「あや、少年くんが18階層に来ているんですか?」
18階層に辿り着いて数日、ユキがいつも通りリヴェリアのテントで他愛もない話をしていた所に、そんな話は飛び込んで来た。
「ああ、ユキは彼のことを知っているんだったかな?今はアイズが彼の様子を見ているようだけど、見に行くかい?」
「ん〜……」
フィンから与えられたそんな提案に、ユキは口元に手を当てて考え込む。
思い出すのはリューとの鍛錬中に見た2人の光景。
あの2人が恋愛関係なのかはユキには未だにサッパリスッカリ分からないが、仮にそうだとすればそんな所に自分がお邪魔するというのは邪魔者以外の何でもないだろうと考える。
ユキとしては一度くらい顔を見ておきたい所ではあるが、それも今直ぐに急いですべき事でもない筈だ。彼が起きて色々な事が落ち着いてからでも全然構わない。
そもそも彼はボロボロの状態で18階層まで逃げ延びてきたという話ではないか、今は休むことが大切だ。
……それに、
「……あの、リヴェリアさん?大丈夫ですよ?私どこにも行くつもりありませんし」
「え?……あ、いや!これは違っ、そういう意味では無くてだな!!」
「ふふ、分かってますよ。私もリヴェリアさんとお話しするのは大好きですし、もう少しだけこうしていましょう?」
「あ、ああ……そうだな」
(……何故なのだろう。相手が男だと分かっているにも関わらず、ユキが親しくしているというだけで妙に心が騒つくのは)
話の最中に自然とユキの手に自分の手が伸びていた事に気付いたリヴェリアはとても気恥ずかしそうにしていたが、恋愛初心者のユキがリヴェリアのそんな隠れた本心に気付くことはない。
……しかし、それを見ていたフィンは別だ。
遠征の中、これだけ長く2人の遣り取りを近くで見てきた彼とガレス。
特別鈍感でも無い彼等も、いい加減にこの2人の関係には気付いている。
それに2人にもまた、リヴェリアがユキを襲ったという不確かな噂話は耳に入ってはいたのだ。
その真偽についてはさておき、普段はユキがリヴェリアの後を嬉しそうに付いて回ってはいるが、その実リヴェリアこそがユキのそんな動向に常に目を走らせているのは知っている。
リヴェリアのユキに対する愛が、実はユキが思っている以上に重いものだということもフィンは気付いている。
だからこそフィンは、
「それじゃあ、僕はもう行くよ。特に2人に頼む事は無いけれど、夜の食事には出て来るようにね」
特に何も触れずにテントから去ることにした。
単純にそこに触れる勇気が無かったからだ。
いくら勇者(ブレイバー)とは言えど、独り身を拗らせた生粋の純血エルフの爆発した恋愛模様に踏み入る勇気は無かったのだ。
……というか、そんなものただの無謀だ。
勇気と無謀を履き違えてはいけない、これは真理。
そしてフィンが居なくなったと同時に、この場から去ったフィンの予想通りに、2人きりとなったテントの中で、リヴェリアの過剰な愛が形となって現れる。
「ん……どうしたんですかリヴェリアさん?そんなに後ろから抱き付かれてしまったら、私動けなくなってしまいますよ?」
「……別に構わないだろう。それとも、お前は今から何処かに行く予定があるのか?」
「いえ、ありませんよ?私の今日のお昼は、リヴェリアさんとこうしてお話しする予定しか入れていませんから」
「そうか…………それにしても、相変わらず華奢だな、お前は」
「ん、そんなにサワサワしたらやーです。私、お腹触られるの苦手なんですから」
「……知っている」
「もう、知っているのに、んっ……や、やぁですぅ……」
「ふふ、すまない。ついお前の反応が可愛らしくてな。別に変なことはしない、触らせろ」
「んむぅ……ほっへひっはっはらひゃべれまへんよ?」
「くく、これでは何を言っているのか分からないな」
イチャイチャ、イチャイチャ……全てを忘れて延々と2人で甘ったるく楽しむこの時間も、59階層での死闘の後だからこそ許されるものだ。
むしろ、あの時あの瞬間に互いの魅力を再認識できたからこそ、互いの愛情がより深まったというか。
「……やはり、もう消えているか。ポーションを使っただけに仕方なくはあるのだがな」
「……?どうしたんですか、リヴェリアさん」
「いや、出発前にあれだけ付けておいた印がな……」
そう言ってリヴェリアはユキの首元を広げて覗き込む。
突然そんなことされてしまえば、いくらユキと言えど恥ずかしい。
思わず顔を赤くして俯いてしまうが、リヴェリアはそんなことも気にせず、今度はユキの左手を取って自分の顔の前へと持ってきた。
「……?」
一体何をするのだろう?
ユキが不思議そうに自分の左手を見つめるリヴェリアを見ていると、彼女は突然ユキの薬指を自身の口に咥えて、その根本の部分に自らの歯を突き立てる。
「ひぅっ!?な、ななっ、なっ、なっ!?」
普段のリヴェリアからは考えられないようなそんな行動に、ユキは驚き、戸惑った。
肌と肌を触れ合わす程度ならばまだ分かる。
こうして抱き合う程度でも最近はよくある事だ。
唇を触れ合わせるのは……流石にまだ理性が飛んだ時にしか許してくれないが、少しずつハードルは下がってきているだろう。
……だが、ユキがするならばまだしも、リヴェリアの方がユキの指を咥えるなどこれまで一度も無かった。
他者の身体の一部を口の中に含むなど、そんなことは想像することすら出来なかったのに。
「……ふふ、流石に恥ずかしいな。だが、まあ、こういうことだ」
「どっ、どどっ、どういうことですか!?」
想像以上に混乱しているユキの姿にリヴェリアは一度だけキョトンとした顔をした後、口元に手を当ててクスクスと笑い出した。
自分も初心だとは思っていたが、どうやら目の前の愛しい人は自分よりももっと初心であったことに気付いて、少しだけ面白くなってしまったのだ。
とりあえずリヴェリアは自分が噛んだことで赤い輪の跡が付いたユキの左手の薬指をなぞる様に摩り、ユキの肩に自らの頭を乗せる。
「なに、お前に何か装飾品でも買ってやろうかと思ってな」
「え……でも、そんなの悪いですよ」
「別にこれはお前の為じゃない、私が私の為にお前に与えたいんだ。……分からないか?こんな跡など、少しポーションを垂らしてしまえば元に戻ってしまうだろう。私はそれが酷く気に入らない」
「……!」
リヴェリアがそれだけ説明して、ユキは漸くリヴェリアの言いたいことが理解出来たらしい。
今はもう消えてしまった首筋の赤い痕があった場所に無意識に手を伸ばし、顔を赤くしながらさすり始める。
「絶対に消える事の無い、お前が私の物だという証が欲しい。別にお前が浮気をするなどという事は考えていないが、目に見える形として付けておきたいというのは恋人として当然の欲求だと思わないか?」
「……」
ユキはそう尋ねられると、無言ではあったがコクンと小さく頷いた。
自分の指を摩るリヴェリアの手に空いていた右手を重ね、顔をリヴェリアから背けて身を任せる。
恥ずかしがりながらも甘えているようなそんな行動にリヴェリアの愛しさが増すと、顔を背けていたユキがポツリポツリと言葉を漏らし始めた。
「わ、わたしも……ほしい、です……」
「……ほう?一体なにが欲しいんだ?ユキは」
「そ、そんなの!……ぁう」
可愛い子にはついつい意地悪をしたくなってしまうというのは若い発想ではあるのだろうが、リヴェリアとて恋愛経験で言えばまだまだ若い。
恥ずかしがるユキを見たくて聞き返してしまったが、やっぱり羞恥に顔を染めるユキの姿がリヴェリアは大好きだ。
本当にユキのこの姿を見る度に、背筋がゾクゾクとしてきてしまう。
「わ、わたしも……その、リヴェリアさんの、物だって証が……ほ、欲しい、です……」
「っ……い、いいのか?それを付けたらお前は、自分が私の物になったということを周囲に主張しながら、生活することになるのだぞ?誰もがお前を見れば分かる。お前が私の物になったということを」
「ぁ……ぅ……な、なんでそんな意地悪な言い方するんですかぁ。そ、そんなこと言われたら私……」
「そうか?なにやら妙に嬉しそうな顔をしている様にも見えるが……そこまで言うのならやはり必要の無い話だったか」
「なっ!?……う、うぅ、リヴェリアさんの意地悪ぅ……!」
本当は欲しくて欲しくてしょうがないのに、むしろ自分がリヴェリアの物だと主張するシチュエーションに悪くない感情を持ってしまっている癖に、それをどうしても頭に残った羞恥心が押し止めて素直になれず本心を言えないユキの姿。
少しの涙を目尻に溜めて恨めしそうな顔でこちらを睨んでくるものの、そうも頬を染めていれば可愛らしいとしか言いようがない。
さあ、羞恥心を捨てて本音を言え。
そんなリヴェリアの内心が透けて見えたのか、ユキは一瞬だけ戸惑うも直ぐに身体の向きを変えて顔を隠すようにリヴェリアの胸に飛び込む。
「……別に、いいです。私がリヴェリアさんの物になったんだって、誰に知られてもいいです。いいですから……」
そうしてユキはリヴェリアの胸から少しだけ顔を出し、上目遣いのようにして下からリヴェリアの顔を覗き込む。
「私に……リヴェリアさんの証、ください……」
羞恥心で顔を真っ赤に染めた泣き顔で行われるユキの渾身のおねだり。
一瞬だけ目と目が合ったものの、言葉を終えた瞬間に再びリヴェリアの胸に顔を隠したユキを見て、リヴェリアはと言えば……
「………は?」
完全にブチ切れていた。
そのあまりの愛おしさと可愛らしさ故に。
理性など、遠い彼方へ、吹き飛んでいった。
「……リヴェリアさん?っきゃ!?」
何の反応も示さないリヴェリアを不審に思ったユキが顔を上げると、突然リヴェリアによってテントの中で押し倒される。
こんなことをする予定は無かった筈だ。
テントは音をよく通す。
大声の一つでさえも周囲に聞こえてしまうのに、どうしてこんな場所でそんな事ができよう。
最初から今日はしないと決めていた筈だ。
それを提案してきたのは他ならぬリヴェリアだった筈だ。
それなのに……今ユキはリヴェリアに押し倒され、両手を恋人握りで拘束されて身動きが取れない。
「り、リヴェリアさん……?だ、だめですよ?外には人が居ますし、そ、それに、私の声だって周りの人に聞こえちゃって……」
「お前が声を我慢すればいい話だ」
「そ、そんな無茶な……かっ、はぁっ……!く、ぅぐぅぅ……!!」
完全に身動きを封じたユキの首筋に、リヴェリアはまるで肉食獣のようにして食らい付く。
ユキは一瞬声を上げそうになるものの、なんとか下唇を噛む事で押し留めた。
身体を捻らせ、身を縮こませ、両手足が反射的に動きそうになるものの、リヴェリアはそれをレベル6の筋力をフルで活用し絶対に許さない。
息を荒くさせ、身体を震わせ、イヤイヤと顔を横に振うもののリヴェリアは少しの容赦もしなかった。
そこにもう痕を付けるなどという目的は無い。
ただ自らの欲望を満たすために獲物を喰い荒らしているだけだ。
歯跡を付け、唾液をぶち撒け、吸って甘噛んで汚していく。
優しく清らかで清純な年若い愛し子を、その手で汚し、傷付け、一生消える事の無い記憶と共に自分の存在を刻み込んでいく。
2人のどちらも、もうどうしようも無いのだ。
ユキは強引にされるのが好きだ。
リヴェリアに酷いことをされる度に、あの優しく理知的なリヴェリアが自分との行為中だけは獣の様になることに幸福を感じている。
だから縛られたり、噛まれたり、命令されたり、酷くはあるが決して一線を超える事の無いその行為に決して抵抗はしない。
むしろ少し『駄目です』『酷いです』なんて言葉を言いながら、それでもリヴェリアがやめてくれないという状況に更に多幸感を感じている節がある。
一方でリヴェリアはと言えば、もう最悪だ。
心の内では普通の恋人同士の様な甘く優しく幸福な行為をしたいと願っているにも関わらず、いざその時になると簡単に理性が外れる。
エルフ特有のそれだとは思うが、それでも元の原因は完全にユキの方だ。
せめてユキが本当に男性的であるならば、ユキの方から手を出して、所謂本番的行為に理性を外しながらも没頭する事が出来ただろう。
だが、ユキは決して自分から何かをしようとはしない。
どころか、行為中の役割は完全にユキが一般的な女性側である。
更に質の悪い事に、受けに回ったユキは本当に魅惑的で、挑発的で、こちらの情欲を掻き立てた。
これは男性のエルフにしばしばある事なのだが、攻めに回ったエルフは理性が飛ぶことで相手の女性を傷付けてしまうことがある。そうして直後に酷い後悔に陥るのだが、今のリヴェリアは正しくそれだ。
むしろ男性のエルフの方がまだ日頃から性的欲求が他種族と比較して少なくはあるが、あるだけマシだ。
リヴェリアは本当にそういった感覚がこれまで無かった為に、箍の外れ様が酷いのだから。
汚して、穢して、傷付けて、滅茶苦茶にして、支配して、そうして疲労困憊になったユキの姿にまた興奮が高まっていく。
当然だ、この行為中にリヴェリアは性的な快楽を得ていないのだから。
消費されず、むしろ増幅されていく欲求、満たされるのは己の支配欲と背徳感のみ。
しかしきっと、その際限のない高まりもそろそろ限界だ。
行為を終えた後もリヴェリアの内に積もった欲求は、いずれ爆発を起こすことだろう。
その証拠に、こうして行為に及ぶ頻度が日に日に増えてきているのも確かな事実で。
「はぁ、はぁ……す、すまないユキ。だ、大丈夫か?」
「……も……ひどぃ、です……だめって、いったのに……」
「………」
「ぇ……や、やぁ……も、もうだめですからぁぁ……」
絶対に一線を越えようとしない2人の行為は、きっとそれ故にまた捻じ曲がっていくのは間違いない。
なぜなら普通の恋愛とは、その一線を越えなければ決して成り立たないものなのだから。