白海染まれ   作:ねをんゆう

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54.神月祭

「神月祭……確か神々がこの地に降臨される前から続くお祭り、でしたか」

 

「ああ、神々を月に見立ててモンスター達の魔の手から無事を祈る。……とは言え、かつてと比べればモンスターの数も減った。オラリオの外では廃れつつある文化だな」

 

「ダンジョンに潜る冒険者の多いオラリオだからこそ、ですか」

 

「いや、真の目的はお祭り騒ぎだろうな。周りを見れば一目瞭然だ」

 

「ふふ、そんな所もオラリオらしいですね」

 

屋台の多く並んだ通りを、2人は寄り添いながら歩いていく。

祭りの熱は高く、ユキとリヴェリアがこうして歩いていても周囲からの視線は少ない。

それは誰もが祭りの雰囲気と隣を歩く異性(同性という事もあるかもしれない)に目を向け、周囲の人々を気にしている余裕が無いからかもしれない。

勿論、それはユキとリヴェリアも同様であって、2人は周りからの目線など気にする事もなくイチャイチャイチャイチャと屋台を冷やかしながら2人きりを楽しむ。

……例えば、密かに陰からこちらを見ているアイズとレフィーヤの視線とかも知る事なく。

 

「リヴェリアもユキも、楽しそう」

 

「そうですね……」

 

「リヴェリアのあんな顔、初めて見た」

 

「そうですね……」

 

「……誘いを断られたの、気にしてる?」

 

「そう、ですね……」

 

「よしよし」

 

「うぅ、アイズさん……やっぱり私にはアイズさんしか居ません……!」

 

「ベルも来てるかな」

 

「アイズさんまで裏切るんですかぁ!?」

 

アイズはベルに取られ(まだ取られてない)、ユキはリヴェリアに取られ(こっちはもう完全に取られた)、こうなってしまえばレフィーヤはもう泣くしかない。

勿論、普段ならばユキだってレフィーヤの頼みは聞くし、アイズだって時間があるならばレフィーヤを優先するだろう。

ただその優先順位が1番で無い事を気にしているのだ。

……いや、それこそ彼等より先に願えば2人は優先してくれるのだろが、思わず乗り遅れてしまうのがレフィーヤの屑運故というかなんというか。

 

「なんだユキ、その果物飴が気になるのか?」

 

「へ?あ、その……透明で綺麗だなぁと思いまして。この緑色の果物も初めて見たので」

 

「そうか……ふふ。店主、それを2つ貰いたい」

 

「あ、私そんなつもりで言ったんじゃ……」

 

「なに、気にするな。私がお前に買ってやりたくなっただけ……お前がそれを食べている姿を、私が見たくなっただけだ」

 

「……もう、ありがとうございます」

 

店主の前だろうとなんだろうとお構い無く、身体をぶつけ合ったり、頭を擦り付けたりとイチャ付き合う2人。

ユキがいくつもある果物型の透明な飴の中でも、白色の飴だけではなく、緑色の飴にも興味を惹かれていた事が、リヴェリアにとっては何より嬉しかった。

やはりロキの言った通り、ユキの中で着実にリヴェリアの色が広がり始めている。そう考えてしまえばもう、こんな飴の一つや二つや百くらい、いくらでも買ってやるというもので。

 

「ん、どうした?そんなに私の方を見て」

 

「あ、いえ、その……リヴェリアさんがそうやって飴を舐めている姿も、珍しく思えてしまいまして……」

 

「いやらしい目で見てしまったか?」

 

「へっ!?そ、そんな事ないですよ!?ほ、本当にそんな事は!?」

 

「くく、冗談だ」

 

「も、もう!リヴェリアさんは時々意地悪です……」

 

「……こんな事を言った私が言うのもなんだが、そうして髪をかき上げて舌で舐めていると、ユキも妙に色っぽく見えるな」

 

「ぶふっ!?……もうもう!私に意地悪してそんなに楽しいですか!」

 

「ま、待て待て、そう怒るな。ほら、私の飴も舐めさせてやるから」

 

「むぅ……同じ味です」

 

「まあ、同じ味の物を頼んだからな。ユキにこうして食べさせた所で、利点はこうして間接キスができる事くらいか」

 

「……顔が熱くて死んじゃいそうです」

 

「ふふ。可愛いぞ、ユキ」

 

このくらいでこんなにも照れてくれるのだから、いじめ甲斐もあるというものだ。

間接キスなんかで顔を真っ赤にして蹲ってしまったユキの頭を撫でて、リヴェリアは笑う。

 

果たして、つい数ヶ月前までの自分に今の自分の状況を見せたら、一体どんな反応をするだろう?

まさか自分がこんなにも恋愛というものにドップリとハマる事になるとは夢にも思わなかった。しかもその相手が、男らしい男でもなく、同じ種族の男でもなく、どころか男か女かすら分からない様なユキだなんて。

 

(……だが今となっては、ユキ以外の者とこういった関係になる事は想像も出来ないな)

 

確かにユキからは"男らしさ"だとか、"頼り甲斐"だとか、そういったものは感じない。けれど別に、リヴェリアはユキに対してそんなものは求めていない。

男らしい者などこの都市に腐る程に居る。

頼り甲斐のある者すらも近くに居る。

だが、ユキの様な者が果たして近くに居たか?

いや、居なかった。

この都市にも、エルフの里にも、何処にも居なかった。

だから選んだ、という訳でもないが、だからこそ惹かれるものがあったのかもしれない。

 

ユキの愛しさに、可愛らしさに、肩までどっぷりと沼に浸かり、もうこれから抜け出せるとは思えないくらいにされてしまった。

それでもまだまだ沼は深い。

底が見えない程にこの沼は深い。

今日も今日とてキュンキュンだ。

それなのにまだ一線すら越えていない。

まだこの先の先があるというのか。

100年かけても堪能出来る気がしない。

 

 

「おや?これはこれは、どうやら今日の俺は最高に運が良いらしい!」

 

「げ」

 

 

そんな風にリヴェリアが表情を隠してニマニマとしていた時に、その男は現れた。

面倒臭い、胡散臭い、ややこしい、それ等全ての不穏を纏ったオラリオ随一の厄介者。女性と女性(っぽいの)が花を咲かせるこの華やかな世界に突如割り込んで来た男の中の男。

彼こそがミスターヘラヘラ。

 

「あ、ヘルメス様です。お久しぶりですね、お元気でしたか?」

 

「ああ、それはもう!『九魔姫』に『白海の輝姫』と2人の姫に会えたんだ!これで元気じゃないって言ったら嘘だろう?」

 

「神ヘルメス……」

 

リヴェリアが可能な限り今のユキと合わせるべきでは無いとロキと共に話していた神の1柱である。

 

「何の用だ、神ヘルメス。悪いが今の私は虫の居所が悪くてな、あまりユキに近付く様なら消し炭にしてしまうかもしれん」

 

「おぉ、怖い怖い。別に何も企んでやしないさ、俺もこうして今は出し物の準備の最中だからね」

 

「……槍、ですか?何か氷の様なものに突き刺さってますが」

 

神ヘルメスが2人に見せて来たものは、ステージの上に突き刺さった一本の槍だ。先端は氷塊か水晶の様な物に覆われており、見ただけでも普通の武器では無い事が伺える。

武器としての完成度は桁違い、どころか何か不思議な力すらも感じる程の一品。

胡散臭げに見ていたリヴェリアでさえも、その武器を見た途端に顔色を変えた。

それ程にその槍は、異質だった。

 

「実は今から『この武器を引き抜いてみよう!』という催しをしようと思っていてね。引き抜けた者にはこの武器と、世界観光旅行への招待権が与えられるのさ!ほら、ちゃんとギルドからの許可証もあるだろう?」

 

「……む、確かに本物だ。それにしても、どうせまた裏があるのだろう?そうでもなければこれほど完成度の高い武器を表に出すものか」

 

「そりゃ俺にだって目的くらいはあるさ。例えば、この武器に相応しい持ち主を探したい、とかな?」

 

「ふむふむ、なるほど……相応しい持ち主で無いと抜けないし、使えない。使えなければ売れないし、邪魔になる。だからヘルメス様には不要だと」

 

「ま、そんな所さ。この武器に相応しい人物というのにも興味があるしね。……ああ、そうだ。ついでにどうだい?御二方も挑戦してみたりとか」

 

その言葉にユキとリヴェリアは顔を見合わせる。

武器を見た限り、害は無さそうだ。

神ヘルメスの言動もまあ一応筋は通っているし、なによりギルドの許可証もある。挑戦するだけなら問題はないだろうし、早々引き抜けるという事も無いだろう。

……それにもし引き抜けたとしても、権利を放棄すれば良いだけの話。

逆に言えば別にここで挑戦せずに帰ってもいいのだが。

 

「世界観光旅行、ですか……」

 

その言葉が引っかかる。

ユキがリヴェリアと約束した、2人だけで世界を巡る旅をするという話。

もしかすれば、これは良い予行演習になるのではないだろうか?

というかそれより、2人っきりの観光旅行という部分に惹かれてしまう。憧れてしまう。

色々とあった事だし、数週間と言わずとも、数日くらいの旅行は出来ないだろうか?

そう考えてしまう。

 

「……やるなら私からだ、ユキに怪しい物を触れさせる訳にはいかないからな」

 

「おお、いいねぇ。是非やってみてくれよ。とは言え、九魔姫が使うにはあまり適した武器とは言えないかもしれないが」

 

まずは魔法に精通しているリヴェリアが触れてみる。

この時点で何か怪しい部分があるのならば、その時点でユキに触れさせなければいいだけ。だが一方で、ユキにだって祭を楽しんで欲しいし、怪しい所がなければ挑戦させてみてもいいだろう。

そんな気持ちで槍に触れてみるが、どうにも……

 

「……これは、まさか神の力が宿っているのか?私にも詳しい事は分からないが」

 

「御名答、流石は九魔姫だ。それはある神によって造られた兵装。武器の性能までは知らないが、世界に2つとない一品さ」

 

「む、私には抜けない様だが……確かに、持ち主を選定している様な力の流れを感じるな。それ以外に特に問題は無さそうだ」

 

「それはなにより、少しは信用して貰えたかな?」

 

「……少しはな」

 

リヴェリアがそれを抜く事ができないという事は、自分でもなんとなく想像できていた。

エルフに関わる物であるならばまだしも、それ以外の物となると大抵の場合にリヴェリアは選ばれる事は無い。リヴェリアはあくまでエルフという種族と、魔法使いという職業の中での選ばれた者だ。

世間的に英雄と呼ばれる様な世界に選ばれた者達とは違うし、きっとこの武器はそういった者達にしか抜けない物。

この武器自身も、それを望んでいるのだろう。

 

……だとしたら。

 

「ユキ、やめておけ。恐らくあれは」

 

「分かってます、リヴェリアさん。……ただ一度だけ、触れるまで行かなくとも、近付くくらいはしてみてもいいですか?」

 

「……大丈夫なのか?」

 

「気になるので、確かめるだけです。引き抜くつもりはありません。……私はただ、まだ自分にその資格が残っているのかを知りたいだけなので」

 

「……そうか」

 

まるで自分が引き抜けると確信しているかの様な言い方。

ゆっくりとそれに近づいて行くユキを、リヴェリアは心配そうな顔で見つめる。

そして一方でヘルメスもまた、興味深げにそれを見ていた。

まるでユキの本質を見極めようとしているかの様に。

 

「…………やっぱり」

 

「っ、反応しているのか!?」

 

「ユキ……」

 

まだ触れていない、手を側にかざしただけ。

それなのに槍からは仄かに青い光が放たれ始め、その手で握られるのを今か今かと待ち望んでいるかの様な雰囲気を感じる。

きっとこのまま手を当てるだけで、槍の突き刺さった氷は弾け飛び、ユキの手に凭れ掛かる様にして倒れて来るのだろう。

 

間違いなく、ユキはその槍を引き抜ける。

ユキの中にその資格はまず間違いなく残っている。

そしてそれを引き抜いた瞬間にユキはまた、それを持った責任を負わされてしまうのだろう。

それこそ神に選ばれた英雄として、悪を挫き正義を実行する正義の使徒として……

 

「……帰りましょう、リヴェリアさん。私にも引き抜けませんでしたから」

 

「なっ!?」

 

「……ああ、そうだな。帰ろう、ユキ」

 

「ま、待ってくれ!君がそのまま手を当てれば今のは絶対に抜けて!」

 

「ヘルメス様」

 

結局一度も槍に手を触れずに帰ろうとしたユキに、ヘルメスは食い下がる。それは普段のヘルメスからは考えられない程に必死な形相だった。

どうしても引き抜いて貰いたい、そんな言葉を言わずとも感じてしまう程の勢いで。

……それでも、ユキはそれに応じない。

リヴェリアの手を取ると、一度だけヘルメスに振り向き、少しの遣り取りだけを彼に残して行く。

 

「ヘルメス様、違いますよ。私には本当にあの武器を抜く事は出来なかったんです」

 

「それは、どういう……」

 

「矢の方に抜かれる準備が出来ていたとしても、私の方にその準備が出来ていなかったという話です」

 

「……っ!これが槍では無いという事まで分かるのかい?」

 

「それを引き抜いた方に大きな責任が伴うということにも。……これでも資格を得て長いので、大体のことは想像が付きます」

 

「だとしたら、俺としては是非君に抜いて貰いたいと思う。もし君以外にこれを抜ける者が居なければ、それは本当に困った事に……」

 

「それなら問題ありませんよ」

 

「?」

 

ユキはそう言い切る。

自分が抜かなくても問題は無いと。

自分が助力せずとも大丈夫だと。

ユキはハッキリとそう言い切る。

 

「私よりももっとそれを抜くのに相応しい少年が居ます。彼なら必ず私がするよりも小さな犠牲で、より大きな事を成してくれます。むしろ私が抜く方が損失です」

 

「……それは、ベルくんの事かい?」

 

「……もし本当にどうしようもなくなって、誰にもどうにもできなかった時に。それでも代わりが必要となれば、私も代理くらいはします。

でも、最初から私の様な代理を使うのは間違っていますから……申し訳ありません」

 

「……ユキ、行くぞ」

 

「はい……」

 

ユキとヘルメスの会話を強引に断ち切る様にしてリヴェリアは2人を引き離す。それでもまだ何かを問い詰めようとするヘルメスに、リヴェリアは睨み付けて牽制した。

これ以上話す事はない、と。

これ以上ユキを関わらせるつもりもない、と。

これまでの何よりも、本気の意思で。

 

結局、そんなリヴェリアに阻まれてユキにそれ以上を聞く事が出来なかったヘルメスは、ただただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。

そうして2人が視界から消えていくのを見届けると、彼は一つ溜息を落として背後に声を掛ける。

 

「やれやれ、彼女が引き受けてくれるのなら、こちらとしても色々と助かったんだけどなぁ……そうは思わないかい?アルテミス」

 

「彼女自身がそれを拒んだんだ、仕方がない」

 

「あの子も謎の多い姫だ。あの様子だと過去に同様の経験がありそうだったしね」

 

「ああ。それに彼女は矢に干渉した一瞬、神威を隠して物陰に潜んでいた筈の私の方を悲しそうな顔で見ていた。神造兵装に触れた経験があるのかもしれないし、私の正体にも気付いていたのかもしれない」

 

「……彼女の根幹はあの事件だけじゃない、ということか」

 

「今は彼女の言う少年を探すとしよう。疲れ切った英雄に頼るのは、それからでも遅くない」

 

「疲れ切った英雄……なるほど、言い得て妙だな。そんな英雄の活躍を側で見られたのがアストレアだけだと言うのだから、俺としては悲しい限りだよ」

 

ユキがこの件に関わる事は、これ以降無いだろう。

なぜならユキの言う通り、その後にもっと相応しい少年が現れたからだ。

もしこの時にユキが矢を引き抜いていれば……果たしてベル達程上手くやれただろうか?

たとえ上手くやれたとしても、確定した悲劇を受け止めてしまったその時に、ユキはベル程に強く前向きには立ち直れなかったかもしれない。


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