白海染まれ   作:ねをんゆう

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69.英雄候補

「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとうございました……!」

 

「うん……動きは良くなってる。ちゃんと、成長してる」

 

「焦らなきゃいけないのも分かるけど、あんまり無理しちゃ駄目だからね〜?とか言って私もバンバン攻撃しちゃってるんだけどさ!……またね、アルゴノゥト君♪」

 

「はい!また明日、よろしくお願いします!」

 

戦争遊戯を控えたこの日、ヘスティア・ファミリア所属の団長ベル・クラネルは引き続きアイズとティオナによる鍛錬を受けていた。

日も暮れ始めた夕暮れ、2人の鍛錬を受けられる時間もそうは多くない。

体を休ませる事の大切さは理解しているが、ベルがこうしている間にもヘスティア達がリリをソーマ・ファミリアから救い出したり、戦争遊戯における策を練ったりしていることを考えれば、休んでなどいられなかった。

 

「もう少し……もう少しだけ……!」

 

今日2人に教わった事を頭の中で反復しながら、ベルは仮想の2人に対して武器を振るう。

1秒たりとも無駄には出来ない、たとえどんな理由があっても負ける事など許されないのだから。ガムシャラにやっても意味は無いが、教わった事の反復ならばいくらやっても無駄にはならないだろう。

 

「強くなるんだ……!強く、強く、もっと強く……!」

 

「精が出ますね、少年君」

 

「へ?……って、うわぁ!?ユ、ユユ、ユキさん!?」

 

ベルが空想のアイズの動きに合わせて背後に向けてナイフを振るった瞬間、突然その手をパンっと受け止められ、目の前にあったのは何故かあの綺麗な顔だった。

顔が近過ぎるのもそうだが、そもそも何の気配も無く背後に寄られていた事に全く気付いていなかったベルは驚きのあまり尻をつく。

そんな彼に対しても彼女は以前と変わらない笑顔で手を差し伸ばしてくれるのだから、ベルは照れながらもその手を取るしかない。

 

「お久しぶりですね、お元気でしたか?」

 

「は、はい!アイズさん達から今はユキさんに会えないと聞いていたので心配してたんですけど……」

 

「ふふ、少しばかり怪我をしてしまいまして。遠征でも無茶をしてしまったので、外出禁止を言い渡されていたんです」

 

「な、なるほど……とにかく、お元気そうで何よりです」

 

そう言って笑顔を交わす2人は、その容姿もあってか恋人というよりかは姉と弟の様。実際は兄と弟かもしれないが、それはいいとして。

 

「アイズさんとティオナさんとの鍛錬の復習をしていたんですか?」

 

「あ、はい……その、休まないといけないのは分かってるんですけど、当日のことを思うと居ても立ってもいられなくなってしまって……」

 

「なるほど、そう言う事でしたか……それなら、私が少しだけ付き合いましょうか?あまり長くは居られませんが」

 

「え、いいんですか?」

 

「ええ、勿論です。リューさんに事情を聞いた時から、私も何かお手伝いをしたいと思っていた所ですし」

 

ユキのその申し出に、ベルは是非にと頭を下げる。

ベルは勿論、ユキの実力をよく知っている。

18階層で黒いゴライアスに襲撃された際にも、彼女はリューやアスフィと共に立ち回っていたし、なにより彼女はベルが神会で二つ名を付けられた時に同時にレベル4として二つ名を授かった存在だ。

未完の少年(リトルルーキー)という普通の二つ名を貰った一方で、白海の輝姫(ミルキー・レイ)というなんか見た目凄そうな二つ名を彼女は貰っていたと聞いた為、ベルの頭の中にはよく残っている。

まさかその彼女が既にレベル5まで上がっているとは知らないだろうが、それでも彼女がそれなりの実力者である事は間違いない。

 

「えっと……ところで何をするんですか?ユキさん、武器は持っていないですよね?」

 

「一応短剣は1本持ってますよ、自衛の為に。ですので……【救いの祈りを(ホーリー)】」

 

「っ!」

 

その辺りの石を拾い上げて付与魔法を込めたユキは、それを見せながらベルに向き直る。

片手に短剣、片手に付与魔法を込めた石。

それが何を意味しているのか一瞬分からなかったベルだが、次の瞬間にある構えを取ったユキの姿を見て全てを理解した。

 

「ファイアボルトをチャージした、僕……?」

 

「ご名答です。私がこれから少年君にお渡しする技法は……必殺の一撃の当て方」

 

「!!」

 

「この石に込めた力は弱いので、当たっても怪我をする事はありません。ですが、少し赤くなるくらいには痛いですよ?色々な事を試して、色々なパターンを覚えてみましょうか」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

ベルのその言葉にユキはまた一度微笑んでから、短剣を逆手に持ちベルへと飛び込んだ。

普段は短剣を扱う事のないユキだが、その短剣の扱いは非常に手慣れている。なるべく記憶にある限りのベルの戦い方に似せている様だが、やはりその一振り一振りは非常に鋭い。

そしてベルからして何より厄介なのは……まるで自身のチャージ状態の時の様に真っ白に輝く彼女の左手。

 

(いつ撃ち出してくるのか分からない……超短文詠唱で高火力、相手にしてみるとこんなに厄介だなんて思わなかった……!)

 

こうしてみて初めて分かる自分の脅威。

溜めて維持する為に左手は殆ど動かしていない為、実質的に右手だけでの戦闘になっている筈が、その右手だけでもここまで戦えれば話は変わってくる。

常に銃口を突きつけられ、詠唱一つで飛んでくる恐ろしい砲弾。常にそっちにも気を割かねばならず、ナイフの打ち合いにも集中し切る事が出来ない。

 

「はい、これで完全に視線が上を向きましたね」

 

「えっ……うわぁ!!」

 

「ファイボルト!……な〜んて♪」

 

「いたっ!?」

 

突然視界外からの足払いを受け、一瞬宙に浮いた所で光り輝く石を自身の胸の防具へと放たれる。

その勢いと音に思わず"痛い"と口走ってしまったが、実際にはそこまで痛い訳ではなかった。それよりもなにより今は頭の中で考えるべき事が多くあって……

 

「次行きますよ、頭の整理は出来ましたか?」

 

「は、はい!お願いします!」

 

必死に必死に頭を回し、今の戦闘についての反省を済ませると、間髪入れずにユキは再び飛び掛かって来る。今度は先程とは違い、白く光る左手を体の後ろに隠す様にして攻撃を仕掛けてきた。

 

避け、弾き、受け、蹴りを交え……

やはりベルの攻撃は右手の短剣だけでやり過ごされてしまう。

そうして背後に隠されたまま最初の瞬間からずっと白い光すら見えなかった左手は、ユキがナイフを弾いた直後に右肩からタックルを仕掛けて来た瞬間に放たれた。

 

「ファイアボルト♪」

 

「なっ……!?」

 

再び先程と同じ位置に当たる光る石。

結局ベルはその石を今回は今この瞬間まで視認する事が出来なかった。

ベルの防具に当たり、跳ね返ってきた石を綺麗に手に取り、再び魔法を込め始めるユキ。

彼女はそれでも笑顔でベルに手を差し伸べる。

 

「ユキさんも……溜めるスキルとかを持ってるんですか?」

 

「いいえ、持っていませんよ?ただ、一撃必殺の様な所はあります。……そして、魔法やスキルを使わなければ決定打のない私達は、その一撃を必ず相手に当てる必要があるわけですね」

 

「必ず、当てる……」

 

「少年君も、そろそろ経験があると思いますよ。自分がその攻撃を当てなければ、他の人達がたくさん死んでしまう様な状況が」

 

「!!」

 

「自分がこの一撃を当てなければ、仲間を死なせてしまう。もしこの一撃を外してしまえば、多くの人が犠牲になってしまう。……そんな経験は、これまでありませんでしたか?」

 

心当たりは、あった。

純粋なダンジョンでの戦闘中、怪物祭の時のシルバーバック、18階層での黒のゴライアス……そして、それまでの規模の小さな物とは異なり、より大きな規模の命を背負う事となった、魔獣アンタレスとの戦い。

今思えばどれも紙一重、少しでも間違えていれば自分は当然、その近くに居た者達まで命を落としていただろう。

その時は必死で恐怖を感じる余裕すらもなかったが、この先もずっと上手くいくとは限らない。これから先も、必死にやっていれば何もかもが上手くいくとは限らない。

きっとユキが言いたいのはそういう事だ。

これから先もガムシャラに努力するだけでいいのかと、彼女はきっとそう問うている。

 

「少年君、これは私からの……色々な失敗をして来てしまった私からの忠告です。もし貴方が誰かを救いたいと思った時、その瞬間に貴方の手にある物は、貴方がこれまで積み上げて来た物しかありません。突然湧き出て来る選択肢なんて、そこには滅多にありません」

 

「……だとすれば、今の僕にはその選択肢はあまりにも少ない。いくらレベルを上げたとしても、僕にはアイズさんやユキさん達の様な経験が無い」

 

「だとすれば、考えるしかありません。考えて、試して、反省して、修正して、それをただ濃密に繰り返すしかない。……そして私は、それが出来なかったからこそ、多くの人を救えませんでした。戦う事以外にも目を向けていたから、肝心な時に手札が足りませんでした」

 

「……失敗、したんですか?ユキさんは、誰かを守る事を」

 

「はい、もう溢した数すら数え切れないほど」

 

その表情は優しげな笑みではあるものの、胸が痛くなる様な何かを持っている。そして、ベルは何となく感じてしまった。彼女が自分に何かを期待しているという事を。

 

「少年君は、英雄になりたいですか?」

 

「は、はい。なりたいです、なれるのなら。まだまだ実力も経験も足りませんけど、いつかはなりたいと。そう思っています」

 

「……少しも躊躇わずにそう言えるんですね。やっぱり、私の目に狂いはありませんでした」

 

そうして突然ユキに差し出された物を、ベルは両手で受け取る。

それは何かの金属の欠片の様な物で、けれどどこか神聖な雰囲気を放っている白銀色の未知の素材。手のひら程の大きさも無いような欠片だが、それを手に取った瞬間にベルは感じた。それが以前に魔獣アンタレスを倒したあの槍の様な矢と似た雰囲気を持っているという事に。

 

「ユ、ユキさん……!?こ、これって!?」

 

「それは既に仕事を終えた、とある剣の残骸です。材質的には銀と変わらない物ですから、素材として使ったとしても、特別強い武器が作れる訳ではありません」

 

「で、でもこれ……この力は……」

 

「……ええ、そうですね。少年君が言う通り、これは確かに普通のものではありません。それを素材にして作った武器には一つの性質が宿ります。それ即ち、『悪意殺し』という特性が」

 

「悪意、殺し……?」

 

聴き慣れない言葉に首を傾げるベルに、ユキは一度その欠片を再び自身の手に取ると、ベルの心臓に刺す様な真似をして戯れる。

実際には軽く当てただけなので、痛くも何とも無いのだが……

 

「この欠片はとある魔獣を封じ込めていた剣の残骸です。その魔獣は存在しているだけで周囲の人間の感情を乱し、生まれた悪意を糧に力を増すという怪物です。そしてその魔獣を封印する為には、集められた悪意そのものを消滅させる事で、魔獣を弱体化させる必要があった。その役割を担ったのが、これです」

 

「そんな魔獣が……あれ、でもそれだとその魔獣は今も何処かに封印されているんですか?だとしたらその剣がこうして壊れてしまっているのは……!」

 

「いえ、その魔獣は私が完全に消滅させました。この剣の命と引き換えに、ですが」

 

「ユキさんも……」

 

自分と同じ事を、と言おうとしてベルは口を閉じる。

ヘルメス・ファミリアや、あの女神を含めた多くの仲間達に手を貸して貰った自分と、間違いなくこのオラリオに来る前であろう彼女の話を、全く同じ状況だと言ってもいいのか……そう思ってしまったからだ。

そんなベルの気遣いにも、ユキは微笑ましそうに見ているだけだったが。

 

「それだけの大きさの欠片があれば、きっと短剣程度の大きさでなら元の剣に及ばずとも、敵の魔石か心臓に突き刺す事で似た様な効果が得られる様になる筈です。使える状況は限られますが、持っているだけで手札は増えます」

 

「で、でも、それなら僕よりもユキさんやアイズさんが持っていた方が……!」

 

「いいえ、君じゃなきゃ駄目なんですよ。英雄を心から志している、君じゃなければ」

 

「どう、して……」

 

どうしてそんなに、期待をしてくれるのか。

期待をしてくれるのは嬉しい、応援してくれるのは嬉しい。けれど、わざわざこんな物を手渡して貰うほどに期待をされる理由までは分からない。

ベルと目線を合わせ、彼の頭を嬉しそうに撫でるユキ。

でも、本当にベルには分からないのだ。

彼女がどうして今日までこれほど自分の事を気にかけてくれていたのかが。

 

「……ユキさんは、どうしてそんなに僕に良くしてくれるんですか?」

 

「ん、突然どうしたんですか?」

 

「いえ、その……僕はユキさんと会ってから、いつも何かをして貰ってばかりで、まだ何も返せていなくて。アイズさんにも助けて貰ってばかりだけど、それでも……」

 

「少年君の強さの秘訣を知りたいアイズさんと違って、私については少年君の事を気にする明確なメリットが無いと?」

 

「……はい」

 

「ティオナさんと同じで、単に君の事を気に入っているだけかもしれませんよ?」

 

「そ、それはきっと、違います。ユキさんはどちらかと言えば、僕よりもリリの方が気に入っている筈です。それは3人でダンジョンに潜った時から分かっていましたから」

 

「あや……個人的には贔屓をしているつもりは無かったのですが、言われてみれば確かにそうかもしれませんね。真っ黒な自分を認識して、それでも必死に白くなろうとしている彼女の事を、私は無意識に好ましく思っていたかもしれません」

 

「それなら、どうして……」

 

「う〜ん」

 

悩む様な仕草をしているのに、全く悩んでいる様には見えないユキを、ベルは訝しげに見つめる。

彼女の中ではもう答えは出ているはずなのだ。

どうして彼女がベルを気にかけるのか、どうしてこんな物をベルに手渡したのか。

そんな事は絶対に、分かっている癖に……

 

「……ねぇ、少年君。私からのお願い、1つだけ聞いて頂けませんか?それさえ叶えてくれるのであれば、私は君に私の全財産を授けてもいい」

 

「え、いや!そんなもの頂けませんよ!?それにユキさんのお願いなら、可能な限りは聞きます。これまでのお礼とか関係なく、ユキさんが優しい人だと知っていますので……!」

 

「……前にも言いましたけど、あんまりそういう事を言っていると、悪い人に騙されちゃいますよ?私の様な人間だって、企む事くらいはするんですからね」

 

「だとしても、ユキさんは悪い目的の為にそんな企みはしない人です。少なくとも僕はそう思っています」

 

「……人誑しですね、少年君は」

 

金属片を再びベルに握らせ、ユキはその手ごと自らの両手で包み込む。

目を閉じて、少しだけ頭を下げて、願う様に、祈る様に……俯きながら。そのただ一言を、そのただ一つの願いを、ユキはベルを気にかける理由の答えとして、言葉にする。

 

「お願い事というのは単純……もし私が悪い事をしてしまった時、少年くんに止めて欲しいということです」

 

「!?………ど、どうして僕なんですか!?ユキさんにはロキ・ファミリアの皆さんが居るじゃないですか!」

 

「もしもの時の為です、そんな未来は本来なら無いのが一番です。……それでも、この世界は神様でも分からないほどの未知で溢れています。だから私は信頼できる君にも、この願いを託しておきたい」

 

「……僕なんかで、いいんですか?」

 

「君だから、お願いしたいんです」

 

「……そういう、ことでしたら」

 

「ありがとうございます」

 

それだけ言うと立ち上がり、再び続きをする為に少し離れた場所へと手に持った小石を光らせながら歩いていくユキ。

けれどベルはその瞬間に、何処か申し訳なさそうな、それでいて辛そうな顔をしている彼女の顔を見てしまった。

 

その顔がその後も何度も何度も浮かんできてしまって、鍛錬になかなか集中できなかった事も、もしかすれば彼女にはバレてしまっていたかもしれない。

それでも彼女が何も言わずに最後まで付き合ってくれたのは、お礼の意味合いも込められていたのかもしれないが。

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