「さて、今日からは全員で3つの場所を調査してもらうで。カーリー・ファミリアは基本無視、ティオネとティオナは別行動な?ティオナにはアイズが、ティオネにはリヴェリアが付いたって」
調査3日目。
昨日の事もあってか少しばかり元気のないロキ・ファミリアの面々であるが、そんな雰囲気を打ち壊す様にロキは明るく振る舞いながら指示を出していく。
昨日の事があったからこそ、今は急いで調査を進めなければならない。カーリー・ファミリアにこれ以上の干渉を受ける様ならば、本当に真正面からの戦争に発展してしまうからだ。
そうなってしまえば今よりも酷い状況となってしまう。
「ロキ……私達は別にいいけど、ユキはどうするのよ?まさか1人で置いて行くなんて事はしないんでしょう?」
「当然や、ユキたんの事はレフィーヤとアリシアに任せる。リヴェリアには調査して貰いたいし、ユキたんを抑えるなら女性のエルフが1番やからな」
「……そうなの?」
「いや、単純にリヴェリアの要素があるもんを近くに置いときたいってだけや」
「あ、あはは……私は結局リヴェリア様の代わりなんですね、そうなんですね……」
「い、いや、別にそういう事ではなくてだな……!」
そんなやり取りもあってか、なんとなく会議を始める前よりかは明るい雰囲気を取り戻した面々。
ユキは今も目を覚ましていない。
カーリー・ファミリアが報復の為に直接ユキを狙ってくる事など早々無いとは思うが、相手が相手だけに確実な保証など無い。
だとすれば……
「すまないレフィーヤ、少しユキの事について話したい。時間を貰えるか?」
「え?は、はい。いいですけど……」
いくら別人格とは言え、身体は確かに自分の恋人だ。
そしてその人格も恋人が受け入れている相手でもある。
疑ってばかりというのも違うだろう。
それに、あれだけ凶暴な人格でも、そこには確かに理性と正義はあるのだ。そうでなければ、あの時あの瞬間、背後からのアルガナの攻撃からリヴェリアを守る様な行動をする筈が無いのだから。
リヴェリア達が宿を出た後、レフィーヤとアリシアは言われた通りにユキの部屋へと来ていた。武器と最低限の防具は身に付けて居るが、それよりもたくさんの娯楽物を持ち込み、レフィーヤはそうでもなかったが、アリシアは完全にリラックスモードに入っていた。
「さて……とは言っても、私達がするべき事は特にありませんし。外で調査をされている方々には悪いですが、お茶でも飲みながらのんびりと待ちましょうか」
「そ、そうですね、アリシアさん。あまり気を抜くのも良くないかもしれませんが……少しだけなら」
アリシア・フォレストライト。
レベル4の魔導師であり、ラウルを含めた二軍メンバーの中核的存在の年長者であるのが彼女である。非常に温和な性格をしており皆の姉的な立ち位置に居る彼女だが、実は強烈なリヴェリアの崇拝者であったりもする、間違いなく誇り高いエルフの1人だ。
ユキとの関わりはそう多くは無いが、何処か雰囲気の近しい彼女とは誰かの世話を焼いている時に鉢合う事が多かった。
ただまあ、リヴェリアの崇拝者である彼女が、ユキとリヴェリアとの関係をどう思っているのかは分からないが。
「アリシアさんは……ユキさんとはあまりお話しされていなかったですよね?」
「ええ、そうですね。彼女も忙しそうにしていましたし、私達もやる事が多かったですから」
そう言ってチラリと眠っているユキの方に目線を向けるアリシア。
けれどレフィーヤにはその目にこもった感情は分からない。
アリシアがユキのことをどう思っているのかとか、嫌っていないとは分かるけれど、それでも彼女はユキがこんな状態になっても……そう、そんなに動じていない様にも見えてしまう。
「……別に、嫌いではありませんのよ?むしろ、彼女の性格や行動には好感が持てます。実力もありますし、遠征の際に助けられた事もあります」
「あ、いえ!その……」
「ただ、彼女がリヴェリア様と些か仲が良過ぎる事については、少し思う所があるというだけです」
「……!」
アリシアのその言葉に、レフィーヤの肩が跳ねる。
「嫉妬……と言ってもいいかもしれません。ただ、それを抜きにしても彼女は少しばかりリヴェリア様と距離が近過ぎます。それこそ『リヴェリア様が彼女を襲った』などという馬鹿馬鹿しい噂話が出回るくらいには」
「あ、あ〜……なるほど……」
そう言って突然燃え上がる様に色を変えたアリシアの瞳。
どうも彼女が気にしていたのは、その例の噂話の事だったらしい。
そしてその中には当然、自身が崇拝するリヴェリアとべったり引っ付いて、リヴェリアからも特別に寵愛を受けている新入りに対する嫉妬もあって。
「本当に、本当に下らない……!リヴェリア様がそんな事をなさる筈がありませんのに!少し考えれば誰にでも分かる事でしょう!どうしてこんな話がここまで出回るのか!本当に許せませんわ!」
「あ、あはは……」
「中にはリヴェリア様と彼女が恋仲であるという話もありますが、そもそも!リヴェリア様が異種族の、それも同性の方とそういった関係になるなどと!本当に何を言って!」
「で、でも、ハーフのエルフだって今は少なくありませんし……同性での恋愛は神々も含めて無い事も無いと言いますか……」
「リヴェリア様は王族ですのよ!?私達エルフにとって正に今を生きる伝説……我々の誇り!その様な方が他種族の、それもそれに相応しい殿方どころか、女性と恋仲になるだなんて!絶対にあり得ません!あの少年が言っていた『セルディア様が英雄アルバートと子をもうけた』という話くらいあり得ない話です!」
それを言われてしまえば、レフィーヤもそれ以上なにか言うことはできない。
それは、18階層でレフィーヤやアリシアを含めたロキ・ファミリアのメンバー達がベルから精霊についての話を聞いていた際の事だった。
精霊アリアが生涯寄り添ったという英雄アルバートに子供が居たという話から、その相手がもしかすればハイエルフの女王セルディアではないか?という話になったのだ。
王女セルディアと言えば、エルフの間で語り継がれる穢れを知らない永遠の聖女。里を出て世界を救ったエルフ達の誇りであり、伝説だ。
そんな彼女が異種族の人間との間に子をもうけたなどと、そんな馬鹿な事はあり得ないと。
レフィーヤはアリシアと一緒になってそれは強く否定したものだ。
それを思い出せば……リヴェリアをそのセルディアと同じくらいに崇拝しているアリシアがそう言う事は当然であるし、むしろそう思わない自分こそが敬意が足りないのではないかとレフィーヤは思ってしまう。
(別にユキさんとリヴェリア様がそういう関係だとは思って無いけれど、どうして私はアリシアさんの言葉に反対しようとしたんだろう……)
それはリヴェリアとユキが本当に信頼し合って居る事を知っているからだろうか。
それとも、自分にも他種族や同性との恋愛を肯定したい気持ちがあるからだろうか。
考えてはみるが、分からない。
ただ、リヴェリアが今の言葉を聞けばなんと言うのかという事だけは想像できる。
「……リヴェリア様は、王族だからと言って行動を縛られるのは嫌がると思います」
「それは……」
「リヴェリア様が本当にお好きになられた方なら、私はそれが異種族の方だとしても……応援したいです」
それがたとえ、ユキであっても。
だってレフィーヤは知っている。
ユキの性別が本当は男だと言う事を。
だからもしかしなくとも、そういう可能性はあるかもしれない以上は……それは否定してはいけないと思った。実際にそうなった時に自分が何を考え、どう思うのかは別の話としても。
「……もう、これでは私が悪者みたいではありませんか。レフィーヤだけ掌を返して、卑怯ですよ」
「あ、その……ごめんなさい……」
「ですが……まあ、そうですね。確かにこれは私の理想の押し付けと言いますか、我儘だったかもしれません。レフィーヤの言う通り、リヴェリア様はこういった押し付けを嫌がるでしょう」
「……はい」
「ただ、それでもやはり頭と心は別ですから。頭では分かっていても、どうしても心の方は拒むものです。それに、そう感じるのは私だけではなく、他のエルフにも多く居ると思います」
「……はい」
そしてそれもまた、否定できない事実。
アリシア・フォレストライトは確かに強烈なリヴェリアの崇拝者である。だが、そうは言ってもやはり同じ組織で長い期間行動を共にしてきた同業者だ。
その崇拝はまだ現実的なものだろう。
しかし、他のエルフは別だ。
他のファミリアに居る者、オラリオの外に居る者、エルフの里に居る者。彼等にとってオラリオ最強の魔導師とまで呼ばれ、その名声を世界中に轟かせるリヴェリアの存在は、それこそ現代のセルディアだ。
いや、むしろその熱狂具合は彼女が現在進行形で伝説を作り続けている事もあり、過去の伝説であるセルディアよりも過激なファンは多い。
にも関わらず、もし仮に『リヴェリアが異種族の男性と子をもうけた』などという話が出て来れば、一体どうなってしまうだろうか。
恐らくかつてリュー・リオンがユキに対して説明した事が生易しいと言えるレベルの混乱が起きるに違いない。
もしかすれば、その相手に危害を加える輩も現れるかもしれない。
盲信的なファンというのは、時にはそういった輩に成り下がる事だってある。
それこそ、逆恨みでリヴェリアにすら牙を向ける者だって、出て来ないと断言する事は出来ない。
「我々の様な普通のエルフならばまだしも、それがリヴェリア様の様な王族の血を引く者がとなれば……茨の道になりますわ」
「……はい」
だって、エルフは確かに見目の美しい種族ではあるけれど、決して心が美しい種族では無いのだから。恨むし、憎むし、騙すし、見下すし、排他的で……他の種族と変わらない。
内面だけで言えば、彼等が見下す他の種族と変わらない。
むしろよっぽど捻くれている者が多いとすら言えるかもしれない。
だからこそ敬うのだ。
それを知っているからこそ讃えるのだ。
外見も中身も美しい本当に素晴らしい同族を。
「あの、アリシアさん、私……」
「レフィーヤ!こっちに!」
「へっ?」
瞬間、何の前触れもなく喧しく割れるガラスの音。
そして同時に後頭部に響く強烈な衝撃。
薄くなっていく意識の中で、レフィーヤはなんとなく自分が背後から襲撃を受けたという事が理解できた。暗く染まりながらも、うつ伏せに倒れていく視界に、アリシアが咄嗟に武器を構える姿が見える。
けれどレフィーヤがより気を取られてしまったのは、そんな彼女の姿ではなく、その奥に存在するユキの顔だった。
いつも通りの綺麗な顔から、薄らと目が開いているのが見て取れる。
そしてそこから微かに見える彼の瞳は、やはり何処か暗く曇っていながらも、倒れていく自分の事を追っている様な気がして……
(せめて、これだけでも……)
レフィーヤは意識が完全に途絶える直前に、そんな彼に向けて手から何かを転がした。
突然の背後からの襲撃。
アリシアがそれに気付いた時には、既にレフィーヤを助けるには遅かった。
窓を突き破り、レフィーヤの後頭部を叩く影。
そしてそれに続いてまたいくつかの人影が部屋の中へと入ってくる。
咄嗟に武器を構えてユキを隠す様に立ち塞がったアリシアであったが、やはりそんな襲撃を仕掛けて来た者達は、昨日のあの騒動にも顔を出していたアリシアにとっては見覚えのある顔触れだった。
「ふむふむ、やはりここは手薄じゃったか。余計な手間が省けたようでなによりじゃのぅ」
「女神カーリー……!」
「昨日ぶりじゃのぅ、エルフの娘よ。此奴は貰ってゆくぞ?」
「そう簡単にさせるとお思いですか……?」
「むしろ、お主に何が出来るのかと問いたいくらいじゃのぅ。大人しくしとれば危害は加えん。……後ろの狂った女子にもな」
「っ」
なるべくユキの存在がバレない様にと立ち回っていた筈だが、そんな事は既にカーリーにもバレていたらしい。
カーリーの横にはカーリー・ファミリアの団長の片割れであるバーチェ・カリフが居る。聞いた話では、彼女は姉のアルガナ・カリフと共にオラリオの外でレベル6にまで至ったという相当な実力者だ。
彼女が居るだけでも相当に厄介なのに、他にも数人のアマゾネスがそこには居る。確かに、この状況ではアリシアに出来る事など無いだろう。むしろ動けばユキにまで被害がいく可能性がある。
……この状況ではこちらが動けないという事すらも、女神カーリーは当然見透かしているだろう。それを狙って攻めて来たのも間違いない。
「とは言え、そこの娘に煮湯を食らわされたのも事実。今この絶好の機会に少しばかり仕返しをしてやる、というのも有りかもしれんのぅ」
「!……まさかここまで直接的な行動に出てくるとは思いませんでした、戦争になりますよ?」
「構わんよ、そうでなければわざわざ襲撃などするものか」
確かに戦争覚悟でも無ければ、こんな事はして来ないだろう。
つまり、先に襲撃を許した時点でこちらは既に不利な状態に置かれているという事だ。きっと今こうして襲われている自分以外の他の場所でも、女神カーリーは何かを仕組んでいる。
それこそ、例えばティオナやティオネに関しても……何かしら策を企てている可能性は非常に高い。
(せめて、せめてこの事をロキに伝えなければいけないのに……!)
早くに伝えなければ、本当に取り返しの付かない事になってしまいかねないのに。
「まあ、余計な事をされても面倒じゃ。パーチェ、その女子も拘束して連れ帰る。面倒なら腕の一本でも折ってやればよい」
「……後ろのは?」
「見逃そうとも思ったが、やはり今のうちに殺してしまえ。アルガナすら凌駕し、神すらその手に掛けようとする化け物よ。早めに消しておくに限る」
(けど、どうしたら……!)
アリシアは魔導師だ。
いくらなんでも近接戦闘を得意とするアマゾネスとこの小さな空間で、それもレベルが2つも上の相手から誰かを守りながら戦うなんて出来る筈もない。
他の誰かが援軍に来てくれるという可能性すら無いのが現状が今だ。ここを切り抜ける方法など、本当にこれっぽっちだって思い付かない。
レベル6を相手に自分も逃げ延びて、ユキも生き残らせる方法など何処にも……
「っ!?うっ、なにこの臭い……」
「……これは、まさか」
「起きた、のか……?」
そうだ。
この状況を切り抜ける方法など、それこそユキが再び立ち上がるという可能性以外に無い。
魔法を使う者が胃の中のものを全て吐き出してしまう様な不快感。
神でさえも忌避感を感じてしまう様な威圧感。
そして、上級の冒険者すらも寒気を感じる程の濃密な殺意。
何も変わっては居なかった。
そこには昨日と変わらず、人とは思えない様な悍しい何かが立っている。
憎悪に満ちた暗い瞳で女神カーリーを貫きながら。
「か、カーリー……」
「狼狽えるなバーチェ、所詮は手負いの獣。ロキとやらも手に負えん獣のなり損ないよ。あれだけの傷を負っているのだ、勝てない相手では……っ」
「カーリー!!」
カーリーの首から上を吹き飛ばす様な勢いで抉り込まれた蹴りを、バーチェだけが反応して受け止める。あれだけの怪我をしているにも関わらず、何故か昨日よりも化け物の速度は上がっていた。
それは力でさえもそうで、その蹴りの威力は姉のアルガナの一撃に匹敵する程のものがあった。
敵に武器が無いのが幸いだったのか……ただそれでも、バーチェは理解してしまう。
単純な拳のぶつけ合いに持ち込んだとしても、アルガナを圧倒していた昨日よりも更に速度を増しているコレに無傷で勝てる筈も無いと言う事を。それどころか、カーリーを守りながらなど絶対に戦えないという事を。
「カーリーを逃がせ!!【食い殺せ(ディ・アスラ)】!!」
「チィッ……!!」
バーチェの指示に、咄嗟に周囲にいたアマゾネス達が飛び去っていく。
それを追って足を踏み出そうとしたユキだが、直後にバーチェが猛毒の魔法を付与した拳でアリシアに殴り掛かろうとしたのが見えた。
それに気付いたユキは即座に反転し、バーチェの腹部に蹴りを叩き込み、思いっきり外に向けて吹き飛ばす。
今のはカーリーをこの場から逃すための明らかな餌だ。しかしそれをユキが見過ごす事が出来ないという事もまた、昨日の一件で見抜かれていたのだろう。
バーチェの策は成功した。
結果的に人質を取る事が出来、カーリーを逃す事も出来、自分が逃げる算段もついたのだから。
壁を突き破って吹き飛んでいくアマゾネスを見送り、ユキはアリシアの方へと目を向ける。蹲る彼女は一瞬ではあるがバーチェの猛毒を食らってしまっていたらしく、蹲りながら浸食が始まった腕を抑えていた。
いくらレベル4と言えど、彼女は近接職ではない。耐久が優れている訳でも無く、対異常も特別高い訳ではない。
瞬間的には毒妖蛆の毒をも超える威力を持つバーチェの毒を食らい、何の影響も無く居られるという事など有り得なかった。
「……座ッテロ」
「っ、ユキ……!貴女それ…は…!」
ユキは床に転がっていた1本の液体を拾い上げると、それを何の躊躇もなくアリシアの腕へとかける。
色を見るだけで分かる、それはエリクサーだ。
ユキの怪我を治す為のエリクサーだ。
決して自分の毒を治す為のエリクサーではない。
「ど、何処に行くのですか?駄目です、そんな怪我で……!」
「治サナカッタノハ、オ前達ダロウ」
「っ!」
「………気分ガ悪イ」
「ユキ!!」
アマゾネス達が落としていった二本の剣を拾い上げて、ユキはその場を後にする。
本来は治すべきだった怪我をそのままに。
死に近いほど上がる能力と、死を遠ざけるというスキルに任せて、確かにパフォーマンスが落ちているその身体を、強引に。
「…‥果たせなかった、リヴェリア様からのご指示を」
悲痛に歪むアリシアの表情。
しかし、それは単にリヴェリアによる頼み事を遂行できなかった事だけが理由では無い。
「何がユキの中に潜む悪感情の塊ですか、ロキ……あんなものは悪でも何でもない。それどころか……」
きっとその根になっているものは。
「間違いありません。ユキの中にある2つの意思は、どちらも……私達エルフが憧れてしまう程に、真っ白な何か」
握り締められた拳から、効果を終えたエリクサーの残り液が下垂れた。