それは神月祭から少し経った頃。
その日のユキはどこかソワソワとした様子でテラスから日の落ち始めた世界を見ていた。
街の雰囲気も何処かおかしい。
フィンやリヴェリア達もまたギルドに呼び出されて行ってしまった。
何かが起きようとしている……そんな事はきっと誰にでも分かる事。
ただユキが気になっているのは、ダンジョンの様子のおかしさでも、街やギルドの慌ただしさでもなく、ただ空の異様な脈動だけ。
普段は白く輝いてみえる月も、今日だけはどこかその輝きが小さく感じてしまう。
「ユキたん!ここに居ったんか!」
「ロキ様?どうなされたのですか?」
「悪いけど今直ぐウチと来てくれ!他の団員は全員別件で出払っとって、頼れるのがユキたんしか居らへんのや!」
「私は構いませんよ?ここに居ても出来る事はありませんし……所でどちらに?」
「……バベルの最上階、フレイヤの所や」
「!フレイヤ様の……」
そんな折に願われたフレイヤ・ファミリアへの訪問は、果たして偶然なのか必然なのか。
ユキは一度目を閉じて、もう一度空に顔を向けると、何かを決断したかのようにロキの後ろをついて行った。
「……私、実はオラリオに来てからフレイヤ様にお会いするのは初めてなんですよね」
「そうなんか?ユキたんの事やし、てっきり挨拶の一つや二つはしに来とるもんやと思っとったわ」
「いえ、顔は分かりませんが……確かに何度か挨拶に訪れた事はあります。その度に拒否されていた、というだけで」
「……それもまた不思議な話やなぁ」
ユキとロキはそんな事を話しながらバベルの塔を登って行く。
ユキは確かに何度かこの塔の最上階に挨拶に伺おうと画策をした事はあったが、それも3度断られた時から諦めていた。
それは少しだけ悲しい事ではあったのだが、会う意思が無いという事は何かしらの理由があるからだろうと、フレイヤ・ファミリアについて調べる事もしていない。
故にユキが知っているのは、フレイヤ・ファミリアはロキ・ファミリアと双璧を成す程の大きなファミリアであるという事だけ。
それこそオッタルが都市最高のレベル7の冒険者であり、『猛者』と呼ばれている事さえ、ついこの間まで知らなかった。
それくらいにユキはフレイヤ・ファミリアとの関わりは無かったのだ。
故にこうして直接フレイヤと会える事を、ユキは実は少しだけ楽しみに、そしてとても嬉しく思っていたりする。
「来たか」
「あ……」
そうしてようやく2人がフレイヤの待つ部屋へと辿り着くと、そこには噂をすれば影とでもいうのか。
フレイヤ・ファミリア最高戦力、レベル7の実力者にして、この荒くれ者だらけの集団の団長を務めている猪人オッタルが彼等を待っていた。
いつも通りの無表情で無愛想を隠さず、彼は見下ろすようにしてロキとユキを出迎える。
……ただ、なんとなくロキとユキを見る目の色が違っている事に気付けたのは、きっと神としての観察眼を持つロキだけだろう。
自分に向ける雰囲気もまた、常のものとは違うように感じる。
「なんや、『猛者』かいな。フレイヤはおるか?」
「中に」
「せか、ご苦労な」
ロキはそれだけを伝えて部屋の中へとズカズカと入って行く。
本来ならユキもそれに続いて行くべきなのだろうが、なんとなくオッタルとも言葉を交わしておきたく思って、彼の側まで歩くと下から見上げるようにして笑いかけた。
勿論、彼がそれに特別反応する事はない。
「オッタルさん、お久しぶりです」
「ああ……また、レベルを上げたそうだな」
「ええ、まあ……あまり嬉しくないって言ったら、オッタルさんは怒りますか?」
「怒りはしない、羨ましいとも思わない。お前が抱えるモノを背負うなど、俺は御免だ」
「……ありがとうございます」
側から見てれば訳の分からない会話。
それでもこの2人の間ではそれが成り立っている。
それだけの言葉を交わすと、ユキはドアノブに手を掛けた。それをオッタルも勧めるようにして小さく頷く。
「私にまだ資格が残っている事は、ついこの間はっきりとしましたから。拒みながらでも、必要となれば責任は果たすつもりです。……たとえそれが、私自身を破滅に導くものだとしても」
「……もし本当にどうしようも無くなれば、フレイヤ様を頼れ。一度くらいならばお前の為に兵も出せるだろう、それだけの働きはした筈だ」
「また大袈裟なんですから……でも、そうならない様にあって欲しいものです。またお話しましょうね、オッタルさん♪」
「……ああ」
そのまま見送った白色の背中。
オッタルの記憶の中に強烈に残っている死と隣り合わせの少女の姿はそこには無く、けれどやはり不穏な何かが今でも彼女の後ろを付いて回っている様にも思える。
オッタルに別に特別な思いはない。
『死んでは寝覚めが悪い』
『返せていない恩がある』
『いつ死ぬか分からない』
ユキに対する感情はただそれだけだ。
だからこそ、思うのだ。
なぜ世界は今もまだ彼女を縛りつけるのだろうかと。どうしてその役割が他の人間では駄目だったのかと。これ以上あの壊れた少女に何を求めるのだろうかと。
「あの……失礼します……」
オッタルに見送られながらもユキがその部屋に足を踏み入れると、そこは灯一つ無い様な暗く静かな世界があるだけだった。
月と星の光で何とか足元は見えるが、なんとなく感じる神威だけで部屋の中に居る筈の2神の位置だけは把握できた。
開いている窓の向こうのテラスで、こちらに手を振って招いているロキ。
そしてそんなロキと向かい合う様にして座っているフレイヤ。
こちらからはフレイヤの顔も姿も見えないが、仄かに感じられる神威の質だけでもそこらの神とは一線を画す存在だという事が分かった。
ユキは少しだけ緊張しながらも、2神の方へと近付いていく。
「オッタルとの会話は、楽しめたかしら?」
「っ!……はい。以前にもダンジョン内でお会いしましたが、今日もとてもお優しくして頂きました」
「ふふ、そう。オッタルと言葉を交わしてそんな事を言う子なんて、きっと貴方くらいでしょうね。相変わらずの様でなによりだわ、ユキ」
「はい。お久しぶりです、フレイヤ様」
月を背中に立ち上がった女神フレイヤに、ユキは様々な思いを込めて頭を下げた。
そんなユキの真面目な姿にフレイヤはクスクスと笑い、また顔を上げたユキの瞳を正面から覗き込む。
……それでもなお、ユキは嬉しそうな笑みでフレイヤの目線を受け止めた。勿論その感情の中には決してフレイヤへの恋慕は含まれておらず、ただただ尊敬の念だけが込められている。
「こうしてお姿を拝見するのは初めてですが、聞いていた以上の美しさに思わずクラクラとしてしまいそうです」
「あら、そうかしら?その割には私と目を合わせていても動揺一つしていないようだけれど」
「それはきっと、つい先日発現したスキルによるものですね。精神に耐性を与えるどころか、特定の相手を少しだけ魅了する効果までありまして」
「あら、それはつまり私のお株を奪いに来たという事かしら?いけない子ね」
「もう、フレイヤ様も意地悪なお方です。私の魅了がフレイヤ様に敵うはずがありませんし、そもそも私がフレイヤ様に敵対する筈が無いじゃないですか。少しは信用して貰いたいです」
「……ふふ、本当に良いわね。私が抑えなくてもこうして目を合わせていても普通に話してくれるのは、それこそ一部の女性神くらいだもの。会ったら我慢出来なくなりそうで控えていたけれど、やっぱりどうしようもなく欲しくなっちゃうわ」
「いや、させるかボケェ!!」
それまで久しぶりの再会だからと黙っていたロキだったが、流石にその一言には我慢出来ず、何処からともなく取り出したハリセンでフレイヤの頭をしばき倒した。
ユキに魅了が効かないのは分かっていたが、それでも今のロキはユキを手放すつもりは毛頭ない。
というか、そんなことをすればリヴェリアに殺されてしまう。
たとえどんな手を使われようとも、それだけは譲れない所なのだ。
「……ロキ、貴女そのハリセンどこから持ってきたのかしら」
「喧しいわ!何人様の眷属を目の前で欲しいとか抜かしとんねん!ユキたんは絶対にやらへんからな!!」
「別に良いじゃない、どうせ一時的にアストレアから預かっているだけでしょう?それなら少しくらい私の所に居てもいいと思わない?」
「何が少しや!絶対手放さんくなるやろ!そもそもウチかてもうアストレアに返すつもりはあらへんで!当然、フレイヤにも絶対渡さんわ!」
「なによ、貴女だって同じ穴の狢じゃない。話にならないわ」
やんややんやと言い合うそんな2神を、ユキは困惑しながらも見つめる。
仲が良い……とは言わないのだろうが、きっとまあこんなやり取りを彼等はこれまで何度もして来たのだろう。
一癖も二癖もある2神だ、互いの不利益にならないのならば、意外と楽しんでいたりもするのかもしれない。
「ユキ、貴方はどうかしら?」
「へ?」
ユキがそんな事を考えていたからか、突然矢印がこちらの方に向いてきた。
ロキとフレイヤは問い詰める様にしてユキの方へと顔を向ける。
「せやから、ユキたんはウチとフレイヤのどっちがええかっちゅう話や!それは勿論、ウチやんなぁ?」
「あら、試す前から決めるのは早急じゃないかしら?私の所に来てみなさい、ここで私と寝食を共にする権利もあげるわ。3日ほど生活を共にすれば、私を選ぶという選択肢も生まれると思うのだけど」
「3日も監禁すんなや!最低やぞそれ!」
どうやら気付かぬうちに、『ユキはどちらの神のものになりたいのか』という話になったらしい。
いやまあ……あからさまに敵意剥き出しで喧嘩をされるよりはマシなのだが、それを2神の目の前で選ばされるユキにとってはあまりにも困る状況だ。
別に答え自体は最初から決まっているのでいいのだが、答え方というものが世の中にはあって。
「えっと……その、やっぱりロキ様にはお世話になっていますし、私自身も色々と助けて貰いました。ロキ様はやっぱり偉大な神様なのだと私は常々感じておりますし、ロキ様の下に居られるのならそれはとても幸福な事だと確信を持って言えちゃいます」
「せか!それなら……!」
「一方で、私はフレイヤ様の事も素晴らしいお方だと思っております。フレイヤ様の下で働いてみるというのも凄く気になる提案ですし、三日三晩語り明かすというのもとても興味の唆られるお話です。是非一度体験してみて、フレイヤ・ファミリアの方々ともお話ししたいと思っています」
「そう?それなら……」
「でも、ごめんなさい。私はもうリヴェリアさんのものなので、お二人のものにはなれないんです。……ですので、どちらかを選べない自分をお許し下さい。ロキ様、フレイヤ様」
「「…………」」
その瞬間の二神の表情は、それこそもうなんと表現したら良いか。
ロキの内心は『リヴェリアに負けたのなら仕方ない』『ただなんか悔しい』『フレイヤざまあみろ』『でもなんか悔しい』『まあユキたんは一途な子やから』『クソなんか悔しい』という感じ。
一方でフレイヤの内心は『?????????????????九魔姫?????????????は???????????』という感じだった。
フレイヤに関しては完全に、寝耳に水の話だったのだ。
フレイヤ自身、外の噂を取り入れる機会も少なく、ホームの外では常識的な範囲内の付き合い方しかしていないユキとリヴェリア。
2人の姿を見ていれば『仲が良いんだな』くらいにしか思わないし、唯一外でイチャついた神月祭の日には、フレイヤも忙しくしていた上に時間があってもベルの方にばかり視線を向けていた。
ここまでくればそれはもう完全に、事故である。
「……まさか。知らんかったんか、フレイヤ」
「は……?」
「いや、せやからな……ユキたんとリヴェリアは、その、そういう関係なんや。恋人関係っちゅうかなんちゅうか」
「は?」
「……あー、ユキたん?」
「え、えっと……その、はい……そういう、関係、です」
「は?」
如何にもといった様子で顔を赤らめて俯くユキ。
そんなものを目の前で見せられてしまえば、もう確定している様なものではないか。
けれどフレイヤはそれでも確かめる様にユキの魂の色を見る。
嘘をついていないという事は分かる。
だが確認せざるを得ない。
けれどやっぱり以前までは真っ白だったユキの魂には、今は薄らと緑色が混じっていて……その色にはあのエルフの王族の面影が残っていて。
「ふ、ふふ……そう、そうなの……やってくれるじゃない、あの小娘。少し前にユキが九魔姫に襲われたなんて荒唐無稽な話は聞いていたけれど、まさかそれが本当の話だなんて思いもしなかったわ」
「お、おい、フレイヤ……?」
「あの雌エルフ、今直ぐ天界に送り返してやろうかしら……」
「やめーや、マジで戦争になるぞ」
「それならユキに魅了をかけて無理矢理にでも私のものに……!」
「だから効かへんっちゅうねん」
「いっそのこと九魔姫に魅了を……!」
「ユキたんのスキルで強制解除されるやろなぁ」
「じゃあどうすればいいのよ!!」
「いや、だから諦めろや。この世にはどうやっても手に入らんもんがあるっちゅう事や」
「嫌よ嫌よ!そんなの絶対に嫌!」
「ええ歳こいて駄々捏ねるなや、恥ずかしい」
「ねえユキ!?今からでも考え直さないかしら!?貴女1人だけを愛す……のは流石に無理だけれど、貴女を1番くらいに愛する事は出来るかもしれないの!悪い話じゃないでしょう!?」
「そこは嘘でも1番にするって言えや」
フレイヤの発言に逐一ロキが突っ込みを入れていき、その様子をユキは苦笑いしながら見つめていた。
あのフレイヤがここまで冷静さを失うほどに思ってくれていた事は嬉しいが、流石にその思いには応えられない。むしろ変に譲歩してしまえば、それこそフレイヤに悪いのでは無いだろうか?
真面目なユキはそう考えてしまうので、きっとフレイヤには光脈の一筋すら与えられないだろう。
「その……ごめんなさい。やっぱり私はもう、リヴェリアさんのものなので。嬉しくは思いますが、その思いにはお応えできません」
「ふ、振られた……?この私が……?」
「うわぁ……滅茶苦茶気分のええ光景やのに、なんや生々しくてキッツいわぁ」
「ロキ……?ねえ、これ何かの間違いよね?また貴女が悪戯で何かを仕込んだんでしょう?例えばほら、……ね?」
「いや、確かにフレイヤが振られたなんて天界の歴史に残る様な話やけど……ウチはほんまに何もしとらんで。最近はユキたんもリヴェリアの部屋に住んどる様なもんやし」
「嘘よ、嘘よ、こんなのあり得ないわ……そもそも私の魅了が効かない子供って何?私の魅了を解除できる子供って何?もうその時点でおかしいじゃない。私神なのよ?美の神なのよ?絶対おかしいじゃない」
「それは……まあ……そう考えると3つめのスキルも十分おかしかったんやなぁ。控えめな方やと思っとったんやけど」
「海から森が生じて来てるのも、なんだか見せつけられてるみたいで心底不快だわ……」
「これ一周回ってユキたんを落としたリヴェリアが凄いんかもしれんな」
実際、それは確かに的を射ている。
リヴェリアで無ければユキに恋愛感情を芽生えさせる事は出来なかったらだろうし、あの時あの瞬間にリヴェリアが襲っていなければ、ユキは真に誰かのものになる事は無かっただろう。
恋愛感情が分からなかったユキに自覚をさせるには、まず無理矢理にでもその立場に座らせるのが1番早い。
だからと言って普通に襲えば心に傷を抱えてしまう。
ある程度の信頼を築いていて、ユキの心が弱っていて、その心を優しく包み込めて、尚且つその状態でもユキに手を出す事が出来る者。
フレイヤには絶対に出来なかった。
知識の足りないアイズであっても、人生経験の足りないレフィーヤであっても、常に側に居られないリューであっても無理だったのだ。
あの時あの瞬間ではリヴェリアでなければユキを落とす事は出来なかった。
それだけは間違いない。
「はぁ……もういいわ。今話していてもどうしようもない話だもの。それで?その肝心の九魔姫は仕事してるんでしょうね?」
「当たり前やろ、ユキたんの分までって張り切って行ったわ。そっちも少しは戦力割いたんやろな?」
「最低限の仕事はしてるわよ。どうせここにはユキも居るのだし、見張りや護衛なんて必要無いでしょう?」
「ってことは……」
「?」
「当然、オッタルも向かわせてるわよ。ダンジョンにね」
ロキとフレイヤの会話を未だによく理解できていないユキは、後ろで微笑むことしかできなかったが、取り敢えずリヴェリア達やオッタルがダンジョンへ向かったということだけは分かった。
それだけの戦力があれば、万が一という事すらも無いだろう。
それに自分に与えられた役割が彼等が何の心配もなく戦う為の護衛だというのなら、しっかりと集中も出来るというもの。
……それに、
「ん?どしたんや、ユキたん?」
「いえ、その……やっぱり今日は空が騒がしいなぁと思いまして」
「空が騒がしい……?」
「……何か飛んでいるかしら?」
ユキは再び空を見上げる。
毎日の様に空を、月を見上げているユキだからこそ気付けるその違和感。
街を見下ろしているフレイヤでは気付けない。
月見酒くらいでしか見る事のないロキであっても気付けない。
「……!漸く見つけました、あれのせいですか」
「あれ?なんや?どれの事や?」
「……ああ、なるほど。あんなまだ形にすら成っていないものをよく見つけたわね、ユキ」
「私が月を見間違える筈がありませんから。その月の紛い物が側に生まれようとするのなら、見逃す筈だってありませんよ」
「あぁ、あれか!……ってうぉぉい!!なんやあれは!!あかんやろ!なんであんなもんがあんねん!」
いくつもの魔法陣が空へと重なり、次第に二つ目の三日月を描いていく。これ程離れた場所にあるにも関わらず、本物の月と同等の大きさに見えるそれは、実際に目の前にしてみれば一体どれほどの規模の魔力行使なのだろうか。
そしてそんな魔力を扱える存在など、考えずとも分かる。
「なんで"神の力(アルカナム)"が発動されとるんや!しかもあれは……!」
「"アルテミスの矢"……純潔の女神が放つ、天界最強の矢。本来なら発動された瞬間に天界に送還される筈の、あまりに強大な力の行使」
「アルテミスが何らかの裏手段を使ったか、それとも何者かに囚われとるか……諸々の事情を考えるに、今回は間違いなく後者やろうけど」
「……間違いなく、君に関連した出来事なんでしょうね。少年くん」
思い返されるのは神月祭の時のあの矢。
ヘルメス達がユキの言葉通りにベルにあの矢を抜かせたとすれば、間違いなくあの矢を行使した者と対峙しているのはベルだろう。
逆に言えばそれは、あれが十全に発動しているという事実は敵の余裕を表していると言ってもいい。
「……フレイヤ様。確かこの下の階にはヘファイストス・ファミリアの方々が武器を売っているのでしたよね?」
「?……ええ、そうよ。安価な物から高価な物まで、大抵のものは揃っているわ」
「なんやユキたん、そないな事聞いてどうしたんや」
「いえ……もしもの事があれば、と思いまして」
「もしも?」
「……貴方」
暫くの休息によって体力も魔力も十分。
そしてこの下の階層にはそれこそ質の高い大量の剣達が眠っている。
仮にその全てを解き放つとすれば……
「まあ、最悪の場合の話です。私の全ての魔力を行使して、下の階層にある全ての剣を費やせば……お二人を守る事くらいは出来るんじゃないかなと」
「な、何を言っとるんや!そないなこと!」
「そうね、そうなるくらいならロキがアルカナムを使って天界に帰るわ」
「そうそう、ウチがちょろーっと裏技使えばそのまま天界にシューンと……ってアホか!なんでウチがそないな事せなあかんねん!絶対にお断りや!」
「え、えっと……」
ユキの決死の覚悟も虚しく、フレイヤに踊らされたロキが綺麗なノリツッコミを決めて雰囲気を解されてしまう。
それまで真剣な顔をしていたユキは2人のそんな様子に呆気に取られてしまい、そんなユキを見てロキとフレイヤは小さく笑った。
その真面目な所も可愛らしいとでも言うかの様に。
「……まあ、そういう事や、ユキたん。別にユキたんが犠牲にならんでも、こういう時に喜んで犠牲になりに行く様なアホはいくらでもおる」
「そうね、それに誰もしそうになければ私が男神達に命令すれば良い話だもの。本当は子供達に解決して欲しい所ではあるけれど、神の力が相手となれば少しは許されるでしょうし」
「フレイヤ様……」
「それに……あの子は負けないでしょう?」
「!」
フレイヤの言う"あの子"が分からない程、ユキも鈍感ではない。
ユキが彼から英雄を感じた様に、フレイヤも彼の素質を見抜いていたらしい。
そしてまるでユキがそれを知っていた事すらも確信していた様に、フレイヤは笑う。
「そう、ですね。少年くんは負けません。それに、彼は私とは違って、本物の英雄になれる人ですから。きっと上手くやってくれる筈です」
「……その自己評価の低さだけは貴方の欠点ね」
フレイヤは立ち上がり、2つの月を見上げているユキの頰に手を当てて擽る。そんなフレイヤの行動に驚きを感じながらも、ユキは素直にそれを受け入れた。
そういう事をするからよくないのだ。
そういう事をするからフレイヤも、(やっぱりどんな手段を使ってもこの子が欲しい……)とか思ってしまうのだ。
ユキには危機感が足りない。
たとえロキ・ファミリアを敵に回してでもユキを手に入れようとする者が居るということを、彼はもっと理解すべきだ。
「避けられている、嫌われていると思っていたので……フレイヤ様とこうして仲良く出来て、私すっごく嬉しいです♪」
「…………」
「こらこらこらこら、ユキたんをどこに連れ込む気やねんアホゥ」
「どうして、どうしてこんなに欲しい子ばかりが集まるの……どちらかが10年離れてるだけでも良かったのに……」
フレイヤの嘆きは深い。