オラリオの外、南西に位置する都市:メレン港。
北西に位置するアナンタがオラリオと辺境の地方を繋ぐ貿易拠点であったとすれば、メレン港はオラリオと海を繋ぐ玄関口であった。
日々、大量の船が大量の荷物を載せて行き交う、オラリオとはまた違った活気に溢れるこの港。
そして当然、この都市の売りはそれだけではない。
「海……じゃなくて湖やぁあ!!」
「うわー!白ーーい!!」
「リヴェリアさん、リヴェリアさん!凄いです!凄いですよ!白です!真っ白です!わはー!最高です!」
「こ、こら待てユキ……!それに、はしゃぐ所が何か違う気がするぞ!」
「えへへー!」
眼前に広がる汽水湖:ロログ湖。
汽水湖とはつまり、淡水と海水が混在した湖のことである。
川が海に流れ込む所謂河口部に当たるこの地点は、周囲の環境よりも比較的流速が遅いため生物が多く、何の影響か本来は有機物の堆積によって放たれる悪臭等も存在しない。
そしてなにより……この場所は綺麗だった。
それこそ、ユキが珍しくはしゃいでしまうくらいに砂浜も雲も真っ白に。
「にしても……ユキたん達が自分の水着持っとるなんて知らんかったわ。せっかく際どい水着を着せたろうと思ったのに、ちぇ〜っ」
「巫山戯るな、あんな物が着られるか……はぁ、本当に助かったぞユキ。お前がこれをプレゼントしてくれたおかげで私もこうして楽しめる」
「へ?……あ、水着ですか?レフィーヤさんとアイズさんにも選ぶのを手伝って貰いましたので。気に入って下さったのなら嬉しいです」
「ああ、気に入っているとも。……それに、ユキもよく似合っている」
「え、えへへ、そうですかね?なんだか少し恥ずかしいです」
「暑苦しいわぁ、甘ったるいわぁ……こないに暑い所やのに止めて欲しいわぁ、ほんま」
と言われても、それで治る様な2人ではない。
リヴェリアに頭を撫でられて嬉しそうに目を細めるユキ。
そんなユキの姿を見て+今日は水着という事もあっていつもより3割増しで愛おしさの溢れるリヴェリア。
何も知らない者達からすれば至って健全な関係にしか見えないし、気にしているのはロキくらいだ。
ただ、そんな2人の様子を羨ましそうに見ているレフィーヤとアイズが居たりするのだが、彼等が一体どちらの立場を羨ましく思っているのかは定かではない。
「ほらほら!みんな泳ごうよ!私もう待ちきれないよう!」
「さ、流石アマゾネス……この布面積の少なさに少しも動揺していない……」
「うぅ、私達もレフィーヤ達みたいに自前で水着用意してこれば良かった……」
「そうだ、久しぶりに水中戦でもする?レベルも上がったし、肉体と感覚のズレも直しておきたいのよね〜」
「いいね!賛成賛成!アイズはどうする!?」
「……私は、レフィーヤと泳ぎの練習するから……」
「「え」」
「あ、あはは……」
アイズが泳げないという衝撃の事実が周知のものになったり、ティオナとティオネが水中ではしゃぎ始めたり、その一つ一つに他のメンバー達が大きな反応を示したりなど、まあ色々な形で海を楽しみに行く彼等を見ながらユキはリヴェリアに寄り添う。
当然、そんな2人の横にはロキも居たりするが、その顔はそんなに渋い訳では無かった。
なんだかんだと言って楽しむ事が出来ている子供達を見て、ロキもまた嬉しくなっていたのだ。
「……そんで?リヴェリア達は海行かへんのか?いつまでもそないな所に立っとったって面白い事なんてあらへんで」
「ああ……まあ、それもいいのだがな」
「うん?」
「……ユキ、何を隠している?」
「っ」
「……ま〜たユキたんが何か感じ取ったんか」
「今更私に隠し事が出来ると思うな、ユキ。何か心配事があるなら早めに話しておけ」
「……は、はい」
リヴェリアに寄り添って立っていたユキ。
そんなユキの腰に手を回し、リヴェリアは身体を引き寄せて詰め寄った。
今更隠し事なんて出来ると思うなよ、と。
ユキが何かを気にしていて、それを隠す様に大袈裟にはしゃいでいたり、それでも一瞬気を取られてしまったりしていた事など、もうお見通しだった事だと。
そう言うように。
「いえ、その、大した事ではないのですが……どうにもこの町が苦しくて」
「苦しい……?」
「ええ……多分、物凄く沢山の思念に取り憑かれてる人が沢山居ると思うんです。それもどれもが負の思念ばかりを持っている」
「………思念?」
「何の話だ……?」
「え、あれ……もしかしてこの話、私リヴェリアさんとロキ様にしていませんでしたか?」
「「??」」
……いくらユキが隠し事をしている事が分かる様になったとは言え、リヴェリアもロキもまだまだユキについて知らない事が多かった。
それこそこんな風に、リューには話したが、2人には話していない様な事もあったりして。
「ひ、人の残留思念が見えるて……下界に降りてきた神にもなかなかそんな奴居らへんで、ユキたん……」
「ユキ……お前はあとどれだけの隠し事をしているんだ?まだ私に隠し事をしているのか?なぜもっと早く教えてくれなかったんだ?お前は!本当に!いい加減にその隠し癖はなんとかならないのか!このっ、このっ……!」
「うへぇ……!い、いひゃいれふ!いひゃいれふよぅ!り、りうぇりあひゃん!!ほっへひっはらなひれくらはい!」
もう本当に、いい加減にリヴェリアだって怒る。
別に酷い事はしないが、両頬を引っ張ってフニフニと揉みしだくくらいはしてしまう。
確かにまだこういった関係になって短いが、それでも恋人の事については何でも知っていたいと思うのは当然の話だ。
にも関わらず掘り出しても掘り出しても底が見えず、また新しい話題を提供してくる。
飽きが来ないのはいいが、もういい加減に飽きさせて欲しいと言うのがリヴェリアの本音。
そんな後天的に身に付いた思念を見る能力だなんて……絶対に嫌な予感しかしないというのに。
「……つまり、そんだけ負の思念を集めるような輩がこの街にはようけ居るって事か」
「はい……それと一応、海の方からもそれがするんです。船とかにも乗っているのかもしれません」
「ユキが先程から気を取られていたのはそのせいか……また何か厄介事に巻き込まれそうな気がするな。困ったものだ」
「うーん、今回はマジで調査と息抜きが目的やから街の問題事になんか関わるつもり無いんやけど……そうもいかへんのやろうなぁ」
仮にこちらから何もしなくとも、大抵の場合、自分達は巻き込まれる。
大手のファミリアであるという事もその理由の一つなのだが、他にも何か運命めいた引き寄せがある事をロキはよく知っている。
何かと巻き込まれやすいのだ、ロキ・ファミリアは。
その上……
(巻き込まれ体質っちゅう面では、ユキたんが1番厄介やろうしなぁ)
それは誰にも否定できない紛れもない事実である。
「カーリー・ファミリア、ですか……」
「ああ、明日から開始する昼間に出た食人花の調査を前に、無視できない来客だ」
妙に月の光が薄暗いその日の夜。
大きな宿の広間で、各々に座る団員達に向けてロキとリヴェリアはこれからの方針について話していた。
そして特にその話の中心となっているのは……【カーリー・ファミリア】
「カーリー・ファミリアはテルスキュラという国に君臨する女神とその眷属達の事だ。アマゾネスしか居らず、男子禁制な上に閉鎖的。加えて、突き抜けた戦力を保持する数少ない世界勢力の一つとも言える」
「オラリオがダンジョン攻略に重点を置いた都市なら、テルスキュラは強さを求める事に重点を置いた狂った都市や。毎日毎日"儀式"と言う名の殺し合い、そら死人の思念だってこびり付くっちゅうもんや」
「………」
きっかけは、昼間に海竜の封印(リヴァイアサン・シール)の状態を確認する為に、ティオネとティオナの2人が潜水した事にあった。
調査の最中に見つけた1匹の食人花、それを見つけた2人は攻撃を仕掛けたのだが、慣れない武器のせいもあってか取り逃してしまい、食人花は海上に浮いていた一隻の船へと狙いを定めた。
オラリオの冒険者でも討伐に困難を極める食人花、外の眷族達がどうにか出来る相手ではない。
焦った2人が急いで海上に浮上し、船を助ける為に動こうとしたその瞬間に現れたのが【カーリー・ファミリア】だった。
もとい、その船の持ち主が【カーリー・ファミリア】であったのだ。
「ティオネとティオナ、2人の故郷のな」
「っ」
この場に今、その2人は居ない。
理由は聞かずとも分かる。
カーリー・ファミリアがここに来たということは、2人にとってはそれほどにショックの大きな事だったのだろう。
強さを得る為ならば同胞とだって殺し合う……そんな世界の事など、ユキには到底想像することすらもできやしない。
「……まあ、取り敢えずや。明日は手分けして街の調査をしてもらうで、あんま時間もかけたくないしな」
「チーム分けは……まあ、いつもの通りでいいだろう。ユキは私と行動だ」
「あっ、はい」
「くれぐれもカーリー・ファミリアとイザコザ起こしたりせんといてな。あんまり刺激するとマジで死人が出そうやからな……向こうに」
最後の言葉をそう小さく呟きながら、ロキはユキの方へと目線をやる。
肝心のユキは今のところはリヴェリアを見ているが、ベートの報告ではユキは悪人に対して反応するという話があった。
仮にユキがカーリー・ファミリアが暴れている所に遭遇したとすれば、一体どうなるだろうか?
そんな事はいちいち想像しなくとも分かる。
(……今からオラリオに帰しても、今度はまた違う厄介に巻き込まれるやろうなぁ。せやったらまだウチとリヴェリアの目に届く範囲に居て貰った方がええか)
ティオネとティオナの事も気になるが、ユキの事についても頭を悩ませるロキであった。