を斬り付け、ひたすらにその体内に存在している筈の魔石を探してユキはただ只管に叩き続けた。
だが魔石は一向に見つからず、こちらがそれを探しているのを気付いているのか徐々に触手の動きを防御に回し始めてきている。
……3分、3分でいい。
それだけの時間があればフィンは全員を立て直してくれると、ユキはそう信じていた。そして、彼等がまた立ち上がり、一人で戦う自分の元に来てくれるのだということも信じていた。
(私はもう、一人じゃないから。もう一人で戦っていないから。だからたとえどれだけ怖い事があっても、どれだけ危険な目にあっても、少しくらいは平気でいられる……!)
……正直に言ってしまえば、ユキはずっと怖がっていた。
深層へ向かうということも、深層のモンスターと戦うということも、52回層へ望む時も、ヴォルフガングドラゴンと対峙した時も、この階層に踏み入れた時だってそうだ。
特に精霊と対面した時、ユキは恐ろしさのあまりに少しの冷静さを失っていたし、戦っている最中であっても何をどうすればいいのかと常に不安し恐怖していた。
しかし、それでもユキが今こうして戦えているのは、これまでその怖さを表に出さずにいられたのは、一重に仲間という存在が常に側に居たからである。
自分よりもずっと強く、ずっと知識を持っていて、ずっと正しい判断が下せて、ずっとずっと信頼できる仲間達。
なんでもかんでも一人でしなければならなくて、自分が一番その場で強くて、頼りにされて、判断を求められて、責任を負わせられて、そんな立場にばかり居たユキが、初めて甘えられる人というものを得ることが出来た。
自分を側に置いてくれる人達が出来た。
甘えてくれと言ってくれる人達が出来た。
率先して前に立つ仕事を遠ざけてくれる人達が出来た。
ベートとのやり取りだってそうだ。
彼が自分に世話を焼いてくれるような人だからこそ、ユキは少しばかり嬉しくなり過ぎてしまって過剰な付き合い方をしてしまった。
後から思い返せば少しだけ恥ずかしくなるようなあのやり取りも、常に自分より上の立場に居ようとしてくれる彼に自分なりに甘えてみた結果だった。
苦しさを受け持ってくれる人が居る。
責任を分かち合ってくれる人が居る。
戦いを率先して行なってくれる人が居る。
決して甘えているだけでは無い。
そして、甘えた考え方をしている訳ではない。
ただユキは……ユキの価値観はそれでも、英雄なんかじゃない。
ただのちっぽけな村で育った、母を慕う一人の子供。
ユキの根底にある価値観は、そんななんの面白味もない素朴なものだ。
そんな平和が何よりの幸福だと、それだけで満足出来てしまう小さな小さな器に過ぎない。
(私は、英雄にはなれなかった……!)
必死に、必死になってあの日まで演じ続けていた。
けれど、ユキはもう折れてしまっている。
どれだけ努力したところで、どれだけ心をそちらに向けようとした所で、結局その心は英雄になどなれなかった。
そもそも、なりたくもなかった。
だからこそ……決して自分に英雄など求めることのないこの場所が大好きで、守りたいと思った。
そして、誰よりも英雄を目指している彼等を、本物の英雄にしたいとも思った。
(ここで負けて帰ったら、英雄にはなれない……!ロキファミリアはここで精霊を倒して、胸を張って地上に戻るんだ!少なくとも私は、そうであって欲しいと思ってる!)
理想の押し付けかもしれない。
無茶を強いているのかもしれない。
けれど、それでもユキは、彼等があのベル・クラネルの勇姿を見て感銘を覚えた事だけは、一時だけの感情では無かったのだと信じている。
『突キ進メ雷鳴ノ槍、代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トリトニス)、雷ノ化身、雷ノ王ーー』
「短文詠唱……雷系の魔法ですか、流石に雷は避けられませんね」
自身の損傷も顧みず周囲を飛び回るユキは、精霊にとって羽虫の如く鬱陶しい存在だろう。
それならば、それ以上に速い技で撃ち落としてやればいい。
詠唱をする時間が無いならば、より短い呪文を一瞬で詠唱すればいい。
雷の速度で叩き落とし、焼き焦がしてやればいい。
『サンダー・レイ』
そう考えるであろう事は、ユキも分かっている。
その手段を取って来るということなど、最初から想定していた。
だからもしその時が来た時、自分がすべきことなど考え尽くしてあった。
「剣光突破/ソード・プロミネンス……!」
予備を含めた8本全ての剣を利用した最大出力の剣光突破。
使用する剣の全てを使い果たし、費やす剣の質と本数が多ければ多い程に出力の高まるこの一撃は、きっとそれでも短文詠唱の精霊の魔法を超えられるかは分からない。
……だがそれでもいい、勝てなくてもいい。
今ここで自分が勝てなくとも、命を犠牲に勝ちを掴みに行かなくとも、他の誰かが勝ち取ってくれるのなら。
自分は主役でなく、ただの繋ぎで構わない。
「っ……!あと、一押しっ!」
『エレナエレナエレナエレナエレナァァア!!』
「っ、まだ出力を……!」
打つかり合った互いの魔法が火花と共に大きく競り合う。
敵は短文呪文の高速詠唱の魔法であり、こちらは全ての剣を使用した最大出力。
これより上の出力の無いユキと、やりようによってはいくらでも出力を上げられる精霊、どう足掻いた所でユキが不利だ。
……けれど、
「私が不利だなんてこと、自分で言っていても、す〜っごく悲しくなりますけど……!そんなのもう今更な話なんですよ!!!」
競り合いを諦め、予備の剣を捨て、鎖を使ってその場を離脱する。
精霊の魔法は抵抗する敵を失った事で彼方まで飛んで行くが、今は逆にそれが精霊にとっての邪魔となる。
凄まじい攻撃範囲と雷の光を持つその魔法は、精霊の頭部から放つ事によって成立している。逆に言えば、あれを放っている間は精霊の視界は殆ど遮られているということだ。
そして同時に……ユキ自身もまた光源の一つであるため、その環境で視認することは不可能に近い。
「あと、一撃……一撃だけ!」
魔石の位置は基本的にモンスターの身体の中央にあると言われているが、それらしき場所をつい先程まで何度も何度も叩いても、魔石のある様な感触は一向に無かった。
巨大な怪物の下半身と精霊の上半身の境界面、その周辺あるのが最も自然だろうと思っていたが、どれだけ試してもその辺りには無かった。
以前の敵はそこに魔石を持っていたから、という思い込みもあったのかもしれない。
だが、一度考え直してみればそれも当然の話なのだと分かった。
知性がある、理性がある、それはつまりこの敵の本体は精霊部分なのであり、怪物の部分は彼女の武器や装備と同様の扱いなのだということだ。
つまり……魔石は上半身の中央部分、つまり彼女の胸部に存在する。
「貫けぇぇええ!!!」
『ッ!!エ"レ"ナ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"!!!』
ユキの突き出した剣が守りの為に齎された葉のような守りと触手を通り抜けて精霊の腹部に突き刺さる。
しかし反面、ユキの腹部にも精霊が反射的に突き出していた手刀が脇腹を抉る様な形で突き出されていた。
喀血する、内臓を掴まれる悍しい感覚に身が震える。
感触はあった。
何か硬い物を削り取った感触があった。
その感触はあったのだが……それだけだった。
(掠めた、だけ!?あと少し届かなかった……!)
魔石の潜む部分にだけ存在する異様に硬い精霊の皮膚。
仮にアイズのような突破力があれば関係なく穿つ事が出来ていただろう。ユキにもう少し余裕が残っていれば、付与魔法で引き裂く事も出来ていただろう。
……ただ、今のユキにそれが無かったが故に、届かなかった。
「ぐっ!?」
苦痛に歪みながらも怒り狂った様な表情をした精霊に殴り飛ばされる。
それを何とか左手を前に出して直撃は避けるも、ユキはそのまま無防備に後方へと吹き飛ばされてしまう。
ユキにはもう、これ以上抗う気は無かった。
レベルが上がったことで高速移動の負担は減っていたが、本来直進しかできないこの移動方法でこれほど軌道変更を繰り返せば、当然身体は悲鳴を上げる。
元々2発の特大魔法を受けた直後だ。
いくらか無理をしたが為に、筋肉から骨、内臓まで至る所に損傷を受け、いくつかの傷は致命的なものになってしまっているのがわかる。
魔石を探す為に何度も何度も剣を叩き付け、予備の剣も含めて周囲のモンスターを処理しながら、最高出力の剣光突破で鍔迫り合いを起こして、最早体力も魔力も空っぽだ。
気力が尽きてしまうのも無理は無い。
……ただ、本当の事を言えばユキはまだ戦えた。
それはユキのスキルの効果故に。
死に近づけば近づく程にその身を強くするスキルは、実質的にユキが死ぬその瞬間まで彼に立ち上がる為の力を与え続けるという実情を持つ。
ユキの気力が続く限り、ユキはそれこそ本当に死ぬまで戦い続けることができる。
死なない限りは、永久に剣を振るい続ける事が出来る。
そして守るべきものが多ければ多いほど、むしろ死が近くなるにつれて強くなるという悍しい能力にもなる。
ならば、ユキは本当に心が折れてしまったのか?
もう勝てないと諦めたからこそ、気力が無くなってしまったのだろうか?
そんな訳がない。
そんな筈がない。
確かに気力は尽きた、これ以上戦うつもりも無い。
だがそれは決して、悪い意味でそうなった訳では無い。
「ユキ……!」
吹き飛ばされて地面に叩き付けられる寸前であったその身体を、金色の髪を持つ少女が受け止める。
そして、そんな彼女に続く様にして彼女の仲間達がやってくる。
……いや、それはもう彼女だけの仲間ではない。
ユキにとっても、彼等はもう大切な存在だ。
3分という時間は、とうの昔に過ぎ去っていた。
「アイズさん……もう、大丈夫ですか?」
「……うん。ごめん、一人にして」
「いいんです、信じてましたから」
「……そっか」
そう言ってそのままユキを地面に座らせると、アイズは先頭に立って精霊を睨んだ。
そんな彼女に続く様にして、ロキ・ファミリアの面々も前へと足を進める。
「……やはり女神アストレアの眷属は面白い奴等ばかりよのぅ、ワシ等も負けてられんわ」
「何言ってるのよガレス、今はロキ・ファミリアの仲間でしょう?」
「そうそう!私達も負けてられないのは同感だけどねー!」
「……チッ、この馬鹿女が」
「ユキさんは男性、ユキさんは男性……いや、もうなんでもいいですよね。ユキさんはユキさんで、私の憧れという事に変わりは無いんですから」
「まさか本当に言葉じゃなくて姿で見せてくれるなんてね。僕にも女神フレイヤが言っていた事が少しだけ分かった気がするよ」
各々に無茶をしたユキに対しての言葉を呟き、少しだけ振り返ってその場から動けないユキに笑みを向けた。あのベートでさえも、口角を上げて悪そうな笑みをこちらに向けている。
見上げて見えるそんな彼等の姿がユキにはなんだか本当に頼もしく見えて……思わず力が抜けて後ろに倒れそうになった所を、今度は背後から彼女に支えられた。
「これで11回目か?ユキ」
「っ……いえ、まさか。まだ話せますし、動けますから。死なんて少しも見えてませんよ、リヴェリアさん」
「そうか、それは何よりだ……世話を掛けたな」
「いえ、私こそごめんなさい。やっぱり時間稼ぎにしかなりませんでした」
確かに事実だけを述べるのならば、ユキが今の今までやっていた事は時間稼ぎにしかなっていない。どれだけ数を減らしても新種のモンスターは減らないし、どれだけ敵に傷をつけても即座に回復されてしまう。
魔力でさえも新種から奪い回復する精霊に対して、今の攻防で唯一得られた収穫は魔石の位置が発覚した程度の事だろう。
これだけ必死に踠いたにも関わらず、何一つ有利点を残す事が出来なかった事をユキは密かに悔やんでいた。これでは最初から難易度は殆ど変わっていない。
「……いや、そんなことはない」
それでも、そう言ったユキの考えを、背後から抱き締めたリヴェリアは即座に否定する。
「少なくとも私は、お前が一人で戦う姿に熱を得た。それこそ、アイズ達がベル・クラネルから得た時と同じくらいに熱いものをな」
リヴェリアはユキを自分の身体にしがみ付かせ、肩を貸して腰を抱く。
まるで全てを明け渡して立たせて貰っているかの様なそんな自分の姿に、少しだけ恥ずかしそうな顔をしているユキを見て、リヴェリアは更に嬉しそうにして言葉をかける。
「一人で立つのが辛いのなら、私を使って立てばいい。もう立てないと思ったならば、私がお前を立たせてやる。しがみ付いてでもいい、抱き合ってでもいい、背負ってでもいい、どんな形でもいい。だからお前は……ずっと私の側に立っていろ」
「っ……も、もう、またそんなカッコいいことを言って。そんなに私をドキドキさせて、リヴェリアさんは一体私の事をどうしたいんですか」
「そんなもの、惚れさせたいに決まっているだろう。あわよくば、私無しでは生きられない様になって貰いたいものだが」
「それは……流石に酷いです、リヴェリアさんは本当に酷い人です。……でも、もう惚れちゃってますから、手遅れです。それが男性として正しい形や在り方やしているのかは分かりませんが」
「ふふ、別にどんな形でも構わない。お前はこうして誰よりも一番近くで私の格好良い所を見て、どこまでも深く私に惚れ込めばいいんだ。瞬き一つすら惜しんで、その目にしっかりと焼き付けるといい」
「……はい。リヴェリアさんの最高にカッコいい所、私に見せて下さい」
「ああ、見ていてくれ。お前の惚れた女がどれだけいい女なのかという事を、嫌という程に見せつけてやる」
ユキを抱き抱えたまま、リヴェリアは敵を殲滅するに十分な威力を持つ魔法を唱え始める。
彼女から漏れ出る魔力の量はユキの付与魔法とは比べ物にならず、それでさえも体外に漏れ出ている欠片でしか無いという事を考えれば、魔法陣を通して装填され始めている魔力量は尋常な量では無いのだろう。
2人の周囲を次第に魔力の筋と雨が取り巻き始めめ、灰と煙によって光源を失った暗闇の世界を照らしていく。
最低限にあった周囲の光量を魔力片の光量が上回り、魔法陣の内側に居るユキからは世界がまるで星空に包まれている様にも見えた。
リヴェリアの詠唱が次の詠唱へと繋がれる。
詠唱を連結させることで、効果を高め、威力を増す、エルフの王女であるリヴェリア・リヨス・アールヴにのみ許された魔法特性。
世界でたった1本だけしか存在しない彼女だけの特製の杖からは、今や虹色の火炎の様な桁違いの魔力が燃え盛っている。
流星の様に2人の周りを飛び回っていた魔力の筋は次第にその速度と規模を増し、光量を増した魔力片の雨は光り輝く星の様に主張を強めていく。極寒の魔法から炎獄の魔法へ、地に記されたあまりに複雑な魔法陣は既に普通の魔法陣の何倍も大きな体を持ち、そして何より……
「すごい……」
星空を纏いながら流れる様に詠唱を紡ぐそんなあまりに美しいリヴェリアの姿に、ユキは完全に見惚れていた。
『私だってぇぇえ!!』
前方からレフィーヤの叫び声が聞こえて来る。
ユキが相殺し切れなかったあの雷の魔法を、彼女はフィルヴィスの魔法とティオネとティオナの助力を得て耐え切った。
そしてそんな事実に、精霊は驚愕し、動きを止める。
しかし、その程度の短時間の隙ではいくらフィンやベートであっても距離を詰める事はできない。それこそ、遠距離から即座に攻撃する事が可能で、もう一度隙を作り出せる程の威力を持った攻撃でも無い限りは。
「見ていろ、ユキ。これがお前の惚れた女で、お前に惚れた女の姿だ」
その一瞬の隙が生まれる事を待っていたリヴェリアは、発動直前で止めていた詠唱を再開する。
そして生まれる。
オラリオ最強の魔導師"九魔姫"による、最長最大射程を誇る全方位殲滅魔法が。
『焼き尽くせ、スルトの剣ーー我が名はアールヴ!!』
【レア・ラーヴァテイン!!】
瞬間、2人を中心とした魔法陣から、先程精霊が放った火炎魔法に匹敵する程の極大の爆炎が空間へと放たれた。
魔法陣を中心に外側へ連鎖していく様に爆発は広がり、外部へ向かう程にその爆炎はむしろその威力を増していく。まるで世界の全てを焦土へ変えるようなその光景に一瞬ユキは団員達が巻き込まれる姿を想像したが、リヴェリアの魔法でそんなことは有り得ない。
彼女が詠唱中に設定していた経路を辿り爆発が連鎖することで、決してその炎は味方に触れることは無い。
植物型、芋虫型、全てが等しく灰へと還る。
後には魔石一つすら残すこと無く、凄まじい勢いで連鎖していく白い爆炎は、誰にも避ける事も防ぐ事も許さずに世界を熱で侵略していく。
『ーーアアアアアアァァ!!!』
そしてそれは精霊もまた同様であった。
目の前の前衛組にばかり気を取られていた精霊は突然後方から広がってきた爆炎に反応が遅れ、ろくな防御行動も取ることが出来ずに白爆発の群れに全身を喰われる。
もうアイズ達を止める者は居ない。
誰も彼等の歩みを止める事はできない。
あの爆発の波から精霊が息も絶え絶えとなって這い出て来る。
再生も行なっているようだが、その損傷があまりに激しく全く追い付いていない。
『ぅおおおおぉぉお!!』
「!?」
ベートとフィンが仕掛ける。
後ろに続くアイズの道を切り開くために。
リヴェリアの作ったこの好機を逃さない為に。
なにより、ユキに灯された心の火を消さない為に。
「っ!?壁!?」
「これは、下層からか!?マズい!!」
3人を遮るようにして、今度は硬質化した植物の蔦が壁の様になって彼等の行く手を阻む。精霊は反応が遅れていた、これは間違いなく別の何かからの支援だろう。
心は折れていない、火は消えていない。
ただ、3人の力ではこの壁は打ち破れない。
そして打ち破れなければ、その間にも精霊は自己修復を始めてしまう。
『っ!まだです!』
「なんじゃ口だけかァ!フィン!!」
しかし直後、二本の光り輝く剣と大斧を持ったドワーフがその壁に衝突した。ユキの剣と、復活したガレスの渾身の一撃だ。
どちらの攻撃も未だ壁を壊すには至っていない。
けれど、しっかりと壁に突き刺さっているユキの剣がガレスに存在を主張する。
「そういうことか!考えたのぅ、後は任せぃ!」
その剣に向けて、ガレスは大きく戦斧を振り被る。
ユキの付与魔法はその剣の切れ味を増幅させる。
だがそもそも、力さえあればどんな鈍であっても叩き切る事はできるのだ。
そしてもし、その切れ味と力が同時に存在しているのならば……
「この程度の壁、破壊できん道理は無かろう!」
叩きつけられた戦斧によって、2本の剣は壁を突き破り、再生中の精霊の下腹部に突き刺さる。壁の向こう側からは精霊の苦痛の声が聞こえ、穴が空いて脆くなった壁をガレスは次の一撃で完全に叩き割った。
……その身に精霊の鋭い触手による貫通攻撃を受けたまま、それでもそれを温い攻撃だと断言して。
「ベート!道を開け!」
「行っちまえェ!アイズ!!」
精霊の最後の足掻きを、2人はズタボロにされながらも突破する。
幾百もの数の触手の攻撃を尽く叩き潰し、アイズの為の道を切り開く。
『アイシクル・エッジ』
『アルクス・レイ!』
不意打ち気味に放たれようとしていた精霊の魔法も、今度は意識を失いそうになりながらも放たれたレフィーヤの魔法が打ち消した。
アイズの道を開くため、アイズのその一撃を当てるため、ここにいる全員が死力を尽くしている。
「エアリアル最大出力……!」
精霊によって上空へ弾き飛ばされたアイズが、天井を踏み台に最後の一撃を用意し始めた。
そしてそんな彼女の周りに、今もその光を絶やすことなく確かに彼女を追尾する2本の剣が回っていた。
アイズの風に光が混じる。
「……私も、最大出力でお手伝いします」
精霊を守る物はもう既に何も無い。
だが一方で、2本の剣はアイズを守る。
全員の思いと願いの乗ったアイズという少女のその姿は、下僕を失い孤独に見上げる精霊とは対極的に見えた。
それでも、精霊もまた最後まで足掻き続ける。
アイズの最大出力のエアリアルに対する様に短文呪文を高速詠唱する。
それは何の因果か、ユキの扱うものと同じ光の系譜の破壊魔法。
『リル・ラファーガ!!』
『ライト・バースト』
黒色に反転した数多の光の鉤爪を突き破る様に、乱風を纏った竜巻の様な一撃をアイズは放つ。
範囲を蝕む精霊の極大魔法と違い、風を纏いながら直接斬りかかるアイズは、この打つかり合いにおいては当然不利だ。競り合いにおいて生じるダメージが直接彼女に響き、それによって自分自身の体力もまた削られていくのだから。
……だが、そんな彼女を守る様にして光の鉤爪を2本の剣が掻き消していく。アイズの道を切り開くように、アイズの身を守るために、その反転した黒い光を、その身に纏う白い光で打ち消し合う。
「アイズさぁぁあん!!」
レフィーヤの叫びが聞こえる。
同時に拮抗していた2つの力の均衡が崩れた。
黒光の鉤爪は白風の嵐によって薙ぎ払われ、驚愕に満ちた精霊を守る最後の盾が失われる。
「ごめん」
ユキには断つ事のできなかった精霊の命が潰える。
アイズの一撃が魔石ごと精霊の身体を穿つ。
……どうしてか、消滅する瞬間の精霊の表情には苦痛の表情も憎悪の思いも宿ってはいなかった。ただ自分を殺したその風と、風を支える光の欠片に目を向けて、ゆっくりとその目を閉じていく。
そうしてようやく、この空間にも安らかな静寂が舞い戻った。