暗く、静かで、そして巨大な地下空間。
ダンジョンでは無く、ギルドの下。
その様な場所がある事を、その様な場所にある物を、者を、きっとしっかりと認識している者はそう多くは無いだろう。
そして、その場所に入った事がある者となれば、その数は更に限られてくる筈だ。
加えて神以外の眷属ともなれば、より数を少なくする事は間違いない。
「久しいな、ロキ……そしてこうして顔を合わせるのは初めてか、九魔姫」
「これが……神ウラノス……」
「リヴェリア、別に緊張なんかせえへんでもええで。どうせ図体がデカいだけで、ウチ等となんも変わらへんクソジジイや」
「そ、そうは言うがな、ロキ……」
ロイマンを含めたギルド職員達の反対を押し切り、ウラノスから直接こうして対面する許可を得たロキとリヴェリア。
ロキは何度かこの場に訪れた事がある様だが、普通ならばこのウラノスと顔を合わせることなど冒険者にはあり得ない。
そもそもそんな役割が必要な時でも、普通は主神だけがこの場を訪れるのだから。
リヴェリアがわざわざここに訪れる理由も、実際に無いと言えば無いのだ。
彼女が直接聞きたい、そう願っただけで。
「用件はなんだ」
「……ま、正直聞きたい事はぎょうさんあるわ。得体の知れない精霊の事も、それに関わっとる闇派閥の事も、分からん事だらけや」
「それらについては私も感知していない」
「そうかい……ま、実際それはええわ。その答えを持っとる事については、あんま期待しとらんかったからな」
「………ユキ・アイゼンハートの事か」
「っ!」
「やっぱ、なんか知っとるんやな?ウラノス」
それこそが、今日この場に2人が訪ねてきた理由である。
行き詰まった状況に突破口を見つける為に。
「……彼女について多くを語るつもりはない」
「そう言うと思っとったわ。せやけど、ウチ等が知っとかなあかん事くらいあるんやないか?それくらいは教える為に、ここに来る事を許可したんやないのか?」
「……いいだろう、話せ」
「そんじゃまずは……これや」
ロキが最初に取り出したもの。
それは当然、ユキのステータスの写し。
これをウラノスに見せた所で、この神ならば間違いなく余計な事はしないだろう。1000年近くもその在り方を変えていない事こそが、そのなによりも強い理由となる。
そしてウラノスはその写しを見ても、やはり大きな反応を示す事は無かった。むしろ一眼見て、そのまま瞳を閉じて息を吐く。
「【英雄被願望】」
「「っ」」
「英雄を望むが故に芽生えたスキルでは無く、英雄を望まれたが故に芽生えたスキル。それがユキ・アイゼンハートの持つ2つ目のスキルの正体だ」
「……効果は?」
「悪性を持つ者との戦闘時に能力を飛躍的に向上させる。そしてもう一つ……自らの死を遠ざからせるというものだ」
「死を、遠ざける?」
「私も初めて見た記述だ、詳細は分からない。他に何か聞きたい事はあるか」
「ま、待ってくれ!」
ウラノスはその話についてはそれだけだと流そうとするが、リヴェリアにしてみればそんな風に流せる話ではない。
そもそもここで大事なのはスキルの効果ではなく、そのスキルの名前自体なのだから。
「英雄を望まれたというのは……どういう事なのだ」
「リヴェリア……」
「なにも特別な話ではあるまい、お前達冒険者もかつての暗黒期に味わっただろう。他者に英雄を、救世主を望まれるという事を」
「そうではない!それがスキルに現れるのかという事を私は言っている!」
「もう一度言う、なにも特別な話ではあるまい。スキルにそれが現れるほど、ユキ・アイゼンハートは英雄を求められ続けた。これはただそれだけの話だ」
「英雄を……求められて……」
自然に表情が歪んでいくリヴェリアを一瞥すると、ウラノスはロキの方へと目を向ける。
これ以上この事について言う事はないと、そう言わんばかりに。
「……それなら、アストレアが今どこに居るかは分かるか?ヘルメスも知らん言うとったし、手紙の一つも届けられんのや」
「ふむ……いいだろう、アストレアについてはこちらで探す。手紙を置いていけ」
「アストレアの居場所が分かるんか?」
「ユキ・アイゼンハートの事情を考えるに、アストレアの探し物にも見当が付く。そしてアストレアが誰を探しているのかを考えれば、その行先にも」
「アストレアが誰を探しとるんかは……教えて貰えへんのか?」
「………ゼウスだ」
「はっ!?なんでここでその名前が!」
「次が最後の質問だ、それ以上を答えるつもりはない」
「くっ!」
ユキのスキルについては分かった。
アストレアとの連絡もどうにかなるだろう。
その2つを考えれば、きっと訪ねた事については間違っていない。だがそれでも、どうしてかもっと聞かなくてはならない事がある様な気がしてならない。
ウラノスは間違いなくユキについて多くを知っている。
しかし、それでもその全てを話そうとはしない。
それがユキに対する配慮のためか、はたまた他に何か理由があるからなのかは分からないが、きっとそれすらも話してはくれないのだろう。
自分で探し、考える事を望まれているのだろうか。
それならばここですべき質問は、探しても考えても分からない事……今からどれだけ調べ尽しても、正解には決して辿り着けない事。
ウラノスが妙に協力的にこうして話をしている事にも理由があるとするならば……
ロキはそう見当をつけて、思考を回す。
「………"アナンタの悲劇"の真実について、教えてくれへんか?」
「………いいだろう」
ロキはその質問が正解であった事を確信した。
その質問をした瞬間に、ウラノスの雰囲気が明らかに変わったからだ。
そしてこれから長話でもするかの様に、ウラノスは一度だけ息を大きく吐く。
「最初に言っておく。あの事件についての正しい知識を持っているのは、私とフレイヤ、そしてアストレア、とその一部の眷属達。そしてあの街で生き残った者達だけだ」
「っ、そないに情報統制されとるんか……」
「加えて、あの事件の後の事を知っている者はアストレアしか居ない。ユキ・アイゼンハートがこの街に来ていると知った時には、私も驚愕した程だ」
「……?ウラノスが驚くほどの事があったんか?」
「当然だろう。フレイヤが最後に彼女と接触した時、ユキ・アイゼンハートは聴覚以外の感覚をほぼ完全に失っており、立つ事すらままならぬ程の衰弱と苦痛に喚叫していたのだからな」
「「なっ」」
そんな話は、それこそリヴェリアだって知らなかった。
だが、以前にベートから聞いた事がある。
ユキがオッタルと初めて会った時、ユキは何らかの理由で視覚を失っており、声しか聞いた事が無かったのだと。
今ならその話の繋がりがよく分かる。
そしてあのフレイヤやオッタルが何故ユキにあれほど配慮していたのかという事にも……
「この話をするに必要なのは、クレア・オルトランドの存在だ。アナンタの孤児院に住んでいた、精霊の血を引く、ユキ・アイゼンハートと同い年の少女」
「……名前くらいは聞いとる。ユキたんと仲良かったって事もな」
「フレイヤ曰く、クレア・オルトランドはかつてのアストレアの眷属と似通っていたという。正義を愛し、悪を許さず、常に己の正義の在り方を問い続ける……違うのは少々悪に対する憎悪が強過ぎたという事くらいか」
「………」
「クレア・オルトランドは光の精霊の血を引いていた。彼女はそれを使い、密かに民の治療等を行っており、街ではそれなりに有名な人物だったという。……それが標的になった理由でもあったが」
「……闇派閥がその子を穢れた精霊にする為に襲った。民を虐殺して、その子を反転させる負のエネルギーとして使った」
「そうだ、そしてその日偶然にもその街にはアストレアとユキ・アイゼンハートが滞在していた。……同時に、フレイヤもまた」
「神フレイヤがアナンタに!?」
「ま、待ちぃや!なんでフレイヤがそんな街に一人で……!」
「いつもの放浪癖だ。閉じ込められる環境に嫌気が差して、オラリオを無断で飛び出した。そして偶然にも眷属達の追手を撒いた当時のフレイヤが行き着いた場所が……アナンタだった」
「っ、そういうことか……!」
フレイヤが無断で街の外へと飛び出す事は決して珍しい事ではない。
その度にオッタル達が慌てる事もまた、珍しい事ではない。珍しいのはその追手を偶然にも振り払ってしまったという事だ。
……だが、これで漸く話が繋がった。
なぜフレイヤがユキの事をあれだけよく知っているのか。そしてどうしてフレイヤだけではなくフレイヤ・ファミリア全体がユキに対して借りがあるというのか。
きっとそれは、ユキがこの時にフレイヤを守り切ったからだ。
そして当時のギルドとフレイヤのやり取りのメモというものは……恐らく真っ赤な偽物。何らかの理由でその二者が結託して作った、架空のやり取り。仮にフィンの様にその事件について知る者が出て来たとしても、真相に辿り着く為の時間を遅らせる為に。
「……最初に、その街の兵達がやられた。大量の爆発物によって兵舎にて就寝していたレベル1の兵士達は力尽き、残りの生き残った者達は数量で殲滅される。そしてその街でトップの実力を持っていたレベル3の兵士長は、襲撃者達の中に存在していたレベル4の闇派閥によって打ち倒された。主神である神も送還された事で、戦況は更に悪くなった。……それ等が速やかに行われた時点で、アナンタの街が壊滅に瀕する事になるのは確定していた」
「レベル4やて……!?何処にそんな戦力が!」
「敵の戦力は数多のレベル1と、十数名のレベル2、そして2人のレベル3に、トップのレベル4が1人だ。兵士以外にも恩恵を持つ者は当然居たが、その悉くが質と量によって押し潰された。気付けば僅か数時間の間に都市から戦いの出来る者達は消えていたという」
「その時、ユキは……」
「子供達や住民を避難所に連れて行くだけで手一杯……当時まだレベル2に成り立てたばかりの少女には街を守るという偉業は重荷が過ぎた」
恐らくその時点で、アナンタに残っていた戦力はユキ1人にまでなっていたのだろう。
仮にユキと同レベルの眷属が残っていたとしても、敵の圧倒的な質と数には敵わない。
一体どこでどうすればそれほどの戦力が集められるのか……オラリオ外での出来事にも関わらず、それはあまりにも異常なものだ。
「そして、虐殺が始まった」
「っ」
「アナンタには地下空間を利用した強固な避難所が存在している。そこに辿り着いた者達はユキ・アイゼンハートがたった一つの入口を守り抜いた事で生き残った。だがそこまで辿り着けなかった者達は、誰にも救われる事なくあまりに残虐な方法で命を落とす事になった。死者達から、より強大な憎悪の念を引き出す為に」
「……それも精霊を反転させる為に、か」
「そうだ。奴等はある神具を利用する事で空間に存在する負のエネルギーを溜め込み、死肉という名の供物を集めた。そうして十分な蓄えを終えれば、次は当然核となるクレア・オルトランドを狙って動き出す」
その時点での死者が一体どれほどの数にまでなっていたのか、考えるのも恐ろしい。きっと他にも避難所に逃げていたり、隠れていた者達も多く居ただろう。
だがそれでも、それでどれだけの人々が生き残れるというのか……果たして本当の死者数は、一体どれくらいになるのか。
「ユキ・アイゼンハートはそれまで1日半もの間、戦い続けていた。傷付けばクレア・オルトランドが精霊の力で癒し、避難所にあったポーションや民達が持っていた食物を掻き集め、一睡もする事なく同格の敵を複数相手に生き残った」
「………」
「そこに現れたのが、アナンタの兵士長を正面から叩き潰したレベル4と2人のレベル3だった。その様な相手に彼女が敵うはずもなく、彼女はクレア・オルトランドがその身を捧げる事を条件に見逃された。……当然、その3人以外から見逃されるという事は無かったが」
「そんなの……どうしたらええんや。ユキたんがやられて、クレアも拐われたら、もうどうしようもないやろ」
「……気を失った彼女の代わりに、フレイヤとアストレアがその場に居た者達を自らの眷属にしたのだ」
「それ、は……っ!」
「ユキ・アイゼンハートが回復するまでの間、男達は自らの命を犠牲にして入口を守り続けた。命懸けで町中からポーションを掻き集め、着実に死肉を増やしながら、それでも彼等は彼女の回復を待ち続けた。……これがあの街から男性が消えた理由だ」
「なんてことを……」
「そして、ユキ・アイゼンハートは目覚めた。敵の2人のレベル3が入り口にまで迫ったその最中に、彼女は立ち上がり、更新されたステータスに、覚醒したスキルを携えて……レベルが一つ上の2人を相手に、死闘の末に勝利した」
その際に覚醒したのが、【絶対守護(ラストガーディアン)】のスキル。守る対象が多いほど全能力が向上し、その最中で自身の成長を促すというものだ。
そして死に近いほど効果上昇する事で、たとえ自身がどの様な状態になったとしても、必ず背後を守り抜くというユキの当時の精神が反映されているのだろう。
……きっと、その時のユキに勝てるレベル3の眷属などどこにも居ない筈だ。
守るべき者達の多く居るその状況で、自身の死に恐怖しているどころでは無いその状況で、追い詰められたユキに敵う相手はそうそう居ない。
「そうして彼女は、レベル3に至った。あとは想像が付くな?」
「……周りの雑魚を殲滅して、レベル4を打ち倒し、クレア・オルトランドを奪い返した……なんてのは、少し都合の良い話過ぎるやろか」
「ありがちな英雄譚だな……だが知っての通り、ユキ・アイゼンハートは間に合わなかった。彼女が力の差を乗り越えレベル4を打ち破った際には、既にクレア・オルトランドは化け物に成り果てていた。供物と儀式によって無理矢理に精霊の力を引き出され、人々の憎悪によって反転させられ、体内に黒龍の鱗の欠片を埋め込まれ、手の付けられないモンスターに成っていた」
「黒龍の鱗まで使ったのか!?」
黒龍の鱗は、それこそ近隣の村々ではモンスター避けとして使われていると聞いている。
そんなものを精霊の体内に埋め込んだ?
一体何の目的があって、何を理由にしてそんな事をしたのか、普通の考えでは分からない。
「ユキたんは……勝てたんか?そんな化け物に、レベル3の眷属が1人で勝てるもんなんか?」
「勝てなかった……勝てる筈があるまい。脅威だけで言えばお前達が59階層で対峙したモノを遥かに超える化け物だ。当時の彼女ではスキルの力があったとしても決して敵う事はない」
「それなら、やっぱりフレイヤの所の眷属が間に合ったんか?」
「間に合わなかった。あれを止めたのは間違いなくユキ・アイゼンハートだ。フレイヤ・ファミリアが到着したのは、間違いなく全てが終わった後だ」
「だったらどうやってユキたんは……!」
「神具を使ったのだ」
「っ、それが原因か……!」
その神具とは、正しくクレア・オルトランドをその様な化け物に仕立て上げた原因となったもの。
負のエネルギーを吸い取り、対象に向けて放出する。ただそれだけの機能を持った道具。
「その街に残った男達の全てが自らを餌に精霊の気を引き、その隙を突いてユキ・アイゼンハートは神具を魔石に突き立てた。だが、神具でさえもその規模のエネルギーを内包する事は叶わず、彼女は取り込めない分のエネルギーを自らに送り込む事で汚れた精霊を消滅させた。……そうして、アナンタの悲劇は終わりを告げたのだ」
「「……」」
正しく死力を尽くした戦い。
非戦闘員までもが自らの命を犠牲にし、ただ1人を生かす為に、僅かな可能性を心から願い、ユキが子や妻を守ってくれる事を願って、立ち向かった。
……果たして、その時のユキは何を思っていたのだろうか。
自分の力が足りないばかりに代わりに周囲の者達が犠牲になっていく光景を見て、一体どれほどの絶望を抱いたのだろうか。
「……その後のユキは」
「その身に宿すにはあまりにも大き過ぎる憎悪の念と負の力に、フレイヤとアストレアでさえも手が付けられない状態となった」
「……」
「最初に感覚器官が消え始め、日が沈んだ後も苦痛に喘ぎ、苦しみ、叫び出し、閉じ込めていた教会の一室が血に塗れる程に自傷行為を繰り返し、それを強引に薬品で治され続けていたという。フレイヤとオッタルを含めた眷属達が最後に彼女を見たのは、それが最後の事だった。報告の為にフレイヤ達がオラリオに戻った後の事は誰も知らず、気付けば彼女とアストレアは街を去り、街の者達は口を噤んだ。……これがアナンタの悲劇の全てだ」
……想像するだけでも、胸が痛む。
果たしてそんな光景を見たフレイヤは、オッタルは、アストレアは、一体何を思ったのだろうか。
そして、その街に生き残った人々は何を感じたのだろう。
"英雄"という言葉の重さを感じる。
あの街の人々がユキを英雄扱いするのも、当然の話だ。
彼等は悲劇の始まりから終わりまで、そして終わった後でさえも、苦しみ、戦い続けたユキの姿を見ていたのだから。
そして同時に、ウラノスの反応についても理解した。
「……せやから、ウラノスはユキがこの街にあんな普通な状態で居る事に驚いたっちゅう事か」
「そもそも、生きている事にすら驚いている。あれほどの強大な力をその身に封じ込め、それでも顔色一つ変えず生きていられる理由が分からない。憎悪の念と精霊の血だけならばまだしも、目覚めた黒龍の力までも封じ込めているというのは、普通の人間としては明らかに異常だ。本来ならば決して有り得ない」
「……消えたっちゅう線は無いんか?」
「それすらも分からないのが現状だ。だが、そう考えればやはり今最も危惧すべきなのは、ユキ・アイゼンハートが命を落とす事だろう」
「まさかユキたんが死んだ瞬間、その封じ込められた精霊が目覚めるなんて事はあらへんやろうな」
「だから言っただろう、それは私にも分からないと。……だが、その可能性は十分に有り得る。そして仮にそうだった場合、アストレアが何かを探しているという話にも理由が付く」
「……っ、そうか!アストレアが探しとるのは!」
「そうだ。間違いなく、ユキ・アイゼンハートから負のエネルギーを抜き取る為の神具だろう。アナンタで使われたそれは既に機能していないからな。そしてその所在を知っているのも、恐らくはゼウスくらいしか居るまい。ヘルメスに知られれば英雄として余計な手を出されてしまうだろうからな」
「……こんなもん、アストレアが焦るのも当然の話や。ウチが思っとったよりも何倍も洒落にならへん。それに、何倍も救いがあらへん!」
最初から言葉の少なかったリヴェリアも、もう言葉の一つも発せない程に動揺していた。
ウラノスでさえもきっと、本来ならばここまで話すつもりの無かった事を言葉にしてしまっているのだろう。
仮にユキが街の中で命を落とせば、その瞬間に59階層で対峙したあれを容易く超える化け物が生まれ落ちてしまうかもしれない。
現状では対処する方法も無く、ただアストレアの帰りを待つしか無い。
だが、仮にユキを監禁してしまえばどうなるか。
心の衰弱が引き金にならない保証など何処にも無い、ユキの心が砕けてしまった瞬間に封じ込めが解けてしまう可能性も十分にある。
ユキを犠牲にする事で精霊を引き摺り出し、全戦力をもって討伐するという可能性も考える事はできるが、それではあまりにも救いがなさ過ぎる。
人々の為に命を賭けた英雄に対してその様な不道徳を働く真似は、神々であっても行いたくはない。
(逆に言えば、それが出来んことも無いっちゅう話なんやけどな……)
場合によっては、それすらも視野に入れておかなければならないということだって、分かってはいる。
実際にそれが出来るかどうかは、分からないが。
「……ロキよ。アストレアが神具を見つけるまでの間、なんとしてでもあの少女を守り抜け。アレは間違いなく英雄の器だ、穢れた精霊程度の存在に明け渡すには少々度が過ぎる」
「言われんでもそのつもりや。それに……うち等はユキたんを英雄になんかさせるつもりもあらへん。何れはあの子から恩恵も解いて、普通の子として生きて貰うんやからな」
「ロキ……」
「せやろ?リヴェリア」
「……ああ、当然だ。英雄などというものにユキを奪われてたまるものか。ユキは私のものだ。たとえそれが神であろうと、世界であろうとも、誰にも渡すつもりはない」
たとえ今はそれが叶わなくとも……何れは必ず、ユキを英雄という座から引き摺り下ろす。
そして必ず、彼を奪い取るのだ。
運命という傲慢な輩から、ユキの存在を。