白海染まれ   作:ねをんゆう

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68.決意

目を開けると、そこには赤く染まった瓦礫街が広がっていた。

一面の炎、肉片、血溜まり、建物の残骸。

暗黒期の際、これと似た様な光景をリヴェリアは見た事がある。

多くのファミリアが崩壊し、多くの民間人の血が流れた最悪の時代。

闇派閥が最も激しく行動を起こしていた当時では、最大戦力の1人とされていたリヴェリアでさえも何度か死に掛けた事があった程だ。

凄惨な場面も何度だってその目で見て来た。

 

……しかし、今こうして見ている景色は、リヴェリアの記憶の何処にもない。これ程までに全面的に破壊され尽くされたオラリオの姿を、リヴェリアは見ている筈がない。

街の一角が更地となった事はある。

だが、街全体が崩壊した姿など、暗黒期の時代であってもあり得ないのだ。もしそうなっていれば、今のオラリオは存在しないのだから。

 

リヴェリアは足を進める。

目を横に向ければ女子供関係なく無残な姿となった遺体が見つかり、そこには見知った冒険者の姿さえいくつもある。

周囲からは神の気配すらも感じず、どころか生物の息遣いすらも聞こえて来ない。

ただただ火の燃え盛る音と瓦礫の崩壊音だけがそこにはあり、街そのものが死んでしまった様にすらも思えてしまう。

 

ヘファイストス・ファミリア

ディアンケヒト・ファミリア

ヘルメス・ファミリア

ガネーシャ・ファミリア

フレイヤ・ファミリア

ロキ・ファミリア

 

ザッと見ただけでこれだけの数のファミリアの冒険者達の遺体、又は痕跡。

都市を守るために戦い続けて来た者達だけではなく、その支援をしていた者達まで関係無く引き裂かれ、切り裂かれ、焼かれ、爆発物によって命を絶たれている。

 

アミッド・テアサナーレ

椿・コルブランド

シャクティ・ヴァルマ

アスフィ・アル・アンドロメダ

そして……

 

(……ティオネに、ベートまで、か)

 

オラリオの中でもトップクラスの実力を持つ冒険者達。

その彼等でさえもこうなってしまったという事を、一体どう受け止めればいいのだろう。

 

リヴェリアは分かっている。

これは恐らく、将来的に考えられる想像や夢の類か、予知夢の様なものか、どちらかであると。

だからこそ、激しく動揺はしない。悲しみは覚えるが、悔しさは覚えるが、それでもただ視界を巡らし、情報を集める。

見せられているこの光景に何か意味があると信じて。

 

(物量による破壊では無い……彼等の誰もが、圧倒的な破壊による2次的被害によって命を失っている。唯一、上級の冒険者達の何人かは直接殺された様な形跡があるが、そのどれもが人間によって殺された様に見える。思い浮かぶのは……ザルドとアルフィア)

 

かつての決戦において、オラリオの前に立ち塞がった2大ファミリアの生き残り。

レベル7の中でも最強クラスの能力を持っていた2人組。

例えばあの2人組がレベルを上げ、病や毒から解き放たれた万全の状態で来たとするならば、この惨状も納得できる。

あの当時よりもオラリオの冒険者は強くなった。それでもそれくらいの敵が現れたとするならば、こうなってしまっても仕方ないだろう。

……あの時2人が亡くなった事は確実である為、その様な事は絶対に有り得ないのだが。

 

(闇派閥の仕業……何かしらの策を用意している事はあるだろうが、それがここまでの代物だと。私にそう警告する為の夢だとでもいうのか?今のままではこうなる事を避けられないと、行動を促す為の)

 

ただの夢じゃない。

何か意味がある筈なのだ。

ロキでもなく、フィンでもなく、リヴェリアがここに呼ばれた理由が。

他の誰では駄目で、リヴェリアがここに来なくてはならなかった理由が。

 

(そうだ、私でなければならない理由がない。ロキの勘やフィンの指の疼きに示す事なく、こうして私に夢や幻想という強引な手法で伝えた理由。他の人間ではなく私でなければならない事、それはエルフの関係以外で考えれば………………っ、ユキはどうなっている!?)

 

周りを見渡す。

瓦礫の山の上に登り、そこから周辺を見渡しても、彼はどこにも見当たらない。当然だ、こんなにも広い空間の中で1人の姿を見つけるなど絶望的でしか無いのだから。

ただ、そのおかげで分かった事もあった

このオラリオに本来あるべき場所。

なければならない建物。

それが今、どこを見渡しても存在しないと言う事に。

 

(バベルが、無い……!?いや、もしやあれか!?あの一際大きい瓦礫の山か!?ならばもう、モンスター達は地上に溢れ出しているのか!?)

 

その瞬間、その瓦礫の山の向こう側から静寂を吹き飛ばす様な巨大な鐘の音が聞こえてくる。

誰かが居るのかもしれない。

リヴェリアは急いでその場を飛び出した。

瓦礫の向こう側、2つの巨大な力の圧を感じる。

走っている最中でも両者の力は高まり続け、響きを増していく鐘の音に重なる様にして、空間を揺らす程に脈動する心臓の鼓動の様な音も聞こえて来る。

 

(フィン、ガレス、オッタル……!レフィーヤとアイズもか……!)

 

中心地へと近付く程に見知った顔の、それも家族達の無残な姿が見えて来る。

弱者も強者も関係無く、オッタルが粉々に砕け散ったその身体で何かを守る様にして倒れているのは、きっとそこに彼の女神が居たからだろう。

それはつまり、この街から神々すらも消されているという事だ。

そしてそれはまた、ロキも同じという事で……

 

(見えた!あそこに居るのは……私と、ベル・クラネル……!?)

 

鐘の音と鼓動の音が響くその空間で、恐らくこの世界の自分であろう彼女が、腹部に致命的な一撃を受けて倒れ伏していた。

そんな彼女の前に立ち、敵を見据えて居るのが右手に持つ普段彼が使っている物とは異なる白銀のナイフに白いオーラを纏いながらも大きな鐘の音を鳴らしているベル・クラネル。

彼もまたいくつか大きな怪我をしている様だが、それでも懸命な処置をされている跡もある。

きっとこれが最終決戦なのだ。

この世界の本当の意味での命運を決める、最後の戦い。

 

(そして……その敵が誰であるのかは、言わずとももう分かる。ここに私が居た時点で絶対に間違いないんだ。それに、どれだけ本質が変わってしまった所で、私がお前を間違える筈がない)

 

『ここで必ず貴女を倒します、ユキさん。もう終わりにしましょう』

 

『■■■■■■』

 

『神様達は、せめて今生き残っている人達だけは、僕が守ります。たとえ貴女と相討つ結果になったとしても』

 

『■■■■■■■■■■』

 

『……いきます!』

 

『■■■■■■■■■■■■■■!!』

 

白と黒の人影が打つかる。

光と闇の嵐が吹き荒れる。

爆発的な2つの力の渦は、この夢の世界すらも引き裂いていく。

そしてその衝突の瞬間、嵐の合間を縫って黒い人影の顔が見えた。

その時見えた顔は間違いなく、リヴェリアが誰よりも、そして何よりも知っている……ユキのものであった。

 

 

 

 

「……やはり夢、か」

 

目を開ける。

もう一度開けた瞳に映るのは、外から入る月明かりと、何の変哲もない普段通りの天井。

額に手を当てれば汗をかいていて、どうやら冷静を装っていても、あの光景に相当のストレスを感じてしまっていたらしい。

 

「ただの夢……にしては、些かキツいものがあったな」

 

何らかの理由でユキが暴走し、オラリオとそこに住む者達を自分も含めて殺し尽くそうとする未来の光景。フィンもガレスもオッタルも、それこそ他のどんな冒険者達が纏めて掛かっても打ち倒される。

そんなことはあり得ない、ある筈がない……果たして、本当にそう言い切れる程の確証があるだろうか?ユキが内に抱えているものは知っている、それが外に出てこれば大変な事になるという事も知っている。

それがオラリオの冒険者全ての力を以てしても歯が立たない程のものなのかと言われれば、それはまた話が変わってくるが、これまでのユキのことを考えれば『絶対にない』とは言えやしない。

リヴェリアの額から一筋の汗が流れ落ちる。

夢にしてはあまりにもリアルだった。

仲間達の死体の形を今でも鮮明に思い出す事が出来る。

そしてその原因が最愛の恋人であるという事実もまた……

 

「ううん……」

 

「っ、そういえば昨日も一緒に眠っていたな。起こしては……いないようだが』

 

少し身体を起こそうとすれば、自分の腕をギュッと掴まれる。

最近はこうしてユキと一緒に寝る事が多くなった。

というか、ほぼ毎日と言っても良い。

寝相が悪い訳では無いのだが、いつもこうして自分の腕や身体に自分の身体をピッタリとくっ付けて眠る。それは今日も変わらない。

寂しがり屋……いや、甘えん坊とでも言うべきか。

腕を引き離してしまえば眠っていても表情を曇らすし、もう一度腕を差し出せば安心感を示す。それを見る度にリヴェリアは嬉しくなるし、微笑ましくなる。

額を撫で、布団を掛け直し、ユキを胸の内に抱き込んで背を叩く。

まるで母と子の様な姿だが、きっと実際にユキはリヴェリアに対してそういった気持ちも自覚していないながらもあるのだろう。

だが、リヴェリアはそれでもいいと思っていた。

そうだとしても、愛し合っている事は確かなのだから。

愛の形など、別に他と違ってたって構わない。

 

「……愛だけではお前は救えない。だが、私の存在がお前の救いになっているとは思いたい」

 

夢の中のあの光景。

暴走したユキを止める為に立ち塞がったのは、アイズが興味を向けているあのベル・クラネルという少年だった。

そしてユキもまた、英雄としてあの少年に期待を抱いていた。

自分の代わりに英雄となってくれるだろうと、自分よりも優れた英雄になってくれるだろうと、相応しい英雄になってくれるだろうと。

きっとそれは決して偶然では無いのだろう。

ユキの目は確かであり、彼はその役割を確実に成し遂げる。

オラリオを滅ぼした悪魔を討伐し、世界を救う。

彼は恐らく現実でも同様の状態になった時に、その偉業を成すだろう。

その片鱗は周囲やユキからの話を聞いているだけでも想像できる。

 

「……もしかすればお前は、無意識に未来のあの光景を予感していたんじゃないか?ベル・クラネルに期待を寄せていたのは、そうなった時の自分を止めて貰う為なのではないのか?」

 

などと言うのは、少しばかり考え過ぎだろうか。

考え過ぎだと思いたい、けれどユキならばそれがあり得てしまう。

 

「英雄の最期は報われない……最初の英雄"アルゴノゥト"ですらも最期は呆気なく命を落とした。お前も自分がそうなると考えているのではないのか?」

 

だとすれば、誰よりも英雄を信じているのは、誰よりも自分を英雄だと思っているのは、皮肉にもユキ自身なのでは無いだろうか。

リヴェリアは思い返す。

クレアとの会話の際、彼女が言っていた言葉を。

 

『ソコマデシテモ、"ユキ"ハ世界カラ解キ放タレル事ハナイ』

 

『アレハ、ソンナ生優シイ物デハナイ』

 

ユキを縛っているものは、クレアを含めた精霊の力だけではない。

考えれば当然だ、ユキが自身の体にそれを封じ込めたのは本当についこの間の話。それ以前からユキは面倒事に巻き込まれていたと、ロキとフィンは考察していた。

ユキ自身もそれ以前から何度も死に掛けていると言っていた。

 

「……ユキを普通の少年に戻すには恐らく、呪いを解き、恩恵を消すだけでは足りていない。英雄としての立ち位置から引き摺り下ろし、トラブルに巻き込まれやすい体質を治さなければならない」

 

果たしてそんな事が本当にできるのだろうか?

神に聞いた所でその希望を叶える事は難しいだろう。

とは言え、オラリオの外でもトラブルに巻き込まれていたユキだ。

治さなければ死ぬまで厄介事に巻き込まれ続けてもおかしくはない。

やはり本当の意味で普通の生活をさせてやるには、この体質は治さなければならないだろう。そうでなければユキは確実に短命で命を落とす。明日命を落としてもおかしくはない。

 

「制限時間は、多くは無いだろうな。あの時のベル・クラネルは今と殆どその容姿が変わっていなかった。つまり3年……いや、あの年頃のヒューマンの成長速度を考えれば、1年すら無いかもしれない」

 

あと1年以内に、ユキと永久に会えなくなってしまう可能性がある……そう考えると胸が痛い程に締め付けられる。

リヴェリアは本当にユキの事を愛しているのだ。

出来るならば、ではない。

絶対にユキを失いたくは無い。

自分のエルフとしての寿命を加味したとしても、それでも離れてしまう事などたとえ想像の中でも考えたく無い。

 

「……お前を私の胸の内に閉じ込めておけば、あの未来を回避する事が出来るのか?」

 

この部屋に閉じ込めておけば。

どこにも行かせず抱いていれば。

ユキはこのままで居てくれるのだろうか?

そんな黒い思考が段々と湧いて来て、リヴェリアは頭を振り払う。

そんなものは駄目だ、そんなことをユキは望んでいない。

たとえそうして1年を過ごす事が出来たとしても、その後はどうか?

問題を先延ばしにしているだけではないのか?

でも先延ばしに出来るのであれば意味はある気もしてしまう。

 

「それでも、神アストレアが帰って来るまで待てば……」

 

葛藤する。

色々な理由をつけて自分の欲を正当化しようとする醜さを、リヴェリアは咎めて押さえ付けようとする。

そして、他ならぬユキの前でこんな自分の醜い心を抱えてしまっている事に、罪悪感を抱く。

誰よりも白く生きる事を欲しているユキの隣に、こんなにも醜い考えを持った自分が居てもいいのだろうか?

自分は本当にユキの隣に立つに相応しい人物なのだろうか?

ユキの隣に立つべきなのは、もっと年が近くて誠実な……

 

「っ……馬鹿者が」

 

そこまで考えて、リヴェリアは自分の額を叩いた。

今更何を言っているのか、ユキにあれだけの事をしておいて。

それに、今更自分はユキから離れられるのか?

相応しくないからと言って、諦める事ができるのか?

そんなこと出来るはずが無いだろう。

だったら、その様な無駄な思考を積み重ねるのは無意味なのだ。

自分は年長者として、ユキを支えなければならない。

自分の事で悩んでいる暇などない。

覚悟を決めなければならない。

他の誰に反対され、他の何に邪魔されても。

いくら相応しくないと言われ、他に相応しい人間が見つかってしまったとしても、それでも……ユキの側に居続けるという覚悟を。

 

「愛している。愛しているんだ、ユキ」

 

心の底から、どうしようもない程に。

 

「だから私は、必ずお前を救ってみせる。そして絶対に連れて行く。私とお前の、2人だけの旅に……」

 

たとえ神にだって、世界にだって、ユキの事は渡さない。

ユキを英雄にしようとするのならば、たとえどれだけの犠牲が出ようとも、自分がその座から引き摺り下ろす。

勝手な願望でこの子を英雄になどさせるものか。

この子はただの人間だ。

英雄にならもっと相応しい人間が居る。

わざわざ望んでいない、拒んでいる子供を選ぶ必要など無い筈だ。

世界の重荷を背負う必要なんてない。

誰かの命を守る必要なんてない。

大きな力を持っているからと言って、勝手に責任を伴わせるな。

ユキを縛る事が許されるのは神でも世界でもなく……自分だけなのだから。

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