「……あれ?そういえばユキたんまだ帰ってないんか?」
「ああ、少し時間がかかってるみたいだね。彼女達に任せているから、問題は無いと思うけれど」
「ま、そこはウチも信用しとるで。なんやかんや言うても同じアストレアの子やし……なぁ?リヴェリア」
「やめてくれ、やめてくれ……私の勘違いだったともう理解している」
「やれやれ、ままならんのう」
夜も深まって来た頃、ロキ・ファミリア本拠地にて遠征の報告を一通り終えた彼等は漸く腰を落ち着ける事が出来ていた。
59階層で起きた事と、そこから導き出される想定。
そして別口でロキが調べていた事と、これからするべき行動とその方針。
そんなあれこれを話していれば時間は簡単に過ぎ去っていき、気付けばもうこんな時間だ。
他の者達はもう休んでいるだろうが、幹部の彼等はそうはいかない。
今は一分一秒でも惜しいのだから。
「さて、後の問題は……ユキたんか」
「ああ、もう、本当にあいつは……」
「本当は彼女、いや彼にもここに参加して貰って直接問おうと思っていたのだけど、それは明日に持ち越しかな」
「まあ、実際どこまでワシ達が聞いても良いのか分からんからな。事前の準備という感覚で今日は終えれば良い」
「ま、それもそうやな。ぶっちゃけ繊細な問題過ぎて直接問いただすのも気が引けるレベルやし」
この場でユキについて話すのも、もう何度目だろうか。
彼等がそれくらい議題として出す程に、ユキの過去については謎が多い。
それが探れば探るほど重いものになっていくだけに、ユキ自身に直接聞きにいけなくなっていくという嫌な循環になって来ているが……そろそろそれも断ち切る頃合いだ。
まあそれもリヴェリアの仕事になるだろうが。
「あー、まずユキたんは穢れた精霊を知っとったって話やんな?」
「似たものと戦った事がある、という感じだったかな。彼はより理性を失った存在だと言っていたけど」
「それで、ロキが神ヘルメスから聞いた話では、例の新生闇派閥を名乗る者達の大虐殺……その目的が人工的な穢れた精霊の作成だったと」
「せや。そんで実際に精霊の血を引いとったクレア・オルトランドっちゅう少女が、穢れた精霊になってフレイヤ・ファミリアに討伐されとるらしい」
「……まあ、そこだろうね」
「ああ、実際に討伐したのはフレイヤ・ファミリアでは無いのだろう。それを成し遂げたのは恐らくユキだ」
仮にそうであれば、フレイヤの行動にも納得が行く。
本来フレイヤ・ファミリアがしなければならなかった事を、ユキがたった一人で成し遂げた。
そしてそれについての功績を捨て去り、全てをフレイヤ・ファミリアがした事として処理したとすれば……ギルドもフレイヤ・ファミリアもこの件に関して表向きには"遅れはしたものの間に合った"という事に出来る。
それをなぜ当の街民達が許しているのかは分からないが、事実今の時点ではそうなっている。
「それともう一個別口で分かった事があってな。……なんでも、今あの街にはレベル2以上の兵士が居らんらしい。元々はレベル3の兵士も抱えとる程のファミリアが居ったのに、どうにもそれが今は影も形も無い」
「つまりそれは……」
「ああ、殺されとるやろな。その神が」
思い返されるのは7年前のあの大闘争。
あの時もオラリオにおいて神が直接狙われる事で多くの犠牲者が生まれた。
敵のファミリアを潰すには、その主神を天界送りにするのが一番早い。
仮にその街に狙いを定めるとすれば、その主神を狙う算段を付けるのが一番簡単だろう。
特に、平和な街に住んでいる神を狙うのは、あまりにも容易い。
「……僕も調査を頼んでいた団員から報告を貰っていてね。彼には直接アナンタの街に行って貰っていたのだけど、まあ楽しくない報告を貰ったよ」
「というと?」
「今、あの街には兵士が居ない。どころか、あの街は女性の比率が異様に高い。それはつまり、大半の男性が何らかの理由でいなくなっているということだ」
「……!」
「そして極め付けが……これだ」
「これは……ペンダント、か?」
フィンが懐から取り出したのは、絵の刻まれたプレートが取り付けられた一つの白いペンダント。
裏部分にはアストレアの紋章の上に二本の剣が、そして表部分には非常に似通った2人の女性が背中合わせに描かれている。
片方は胸の部分で両手を押さえながら瞳を閉じており、もう片方は涙を流しながらも目線を上げて前を見据えている。そんな不思議な絵だ。
これに描かれている2人を、そして裏面の紋章の意味を、何も分からない程に鈍感な者はここには居ない。
「フィン、これは……」
「……あの街の住民のほぼ100%が、このペンダントを身に付けていたそうだ。高齢者から子供まで、それこそ種族年齢関係なくね」
「「「!?」」」
それはもう、信仰の域を超えている。
どんな宗教であろうとも、その地に住う民の全てを完全なる信仰者にするのは難しい。
どころか常にそれを身に付けているなど、それこそ国家宗教に指定したところで法や権力を使わない限りは不可能だろう。
だがそれが実際にされているとするならば、そこには確実に規格外の理由がある。
「あの街には教会を使用して運営されていた孤児院があったそうでね、民達は定期的にそこへ赴くそうだよ。そのペンダントを持って、他の誰でもない"英雄"の幸福を祈りにね」
「英雄……」
「自らの幸福やないんか?」
「ああ、それは決して自分達の幸福の為じゃない。彼等が祈っているのは徹頭徹尾、そこに描かれている英雄の幸福だそうだ。単に感謝されている、なんて生易しい話じゃない。それは祈りの域を超えて、願いと言っても過言じゃない」
「……どんな英雄譚やねん。そこまで強く幸福を願われる英雄なんて居らへんやろ」
「英雄だからこそ、かもしれんな。古今東西、英雄と評された者達の最期は哀れなものが多い。そうなることの無いように、と考えれば納得出来ん事は無い」
「……いや、案外私達が考えている事と同じかもしれん」
「……?どういうことだい?リヴェリア」
きっと、この件についてはどれだけユキに聞いても分からないだろう。
あれは自分の評判についてそう気にしない。
どんな風に言われても、言い過ぎだと、恥ずかしいと、そう言うに違いない。
どころか、今あの街がどんな状態になっているのかすらも把握出来ていないかもしれない。
だから、これはこちらで想像するしかない。
「ユキの戦い方を見ていれば分かるだろう、あれはあまりにも危険過ぎる。だがどれほどの危険に陥っても、あいつは決して屈しない。どれだけの傷を受けても立ち上がろうとする。……それを見てしまった結果、私達はあいつをどうした?」
「……現在進行形で、過剰とも言える護衛を頼んでいる。過保護と言っても良い」
「アナンタの街の者達も、そういった感情を抱いているのかもしれない。決して英雄として敬っているのではなく、むしろ我が子の無事を祈る親のように。……このペンダントを通じて、旅立った家族の幸せを願っている。あいつの性格を考えれば、元々街の民達からは好かれていたのだろう。だとすれば、そうは考えられないか?」
「……それが一番、納得が行くかもしれへんな」
「なんだか急に、肩の荷が重くなった気がするね」
「やめろ、それは私が一番強く感じている」
ユキの過去が少しずつ明らかになっていく。
そしてそうなるにつれて、段々と感じる責任感も強くなっていく。
仮にユキを死なせてしまったりした時、自分達は一体どれだけの人から恨まれるのだろうか。
そうでなくともユキとそういった関係になる事を選んだリヴェリアには、彼が幸福になる為に尽くす事を望まれるだろう。
その責任はあまりにも重い。
「……それと、これは最後の報告になるのだけれど」
「なんやまだあるんか。もうええて、もうウチもお腹いっぱいや」
「まあ、これもやっぱり面白い話ではないね」
「そろそろ儂も胃が痛くなってきたのぅ」
「調査を頼んだ団員が、1人の老婆に話を聞いて来たんだけどね。彼がユキが今は僕達のファミリアに居ることを伝えると、それはたいそう驚いていたらしい」
「まあ、そうだろうな……」
「とは言え、ユキのことについてはユキ自身が話さないのなら、街民から話す事は何も無いというスタンスの様だったけれど」
「まあ、それもそうやろな……」
それはあまりにも当然の話だ。
そしてそんな当然の話がされるくらいには、ユキはその街の人々から愛されているということでもある。
……少なくとも、ただ助けられた事に感謝をする英雄に対しての扱いとは違っている。
「ただ、それでも一つだけ聞けることがあってね。ユキが特に仲良くしていた、ユキの友人と言える少女の話だ」
「少女……?」
「なんや嫉妬か?リヴェリア」
「そ、そうではない!そういう弄りは今やめろ!」
「どうにも2人はかなり仲が良かったらしくてね。孤児院の子供達と遊んだり、街の人達の手伝いをしたり、野山を散策したり、それは見ているだけでも幸せになれるような関係だったそうだよ。ユキも彼女も互いに両親を失っていて、周りに同い年の友人が居なかったからか、気付けば2人は常に一緒に居るほどだったとか」
「……っ、うぅっ……!」
「そう心配せんでも、あやつが気を浮つかせるなどあるものか」
「そ、そんなことは私だって分かっている!」
「はっ!ちーっとばかし他のエルフと楽しそうに話とったからって、あれだけ落ち込んどった奴が何を言うとるんやか」
「だ、だから!その話はもうやめろと言っているだろう!」
リヴェリアを弄る事が出来る機会というのは、それほど多くない。
それこそアイズの、そしてファミリアのママとして弄る事は出来たが、最近はそこまで反応しなくなっており、ロキ達がつまらなく思っていたのも事実だ。
……とは言え、その弄りが今適した話題かと言われる別だが。
「まあ、その心配は無いと思うよ。ユキの友人であったその彼女は、もうこの世には居ないそうだからね」
「「「は……」」」
3人の思考が凍った。
「孤児院、という単語で何か思い付かないかい?そうでなくとも、最悪に最悪の思考を重ねれば自然とその選択肢に行き着くはずだ」
「ま、まさか……そのユキたんの友人ってのは……」
「ああ……孤児院に住んでいた少女、クレア・オルトランド。精霊の血を引き、穢れた精霊に仕立て上げられた悲劇の少女。恐らくユキによって倒された彼女こそが、ユキの親友であった少女本人だ」
4人は話を進めるにつれて、ユキに対してこの話を聞き出す意欲がゴリゴリ削られていくのを感じ始めていた。
特にリヴェリアにとってはこんなもの……色々な意味で聞き辛いに違いない。