白海染まれ   作:ねをんゆう

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50.正神の動き

「それじゃあ私達はこれで……また来ますね!ボールズさん!」

 

「おうとも!討伐の手伝いに在庫の処理までしてくれたんだ!あんたならいつでも大歓迎よ!」

 

「協力をしたのは我々も同じなのですが……」

 

「まあ、原因は私達にありますし……その点、彼女は完全に巻き込まれた様なものですからね」

 

「いや、うん……その事についてはボクも本当に申し訳ないと思ってるよ?」

 

「私たちもまさかここまでの大事に繋がるとは……」

 

変位したゴライアスを討伐した次の朝。

あまりに長過ぎたダンジョン生活を終える為に、一行は18階層を後にする事となった。すっかり仲良くなったボールズにユキが挨拶を告げると、ボロボロになったこの階層の様を見て、各々があの奮闘の感想を呟いていく。

ここから地上までの道のりは油断できないものではあるが、戦力自体は過剰に揃っていた。ベルも来た時よりも実力は上がっているし、なによりレベル4の冒険者が3人もこのパーティには参加している。

それも近距離型、支援型、遠近両型とバランスも良い。

そのせいか2人の神も少しばかり気を抜かしているようだが、まあ今はそれも良いかもしれない。神がダンジョンに潜るなど滅多に無い事だ、見せはしないが気疲れも多分にあるだろう。

 

「やあ!ユキちゃん!良かったら俺と少〜しばかり話を……!」

 

「ユキに近寄らないで貰えますか?神ヘルメス」

 

「ヘルメス様、私も【勇者】から決して貴方を彼女に近付けないようにと言われておりますので」

 

「え、えぇ……自分の眷属にまで邪魔されるのかい俺?」

 

まあ、とは言ってもフィンとの約束がある以上、そこだけは譲って貰えない。アスフィだけならまだ可能性はあったが、リューがここにいる以上はそれは許されないだろう。

少なくとも、ユキは申し訳なさそうにしているが……

 

「それにしても、レベル4の冒険者ともなると本当に凄いんですね。なんかこう、規模とか質が違うと言うか……」

 

「それをベル様が言いますか……」

 

「それは俺も同感だ」

 

「……とは言え、ユキもアスフィも冒険者の中でも特に異質な才能を持っているのは間違いありません。同じ事のできる者は過去まで遡っても居ないと断言しても良い」

 

「などと言っていますが、リューさんも基本おかしいので少年君も真似したら駄目ですよ?詠唱を行いながら高速戦闘だなんて、一歩間違えれば普通に死んじゃいます」

 

「あ、あははー……凄いなぁ、レベル4って……」

 

「命と桜花もいつかああなれるのかな……?」

 

「……善処、します」

 

「タ、タケミカヅチ様の眷属だからな!当然だ!」

 

高レベルの冒険者というのは、それだけで多くの死戦を潜り抜けてきた者達。だがその陰で、その何倍もの冒険者達が命を落としている。そう考えれば、彼等が強く特別であるのは当然の話だ。

ベルが一体どれだけ強いスキルを手に入れようとも、その部分に関して言えば彼はまだまだ経験が浅い。

……そんな経験、しないでおくのが一番だということはこの際置いておくとして。

 

「っと、どうやらお出ましの様だ。ここは俺とベルとリリ助に任せてくれ」

 

「そうだね、リューさん達には敵わないけど……僕達だって強くなったって所、見せないと」

 

「いつも通り援護します!ベル様、ヴェルフ様!後ろは任せて下さい!」

 

「よっしゃ行くぜ!」

 

洞窟の陰から現れたヘルハウンドの群れに、ベルとヴェルフは突っ込んでいく。

やはりあの死線を潜り抜けただけあるのか、2人の動きはとても良い。無駄も減り、周りも見え、適切な信頼関係の上で連携が取れている。それはサポーターのリリでさえもそうだ。

まだまだ新米で人数も少ないが、チームワークという面で見れば一端の冒険者としては十分な域に達している。

それはリューとアスフィも感じている様で、2人も頷きながら彼等の様子を見ていた。

 

「これで、終わり!!」

 

「ふぅ、上出来だな」

 

「やりました!」

 

ものの数分も経たないうちにヘルハウンドの群れを全滅させた彼等の実力は確かなものだ。

基礎の部分も出来上がり始め、なにより安定感がある。

ダンジョン探索において安定感とは何より重要なものだ。

全滅させた後に再度周囲を警戒するのを忘れなかったのもポイントが高い。

 

「さっすがリトル・ルーキー!俺が見込んだだけはある!」

 

「実力は十分、と言った所でしょうか。特に指摘する場所もありませんでしたね」

 

「ええ。お見事です、クラネルさん。この様子では地上に帰るまで私達の出る幕は無さそうだ」

 

「それにリリちゃんもヴェルフさんも動きがとても良かったです。少年君のワンマンチームという訳でも無く、かと言って主張し過ぎず、自分の役割と出来る事を自覚したとてもいい動きでしたよ」

 

「おいおいリリ助!俺達まで褒められちまったぞ!やったな!」

 

「うぅ、ユキ様はほんとに……あんまりリリの事を褒めないで下さい」

 

「ふふ、またそんなことを言って。もちろん、少年君もカッコ良かったですよ♪」

 

「い、いやぁ、そんな褒められると照れちゃいますよぉ……」

 

 

「むぅ……」

 

 

チヤホヤされるベル達の輪に入る事ができない神ヘスティアは、そんなデレデレとした顔のベルを見て頬を膨らませていた。

タケミカヅチ・ファミリアの彼等も今の立ち回りについて話し合っているし、ヘスティアには誰も構ってくれない。本当ならば誰よりも自分が褒めに行きたかったのに……そんな風に思えば悔しくて仕方がない。

ベルをデレデレさせるのは自分の役割だったはずなのに。

 

「なんだいなんだい、ロキの所の子なんかにデレデレしちゃってさ。確かにあの子はいい子だけど、ベル君にはこの僕がいるじゃないか……えいっ!」

 

カーン、とヘスティアが石を蹴る。

ヘスティアによって蹴られた石は壁に跳ね返り、コロコロと床を転がっていく。ヘスティアの身体能力は恩恵を持たない一般的な人間のそれと変わらない。石を蹴った程度で何がどうなる訳でもない、その筈だった。

……しかし、

 

「わっ!わっ!?ゆ、揺れて……じゃなくて、湯が吹き出てる!?」

 

「神様!?こ、これは一体……!?」

 

ヘスティアによって蹴られた石は何の偶然か奇跡的に壁に致命的な衝撃を与え、普段はモンスターを生み出している壁が大きな音を立てて崩れ始めた。

その奥からは濁った湯が大量に噴き出し、まるで隠されていたように奥深くへと続く洞窟が姿を現していく。

そこから漂う湿気と奇妙な匂いはあまり馴染みの無いもので、なんどもこの階層を通り過ぎている筈のアスフィとリューもまた不思議そうな顔をしてそれを見ていた。

 

「湯の吹き出る洞窟、でしょうか……?リヴェリアさんに教わった事の中にもこんな場所は無かった筈ですけど」

 

「つまりは未開拓領域ということでしょう。未だ発見されていない、隠された空間。リヴェリア様でも把握していないとなれば間違いありません」

 

「どうしますか?何が起きるか分かりませんのでお勧めはしませんが、逆に言えば誰にも見つかっていない何かを見つけられる可能性はあります」

 

「どうするんだいベル君?」

 

「う、うーん……」

 

いつの間にか全ての決定権が自分に委ねられている事にベルは気が付いていないが、リューもユキもアスフィも『別にどちらでもいい』と考えているからこそ彼に任せている。

実際、この先に行ったとて見つけられるのは特殊なモンスターかそれに伴う新種のドロップアイテム、または何の価値もない美しい光景のどれかだろう。

新種のドロップアイテムとなればそれなりに価値はありそうだが、そんな効用も訳の分からない物は大した値段で買われないし、仮に効用が判明して価値が上がった所で、その時期になれば他の冒険者達の手によって普通に市場に出回る様になっている。

 

要はこの先に行くかどうかはロマンの問題だ。

冒険者は冒険をしては行けないが、危険の少ない過剰戦力を有している今、少しくらいロマンを求めても問題はない。

だから、任せる。

特段3人のやる事に変わりはないのだから。

 

「はっ!待ってください!」

 

「……命さん?」

 

「これは……間違いありません!温泉の匂いです!!」

 

「「「温泉……?」」」

 

「行きましょう!直ぐ行きましょう!ほら行きましょう!皆さん走って!いいから走って!ゴーゴーゴー!!」

 

「えっ、ちょっ、命さん!!」

 

「追い掛けましょう!」

 

「命さんってあんなにはしゃぐ方なんですね、ふふ」

 

「すんません!すんません!うちの命がほんとすんません!」

 

「お前大男……こういう時は素直に謝るのかよ……」

 

突然"温泉"という言葉に反応して突っ走っていった命を、一行は必死になって追い掛ける。彼女もそれなりの実力者故に大して心配はしていないが、何が起きるか分からないのがダンジョンというものだ。

もしもの事を考えると放ってはおけない。

 

そんな形で数分ほど彼等が命を追いかけて走っていると、暗闇の中からようやく光の溢れる大広間へと辿り着いた。

そこには命の後ろ姿があり。そんな彼女の目の前には緑色に濁った湯気の立つ液体が空間いっぱいに広がっている。

何故か竹のなっている植物があったり奇妙な部分も多いが、その液体は間違いない。

命の予想は的中していた。

 

「温泉!温泉ですよ温泉!私、実は温泉については少しばかり詳しくてですね……!」

 

 

「……周りには何も無さそうですね」

 

「ええ、モンスターの気配もしません」

 

「ん〜、ただ若干思念が残ってるのが気になりますね。力尽きる寸前の冒険者が迷い込んだ、とかでしょうか」

 

 

「っぷはぁっ!美味いっ!!」

 

 

「……温泉って飲んでも問題無いものでしたっけ?」

 

「泉質によるとしか……」

 

「この植物も珍しいですね、何がどうしたら竹の輪切りが実として成るのでしょう。自然を舐めているんですか?この植物は」

 

「リューさん……」

 

突然温泉に顔を突っ込んで飲み始めた命や、植物に喧嘩を売り始めたリューと周辺は混沌として来たが、どうやらこの温泉で休んで行くことに話は纏まったらしい。

……とは言え、ここには男もいれば女もいる。

加えて男か女かよく分からない奴も居る。

まさか服を脱いで裸のまま入るわけにもいかないだろう。

それにヘルメスとベルには覗きの前科がある。

女性陣が警戒するのも当然の話であって。

 

「だからこそ!こんな事もあろうかと!水着は全員分用意してきたのさ!」

 

「きゃぁぁああ!?!?」

 

「さあ!みんなでこれを着て温泉に入ろう!もちろんお初にお目にかかるユキちゃんも……!」

 

「あ、私は水浴び用のシャツがありますので大丈夫です♪」

 

「ごふっ」

 

「流石、用意がいいですねユキ」

 

「ええまあ……その、リヴェリアさん以外の方の前で肌を見せるのも抵抗がありますし」

 

「……貞操観念が強いようでなによりです。エルフとしては好感が持てます、男性の振る舞いとして正しいかどうかはさておき」

 

大岩の裏に着替えに行く女性陣を見守りながら、ユキとリューは男性陣の見張りを行う。

その隙にユキは大きく厚めの白いシャツを上から着て下に着ている物を脱いで行くが、どうにも男性陣からの視線が痛い。

確かに裸の上に大きめの白シャツを着ている女性と言うのは、見せるための水着や湯に浸かる為のタオルを巻いているのとはまた違った背徳感のような物を感じさせるが、そうでなくともユキは男を自称している。

もし彼等がその事実を知れば、一体どんな反応をするだろうか。

とりあえずユキは着替え終わると、男性陣にひらひらと手を振ってからリューの側に戻る。

 

「……貴方は本当に男性なんですよね?」

 

「え、なんで今それを言うんですか」

 

「いえ、その……あまりに艶かしいと言いますか。どうしてそんなに綺麗な脚をしているのですか」

 

「えっと、特に特別な事はしていませんが……そんなに綺麗な方でしょうか?」

 

「気安く裾を捲らない!男性の目があるのですよ!」

 

「あ、はい……」

 

もうなんか会話の内容が色々とおかしいが、いちいち突っ込んでいると終わらなくなるのでユキは大人しく引き下がる。とは言え、そこまで過剰に反応する程のものなのかと不思議に思いながらユキはリューの側に立つ。

 

そうしてヘスティアの水着が爆発したり、その修繕にヴェルフが付き合わされたり、命が突然温泉に入るための儀式を行い始めたりと色々とハプニングはあったのだが、この場所に辿り着いて数十分……彼等はようやく温泉に浸かる機会を得るのだった。

 

「うぅ〜ん……はぁ、偶にはこういうのもいいものですねぇ」

 

「ですねぇ」

 

「後はヘルメス様さえ大人しくしていてくだされば言う事無しなのですが……」

 

「ふふ、いつもお疲れ様です。私も温泉なんて旅をしていた時以来なので、骨の凝りまで溶けていく様です……」

 

「へえ、旅ですか。その話も聞きたいですね、興味があります」

 

お湯に浸かってのんびりとしている彼等は、いくつかグループのようになって寛いでいるが、ここではユキとアスフィが比較的浅めの場所で湯を楽しんでいる。

前々から望んでいた、しっかりと会話をする事のできる時間だ。

まさかそれがこんなシチュエーションで実現するとは夢にも思わなかったが。

 

「まあ、旅と言っても本当に目的もなく色々な街を主神と歩き回っていただけなんです。色々な厄介事に首を突っ込んでは、人助けをしたりなんかして」

 

「ああ、そういえば貴女はオラリオの外から来たんでしたね。外でレベルを3まで上げた事もそうですが、そこからロキ・ファミリアに入る事ができたというのも私からすれば驚きですよ。あそこは競争率がかなり高いと聞きますから」

 

「それは本当に神様の伝手と言いますか……偶然私の主神様がロキ様とお知り合いだったんです。そうでなければ私も自分が競争率の高いロキ・ファミリアに入れれるなんて思えませんよ」

 

「ふふ、十分な実力はあるように見えますけどね……ちなみに、貴女の前の主神様はどういった方なのですか?もしかすれば私も名前くらいは知っているかもしれません」

 

「ああ、女神アストレア様です。以前この街にも住んでいたという事なので、アスフィさんも知っているかもしれませんね」

 

「ああ、アストレア様ですか。なるほど、それなら貴女が人助けの旅をしていたというのも納得が……………………………………………………………は?」

 

「?」

 

それまで自然な流れで進んでいた2人の会話が、その一瞬で完全に停止する。

ガガガと壊れたブリキのおもちゃの様に顔をユキの方へと向けるアスフィ。しかしニッコリ笑顔のユキには嘘をついている様な雰囲気はどこにもなく、この少女がその様な笑えない嘘を平然とつける人間でないという事もアスフィは知っている。

……そういえばと思い返せば、彼女はリュー・リオンと異様に仲が良かった。それこそ、ふと彼女の方を見れば2人で一緒に居るくらいには、互いに心を許している。

彼女の言葉を裏付ける証拠はいくらでも出てくる。

だが、他の何よりも、その事実を今日この日この時まで、自分が知らなかったという事実に見合う理由がどこにも見つからない。こんな大切な話を、どうして自分は、今の今まで、知らなかったのか……!

 

「…………リオン!!ヘルメス様!!!」

 

「……?はい、なんでしょう」

 

「んー?呼んだかいアスフィ?俺は今覗k……じゃなくて、美術鑑賞で忙しいんだが」

 

「そんなことはどうでもいいんですよ!どうでも!……そ・れ・よ・り・も!彼女がアストレア様の眷属だったというのは本当なのですか!?」

 

「あー……らしいよ?」

 

「事実です」

 

「だったらなんで先に私に教えてくれないんですかぁ!?私だってあの方のファミリアとはそれなりに面識があったの知ってますよねぇ!?」

 

「……神ヘルメス、伝えていなかったのですか?」

 

「いや、これに関しては本気の本気なんだが……普通に言うの忘れてた」

 

「この人で無しぃ!!」

 

「いやまあ人では無いんだが」

 

7年前、それはまだアスフィがヘルメス・ファミリアの副団長であった頃。彼女は当時からそれなりに仲の良かったリュー・リオンを通じて、何人かのアストレア・ファミリアの眷属とも話をする関係にあった。

そんな彼等があの一件で命を落とし、ファミリア崩壊という事態に陥った時、アスフィもそれは落ち込み悲しんだものだ。

仲の良いリューの元ファミリアというだけでなく、そこに所属する者達や主神の人となりを知っていたからこそ、アスフィにはそれなりにアストレア・ファミリアには思い入れもあった。

 

……それなのに!それなのにどうして!アストレアが外部でつくった新しい眷属がやって来たなどという大ニュースを!どうして今この瞬間まで秘密にされていたのか!アスフィはそれが腹立たしくて仕方ない!

せめて"そういう噂がある"程度の話くらいしてくれていても良かったというのに!

 

「はあ、もういいです。ただ、その話を聞いてようやく理解できました。貴女がリオンと仲がいい理由と、貴女が何処かそのアストレア様と似た雰囲気を持っている理由も」

 

「まあ、実際こうして髪を伸ばしているのはアストレア様の影響ですからね。あの方と出会う前まではもう少し短くて後ろで結んでいましたし」

 

「おぉ!いいねぇ!そいつは俺も見てみたい!」

 

「えっと、こんな感じでしょうか?今はこうして後ろに尻尾ができちゃいますけど、えへへ♪」

 

「「「…………」」」

 

「おおぅ、これは……」

 

「ユキ、もういいので戻しなさい」

 

「……そうですね、今の貴女がやると何かこう、色っぽいと言いますか」

 

厚めの生地故に透けたりはしないが、それでも本来のサイズよりも大きい濡れた服を着ているというだけでよろしくない。胸元から頸にかけてがしっかりと見えているその服装で髪を後ろ手に結ぶなど、むしろ見せ付けている様なものだ。

そしてこれはリューしか知らないし、リューしか感じていない事なのだが……なんとなく、これが他のエルフのもの(恋人)だと考えると妙な背徳感が湧いて来る。

きっとそれは本来は男性が他の男性の恋人に抱く様な感情なのかもしれないが、何故かそれを今リューはリヴェリアに対して感じている。

これはおかしい、というか普通に毒だ。

こんなことは許されない。

というか、そもそもどうして女性の自分がユキの女性的な魅力に魅入ってしまっているのか。こいつには他者の男性的な部分をくすぐる才能でもあるというのか。

付き合いが長くなるにつれてリヴェリアが墜とされた理由に納得してしまう。

そこまで至る気はリューには毛頭無いが。

 

「おいおい、もう元に戻しちゃうのかい?いや、普段のままでも十分可愛いんだけどな?」

 

「もういいですから、ヘルメス様……ところで、その肝心のアストレア様はどこに居るのですか?あの方が自身の眷属を1人オラリオに戻すなんて、相当な理由が無い限り考え難いのですが」

 

「いえその、それについてはユキも把握していないそうで」

 

「なに、君も知らないのか?アストレアが今どこで何をしているのか」

 

「あ、はい。その、私も突然強引にオラリオに向かう様に指示されたんです。アストレア様も何かに焦っているようで、私も多くは聞くことが出来ず……ただ、オラリオの外に居る筈の神を探さないといけないとは聞かされているのですが」

 

「オラリオの外に居る神、か。それにあのアストレアが焦っているとなると……あまり良い予感はしないな」

 

その言葉になにやら感じるものがあったのか、パンイチ姿のヘルメスはその場で考え込む。

そしてその違和感をリューもまた感じ取っていた。

 

女神アストレアは行動力の塊だ。

その必要があると考えれば護衛も無しに戦場に出てくるし、当然のように敵前まで踏み込んでくる。早期に治療が必要な者が居る時には凄まじい判断力と決断力で手早くすべき事を行うし、行動が必要な際には誰よりも早く動く。

……だが、彼女は決して内心で抱える焦りを表には見せない。

焦っている暇があるならば、混乱している暇があるならば、その間に一つでも多くの命が救えると彼女は知っているからだ。

 

故に、ユキが彼女を焦っていたと評するのはおかしい。

ユキがアストレアの内心が分かるほどに打ち解けていたとも考えられるが、実際に彼女はユキに強引に指示を出して1人で旅立っている。

その行動が既に彼女の焦りを表しているのだ。

 

7年前のあの地獄の最中でさえも冷静に対処し続けたあの神が、一体今この瞬間に何に焦っているというのか。それについて思考を巡らすのは決して無駄な行為では無いだろう。

……少なくとも、その焦りの理由にユキが関係していると考えるのは、強ち間違ったものではないとヘルメスは考える。

 

「実のところを言えばだなアスフィ、俺は本当に先日の神会の時までユキちゃんの事は知らなかったんだよ。どころか、アストレアの眷属であるかどうか以前に、俺はユキちゃんの存在すらも目に入れてなかった」

 

「なっ、ヘルメス様も知らなかったのですか!?」

 

「ああ。彼女の事を知っていたのはロキとヘファイストス、そしてフレイヤの3神のみ。もしかすればウラノスも知っていたかもしれないが、神々の中でもそれくらい徹底的な情報管理がされていた。……なあユキちゃん、ロキとヘファイストスはまだ分かる。だが、フレイヤとはいつ知り合ったんだい?」

 

「フレイヤ様、ですか……?」

 

そう言って瞳を閉じたユキに3人の視線が集まる。

もう既にヘルメスを近付けないようにという約束は破られてしまったが、これについては他の2人も興味があった。

故に止めるものはここにはいない。

それに、ユキもそもそも黙る気は無かった。

聞かれれば答える、聞かれたから答える、それだけの話だ。

 

「……フレイヤ様とは半年ほど前に、オラリオから少し離れた街でお会いしたんです。その時の私はある事件に巻き込まれた後で、目も殆ど見えずに寝たきりの状態でした」

 

「アナンタの街で起きた新生闇派閥の襲撃事件の事だな?」

 

「新生闇派閥!?」

 

「闇派閥に襲われたのですか!?」

 

「……はい、そうです。その時に運良く生き残れた私の所に、フレイヤ様が顔を見に来て下さったんです。オッタルさんとも、その時に初めてお会いしました」

 

「あのフレイヤが態々アナンタまで行ったのかい?君の顔を見るためだけに?」

 

「い、いえ、そんなことは。あの事件は亡くなられた方も多かったですし、私の他にも怪我をされている方はたくさん居ましたので。……私だけのためだなんてそんな」

 

困った様にそう言うユキだが、女神フレイヤを知っている者ならばそれが確実にユキを見るためだけの行動だと分かるだろう。

ヘルメスは知っている。

その時期にフレイヤが街を出たと言う記録はギルドにも無かった筈だと。

つまりこれはギルドにとって、いやウラノスにとっては、フレイヤが街を出たと言う事実すらも隠蔽が必要だと言う事であり、同時にフレイヤが街を出ることを容認せざるを得ない状況でもあったということだ。

そこにはきっと何かがある……と考えるのは至極当然の話だろう。

 

きっとこの話はこのユキという少女が自覚しているより、もっと深い何かがある。

ヘルメスはそう感じてならない。

 

 

『ぎゃぁぁああ!!』

 

 

「っ、今のはヘスティア様……!?」

 

「確かあの方はクラネルさんと……!」

 

「急ぎましょう!ヘルメス様も行きますよ!何してるんですか!」

 

「……ああ」

 

しかしまあ、世の中というものは神にとってもなかなか上手くいくものでもなく。話もこれからという所でトラブルが起きるのだから、やはり下界は神々にとっても分からない事だらけである。

それはあのヘルメスであっても、下界で起きた事の全てを掴み取る事はなかなかに難しい。


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