白海染まれ   作:ねをんゆう

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56.お買い物

『2つの月』騒ぎが落ち着き、リヴェリア達がダンジョンから戻って来ると、それと時を同じにしてユキとロキもバベルから帰って来ていた。

何らかの理由で暴走していたモンスター達は再び常を取り戻し、2つ目の月も消滅した。

空はいつもの平穏を取り戻し、神の力に反応していたダンジョンも今では普段通りの静けさを保っている。

 

……まるで何事も無かったかの様に、一夜だけのその出来事は人々の記憶に過去のものとして刻まれただけ。

いずれはまた忘れ去られる出来事だ。

夜が過ぎ、朝が明け、1日も経たずとも、オラリオは普段通りで。

 

「英雄の活躍を真に知る者は少なく、ただ平穏の為に隠される……でも、少年くんは別に気にしないでしょうね。きっと彼は名誉の為に戦った訳では無いのでしょうから」

 

珍しくホームの窓から街を見下ろしながら、ユキはそう小さく呟く。

そこにその少年の姿がある訳では無い。

ただ思い返すのは、帰ってきたリューから聞かされた『犠牲者は出ていない……元から手遅れだった者達以外には』という言葉。

 

きっと、ベル・クラネルはその元から手遅れだった者達まで救おうとしたのだろう。

それでも救えはしなかったが、それ以上の犠牲を出す事もなく、彼は彼に求められた役割を十分に果たした。

……ユキはそれが羨ましくも思い、だが嬉しくも思い、なにより安堵の気持ちが強かった。

自分の判断は間違っていなかったと。

やはり彼に任せて、自分が行かなくて、正解だったのだと。

 

「向き不向き……というより、生まれ培った経験かもしれないですね。きっと彼は、無意識のうちに英雄として正しい選択肢を選んでいる。私にはそれが分からないだけ」

 

根底が違うから。

本物の英雄になりたいなどと、そんな気持ちは一時的なものに過ぎなくて、ユキは根底では本気で英雄になどなろうと思った事はない。

だから間違える。

英雄になろうともしていない者が、英雄になどなれる筈が無い。

なろうとしている者達ですらなれないのだから、それは当然に。

 

「ユキ?何見てるの」

 

そんな事を考えながらぼーっとしていたからか、そうして声を掛けられるまでユキは背後に人が居る事に全く気が付かず、思わず勢いよく後ろを振り向く。

そこに立っていたのは普段とは少し異なるユキの様子を伺う部屋着を着たアイズだった。

その様子からするに、暫く前から何度か声を掛けようとしていたようで、ユキはなんだか申し訳なくなってしまう。

 

「アイズさん……あ、いえ、少し街を見ていただけですよ。どうかなさいました?」

 

「ロキが、海に行くって……明日出るから、今すぐ準備しろって言ってた」

 

「それはまた急なお話ですね。分かりました、ありがとうございます」

 

「それで、その……」

 

「?」

 

目線で伺うようなその様子は、やはりユキを心配してのようだった。

何かを言いたいようだが、今のユキにそれを提案してもいいのか迷っているような……けれど、ユキにしてみれば本当に気にしなくても大丈夫な事だ。

少なくとも、今考えていた事で普段の自分が何か変わる事はない。

 

「ふふ、私は今日は一日暇していますよ?」

 

「!……それなら、買い物に行こう。レフィーヤも誘って」

 

「それはいいですね、是非お供させて下さい。私も楽しみです♪」

 

「うん、楽しみ」

 

こうして誘いをしてくれる友人達が居る。

これ以上に嬉しい事があろうか。

たとえ心の内にしこりを残していたとしても、それが今この時を楽しむ事すら否定する理由にはなり得ない。

 

 

 

「ア、アイズさんとユキさんとお買い物……し、しかも左右を2人に挟まれて……なんですかこれ、何のご褒美なんですかこれ、今日私死んじゃうんですかこれ!?」

 

「レ、レフィーヤさん?」

 

「レフィーヤは時々よく分からない事を言うから」

 

その日、平行詠唱に関する本を借りてきたレフィーヤは、早速今日一日はこれを読むのに費やすぞ!という意気込みで部屋に籠って自分の技術の向上の為に必死になる……筈だった。

そんな所にやって来たユキとアイズ。

この2人が自分の部屋に訪ねて来たという事だけでも大ニュースなのに、そんな2人が自分を含めて、3人で、買い物に行こうと言うのだ。

そんなことを言われてしまえばもう勉強なんて放り出して着替えて鞄持って頭の中から"平行詠唱"なんて文字は消えてしまう訳で。

 

そして今、その2人に左右から挟まれながらこうして歩いている時間は、それはもうどんな天国なんだと。前世でどれだけ徳を積めばこんなにも幸福になれるのかと。

事のつまり、レフィーヤははしゃいでいた。

それはもう、思わずユキとアイズと腕を組んで抱き寄せてしまうくらいに。

 

「ふふ、もう……そういえばアイズさん。買い物っていうのは、海に行く準備の事ですか?」

 

「うん、そう」

 

「海の準備……でも大抵の事は纏めて準備しちゃうんですよね?水着とかも用意してくれるって聞きましたし」

 

「……ロキが水着を選んだら、絶対に変なの着せられる」

 

「「あ〜……」」

 

言われてみればその光景がありありと想像できた。

普段が普段なだけにレフィーヤは勿論、ユキも直接自分にされる事は無いだろうが、リヴェリアがその被害に遭ってしまう事がなんとなく予想できる。

それを考えると、やはり水着については自分の方でも確保しておいた方がいいのかもしれない。

ついでにリヴェリアの分も無難な物をレフィーヤとアイズに見繕って貰った方がいいだろう。

せっかくの機会だ。

リヴェリアは嫌がるかもしれないが、ユキとしては2人で海で遊んでみたりもしてみたい。

 

「それと浮輪も欲しい」

 

「浮輪、ですか……?」

 

「ふふ、いいですね。私、あれに乗って浮くの好きなんですよ」

 

「違う、泳げないから……」

 

「「えっ」」

 

「泳げない、から……」

 

「……だ、大丈夫ですよ!私もそんなに上手くは泳げませんし!誰にでも向き不向きくらいあります!」

 

「そ、そうですよ!もし必要なら私達が泳ぎの練習のお手伝いもしますから!」

 

「ほんと……?」

 

「「はい!」」

 

「ありがとう……」

 

意外にもアイズが泳ぎが苦手だと言う事実に驚きながら、3人は水着の売っている店へと入っていく。

オラリオに海は無い。

しかし水着の需要が無いという訳では無い。

元々は神々のお遊びが元で作られた代物だ。

この店に置いてある物の中にも、その神々の思いつきやアイデアで生まれたものが多々あり、それはもう際どい物から露出の少ない物までその種類は多い。

 

レフィーヤがまず見に行ったのは、やはりそういった露出の少ない物だった。

アイズとユキに対してもあまり露出をして欲しく無いと思っているレフィーヤは、2人を無理矢理引き付れて当てがう。

 

「むぅ……やっぱりユキさんにはこの辺りが似合いますかね」

 

「いえ、あの……それ女性用の水着ですよね?凄く可愛い……」

 

「アイズさんはどう思います?」

 

「うん、似合うと思う」

 

「で、ですけどその……おかしくないですか?」

 

「おかしくなんかありませんよ!性別なんてどうでもいいです!むしろユキさんに男性物の水着なんか着せられませんよ!何言ってるんですか!」

 

「うんうん」

 

「お、怒られてる……ま、まあこういう水着も憧れというか、好きではあるんですけど」

 

レフィーヤの目利きによって選ばれたのは、色の薄い花柄のワンピース型水着と呼ばれる物だった。

たしかにこれなら露出も少なく、かと言って決して色気が失われるという事もなく、リヴェリアが見たとしても満足してくれる事だろう。

同じエルフのレフィーヤが言うのだから間違いない。

……ただ、それでもなんとなく上半身が肌寒いと思ったのかユキが個人的に薄いカーディガンを持ってきたので、やはりいつも通り全身真っ白である。露出されている部分は、それこそ足元と開いている首から胸にかけての少しの部分だけ。

エルフ的にはそれでいいかもしれないが、ロキが見れば悲しむだろう。

……まさかその開いた首から胸にかけてに反応するエルフなど居るまい。

 

「アイズさんは……それこそ普通に少しフリルのついたビキニとかでもいいんじゃないですか?ほら、これとか」

 

「うっ、確かに似合うとは思いますけど……露出が……」

 

「それこそアイズさんは普段の服装から問題ですし……ちなみにアイズさんはどれがいいですか?」

 

「……こっちの方が動き易そう」

 

「「あ、やっぱりそういう考え方なんですね」」

 

「?」

 

3人はそんな感じに、本当にただの友人同士といった様に買い物を楽しんだ。

他の水着を試してみたり、色々な種類の浮輪を見てみたり、ゴーグルという眼鏡の様なものにアイズが興味津々になったりと、それこそ本当に海を楽しみにする普通の女の子達のように。

……女の子達のように。

 

「じゃ、じゃあリヴェリアさんにはこの辺りをプレゼントする事にします……!」

 

「うん、いいと思う」

 

「うーん……私達もロキに何かプレゼントしたりした方がいいんでしょうか」

 

「それは別にいいと思う」

 

「そうですよね、忘れましょう」

 

「ひ、酷いですよお二人とも……」

 

そうして結局ロキには水着の下に入れるパッドとやらを買っていくのだから、もう優しいのか酷いのか……

密かにユキがその商品をチラチラと見ていたのはまた別の話である。


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