白海染まれ   作:ねをんゆう

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06.新たな日常

sideユキ

 

「せやっ!」

 

「ギィィィィッ!!!」

 

ダンジョンのあらゆる場所から迫り来るキラーアントの群れ。

薄緑色の壁面からはそれまでの階層よりもずっと短い間隔でモンスター達が生まれ落ち、そのモンスター達も上層のものと比べればかなり嫌らしい特徴を持っている。

 

「んっ……!えぃやぁっ!」

 

例えば、硬い甲殻を持ち危険を感じると仲間を呼ぶキラーアント。

即効性は無いものの、毒の鱗粉を撒き散らすパープル・モス。

他にも前の階層から現れるようになった強敵ウォーシャドウなど。

新米冒険者の大半がこの階層で行き詰まるのも当然とも言えるこの素敵なラインナップ。

かく言う私も初めてこの階層に来た時には、そのあまりの嫌らしさに思わず苦笑いを零してしまった程だ。

 

「はっ!そこっ!!」

 

……とは言うものの、こちらのレベルがこの階層で過剰戦力なことに変わりはなく。毒を使用してくる敵もいるが、対異常のアビリティによって完全に遮断。

それに、例えどれだけの数で来ようとも体力と集中力には自信がある。

際限なく生み出される様に見えるモンスターにもインターバルの時間が必ずあるので、決して辛いという事も無い。

 

「終わりですっ!」

 

そうこうしているうちに残り数匹となったキラーアントを甲殻の隙間からトドメを刺すと、ようやくダンジョンからのモンスター供給が停止した。

何の因果か今回は1時間近くもの間キラーアントの群れが襲い掛かってきていたため、周囲はそれはもう酷い事になっている。

そして自身の二本の剣も限界を迎えていたようなので、魔石の剥ぎ取りにそのまま使用して完全に折れてしまった後、ダンジョンの隅に突き刺して手を合わせた。

出来るならば持ち帰って処理をしたいのだが、荷物量を考えると精々その欠片を持ち帰ることしか出来ない。取り敢えずは感謝の気持ちだけでも込めて、その場を立ち去ることにする。

 

「ふぅ、これでようやくひと段落でしょうか」

 

「ん……お疲れ様。いっぱい戦ってたね」

 

「はい、申し訳ありませんアイズさん。サポーターの様なことをさせてしまって」

 

「ううん。大丈夫、気にしないで。これもリヴェリアに頼まれた仕事のうちだから」

 

そう言って飲み物を手渡してくれるアイズさんは、本当に何も気にしていない様子。

ロキファミリアに来て3日目。

私はリヴェリアさんからダンジョンについて学びつつ、こうして上層を少しずつ攻略していた。

何やらある冒険者を傷付けてしまったと一時期は落ち込んでしまっていたアイズさんも、この数日で気を取り直したらしく、私のダンジョン攻略にサポーターとして自ら志願をして着いて来てくれている。

……私の戦っている様子を食い入る様に見つめてくる点については少しだけ思う所もあるが、色々と世話を焼いてくれる彼女の優しさには助けられてばかりだ。

 

「君のあの剣、普通のものだよね……?もっと良いものは買わないの?」

 

「剣ですか?……そうですね。出来れば私も良い剣を使いたいのですが、私の付与魔法(エンチャント)は剣の消耗がとても激しいんですよ。一応本命の剣はあるのですが、よっぽどの事が無い限りは安物を大量に仕入れて使っていますね」

 

「……そういえば、まだ出力の強い付与魔法を見せて貰ってない」

 

「その……もう少しお金に余裕が出て来てから使おうかと思っています。まだ全然蓄えも無いので、心配性の自分には心許なくて」

 

「お金、貸そうか?」

 

「流石にそれは申し訳ありませんから……アイズさんのおかげで今日もそれなりに貰えそうなので、明日くらいから魔法を使ってみてもいいかもしれませんね」

 

「ん、期待してる」

 

そう言い終えると、アイズさんは視線を落としてバッグの整理をし始めた。

なんというか、彼女は必要なことや自分の気になること以外にはあまり言葉を発しない性格をしているようで、彼女と居ると割とこういった無言になる時間が多い。

けれど自分もそういう時間は嫌いではないので、彼女と一緒に居る時にはそれに甘んじて、ゆったりと過ごしていたりもする。

 

そのせいで、そんな私達を見た他のロキ・ファミリアのメンバーからは『アイズさんと仲悪いんですか?』などと聞かれることもあるが、むしろアイズさんとはファミリア内でもかなり気軽に話せる立ち位置だ。

彼女からはどこか親しみやすい雰囲気を感じているので、彼女が巷で人形姫など呼ばれて近寄り難いという印象を持たれている理由すら私には分からないくらい。

確かに驚くくらいの美人さんなので、男性からすれば近寄り難いというのはあるかもしれないけれど。

 

「ん、じゃあ次の階に行こう」

 

「へ?次の階層ですか?ですが今日はもう既に3つほど進んでいますし、これ以上はリヴェリアさんに言い訳ができないのでは……」

 

「大丈夫、リヴェリアは私が説得するから」

 

「はぁ、そういうことでしたら大丈夫……なのでしょうか?ん〜、一応次の階層で今日は最後にしましょう?荷物も増えてきましたし」

 

「わかった、次で最後」

 

だがその日、いつの間にか大丈夫大丈夫とアイズさんに唆され、結局ダンジョンギミックが仕掛けられ始める、10階まで連れて行かれることになってしまった。

怪物の宴(モンスターパーティー)が発生するのもこの階層からだと聞かされていたが、今日ばかりは運良く遭遇することが無かったのが幸いか。

流石に初めての階層で怪物の宴に遭遇したりするのは運が悪いとしか言いようがないので、本当に助かる。

……勿論、そのあとリヴェリアさんからはアイズさん諸共デコピンを頂いた。

普通に痛かった。

 

 

 

 

 

「怪物祭、ですか」

 

「ああ、ガネーシャファミリアが主催している催しが二日後から開かれる。街の様子も賑やかだったろう?」

 

「ええ、確かに街もギルドの方もなんだか慌ただしかったです」

 

夜の勉強会の後、リヴェリアさんからそう尋ねられた私は昼間の街の様子を思い返していた。

確かにそう言われてみればいつもより走っている人が多く、物の流通も増えていたし、飾り付けを行なっている店も多くあったように見えた。

なるほど、自分にはあまり経験はないが、これがお祭りの準備というものらしい。

 

「そういう訳で、その日は勉強会も休みとするし、ダンジョンに潜るのも禁止だ。アイズもレフィーヤやフィオナ達と見物に行くと聞いている、一緒に行ってみるといい」

 

「え、ええ、分かりました。聞いてみます」

 

なぜ同伴対象が女性陣なのかという件については今は置いておこう。

また性別を忘れ去られている気もするが気のせいだろう、もしそうだとしてもいつもの事なので気にしない。

 

それよりも、だ。

 

リヴェリアさんの言い方からして、オラリオの街にやって来てから碌に観光もすることもなく勉強に勤しんでいる自分に、休息の時間を与えるためにもこういったことを提案して来てくれているのは分かる。

授業は厳しいが、その本質はとても優しい方で。会ったばかりの自分なんかのことを大切に思ってくれているということも、この数日でしっかりと理解していた。

 

……だからこそ、1つだけ。

1つだけ私も彼女に対して思うところがあったりもする。

それこそ、それは今の言葉の裏側にもひっそりとその片鱗が見えていることで。

 

「ところでリヴェリアさんはその日、どうなさるおつもりなのですか?」

 

「ん?私か?私はその日は遠征の間に溜まっていた書類整理をしているつもりだが……」

 

「なるほど。つまりその書類整理を早く終えることができれば、リヴェリアさんも一緒に怪物祭を見に行ける、ということですね?」

 

「は?……い、いや、そもそも私は行く予定すら無くてだな」

 

そんなことを言いながら一歩後ろへ下がろうとするリヴェリアさんに、私は笑顔のまま一歩踏み込む。

この数日リヴェリアさんが私のことを見ていてくれていたように、私だってリヴェリアさんのことを見ていたのだ。

そしてその結果、1つだけとても気になったことがあった。

真面目なリヴェリアさんのことを考えるとそうなっているのも仕方のないことなのかもしれないが、それを私は看過することができなかった。

 

「リヴェリアさん?極東には『休息を取るのも仕事のうち』という言葉もあるそうです」

 

「そ、そうらしいな」

 

「以前から思っていたのですが、ロキファミリアの仕事量は幹部組に偏り過ぎていませんか?探索系のファミリア故に大半のメンバーが日中はダンジョンに潜っているので、書類仕事をできる人間が少ないというのも仕方ないことではありますが……それでも、リヴェリアさんは少々働き過ぎです」

 

「いや、だが他に出来る者がだな……」

 

「そもそも、どうしてここは適当な事務員さんを一人も雇っていらっしゃらないのですか。幹部である方々が誰にでもできる事務仕事を率先して行なっている現状を私は疑問に思います。それにリヴェリアさんはこうして新人の教育にも携わっていらっしゃいますし、他の団員のメンタルケアの様なことだってなさっています。ロキ様からのお言葉も大抵がリヴェリアさんを通して団員に伝えられますし、ロキ様への窓口の様な役割もしている節もあります。リヴェリアさんは自ら進んで過労死でもなさるおつもりなんですか?そんなに働くのがお好きなんですか?私は心配で仕方ありません」

 

言葉が次から次へと口から出て行く。

けれど私もそれなりに必死なのだ。

なんとか説得するために、頭の中に出てくる言語を片っ端から掻き集めて文章にして並び立てていく。

多少言葉が乱暴になってしまっているかもしれない事だけが心配で……

 

「ユ、ユキ?何をそんなに怒っている?私だってそれなりに自分の時間は取っているつもりなのだが……」

 

「で、でも!本当に自分の時間が取れているのでしたら、一日中書類整理を行わなければならない事態には発展しないと思うのですが……」

 

「い、いや……だがな、基本的に高レベルの冒険者は日帰りできる範囲内の階層ではやれることが少ない。それ故に他の者達に代わってこういった仕事を受け持つのは、一般的なファミリアでは当然の話だ。実際、それでも今は回せている。だからこそ私がこうなっているのも仕方のない話であるというかだな」

 

「私、他の幹部の方々が事務仕事を手伝っている所を一度も見たことが無いです……皆さんダンジョンに行かなくとも模擬戦や買い物など、かなり自由になさっていますよね」

 

「……そもそもあのバカどもにそんなことができるとは思えなくてだな」

 

「手伝いをお願いしたことはあるのですか?」

 

「……無い、が」

 

そう目を逸らしながら言うリヴェリアさんに、私は詰め寄る様に顔を近付ける。

ジトっと睨む私の視線にリヴェリアさんは逃げるように顔を背けるが、彼女が日頃から様々なストレスに悩まされていることを考えると実際のところ笑い事では済まされない。

その証拠に今日のリヴェリアさんは寝不足気味なのか、勉強会の最中にもどこかフワフワとした様子を見せていた。

少なくとも私はこの件を笑い事で済ますつもりはない。

 

「今日からは私も可能な限りリヴェリアさんのお手伝いをします、お願いですから断らないで下さいね……?」

 

「いや、それ自体は嬉しい申し出ではあるのだが……いいのか?お前だってオラリオに来てまだ日が浅い、やりたいことだって見たい場所だってあるだろう」

 

「それこそ、リヴェリアさんのお手伝いこそが私のやりたいことの1つです。いくらファミリアの一員になったとは言え、私は皆さんにお世話になってばかりですから。自己満足でも何かしらの形で恩を返さないと私の気が済まないんです。ですから、何の問題もありません」

 

「……はぁ、難儀な性格をしているのだな、お前も」

 

「そうかもしれませんね。ですが、この性格は大切な母と尊敬するアストレア様から頂いたものですから。損をすることもありますが、私自身はそんな自分が嫌いではありませんし」

 

「ああ、そうだな。私もお前のその性格は好ましく思っているよ」

 

どこか呆れたような、けれど嬉しさに少しの悲しみも混じった様な表情でリヴェリアさんは私にそう言った。

なぜそんな顔をするのかは分からなかったけれど、私のお願い事はどうやら納得して頂けたらしい。

 

「とりあえずは、ごめんなさい。新人の身でありながらファミリアの体制への意見など、生意気な事を言ってしまいました。本来なら口を出すべきでは無いとだと分かっていたにも関わらず、どうしても言葉にしてしまいました」

 

「いや、気にするな。お前の言っていることは何も間違っていない、事務員の1人でも雇うべきという話は事実だしな。今の状況で回せているからと後回しにしてしまっていた、後任達の事を考えれば早めに手を打つ必要があったのにな。……お前には感謝している」

 

その場で立ち上がったリヴェリアさんは自身の机からいくつか書類の束を取り出して、どこか申し訳なさそうにそれ等を私に差し出した。

 

「すまないが、仕事を手伝って貰ってもいいか?遠征の成果についての書類をギルドへ提出しなければならないのだが、消費した物資についても纏めなくてはいけなくてな。頼みの綱のフィンも遠征の協力者へ挨拶回りに行っていて、全く人手が足りていないんだ」

 

「はい、承りました。足手纏いにならないように、頑張らせていただきます」

 

「期待させてもらおう。……ああ、ちなみに何か欲しいものはあるか?いくら手伝いとは言え、少しの報酬くらいは出してやりたいんだが」

 

「そう、ですね……でしたら怪物祭の日にリヴェリアさんと一緒に回りたいです。少しの時間でも構いませんので、お願いできませんか?」

 

「……そんなことでいいのか?と聞いても無駄なのだろうな。お前のことだ、どうせ本心からの言葉なのだろう?」

 

「ええ、もちろんです。私は本当にリヴェリアさんと一緒にお祭りに行きたいんです。お祭りは参加者が多い方が楽しいと、アストレア様も仰ってましたから♪」

 

「……全く、私はあまり賑やかなイベントは好きではないのだがな。だが、大事な後輩にそこまで頼まれては仕方あるまい。なんとかお前との時間が取れるよう努力しようか」

 

「ふふ、ありがとうございます。私も俄然やる気が湧いてきましたよ!」

 

ぐっと両手でガッツポーズを取ったそんな私を、リヴェリアさんは微笑ましそうな顔をして見ていた。

彼女がロキファミリアのママと呼ばれているのも仕方ないのかもしれない、なんて少し失礼なことも思ってしまった。

 

 


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