白海染まれ   作:ねをんゆう

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ランキング載ってたの嬉しくてちょっと泣いちゃった
ちなみに書き貯めはまだ折り返し地点にも着いてないので大丈夫です


41.交流

「……それじゃあ仕切り直そう、乾杯!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

フィンの掛け声と共に宴が始まる。

食い、飲み、笑い、皆の視線の向く先を除けば、普段の雰囲気と相違はない。

この場に飛び入りの参加をすることとなったベル・クラネルの一行との揉め事が起きない様に配慮されたフィンの言葉が効いていた。

 

レベル2と1で構成されたパーティながら18階層にまで辿り着き、しかもあのアイズと何故か仲良さげにしている小さな少年。

周囲からは妬みと驚愕と疑惑の様々が入り混じった視線を向けられているが、彼等もまたこの宴を楽しめているらしい。

 

「おーうヴェル吉ぃ!元気そうじゃのぅ!」

 

「うげ、遂に話しかけてきやがった……」

 

「アルゴノゥト君!アルゴノゥト君!話聞かせてよ!」

 

「あら、それなら私も便乗しちゃおうかしら」

 

「あ……私も……」

 

「ベ、ベル様ぁ!?この方々とは一体どの様なご関係なのですか!?」

 

「ベル・クラネルぅぅ〜……!!」

 

「ひぃっ!?ち、違うんですこれはぁぁ!」

 

……楽しめて、いるのだろうか。

いや、きっと楽しめているに違いない。

女子に囲まれて嬉しくない男児などそうは居ない筈なのだから。

 

「ふふ、私もお邪魔していいですか?アイズさん」

 

「ユキ……」

 

さて、そんな周囲からの妬みの視線を集めるベルの元に、もう一つ特大の爆弾が投げ込まれる。

ユキ・アイゼンハート。

燃料と火薬の塊の様な女の様な何かが、こんな火花がバチバチに舞っている空間に投入されれば一体どうなるだろうか。

そんなこと、誰であっても容易く想像できる。

 

「あ、ユキさん……」

 

「ひっ……!」

 

「お久しぶりですね、少年くん。それとリリちゃん。もう一方は……初めてお会いする方ですね」

 

「え?あ、ああ……うぅわまた美人じゃねぇか、すげぇなこのファミリア」

 

ユキがこうして目の前に現れた途端、何故か目を逸らすベルと恐怖するリリ。そんな2人とは対照的に更に加わった美女(仮)に驚愕するヴェルフ。

 

「は?」

 

「え……」

 

そして、それはユキが彼等に話しかけた瞬間だった。

それまでアイズと仲良さげにしていた事に怒り狂っていたレフィーヤから表情が消え、ベル達の元に男性の妬みの視線だけではなく、女性陣からも奇妙な視線が集まって来た。

日頃からよく分からない視線を感じていたおかげで人一倍他者からの視線に敏感なベルは、突然変わった視線の性質に戸惑いを隠せない。

リリの恐怖もまた、ユキに対する恐怖ではなく、1人の女性として感じ取った危機意識の様なものだったのかもしれない。

 

ただ勿論、ユキはそんな事には全く気付かないので、そのまま中腰になりながらベルと会話を続けていく。

 

「あー、えっと、俺はヴェルフ・クロッゾだ。ベルとリリ助の知り合い……か?」

 

「ええ、少し前に一緒にダンジョンに潜らせて貰ったことがありまして。ユキ・アイゼンハートと言います。私も椿さんとヘファイストス様にはお世話になってる人間なんですよ」

 

「アイゼンハート?…………ア、アイゼンハート!?お、おい椿!アイゼンハートってまさか!」

 

「無論、あの剣の元の所有者よ。主が手前等に土下座してまでも名前を聞き出そうとしたあの、な」

 

「うっそだろ!?おいおいマジかよ!?え、や、ちょ……握手して貰ってもいいすか!?」

 

「え?ええ、それくらいでしたら……」

 

突然目を輝かせて握手を求めて来たヴェルフに、ユキはよく分からずそれに応える。

そんなヴェルフの姿に大半の者が疑問を抱きつつも、『ユキのファンか何かか』と比較的キツくない目でその姿を見ていた。

だが、一方でその場に居たベートとレフィーヤだけはなんとなくその理由を察していた。

 

ヘファイストス・ファミリアによって開かれた展示会。

定期的に行われる様になったそのイベントの第一回目は、ユキが倒れている間にそれはもう凄まじい盛り上がりを見せたらしい。

 

ファミリア主神のヘファイストスが主催するという、この珍しい展示会。大半が野次馬的感情で最初の一陣として来たのだが、その第一陣の中にヴェルフは居た。

そして心を打たれた。

見物後に周囲の鍛治師達にその展示物の素晴らしさを説いて周り、その時点ではまだ余りのあったチケットの売り上げに貢献したのは何を隠そうこの男だ。そして、その剣の存在に誰よりも目を奪われ、心を奪われた男でもある。

 

"武器とは決して戦いの最中に壊れていい物ではなく、最後まで持ち主と共に戦わなければならない。故に、持ち主を置いて壊れていく魔剣は好きではない"

 

そんな自論を持つヴェルフにとって、あの剣は正にその理想の最後を体現した存在であったのだ。

 

「まあ……つまり、ここに居るヴェル吉はお主の大ファンということよ。詳しい事はまた場を改めて話すが」

 

「は、はぁ」

 

「はっ、そうだ!アイゼンハートさん!この遠征で使った武器とか持ってないっすか!?あったら見せて欲しいんですけど!」

 

「え?え、ええと……」

 

「いや、ある訳無かろうヴェル吉」

 

「こんなのでよろしければ」

 

「いや、あるのか!何故こんな時にまで主は武器を持ち歩いとるか!」

 

「あ、あぁ……ああぁぁぁあ……!!」

 

「ヴェルフさん!?」

 

「ヴェルフ!?」

 

「お、おい!気を確かにせいヴェル吉!こんな場所で崩れ落ちるな恥ずかしい!」

 

燃料と火薬で出来た女(仮)ことユキ。

今日の爆発はベルの所ではなくヴェルフの所で起きたらしい。

しかしヴェルフのおかげでベルに向けられる視線が緩和されたことは確かなので、その点は良かったのかもしれない。

ただ、その後のヴェルフが本当に大変なことになってしまったことは被害のうちの一つに数えて良いものかどうか……

 

 

 

 

「いや〜驚いたよ、ベルくんを助けてくれたのが君達【ロキ・ファミリア】だったなんて!うんうん、本当に助かった!」

 

 

「……リヴェリアさん、神様がダンジョンに来られるということもあるんですね」

 

「いや、普通なら絶対にありえん。……というか、絶対に私の後ろから出るなよ?お前を神ヘルメスには見せたくない、確実に面倒な事になる」

 

「えっと、よく分かりませんが分かりました」

 

突然の来訪者、などというものはベルの件も含めて諸々にあることではあったのだが、さてまあ、それでもこの状況を予想出来たものはそうは居ないだろう。

神が2柱もダンジョンを降りて来た。過去の記録を遡ってもそんな話はかなり珍しい事であるだろうし、そもそもギルドから禁止されている事柄だ。

それもよりによってここに来たのが面倒臭い男神筆頭のヘルメスであったなどと、疲れているロキ・ファミリアにとってはもう本当に最悪だ。

出来れば今すぐ帰って貰いたい。

けれどそういう訳にもいかない悲しさが今も彼等の中に漂っている。

 

「ーーとまあ、そんな所だ。遠征の帰りで疲れている君達に頼むのも心苦しくはあるのだが、どうだろうか?」

 

「ーーそれで、59階層では何か発見できたのかな?」

 

「ーーやはり、ダンジョンには2つ目の入り口があるとしか思えない」

 

(((……息が詰まる)))

 

もうロキ・ファミリアの団員達も、それぞれに面倒臭そうな顔を隠さない。

というか、フィンが矢面に立ってこの探り合いにも似た何かを受けてくれていなければ、面倒臭さのあまりヘルメスのその横っ面を引っ叩いていた者も居るかもしれない。

 

そうして話がようやくいち段落して来た頃、しかしヘルメスはここからが本番とばかりに座り直した。

目線の先には……リヴェリア、ではなく。

 

「……私に何か用件だろうか、神ヘルメス」

 

「いやいや、そういう訳ではないんだよ。ただ、見かけない顔の可愛い子が居るなと思ってね。幹部しか居ないこの空間に、見知らぬ少女が居るんだ。気になってしまうのも仕方のない話だろう?」

 

「神ヘルメス、悪いが彼女はウチのファミリアの中でも最大の機密事項でね。たとえ神と言えど他所のファミリアに情報を漏らす訳にはいかないんだ」

 

「ま、そういうことじゃ。この話はこれで終わりにしてもらおうかのう」

 

「………」

 

「……参ったな、ここまでガードが硬いとは思わなかった」

 

フィンが言葉で遮り、ガレスが視界を遮り、リヴェリアがその背にユキを隠す。

加えてアイズを含めた他の団員達の厳しい目線がヘルメスを貫く。

この場にいる誰もが知っている。ユキ・アイゼンハートという人間を面倒臭い事に関わらせると、その面倒な事がより面倒な事に発展するという事を。

……というか、もう言ってしまえば存在と成り立ちからして面倒臭いのだ。

彼女のことは出来る限り秘匿していたい。

余計なことは広めたくない。

余計な奴等に目を付けられたくない。

 

「俺の想像が当たってるなら、その子はつい先日の神会で話題に上がったユキ・アイゼンハートちゃんだと思うんだけど……どうかな?」

 

「神ヘルメス。理解して貰えなかった様なのではっきりと言わせて貰いますが……これ以上ユキに関わらないで貰っていいでしょうか?」

 

「っ」

 

そしてなにより……これ以上、ユキを厄介ごとに巻き込みたくないというのが幹部達の総意でもあった。

もう今日この日まで、ユキは様々な厄介事に巻き込まれて来て、その度に死に掛けている。

なんだかんだ生きて帰って来てはいるものの、ユキの戦闘を見ている者達なら直ぐに分かるのが、『こいつは本当に直ぐに死ぬ』ということだ。

エリクサーは常備が必須だし、強敵との戦闘は死に掛けなければ絶対に勝てない。

どころかそれでも負ける事だって多々ある。

こんな危うい人間をこれ以上どうして目立たせることができようか。

 

今ならもう分かる。

リヴェリアがユキと行動する際には必ずエリクサーを持ち歩く様に厳命した理由が。それはリヴェリアの過保護が過ぎたものではなく、ユキには本当にそれほどの介護が必要だということが。

故にロキ・ファミリアの特に幹部達にとってのユキへの扱いは、他者から見れば過保護な様に見える。それが妥当なものだということは当の本人達にしか分からない。

 

そしてヘルメスとて、まさかそれまで腹の探り合いをしていたフィンがここまで直接的な敵意を向けてくるとは思わなかった。

半分脅しの様なその雰囲気にヘルメスは黙ることしか出来ないし、むしろ更に好奇心を唆られてしまう。

 

「……いやぁ、うん。そこまで言われてしまえば引き下がるしかないかな?」

 

「僕達としては、是非そうして貰いたい」

 

「なるほど……おおっとそうだった!これからアスフィにとある用事を頼みにいかなくてはならなくてね?今日はこれで失礼させてもらうよ」

 

「そうですか、それではまた。

 

 

 

 

…………行ったか」

 

「「「はぁ」」」

 

ヘルメスがテントを離れると同時に、中に残っていたもの達は揃って息を吐き出す。

そんな他の者達を見てオロオロとしているユキの頭をリヴェリアはポンポンと撫でてやるが、疲れているのはリヴェリアも同様のようだった。

 

「まったく、困った神だ。リヴェリア、決してヘルメス神をユキに近付かせてはならないよ」

 

「ああ、近付かせる訳が無いだろう。厄介事に片っ端から首を突っ込む様な神にユキを関わらせてたまるか」

 

「あ、あの……やっぱり少し過剰だったのでは……」

 

「あんたはその目を離した隙に死にそうな癖を治してから言いなさい」

 

「ユキはアイズより死にそうだもんね〜」

 

「ん、ユキは心配」

 

「アイズさんに言われてしまうくらいなんですか!?」

 

ユキはそう言うが、周りからしてみれば『こいつ今更何を言っているんだ?』としか言いようがない。

むしろアイズは最近はしっかりしている方だ。

強さを求めるあまり無茶をする事も減って来たし、命令無視をすることも無くなった。

これが自分の目の前で死に掛けるユキを見て反省したからなのかは分からないが、今やロキ・ファミリアの危ない担当はユキなのだ。

アイズでさえも、ユキが知らないうちに死んでしまうのではないかとハラハラしているここ最近である。

 

「全く……フィン、今日はもう解散でいいか?」

 

「うん、そうだね。なんだか今日は僕も疲れたし、これで解散にしようか」

 

「あ〜疲れた!テント帰ろうテント!」

 

「団長〜♪これから一緒に〜」

 

「ああアイズ、少し残って貰ってもいいかい?悪いねティオネ、これからまだ大切な話があるんだ」

 

「そんなぁ……」

 

「リヴェリアさん、これからどうしますか?」

 

「ああ……まあ、少し散歩でもするか。付き合ってくれるか?」

 

「勿論です!」

 

そうして、各々がフィンのテントを出ていった。

アイズはなにやらガレスとフィンと話があるらしく、ティオネとティオナは自分達のテントへと戻っていく。

そしてリヴェリアとユキは……これから2人っきりの散歩の時間だ。

この2人だけ周囲とはまた違った甘ったるい空気が流れているが、それも周りに人が居ない時だけ。1日に一度や二度や三度や四度くらい、こういった時間があってもいいだろう。

今日はこれで多分六度目くらいだが。

 

「……心地の良い風だな」

 

「そうですねぇ、私こういう風すっごく好きです」

 

「ああ、私も嫌いではない」

 

ユキはいつも通りリヴェリアの一歩後ろを付いて……ではなく、横を陣取る。暗闇の中で誰も見ていない事を良い事に2人は手を繋ぎながら夜道を歩いていく。

 

周囲に人の気配は無い。

誰もが今は各々のテントで団欒を楽しんでいる。

今だけはここは2人だけの空間。

2人を邪魔するものはここにはない。

 

「……ベル・クラネルとは仲が良いのか?」

 

「へ?ああ、少年くんのことですか。仲が良いといいますか、まあ縁があるという感じですね。スキルのこともあって親近感もあるといいますか」

 

「そうか……それにしては彼のお前への反応はまたおかしなものだったがな。まるで親戚の姉に会った時の男児の様な、というのが正しい例えかどうかは分かないが」

 

「う〜ん、個人的には素直で可愛いと思うのでついつい世話を焼きたくなってしまう、という感じなんですけどね。……あ、でもそれだとその例えも強ち間違って無いのかもしれないです」

 

「いつの間にかあの少年の憧れの女性にでもなっていたらどうするんだ」

 

「それはアイズさんが居るから問題ありませんよ。どうやら少年くんはアイズさんに憧れているみたいですし?アイズさんも少年くんの事がとっても気に入っているようですし♪」

 

「ほう、あのアイズがな。……ようやくアイズにも春が来た、といいのだが」

 

「リヴェリアさん的にはアイズさんのお相手に少年くんの様な人はどうですか?」

 

「……誠実で将来性もあり、最低限の品性もある。後は実力が伴い、それに人格的な成長も付いて来るようなら十分だな。若干女難の相が出ていそうな所は心配だが」

 

「ふふ、まるでお母さんみたいですね」

 

「よせ。ただでさえ他の者にもそう言われているのに、お前にまで言われるのは流石に堪える」

 

「もう、私はリヴェリアさんの事をお母さんだなんて思ってませんよ」

 

互いに何かを言う度に肩を軽くぶつけあって、笑いながら足を進めていく。指と指を絡めながら、この光の無い世界でも決してお互いを見失わないように。

 

「……そういえば、お前の武器はどうなったのだ?ユキ」

 

「あ〜……やっぱり一度修理が必要という事でした。不壊武器とは言え、やっぱり武器その物の寿命を使用する剣光突破は耐えるとかそういう問題では無いので」

 

「……物理的にでも魔力的にでもなく、概念的に剣を消費する魔法だったか。私でさえもまるで意味が分からんな、相変わらず」

 

「それでもリヴェリアさんの魔法には遠く及ばない程度の威力しか出ませんし、効率も最悪ですよ。やっと二本揃った武器も、もう椿さんにお預けされてしまいましたからねぇ」

 

そう言いつつ叩くのは腰元にある2本の予備の剣。

そこに本命の武器となったあの2本の不壊武器は存在しない。

『ま、これくらいなら手前が少し叩けば直るだろう。それまでは流石にお預けになるがのう』というのが椿の言葉。

 

剣を殺す事を前提にした技を不壊武器で行えばどうなるか。その答えがこれだった。

それでは不壊武器でさえも耐えられなかったこんな技に何度も何度も耐えて来た以前の武器は何だったのかという話にもなるが、それこそ他の誰よりも椿が困惑していたことだ。

ユキには分かるはずもない。

 

「……それで、金はあるのか?不壊武器2本の修理だ、相応の額にはなるだろう。武器はお前の命を守るものだ。お前は断りたいだろうが、足りなければ私も」

 

「ああ、いえ……それはその、本当に必要ないみたいです」

 

「ん、どういうことだ」

 

決して遠慮しているという訳でもないユキのそんな奇妙な反応に、リヴェリアは首を傾げる。そんなリヴェリアに対しどう説明しようか一瞬悩んだユキだったが、一度立ち止まり懐を弄ると、一枚の紙をリヴェリアへと手渡した。

そこに書かれていたのは……

 

「……ユキ、なんだこの0の多く並んだ謎の紙きれは」

 

「……ヘファイストス・ファミリアの、今後5年の間に予想される大凡の収益だそうです」

 

「魔剣や防具、武器などでか?」

 

「いえ、その……私が管理をお願いした武器の展示による収益です」

 

「……お前はなにを言っているんだ、ユキ」

 

「ごめんなさい、私が一番よく分かっていないんです。本当に意味が分からないんです、むしろ助けて欲しいくらいです私が」

 

「いや、だが……」

 

紙に並ぶ数多の0。

軽く目を通しただけで商売系のファミリアに概算を出して貰ったものだというのが分かるのだが、どれもこれも額や規模がバカげている。

 

チケット1枚が50万ヴァリス。

それでも年3回想定の展示会で全チケット100枚が各回完売前提。

更に50万ヴァリスを基本にしつつも、定期的にターゲット層と値段を変えた展示会も行い、展示会の開催の有無に関わらず500万ヴァリスを支払うことで見学が可能。

鍛治師を志す者であれば割引きがあったり、鍛治師の卵用の安価なツアーも取り入れて……

 

「ヘファイストス・ファミリアは頭が狂ったのか?こんな値段でたかが展示会のチケットが売れる訳が無いだろう、誰が見に来るんだこんなもの」

 

「私もそうだったらむしろ良かったと思います……けどヴェルフさんが言ってたんですよ。その値段で販売していても、次の展示会のチケットが秒で完売して観に行く事が出来ないって。チケット売りの日には都市の外部からも使者が多く集まって、ギルドの方と協力して管理しているって」

 

「……良かったなユキ、これなら不壊武器を5本ほど纏めて発注してもまだまだ余る」

 

「椿さんが死んじゃいますよぅ……というかそんなに要らないです、展示会に来る富豪も真っ青なお金の使い方ですよそれ」

 

ヴェルフの熱を見る限り、きっとどれだけ金を支払っても展示会には毎回参加しに来る様な鍛治師も出てくるのだろう。そしてそうなれば500万ヴァリス払ってでもじっくりと見たいという物好きな富豪も出てくる。

鍛治師の卵達にも一度見せれば『またいつか!』と二度目の来訪を期待できる。

……そして、何も対象は鍛治師だけではない。

剣の扱いに強い拘りを持つ者や、鍛治神ヘファイストスが自信を持って展示するその作品に興味を持った神々もまた多く集まって来る筈だ。

この額はあくまで概算。

そして、これでもまだ"現実的な"数字だ。

下回る可能性を詰め込み、最低でもこれくらいにはなるだろうという数字。

……これを超える可能性は十分にある。

 

「とりあえず、私ではこんなの消費できないので、出来る限りロキ・ファミリアの遠征に回して貰うようにお願いしました。椿さんもヘファイストス様も想定外の規模の収入に困っていたそうなので、快く引き受けて貰えました」

 

「それは……本来ならば『個人の財産だろう』と怒るべきなのだろうが、事情が事情だけに何とも言えんな。実際、今回の毒妖蛆の特効薬に大量の魔剣、不壊武器、武器素材の分配を考えると、ファミリア的には火の車だったからな。ユキがそうしてくれるというのならば"助かる"以外の言葉を私は返せん、情けないことにな」

 

「いえ、いいんです。だって私だって困りますもん、突然こんな大手ファミリアの全財産レベルの金額を提示されても。私は本当に少しの余裕のある生活ができればそれで十分幸せですし」

 

「そうか……最早この件は神ヘファイストスとロキに任せた方が良さそうだな」

 

「はい……私もそう思います」

 

最初はユキの武器に関する費用と展示会の利益が対等になると想定されて結ばれたこの契約。どころかヘファイストス側からすれば、むしろ自分達の方が多少マイナスになるだろうと予想してのことだった。

……だが、蓋を開けてみれば。

というか、他の商売系ファミリアから鍛治師に移籍して来た者達にその辺りのことを任せていたら、いつの間にかとんでもないことになっていた。

契約は対等を前提で結ばれたもの。

少しの差異はあれど、双方に大きな利益の差が生まれてはならない。

そう考えていたヘファイストスだが、これだけの規模の利益が上がって来るとなると、どう考えてもユキの武器費用で賄えるとは思えない。故に、きっとユキがこうして遠征の費用に当てて欲しいと提案したのはヘファイストス側にとっても救いだったに違いない。

少なくとも今後は魔剣、防具、武器などに関してはロキ・ファミリア側も大きな負担にはならなくなるだろうし、ヘファイストス・ファミリア側はそれでも利益を手にする事が出来るだろう。

……というか、そもそも鍛治師が潤うことは冒険者にとって利のあることなので、そんなに還元を気にしないで欲しいともユキは思っている。

ヘファイストスの性格からしてそれは確実に無理な相談ではあるのだろうが。

 

「……さて、私は少し寄るところがある。ユキは先に戻っていて構わない」

 

「そうですか?……ん〜、それなら先に戻って就寝の準備をしておきます。早く戻って来てくれないとや〜ですよ?」

 

「ふふ。ああ、分かっている」

 

そう言って、2人の結ばれた手が名残惜しそうにして離れていく。

なんだか少しだけ寂しそうな感情を隠しきれていないユキを見てリヴェリアが頭を撫でてやると、今度はそれだけで嬉しそうにするのだから愛で甲斐もあるというものか。

機嫌が良さそうに走っていくユキの後ろ姿を見守り、リヴェリアもまた各テントの見回りに行くのだった。


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