白海染まれ   作:ねをんゆう

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39.神会

「ユキは水浴び行かないの?」

 

「いえあの、むしろどうして行くと思ったんでしょう……私は男ですよ?」

 

「そうだっけ?……そうだったかも」

 

「アイズさん酷いです!」

 

アイズのその何気ない一言に傷付き、"わ〜ん"とリヴェリアに泣き付くユキ。そんな言葉に行動の伴っていないユキの姿を見て、2人の会話を後ろから見ていたレフィーヤ達はただ苦笑いを浮かべていた。

 

59階層での激戦を終えたロキ・ファミリアの面々は、久方振りに18階層まで戻って来ていた。

あの後、精霊との戦いで満身創痍になっていた彼等に"60階層を覗いて行こう"などという気は当然起きる筈も無く。その場で出来る限りの回復を施し、再び59階層のヴォルフガングドラゴンと飛竜の群れに戦いを挑むこととなったのだ。

……とは言え、ヴォルフガングドラゴンは遠距離から狙撃されない分にはまだやりようがあるということは学んでいる。

リヴェリアとレフィーヤの魔法によって片っ端から粉々に吹き飛ばしてやればダンジョンからの供給は再びインターバルに入り、結局50階層に着くまで一度も狙撃される事は無く安全に帰る事が出来た。

 

しかし、本当の悪夢はここから。

 

帰還途中に遭遇した毒妖蛆、その群れ。

猛毒を吐く毒妖蛆の怪物の宴。

きっとこれ以上にダンジョンで出会いたくも無い群れという概念はそうそう無いだろう。特に直ぐに地上へと帰る事のできないこの深層で、遠征のために多くの団員を連れているこの状態では。

油断をすれば死人が出かねない状態で、彼等はなんとか18階層まで辿り着いたのだ。むしろ未だ犠牲が出ていないのは奇跡とも言える。

 

「……やっぱりベートさんを待つしかありませんね、この毒は普通の方法では解毒出来そうにないです」

 

耐異常のアビリティがH以下の団員は軒並みその毒に倒れ、椿を除いた大半の上級鍛治師達もまたその犠牲に。

時間が解決できる問題でも無いため、今はファミリア内で最も足の速いベートが地上に解毒薬を取りに行っているが、彼が戻ってくるにももう少し時間がかかるだろう。

なんだかんだと言って、純粋な足の速さというものは緊急時には強味になるものだ。瞬間的な加速も魅力的だが、自身の身体能力のみでの速度というものは何より汎用性がある。

 

「やはりアイズかユキでは無理か」

 

「まあ、そうだね。そもそもが無理というか、アイズの速さは一時的なものだ。18階層分を往復する距離を考えると、結果的には常に速さを維持できるベートを行かせたほうが早くなる。ユキの方も理由は同じかな?リヴェリア」

 

「いや、それもあるが……ユキの場合は最悪地上に着く頃にはエリクサーが必要に成りかねん。仮にあれを使って移動している最中に壁にでも打ち当たってみろ、そのまま肉片になって飛び散るぞこいつは」

 

「えへへ」

 

「笑い事では無い」

 

その言葉に照れたように笑うユキの額に軽く握った拳を当てるリヴェリア。そしてそれすらも嬉しそうに受け入れるユキ。

そんな2人の仲の良さそうな姿を見て、テントの中で横たわる毒に苦しむ団員達の顔色が良くなった様な気がするが、これは本当に笑い事では済まされない話である。

これだけユキが戦う姿を見てきたリヴェリアだ、もういい加減にユキのスキルや魔法の全貌も掴めてきている。

 

4人はテントを出て、毒に侵された団員達の邪魔にならない場所にまで歩き始める。

ユキがリヴェリアの一歩後ろを付いて歩くのも、最早見慣れた光景だ。

リヴェリアはそんなユキがしっかりと付いて来ているか度々確認をしながら歩いていくのだが、それすらもフィンとガレスには見慣れた光景になっていると言ってもいい。

 

「ユキの付与魔法は汎用性も効果も高いが、あまりにデメリットが大き過ぎる。装備に付与すれば簡単にその耐久力を消耗させ破壊してしまう、そしてそれは自分の身に付与した時ですら同様だ」

 

「じゃろうなぁ。あの戦闘を見とった限りでは、移動しとるだけで全身がズタボロになっとるようじゃったわい」

 

「そういうことだ、その過剰な移動速度を得る代わりにユキ自身の耐久力が極端に低下する。それこそ恩恵を持たない一般人以下……子供に叩かれただけで皮膚が吹き飛ぶ程の脆さだ。急停止や方向転換を行えば体内から損傷が生じるだろう」

 

「なるほどね……あれほどの性能だ。何かある何かあるとは思っていたけれど、まさかそんな重い代償があったとはね。どうして早く教えてくれなかったんだい?ユキ」

 

責めるような、という程でもないが、フィンにそう問われたユキは言いにくそうに顔を俯かせる。

そして一度チラとリヴェリアの顔を見ると、ポツリポツリと言葉を漏らし始める。

 

「……その、こんなことをリヴェリアさんが知ったら、きっとまた心配させてしまうと思って」

 

「いや、緊急時に突然それを見せられるよりも、常に心配させられている方がいくらかマシだからな?お前が本気になって戦う姿を見るのは心臓に悪過ぎる……」

 

はぁ、と呆れたように嘆息するリヴェリアの様子にユキはますます身を縮こまらせるが、そんなユキの様子にリヴェリアは頭をわしゃわしゃとしてやる。

別に本当に責めている訳ではないのだ。

ただ本当に心臓に悪いというだけで。

 

「まあ、それは僕も同感かな。ユキの場合、敵から受けるダメージより自傷によるダメージの方がずっと多いだろう?しかもどれだけ傷付いても本人は関係無しに突っ込んで行くんだ、見ていてヒヤヒヤするよ」

 

「……そういえば、ダメージを受けるほど攻撃の苛烈さが増しとったのも魔法の効果か?」

 

「あ、いえ、それはスキルの方です。本来は誰かを守っている時に能力が上がるという条件付きの強化スキルなんですけど、死にかける程その上り幅が増えるおまけがあるんです。すると結果的に耐久も強化されるので、死が近付くほど死に難くなる、というおかしなループが出来上がる訳でして……まあ、当然不死身ではありませんので、死ぬ時はポックリと簡単に死ぬのですが」

 

「「「…………」」」

 

そのスキル自体は、まあよくある系統のものだ。

瀕死になるにつれて、ダメージを受けるにつれて能力が上がるというスキルは普通にある。故にユキは"おかしなループ"というが、それについて今更フィン達が何かを感じる事はない。

ただなんというか、発動条件の"死に近付く"という表現があまりに反応に困るというだけで。

いや、そもそもの発動条件は他者を守っている事なのだが、他者を守っているのに自分は死にかけるという前提がもう本当に悪趣味というかなんというか……

 

「……思うのだがな。このスキルは、他の誰よりも、他の何よりも、何がどうなっても絶対に、ユキにだけは与えてはいけない代物だったろう。なぜよりにもよって自己犠牲精神の強いこいつの元へと行った」

 

「そう、だね……いや、アイズに行かなかったっただけマシなのかな?いやそれも違うな、やっぱり防御手段を持っていないのに自傷癖のあるユキの方に行ったのが最悪か」

 

「似たようなスキルはティオネ達も持っておるが、意図的にそれを発動させられるのが不味いのぅ。魔法を付与して適当に動き回れば容易に条件が満たせる、最後の手段として使っとるあいつ等とは大違いじゃ」

 

「いえ、あの、私も別に意図的に使ってる訳じゃありませんからね?自傷癖がある訳でもありませんし、必死に戦っている内に勝手にそうなってるだけでして」

 

そうは言っても、結果的にそうなってしまっているので説得力も何もない訳で。自傷を厭わないで、むしろそれを無意識のうちにとは言え敵を打ち倒す為の可能性として使っているのだから言い訳は出来まい。

 

「……はぁ、頼むから死んでくれるなよユキ。お前に今死なれたら私は立ち直れん」

 

「し、死にませんよ!私はいつも生き残る為に必死なんですから!」

 

その言葉は確かに嘘では無いだろうが、結果が伴っていないのでフィン達も笑うしかなかった。

まあ、最終的には生き残っているという面で考えれば結果が伴っていると言えなくも無いのかもしれないが。

 

 

 

 

「よし!そろそろ揃ったやろ?じゃ始めるでーー?……第ン千回神会開かせて貰います!今回の司会進行はウチことロキや!みんなよろしくなー!」

 

「イェー!!」「ヒューヒュー!」

「ムーニュー!」

 

オラリオを見渡せる塔の一室に、ザワつくその空間からロキの声が響き渡る。

右を見れば神、左を見れば神、どこを見ても神々しか参加していないその会合。3ヶ月に1度開かれるギルドからも認められた正式な諮問機関による会議が始まった。

 

「よぅし!まずは情報交換や!面白いネタ報告するモンはおるかー?」

 

「ハイハーイ!ソーマくんがギルドに警告を喰らって唯一の趣味を没収されたそうでーす!」

「なんだってー!?」

「誰だそいつ!?」

「ソーマって趣味あったの?」

「今は膝抱えて引き籠ってるってよ!見てぇなぁ俺もなぁ!」

「突然で済まないが王国がまたオラリオに攻め込む準備をしているらしい」

「ちょっと俺慰めに行ってくる!」

「傷口に塩塗る気満々じゃねぇか!」

「待って?今なんかサラッと重大情報紛れてなかった?」

 

フレイヤ、ロキ、イシュタル等の有名ファミリアの主神からレベル2以上の眷属を生み参加資格を得たばかりのヘスティアの様な新米神まで、オラリオの有力ファミリアに名を連ねた神々だけがここへ集う神会。

……とは言うものの、その実態は不真面目かつ巫山戯た内容が討議される神々らしい会合だ。

勿論、冒険者の命名式や都市で行われる催しの発案なども行われるが、まあ基本的にこんなノリで会は進められていく。

いつも通りのその光景。

 

ソーマのことはさておき。

王国の話も軽く流しながら話を進め、ロキが今回の真の目的である緑色の新種のモンスターについて話し終えると、神会はいよいよ今回の本題へと突入する。

……まあロキとしては新種のモンスターの方が本題であったりしたのだが、神々からすればこちらの方がよっぽど重大な案件だ。

特に、レベル2に上がったばかりの冒険者を持つ神々からすれば、彼等はここに全てを賭けに来ていると言っても過言ではない。

 

「さぁて、次は命名式の時間や。資料は行き渡ってるな?トップバッターはセトの所のセテュっちゅう冒険者からや」

 

「た、頼む!どうかお手柔らかに……!」

 

 

「「「断る」」」

 

 

「ひぃっ!?」

 

命名式。

それはつまり、冒険者の称号の進呈式である。

『剣姫』『大切断』『九魔姫』

代表的なこれ等の公式称号はこの式を以て決定され、贈られる。

神々から与えられた二つ名とは強さと名声の象徴であり、この世界で唯一のものとなるために下界の住人達にとって尊敬と羨望の対象となるものだ。二つ名を与えられた者は他の冒険者達からはその名で示されることとなり、受け取った冒険者達もまたそれを誇りに思う。

 

……ただ、まあ、問題はその名前のセンス。

時代に追いついていない眷属達からすれば誇らしい二つ名も、神々からすればあまりにも痛々しいものが多い。特に力の無いファミリアに所属していれば、他の力の有る神々から玩具扱いされてしまうため、それはもう悲惨な結果となる。

 

例えば、

 

「じゃあ、命ちゃんの称号は【絶†影】に決まりで」

 

「ディオニュソスゥゥウ!!てめぇぇぇぇ!!!!」

 

「「「わはははは!」」」

 

と、この様にことになる訳である。

愛する愛する大切な眷属に『†』の入った名前なんて与えられてしまえば、それはもうタケミカヅチとて泣く。それもこれも彼のファミリアが新米だからこそ起きた悲劇だ。

そしてまた、彼自身の性格が大変弄りやすいということも加わって。

素直な者ほど遊ばれやすいというのは、人も神も変わらないのだ。

 

「次は……ユキたん、か」

 

そして、ロキにとって新種のモンスター関係よりも本題だと焦点に当てている彼(女)の出番がやってくる。

 

「ん?誰だこれ?ロキのとこにこんな子居たか?」

「レベル4?知らない子だな、こんな可愛い子だし知らない筈無いんだが」

「あ、俺知ってるかも。最近、豊穣の女主人でバイトしてた子だわ。滅茶苦茶愛想良くてさー」

「……あぁ、この子確か"九魔姫"に襲われてたとかいう話無かったっけ?」

「なにそれすっげー面白そう」

「ちょっと詳しく教えなさいよ」

「ほ〜、オラリオの外から来たのか。前の主神は……」

 

そうして皆が経歴の欄の以前の主神の名前を見た瞬間、場の雰囲気が完全に凍りつく。

ロキはこの瞬間を待っていた。

例えばユキについて知っている者が居れば、ユキとアストレアの関係について知っている者がいるならば、そしてユキが遭遇したとされる例の街での事件を知っている者が居るとすれば、間違いなくこの瞬間にボロを出すと確信していたからだ。

ユキの過去を知っている者が居るのならば、関わっている者が居るのならば、それがこの瞬間に分かると確信していたからだ。

 

……しかし。

 

(お、居らへん!?他の神どころかディオニュソス、ヘルメスすら知らんかったんか!?つまり少なくともアストレアはヘルメスとも関係しとらへん、そんで一番動揺が無いのは……やっぱフレイヤか!)

 

アストレアの名前を見た瞬間にヘルメスは顔付きを変えて資料の隅々に目を走らせる。

ディオニュソスは訝しげな顔でロキを見つめ、他の神々もまた"本当なのか"といった様子でロキの返答を待つ。

特に大きな反応が無かったのは既にその事を知っていたヘファイストスとフレイヤのみ。

それでもヘファイストスはユキがオラリオに来てこの短期間でランクアップを果たしたという事実には驚いていた。

その点で言えばフレイヤはその事実にすらも当然のことだと言うような顔をしているのだから、やはりこの女神だけは別枠だろう。

……強いて言えば女神イシュタルがアストレアという名前を聞いた途端に渋い顔をし始めてはいるが、

 

(あれはまあ、なんや悪いことでもしとるんやろなぁ……ギルドにちくっといたろ)

 

かつて民の味方として街の警備を行なっていたアストレア・ファミリア。

元とは言え、その眷属が再びこの街に現れたとなれば、悪事を働く者にとってはこれ以上に面倒なことはない。イシュタルの反応は恐らくそういう類のものであり、ロキが求めていたものとはまた違う。

 

「……ま、みんな言いたいことは諸々あるやろうけど、アストレアの眷属やったってのは本当や。改宗の時にウチも確認しとるしな」

 

「そ、そうか……いや、でもこれどうするんだ?ロキの眷属ってこと差し引いても下手な名前付けられないぞ?」

「方向性的には"剣姫"みたいなのがいいかもな。ただ、全く詳細が分からんが」

「書いてあることが少な過ぎるわよ、九魔姫に襲われたって噂が強過ぎてそれ以外なーんにも頭に入って来ないわ」

「えぇ、ほんとにどうすんだこれ。取り敢えずシンプルに置いといて次の機会に持ち越すか?でもなぁ……」

 

「「「「うーん……」」」」

 

ロキの眷属、どころか元はあのアストレアの眷属だと言うでは無いか。

ここには以前からこの街に住んでいる神々が多く、当然だがアストレア・ファミリアの活躍と例の事件についても彼等は知っている。

今こうしてオラリオに平和がもたらされているのは彼等の活躍による成果も大きく、いくら神会とは言えど雑に扱うことが出来ないのがアストレアという存在だ。

 

「まあ、話に聞く限りやとアストレアが街出てから長い事いっしょに居ったらしいわ。3年くらい2人で旅しとった言うとったな」

 

「「「「う〜ん……!!」」」」

 

そしてそんな話を聞かされてしまえばもう意見など出せない。

ただの眷属ならまだしも、そんなものはもう完全に愛娘では無いか。

それもあの事件があった後にアストレアが再び眷属を作るというのは、彼女自身も相当に葛藤があったことだろう。

それでも眷属にした娘となれば、アストレアからのこの娘への愛情というのは計り知れない。

 

(もうこうなったらロキに決めて貰った方が良くないか?)

 

そんな風に神々が思ってしまうのも仕方のない話だ。

まあ、それこそがロキの狙いでもあった訳だが。

 

「しゃあない!意見も出んようやし、ここはウチが決めたるか!……う〜ん、せやなぁ……【白月(しらつき)】なんてどうやろか!」

 

ロキはわざとらしく考え込んだフリなんかをしながらも、最初から考えておいた無難にそれっぽい二つ名を口にする。

ロキが最初からこの展開を考えていた事なんて神々なら誰もが分かっていた。だがそれ以外に方法が無い故に、皆肯定の為に首を縦に振るしかない。

そうするしかなかったのだ。

ロキの考えていた通り、もしこの場に例外さえ居なければ。

 

「駄目ね、そんなの最低だわ。話にもならない、却下よ」

 

「んなっ!?」

 

例外はそこに居た。

ここに来て漸く口を開いた女神フレイヤによって、その二つ名は却下された。

 

「なっ、なっ、何があかん言うねん!別にええやろ!シンプルでカッコええし!」

 

「駄目よ、そんなのあの子に相応しく無いわ。貴女ってば本当にあの子の事が分かってないのね、ロキ」

 

「っ、なんやとぉ?」

 

それを言われてしまえば笑い事では済まされない。

ロキはそれまでのおちゃらけた雰囲気を潜めてフレイヤを睨む。

しかし一方でフレイヤは呆れたような表情を崩す事なくロキを見返すだけ。

 

「笑わせないで、あの子は月なんかじゃないわ。【白月】だなんて、あの子はその程度の器じゃない」

 

「だったらなんや?フレイヤはあの子にピッタリな二つ名が思い付いとるっちゅうことかいな」

 

「ええ、当然。だって私、貴女よりもあの子の事は知っているもの」

 

「っ」

 

フレイヤはそう言い切る。

それは間違いの無いことだと、自慢するように、主張するように、見せつけるように。

 

「【白海の輝姫(ミルキー・レイ)】……かしら」

 

「……はっ、ウチとそんな変わらへんやんけ」

 

「まさか、そんなこと無いわ。少なくとも私は【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の要素も取り入れたり、アストレアにも配慮をしているつもりよ?」

 

「………」

 

「大海のように広く真っ白な心を持ちながら、それでも何より白く在りたいと願い続けるあの子にピッタリじゃない。月なんて柄じゃないわ、あの子は」

 

それは恐らく、フレイヤという女神がユキという人間の心を見た時に感じた光景なのだろう。

年がら年中バベルの上からオラリオの街を見下ろしている女神フレイヤは、自分のお気に入りを探す為に常にその目を動かし人々の本質をさらって行く。

そして、フレイヤの目は確かなものだ。

人間の本質を捉えるという行為について、彼女の右に出る神というのは早々居ない。

それはロキも認めていたことだった。

 

「……ええやろ、それ採用したるわ」

 

「ふふ、ありがとうロキ。受け入れてもらえて良かったわ」

 

「チッ、よう言うわ」

 

2人の険悪な空気がこの一言を最後に解消されると、それを見ていた神々はほっと息を吐く。

ロキやアストレアについてはともかく、まさかフレイヤまでもがこうも執着してくるとはこの場にいる誰も予想だにしていなかったのだ。

……それこそ、一応は情報通で通っていたヘルメスが動揺を隠せない程には、予想する事は困難な話だった。

 

 

 

「……ロキ」

 

アイズとベル・クラネルの命名式が終わった後、ロキはヘルメスとディオニュソスに話しかけられる。

最初から今回の神会での感想を交流するつもりだったので問題は無いのだが、どうにも彼等が持ち出したい話題は本来する筈だったものとは違う様だった。

特に、ヘルメスの方は。

 

「まさかあの子がアストレアの子だったとは思わなかった、事前に教えてくれても良かっただろうに。あの様子ではフレイヤとヘファイストスには話していたんだろう?」

 

「いんや、ウチが話したのはヘファイストスだけや。フレイヤは最初からユキたんのことを知っとった。……それこそ、あの子がオラリオに来る前からな」

 

「だからこその、あの会話か。ロキの今回の狙いは、アストレアの名前を出す事で動揺する神を探し出すことだったのかい?」

 

「それも違うな、ウチが知りたかったのはユキたんの方や。ユキたんが関わった事件に関与しとる神が居らんかを知りたかった。……せやけど、まさかヘルメスまで知らんかったとは思わんかったわ」

 

「ああ、そうだね。オレもまさかこんなにも動揺する日が来るとは思わなかったよ。良い土産話、なんてレベルじゃないぜこれは」

 

自分が噂話程度にも知らなかったことがあったからなのか、フレイヤやギルドから情報を与えられていなかったからなのか、それともあのアストレアが関係している案件だからなのか。

とにもかくにもヘルメスのショックは意外にもかなり大きい様だった。

けれど同時に、何処か興味を動かされている様にも見える。

 

「ヘルメス、ディオニュソス、"アナンタの悲劇"を知らんか?」

 

「アナンタ、北西にあるあの寂れた街の事か。そこは確か……」

 

「ああ、半年程前に新生の闇派閥を名乗る連中が攻め込み、フレイヤ・ファミリアが対処した事件のことだな。それがどうしたんだい?」

 

「ユキたんはそれに巻き込まれとる。当然アストレアも一緒に、な」

 

「………」

 

「ウチはな、その事件で何が起きたのかが知りたいねん。そんで、それを知っとる神を探しとる。フレイヤはあの通り、ウチには絶対に教えへんようにしとるからな」

 

そして、仮にユキのことを知らなくとも、ヘルメスならばその事件について何か知っているのではないかとロキは考える。

そしてその予想は当たっていた。

ヘルメスは確かにユキのことは知らない。

アストレアの動向についても知らない。

だがその事件のことについてならば別だ。

確かにその事件の全貌を知っている訳では無いが、ただ一つ……ギルド内ですら伏せられている一つの事実を彼は知っている。

あの日あの時、闇派閥を名乗る者達が一体なぜその街に現れたのか。

そして何の為に住民の大虐殺などを行ったのか。

徹底して伏せられているその事実を、彼はよく知っている。

 

「……あの街に新生の闇派閥を名乗る連中が現れたのは本当の事だ。そして、街兵が全滅し、住民の多くがその大虐殺の被害に遭った事もまた事実だ。それは間違いない」

 

「だが、一体なぜ敵はそんなことを?あの街は確かに人口もそれなりに有り栄えてはいたが、大した特産物などは無かっただろう。狙われる理由が見当たらない」

 

「その人口こそが、奴等の目的だったのさ」

 

「なんやて?」

 

ヘルメスはそれまで深く被っていた帽子を少しだけズラし、片目だけを2人に向ける。

まるでこれから述べる言葉に心構えをしておけとでも言うかのように、それほどにその事実が深刻なものであると言うかの様に。

 

「新生闇派閥の目的は、人工的な穢れた精霊の作成だった」

 

「「なっ!?」」

 

「その街に偶然住んでいた精霊の力を受け継ぐ少女を媒体に、奴等は大量の人間の死体と憎悪の念を集めることで穢れを付与しようとしていた。それこそ、精霊の力を反転させ、完全な穢れで染まった存在に変えてしまうほどの規模での試みだ。その為に人口が多く、周囲の街から比較的離れたその街が選ばれた」

 

「ま、さか……その少女と言うのが!」

 

「いや、彼女では無いよ。年齢は近いだろうが、狙われたのはクレア・オルトランドという孤児院に住んでいた年若い少女だからな。結果的に彼女は敵の思惑通り穢れた精霊になってしまい、駆け付けたフレイヤ・ファミリアによって討伐されたという話になっている」

 

「……闇派閥の奴等を討伐したのも?」

 

「ああ、フレイヤ・ファミリアの働きによるものだそうだ。オレが知っているのはせいぜいがそれぐらいさ。……このオレがそれくらいしか知らないって言うのも、今更だが上手いこと誤魔化されていた感があるけどな。やれやれ」

 

さて、その様にヘルメスを誘導してこの件に深入りしないようにしていたのは誰なのか……ここに居る3人ならば直ぐに思い当たる。女神フレイヤと、ギルドの主神である男神ウラノスの2柱以外には有り得ない。

そしてこの件を今日この日までこれほどに秘匿してきたのも、間違いなくこの2柱だ。

 

「まあ、とりあえずオレはこれで失礼させて貰うよ。直ぐに出掛ける予定があってね、もう少しそのユキちゃんについて聞いておきたかったから残念ではあるんだが」

 

「ユキたんのことを下手に言い触らしたら承知せえへんで」

 

「それは分かっているとも。なにより、彼女に関してはロキよりもフレイヤの方が恐ろしそうだからね。……やれやれ、二つ名を付けるだけでああも執着する癖に、どうして奪い取る素振りすら見せないんだか」

 

ヘルメスはそれだけを言い残して静かにその場を立ち去った。

心の底から不思議がる様に、そしてそれに興味を惹かれているかの様に、彼が突如盤面に飛び出してきたユキという少女に何かを感じていたのは明らかだった。

ベル・クラネルの件も含め、此度の神会はヘルメスにとってあまりにも収穫の多い機会だったのだろう。それこそ、彼があれほど表情に感情を出してしまうほどには。

 

「……全く、今日の本題はあの新種のモンスターの件についての筈だったんだがな」

 

「ま、そう言うてくれるなや。ウチとてユキたんの件はどう片付けるか困っとったんや。ま、フレイヤがあんだけ執着しとる事が分かれば変に関わってくる奴も居らんやろうし、その点についてはラッキーやったんやけどな」

 

「今日の収穫がそれだけというのも難儀な話だ。後はヘルメスが勢い余って余計な真似をしない事を祈るのみだな」

 

「そういえば自分、天界では同郷やったな」

 

「ああ、不本意ながら領地は近い。……ちなみに、ヘスティアもね」

 

「…………せか」

 

こうして神会は特に閉会した。

これを何事もなく平穏に終わったと表現するのが的確なのかどうかは、今の段階ではロキでさえも何とも言えなかった。

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