白海染まれ   作:ねをんゆう

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42.悪い子

「こんにちは、リリちゃん♪」

 

「へ?……って、うわぁっ!?あ、ああ、貴女は!?な、ななななんですか!?私に一体何のようですか!?ベッ、ベべッ、ベル様なら渡しませんよ!?」

 

「もう、どうしてそんなに警戒するんですか。私はただ話しかけただけですよ?」

 

テントに戻る途中、偶然見つけた小さな人影。

何やら自分の荷物を整理しているようだったのだが、「うーんうーん」と唸り困っている様だったので、ユキは思わず話しかけてみた。

そうすれば彼女はこんなにも驚くのだから、話しかけたユキの方が逆に驚いてしまう始末だ。

 

彼女のことはよく知っている。

リリルカ・アーデ。

彼女とは以前、ベルと一緒にダンジョンに潜った仲だ。

その時の彼女はまだ笑顔に陰があったが、なかなかどうしたことか。今ではこんなにも可愛らしい少女になっている。

あの頃の彼女とは見違える程に良い笑顔ができる様になり、髪や服装も綺麗にするよう心掛けているのがよく分かる。

そんな彼女を見ると、ユキも自然と嬉しくなってしまった。

 

「ふふ……あ、でも少年君はまた居ないんですね。なかなかタイミングが合いませんねぇ」

 

「………?ベル様をお探しなんですか?」

 

「いえいえ、探しているという程では無いんです。ただここに来てからあまりお話出来て居ないので、少しくらいは時間を取れたらなぁと思いまして」

 

「むむ」

 

そんなユキの言葉に膨れっ面になるリリ。

リリが可愛いらしい少女になったのは、何も信じられる人間が出来たという理由だけでは無い。

いつだって女の子が可愛くなる陰には恋という存在は欠かせない。

誰かに恋をして、何かに恋をして、熱中し、努力するからこそ魅力的になっていく。

そしてそれは、それまでそういった感情を知らなかったリリでさえも例外では無い。

 

「い、いくら貴女にでも!リリは負けませんからね!ベル様は絶対に貴女なんかに渡しませんから!」

 

突然の宣戦布告。

こんなにも強気な事ができるのは、心のうちに強い決心があるからだろう。仮に相手が恋のライバルだとするならば、この宣戦布告は凄まじい威力になる筈だ。なぜならそれは、自分と相手を無理矢理比較させる手段にもなり得るからである。

……つまり、心と想いの強さのふるい落とし。

その程度の想いなら、その程度の決心なら、今すぐ私に譲って諦めろ。

リリは暗にそう言っている。

 

だがそれは、同時にリリの恐怖心も表していた。

そこまで強硬な手段を取ってでも落とさなければ危険となる相手……もしも取るに足らない相手であるならば、わざわざこんな事は言わない。

将来的にも現在進行形でも、自分の強力なライバルとなる相手にだからこそ宣戦布告をするのだ。

リリは恐れている。

一見ベルの事を弟扱いしているようで、それでも節々から女を感じさせてくるこのユキという怪物を。

 

「?……あっ!もしかして、リリちゃんは少年君の事が好きなんですか?」

 

「なっ!なっなっなっな!?」

 

そして怪物はそんなリリの姑息な作戦を目の前から粉々に破壊してきた。

あまりに酷い。

 

「ふふ、やっぱりそうなんですね♪顔が真っ赤で、と〜っても分かりやすいですよ?リリちゃん♪」

 

「ちっちちっ、ちがっ……くは、無い、ですけど……」

 

「うんうん、素直なのは良い事です♪それでそれで、いつ好きになったんですか?どういう所が好きなんですか?やっぱり、あの素直で可愛らしい所でしょうか♪」

 

「も、もう!やめて下さい!そうやってリリのことを辱めてどうするつもりですか!そんな事をしたってリリは諦めたりしませんよ!」

 

「へ?」

 

リリはこう思っていた。

きっとこの性悪女はこうして自分の事を辱めて、ベルのことを諦めさせようとしているに違いないと。一体どうすれば人を辱めることで恋を諦めさせられるのかは分からないが、リリにとってこの女は強力な敵だ。

多少、過剰にそう言った方へ妄想が膨らんでしまうのも仕方ないと言えよう。

 

……だからこそ、ここで一つだけ確認の意味も込めて断言しておこう。

 

この性の悪い男女には、ベルを狙っている気などこれっぽっちも無いし、そもそも……ほんの少しでもユキから恋愛感情を引き出せたのはこの世界で唯一リヴェリアしか居ない。

 

「ああ、なるほど。もう、大丈夫ですよリリちゃん。私は別に少年君にそういった気持ちは抱いていませんから」

 

「へ?……いえ、嘘ですよね、そうやってまたリリのことを騙すつもりでしょう」

 

「いえあの、私は一度もリリちゃんの事を騙した事は……ま、まあとりあえず。確かに私は少年君の事が気に入っていますが、そこに恋愛感情はありません。それだけは断言できます」

 

「……本当ですかぁ?」

 

「も、もう、どうしてそんなに怪しむんですか。これは本当の本当ですよ?だって私、別に少年君だけを気に掛けている訳では無いでしょう?」

 

「え?……あ」

 

そうして思い出すのは、以前にユキとベル、そしてリリの3人でダンジョンに潜った時のこと。

あの時はユキの持つ剣に気を取られていたが、確かにユキはベルだけではなくリリのことも気にかけながら探索を進めていた。

疲れていないか、怪我をしていないか、困ったことはないか、そんな事をベルにも自分にも同じ様に聞いていた。

あまりに落ちている魔石が多い時には"時間効率がいいから"と言って手伝ってきたし、それでもサポーターとしての役割を潰さない程度の分量しか手伝わなかったのも、きっと自分の為を思ってだろう。

 

そして、あのミノタウロスに襲われた時もそうだ。

結局あの時に自分の応急処置をしてくれたのはこの女であり、その処置には少しの手抜きも無かった。

ベルが戦いに勝利し気絶した時まで意識のぼんやりとした自分を背負っていたのもユキで、疲労した自分の代わりにヘスティアに大方の事情を説明してくれたのも彼女だ。

 

……そう考えると、ユキは確かにベルにだけ贔屓なんてしていない。

どころか、ベルよりも自分の方がよっぽど気に掛けられていたということを思い出す。

 

それに今記憶を振り返る過程でリリは思い出したのだが、一緒にダンジョンに潜った時にユキはリリの内心や企みを確実に見抜いていたし、それを承知の上であれだけ気に掛けてくれていたのだ。

そして、最後には忠告までしてくれた。

その忠告が役に立ったかと言われると微妙だが、あの状況でのあの言葉が嘘や嘲笑の類では無い事は馬鹿でも分かる。

つまり……

 

(リリ、もしかしなくても、この人にめちゃくちゃお世話になってるのでは……?)

 

それは当然、さっきまでのような失礼な事を言うなど恩知らずと言われても仕方のないレベルで。

それに気付いてしまえばもう、顔が青くなるしかない。

 

「あ、あ、あの……」

 

「はい、どうしました?なんだか急に顔色が悪くなりましたけど、もしかして寒いです?私のでよければ上着を貸しますが……」

 

「い、いえ!そんなことは!ちょっと眠たくなってきてしまっただけです!」

 

「あや、それは不味いですね。今日は早めに休んだ方がいいですよ?もし眠れないようでしたら、私が今から温かいスープでも……」

 

「いえ!ほんと!ほんとに!大丈夫ですから!リリはもう、今日は絶対快眠です!間違いありません……!」

 

「は、はぁ……」

 

今日は快眠間違いなし、というにはあまりに血走った目でそんなことを言うリリにユキは困り顔をするが、あまりの気迫に取り敢えず受け入れるしかない。

一方でリリはと言うと、もうこれ以上何かしらの借りを作ってしまう事を恐れていた。というか、気を抜けば自分が気付かぬうちに彼女に助けられているという可能性が見えてしまい、さっきとはまた違った意味での警戒心が生まれていた。

それに、一体どうすればこれまでの借りをこの女に返す事ができるというのか……見ず知らずの、それもベルすら騙そうとしていた頃の自分に手を差し出してくれていたという事実は、リリにとってあまりに重い。

何事も最初が肝心なのだ。

改心してからの自分に優しくしてくれた人と、改心する前から自分に優しくしてくれた人。その2者を同列に扱う事など不可能であるし、あってはならないことだと誰でも思う。

だからリリは困っているのだ。

そんな人に酷いことを言い、また勝手な想像から酷い捉え方をしてしまっていたという事実を。

 

「あ、あの……どうしてベル様だけでなく、リリの事も助けてくれたんですか?リリと貴女は面識ありませんでしたよね……?」

 

「ええ、まあそうですね。私もオラリオには来たばかりですし、リリちゃんのこともあの時に初めて見ました」

 

「それなら、どうして……?」

 

「どうしてと言われましても……」

 

恐る恐ると尋ねるリリに、ユキは困り顔をして頰をかく。

 

「まだ引き上げられる人がいるのに、手を差し伸ばさない訳にはいかないじゃないですか。たとえ相手がリリちゃんじゃなくても、私は同じ事をしますよ?」

 

それは嘘でもなんでもない。

例えばリリの位置にヴェルフが居たとしても、他の知らない男性だとしても、それこそ容姿の優れない中年の男性であっても、ユキは同じ事をしただろう。

そうでなければ豊穣の女主人でバイトをしている時、店員が近寄りたがらない様な厄介な客達の元へ進んで行き、彼等でさえも楽しんでもらおうなどと考えるものか。

 

「私は神様ではありませんから、困っている人を全員助けるなんて神様でも出来ないことは望みません。……けど、助けたいと思った人くらいは助けたい。私はリリちゃんを助けたいと思いました」

 

「………」

 

「まあ、最終的にリリちゃんを助けたのは少年君なんですけどね!少年君からきっとそうしてくれるとは思ってたんですけど、まさかこんなにもリリちゃんを夢中にさせちゃうなんて……少年君も罪な人ですねぇ♪」

 

「もっ、もう!今はその話はいいじゃありませんか!私の感動が台無しですよ!もうもう!」

 

ユキの突然の弄りに顔を真っ赤にしながらポコポコと殴り付けるリリ。

そんなリリをユキは口元に手を当てながら笑って受け入れる。

 

ここまで言われてしまえば、リリにだって分かるのだ。

この人は本気で今のような事を思っていて、ベルに対して興味や関心はあっても、そこに特別な感情は無いということを。

……そして同時に、そんなことを本気で思って今の今まで行動で示してきた、恐ろしい人間であるということを。

ベロベロに酔った酒臭い中年のおっさんと正面から向き合っても嫌な顔一つせず、どころかそのおっさんの話を心から楽しんで酌ができる様な異常者だ。年季も違うし、お人好しとしての異常性ならばベルさえも超える。

ベルだってそんな環境に置かれれば顔を引きつらせるくらいはする。

 

(……いや、待って下さいよ?仮にこの人がベル様に何も思っていなくても、ベル様の方がこの人に惚れてしまう可能性はまだあるのでは?)

 

頭を撫でられながら宥められている最中、リリはついついそんな可能性を考えてしまった。

容姿だけならば上の上、そのうえ愛想も良く、気も利き、包容力もある。にも関わらず中身もこの聖人っぷりと聞けば、もうどこを嫌いになればいいのか分からないレベルだ。

知れば知るほどその人への情熱が冷めていくということは良くあるが、これは知れば知るほど好感を持つしか無くなってしまう人種だ。

 

実際、その沼にハマりにハマってユキ自身が持つネガティブな事情に自身の母性が働いて抜け出せなくなったのがリヴェリアであったりするのだが、それは今は置いておくとして。

 

とにかく、このままでは不味い。

この女がベルと関わり、その仲を深めていくことになってしまえば、本当の本当に不味い。だからといって今のリリは彼女に『ベル様に近付かないで下さい!』などと直接言える立場では無いのだ。

それでもと行動を起こして陰から二人を引き離そうなどすれば、今度はリリは罪悪感でゴリゴリ削られていくことになって。

 

「あの……リリ、貴女にもう一つだけお聞きしたい事があるのですが」

 

「はい、なんでしょう?それと私のことはユキでいいですよ?」

 

「え、ええ。それでその、ユキ様は……ええと、男性の方とお付き合いした事とかはあるのでしょうか?あ、好きになった事があるとかでも構いませんよ?もしかして今もお付き合いしている殿方が居たりだとか……!」

 

「男性、殿方ですか……ううん、ありませんね」

 

「え」

 

「今のところ、男性にそういったことを感じたことは一度もありませんね。……その、恥ずかしながら私はそういったお話には疎くて。よく周りの方に『気を付けろ』と怒られてしまうのですが、何をどう気を付ければいいのか」

 

「へ、へー、そうなんですねぇ……」

 

 

 

 

 

(終わった……)

 

リリが最も来て欲しくなかった返答が、目の前の女の口から飛び出して殴り付けてきた。

見目良し、中身良し、気心良し、その上で貞操観念に疎く、けれど清純純白お手付きなし。

彼女がどうしてベルとあれほど距離感が近かったのかリリはようやく納得できた。それが不味い事であると、こいつは分からないのだ。

それが純情な思春期の少年にとってどれほどの甘毒であるのかを……知らずに、何の悪気もなく、ごく自然に、やっている。

 

(ごめんなさいベル様、リリは悪い子です。悪い事だと分かっているのに、私はベル様をユキ様から遠ざけてしまおうと思います。けれどこれはベル様のためでもあるので、お願いなので許して下さい……)

 

リリはベルに決してユキを近付かせないと心に誓った。

それが自身に良くしてくれた2人を裏切る行動になるとわかっていても……誰も幸せになることのない最悪な未来を避ける為に。




「え……水浴び……?」

「うん!これからみんなで行くんだってー!ユキもどう!?」

「いえ、あの……遠慮しておきます……」

「えー!?なんでー!?いーこーうーよー!」

「そうよ、せっかくだし偶には裸の付き合いもいいでしょう?」

「いえ、ですからあの……私が女性と裸の付き合いをするのは不味いですから……」

「「え?……………………………………………あ!」」

「気づくまでが遅過ぎますよ!?アイズさんもそうでしたけど!わーん!」
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