白海染まれ   作:ねをんゆう

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45.先輩-2

「ということで、帰りは少年くん達の方に付きたいと思うのですが……どうでしょうか?」

 

そろそろ帰り支度も始まるという頃。

フィンのテントで幹部3人にそんな相談をしに来たユキの姿があった。

ユキ自身も我儘を言っているという自覚があるのか、本当に恐る恐るといった表情で。

しかしそんな(他の者が普段言うものに比べれば随分可愛いらしい)我儘を言うユキに、フィンとガレスは笑って答える。

 

「クク……ふむ、まあ構わんのではないか?そもそも後発隊について来る予定。仮に何か起きても【万能者】も【疾風】もおるし、滅多なことにはなるまい」

 

「うん、そうだね。問題は神ヘルメスが関わってくる事くらいだけど、そこは僕からも2人にお願いしておこうか。あの2人ならしっかり君のことを守ってくれる筈だ」

 

「あー……あー……」

 

「あ、ありがとうございます!ごめんなさい、突然我儘を言ってしまって……」

 

「いや、君が我儘を言うのも珍しいからね。それに、僕達も君の気持ちを少しは理解できているつもりだよ」

 

「18階層から戻るだけだしのう、そう滅多な事も起こるまい。特に【疾風】はいたくお前さんのことを気に入っとるようじゃったしのう」

 

「あー……あー……」

 

「あ、ありがとうございます!早速伝えて来ますね!」

 

なんとも嬉しそうにそういうユキに対し、フィンとガレスは笑って見送る。これだけの我儘を飲んだだけであれほど喜んでくれるのなら、可愛げもあるというものだ。

色々と心配事もあるが、フィンとガレスは【疾風】と【万能者】の性格をよく知っている。

こちらからお願いしておけば慎重な【万能者】はしっかりヘルメスの手綱を握っておいてくれるだろうし、真面目な【疾風】ならばユキの事を何があっても守ってくれる筈だ。

……特に、あの会話をしている時の彼女がユキを見る表情は、何処か過去に彼女のことを見ていたアストレア・ファミリアの面々のそれに似ている。

それだけで信用できるというものだ。

 

まあ、それとユキの死に癖を信用できるかは別問題なので、頼みついでにリューにエリクサーを手渡しておく気満々の2人だが。

リューは過去の事情で人目につくのを嫌うので極力野営地に近付いていないようではあるが、そんなことは知ったこっちゃない。

そんな後からどうにでもなる外聞よりも、後からどうにでもならないユキの死に癖のほうが問題だ。

……一応、問題に数えるべきなのはあと一つ残っていたりはするが。

 

「ええと、リヴェリア?そろそろ正気に戻って貰ってもいいかな?」

 

「あー……あー……」

 

「駄目じゃなこれは……そんなに気になるならば直接聞きに行けばいいじゃろうに」

 

「本当にね、今のリヴェリアを見ていると凄く為になるよ。僕もそろそろ相手を考える時期だと思っていたし、こんな風に拗らせないようにだけは気を付けたいものだね」

 

「こやつもいい年じゃろうに、何をしとるんだか……」

 

気になる事があっても聞きに行くことも出来ず、自分の頭の中で色々と考えて自滅する。

普段のリヴェリアならばもう少し上手く立ち回るのだろうが、こと恋愛に関してはポンコツを見せる彼女はそうして尽くヘタレな道を選んでしまうのだから悲しいところ。

ユキとの付き合い方だけを考えるとするならば、何事も取り敢えず聞き出そうと決めたリューの方が一歩上手なのかもしれない。

もちろん、そこには抱いている感情が違うというのもあるだろうが。

 

 

 

フィンとガレスに見送られてテントから飛び出した後、ユキは再び森の中を歩いていた。

自分がベル達と行く事をアイズやヴェルフ達に伝えたはいいが、そこに肝心のリューの姿が無かったからだ。

リューが人目を気にして野営地に近付かないようにしていたのは知っている。

だからもしかすれば、後発隊の出発に彼女は同席せず、一人で遅れて帰るのかもしれない……なんてことをユキは心配していた。

 

きっとそれは強ち間違いでは無かっただろう。

少なくとも何事も無ければ、リューはベル達のことは後発隊のロキ・ファミリアに任せて、自分はいつでも助けに入れる距離を保ちながら一人後ろをついて来るつもりだった。

 

……そう、何事も無ければ。

 

「あ、リューさん!ここに居たんですね、ようやく見つけました!……なんだか顔色が悪いですけど、大丈夫です?」

 

「……大半は貴方のせいです、ユキ」

 

「えっ」

 

そしてようやくリューを見つけたのは、以前座って話していたあの切り株のある場所だった。

リューはそこで顔色を青くして、駆け付けたユキをジト目で少しだけ怒った様にして睨み付ける。全く身に覚えのないユキだが、そんなユキを見てからリューは一つため息を溢して立ち上がった。

 

「先程、【勇者】が私の元へ来ました。なるべく姿を見せない様に隠れていた私を容易く見つけ出して、こちらの事情など知った事ではないと言った風に」

 

「あー……」

 

「貴方を神ヘルメスから遠ざける様に、そして貴方を無事に地上まで送り届けるようにと言われました。わざわざこうして貴重なエリクサーまで私に手渡して……」

 

「え、えーと……」

 

「全く、貴方は一体ファミリア内でどのような扱いを受けているんですか。18階層から戻る程度ならば何の問題も無いでしょうに、使わなければ貰ってもいいなどと、これでは報酬が釣り合わなさ過ぎる」

 

「ご、ご迷惑をおかけしました……?」

 

「ええ、本当に。……これでは、どう足掻いても私は貴方の横を歩いて地上を目指すしか無くなってしまったではないですか。全く」

 

「!」

 

一見怒って呆れているように見えたリューだったが、そう言って笑う姿を見ていれば、彼女も本気で怒っている訳ではないというのが分かる。

それに気付いてほっとしたユキを見てか、リューはまた笑みを浮かべたまま瞳を閉じ、森の出口の方へと歩き始めた。

 

「早く行きましょう、もう直ぐ集合時間だ。クラネルさん達を待たせるのも忍びない」

 

「……!はい!」

 

そんな風にいそいそと嬉しそうにリューの一歩後ろを付いてくるユキを見て、後輩とはこれほどに可愛らしく思えるものなのかと、かつての自身の先輩達を思い出してリューは懐かしさを感じたりもしていたが……

そういえばあの頃の自分はこんなにも素直で可愛くは無かったなと思い返し、途端にユキの素直さが羨ましく思ったりもしてしまった。

 

 

「え、少年くん達どこかへ行ってしまったんですか?」

 

「ええ、何やら野暮用があるそうです。ユキさんはどうされますか?このまま私達と共に帰還するのも良いかと思われますが」

 

「うーん……」

 

時間ギリギリになってしまったものの2人が集合場所へと到着すると、何故かそこにはロキ・ファミリアの面々しか無く、ベル・クラネルを含めた一向の姿はどこにも無かった。

事情を聞けば、なにやら急いでどこかへと走り出してしまったとか。

しかしロキ・ファミリアもまた先発隊は出発しており、後発隊も時間通りに進まなければ余計なすれ違いを起こしてしまう。

彼等を待つ事は出来ないので今直ぐに出発する必要があるのだが、このままではそうもいかない。

 

「……やっぱり少年くん達が心配なので、私はこちら側に残ります。皆さんにはそう伝えておいて貰えませんか?」

 

「ふむ、任されました。リヴェリア様も今は何やら話し込んでおられるご様子、後で自分の方から伝えておきましょう。お気をつけて」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

以前ロキ・ファミリアのホームを初めて訪れた際に良くしてくれた門番の男性とは、今でもこうして付き合いがある。

紳士的な彼はユキがファミリアに入った後もこうして優しく接してくれて、何かと気にかけてくれるのでユキもとても嬉しく思っていた。

 

信用できる彼に言伝をお願いして、リューとユキはベル・クラネル一行を探しに向かう。

聞いた感じではそこまで遠くへは行っていない筈だ。

何があったのかは分からないが、きっと忘れ物なんていう軽い話では無いのだろう。

ただ、どうしたってこの空間で人を探すのは難しい。

人の居ない野営地を確認しながら2人は歩く。

 

「……そういえば、私はまだ少年くんに話せていませんでした。リューさんはもう?」

 

「ええ、あの後直ぐに……彼は優しく、尊敬に値する人族ですから。思いの外、口が滑ってしまい、少しだけ私達の事を話してしまいました」

 

「構いませんよ、それは私も同感ですから。彼は優しくて強い、私もついつい見かけると声を掛けたくなってしまう不思議な少年です。早めに見つけ出して私もゆっくりお話ししたいですね」

 

「ええ……そういえば、クラネルさんは知っているのですか?ユキが男性であるということを」

 

「へ?知らない筈ですよ?なんだかんだと言っても、彼とはまだそんなに話せていませんし」

 

「…………」

 

瞬間、リューの脳に一つの最悪の未来が思い浮かぶ。

"いやいやまさかそんなことが"などと、言えない。言えるはずがない。リューはその危険性を誰よりもよく知っている。

 

「っ」

 

「……?」

 

弾かれたようにリューは再度ユキの顔を見る。

……うん、やはり綺麗な顔をしている。

容姿端麗な者の多いエルフの自分から見ても、美人で可愛らしいと思えるほどだ。流石は王族であるリヴェリアを誑した、もとい落とし込んだだけはある。

ただ、やっぱりその顔は男性には見えない。

一般的に人族やドワーフ族の様な力強い男というものが存在しないエルフの自分から見ても、女性以外に見えないほどだ。ぶっちゃけ今の時点でもこれが男性だなんて信じきれていないし、むしろ信じられている者すら居ないだろう。

 

……つまり、だ。

エルフの自分ですらも分からないのに、一般的な人族であるベル・クラネルにユキが男性であるなどと分かる筈もない。そして、ユキは人族の中でもアイズ・ヴァレンシュタインに匹敵する程の美人だ。

性格もこの通り、実力もあり、ポテンシャルだけでならアイズに匹敵する可能性も秘めている。果たして、そんなユキにベル・クラネルが特別な想いが抱く事は無いと誰が言い切れるだろうか。

いや、言い切れる筈がない。

というか、いくらユキが男を自称していたとしても、他の誰もがユキを女性として警戒すべきなのだ。

特に性別を隠している今の時点では。

 

「……ユキ、貴方はクラネルさんに近付かないでください」

 

「突然なんでですか!?リューさんいつもそればっかりです!酷いです!私だって色んな人とお話ししたいです!」

 

「だからそれが危険だと言っているんです!ああもう!涙目になって縋り付かないで下さい!可愛いんですよ貴方は!」

 

「どんな怒り方ですかそれ!?」

 

そんな風に人の居ない野営地でやんややんやと言い合う2人。

しかしその喧しく騒がしいやり取りは、2人の距離が以前よりも近づいていることの証明でもあった。

 

ロキ・ファミリアの仲間達とはまた違った2人の関係性。

普段は見せない様な一面を互いに見せ合う。

その関係性にリューは以前のアストレア・ファミリアに居た時の様な懐かしさを感じ、ユキは密かに羨ましく思っていたロキ・ファミリアにおけるティオナやベート達の遠慮の無い親しさを感じていた。

 

「ああ、もう……ほら、いつまでも嘆いていないで行きますよ。私が見ている時だけは、クラネルさんと話すことを許可しますから」

 

「それはそれで納得いきませんが、分かりました……でも、リューさんはいつも私に禁止してばかりで酷いです。偶には何かを許してくれてもいいじゃないですか。私だって拗ねちゃうんですからね」

 

そう言ってプイっと頬を膨らませてそっぽを向くユキに、リューは今一度溜息を吐く。確かに思い返せばリューは要求するばかりで、ユキからの要求を飲んだ事は少なかったかもしれない。

ベルのことだってそうだ。

これも元を辿ればシルの事を思ってユキをベルから引き離そうと、リューが個人的に思っているという私的な理由に過ぎない。

それを押し付けている以上、何かしらの返しはあるべきだろう。

……そもそも、後輩に何かを要求するばかりの先輩というのも格好が付かない。リューはかつての自分がアリーゼを慕っていたように、ユキからも慕われる立派な先輩になりたいのだ。

それならば、

 

「分かりました」

 

「へ?」

 

「確かに私は貴方に何かを求めるばかりでしたから、その代わりに貴方の願いを何か一つ叶えましょう」

 

「お願い事、ですか……?」

 

「ええ、地上に戻るまでに考えておいてください。勿論、常識的な範囲で、私に出来る事という条件付きですが。可能な限りは叶えましょう」

 

「!……わ、分かりました!絶対ですからね!リューさん!」

 

「ええ、約束します」

 

返せる物が何も思い浮かばず、取り敢えずそんなありきたりなことを言ってしまったリューに対しても、ユキはこんなにも喜んでくれる。

そんなだからこの後輩は可愛いのだ。

どれだけ手が掛かっても、問題を持ってきたとしても、この笑顔一つで許されてしまうのだから本当に卑怯だと。

 

「……?今、何か歓声のようなものが聞こえませんでしたか?リューさん」

 

「ええ……それに、森も何処か騒がしい。もしかしてクラネルさんかもしれません、急ぎましょう」

 

「はい!」

 

自然とリューはユキの手を取り先頭を走る。

かつて自分がアリーゼにされていた様に。

そして一方でそんな頼もしいリューの姿に、ユキはまるで自分に姉が出来たような気分になっていた。

2人の間に恋愛的感情は一切無いが、人と人との結び付きは必ずしも愛が最上であるとは限らない。




「また……またあのエルフが……浮気なのか、やはり浮気なのかユキ……」

「いつまで言っとるつもりじゃお主は。ほれ、早よ行かんとフィンにまた文句を言われるぞ」

「ユキ……ユキ……あー、あー……」

「やれやれ……ここで自分も残ると言えんのがヘタレとる証拠か。冷静に考えれば直ぐに分かる筈なのだがのう」

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