白海染まれ   作:ねをんゆう

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地獄への入口


71.切口-5

リヴェリア達がダイダロス通りの捜索している中、地下道の調査を行っていたフィン達は闇派閥の住処らしき場所を見つけていた。

超硬金属アダマンタイトを超える強度を持つ最硬金属オリハルコンによって作成された巨大な一つの門。オリハルコンと言えばアイズの持つデスペラートを構成している素材と同一の物だ。

そんな如何にも目立つ門を見つけた……というのもおかしく、どちらかと言えばこの門は見つけさせられたという方が正しいのかもしれない。

 

「……つまり、罠ですか?」

 

「だろうね……ほら、ご丁寧に扉まで開けてくれるらしい」

 

ロキ・ファミリアが一同揃っているというにも関わらず、わざわざこの鋼の扉を開けて迎えてくれるという、この歓迎具合。

一瞬見えた仮面の怪物が開けたのであろう事は容易に想像できるが、果たしてこれからどんな歓迎を受ける事になるのかという事はこれっぽっちも想像出来やしない。

それでも、敵が相当の自信を持って迎えているということだけは確かな事実だろう。それ相応のモンスターやトラップを用意して出迎えてくれるという事もまた、間違いようのない事実だ。確実に敵は万全の準備を整えて待ち構えている。

 

「団長、内部入口付近には人もモンスターも居ませんでした。ですが、進んだ先は複雑に分かれている迷宮……というより、ダンジョンそのものの様な構造になっています。相当の広さがありそうです」

 

「……だとしても、本物のダンジョンでも無いのに思念の感知がこんなにも困難なのは気になりますね。恐らく壁や床も普通の材質では無いかと」

 

「なるほど、敵は思っていた以上の用意をしてくれていたらしい」

 

リヴェリアの側に控えていたユキも訝し気に扉の奥に目を向ける。

敵の本拠地……そこへの突入というだけならばまだしも、まるで敵が用意していたトラップハウスに飛び込む様なこの感覚。

悪意に浸かった未知というものは、きっと普通のダンジョンよりも恐ろしいものだろう。情報が一つもないという事もまた同様に。

 

「前衛と後衛、治療班を僕とガレスが率いて進攻する。リヴェリアとユキは万が一の為にこの場で待機、ロキや他の者達と通路の情報を収集しつつ待っていてくれ」

 

「分かった」

 

「手薄になったロキを襲いに来ないとも限らないし、逃げ道を塞がれる可能性もあるから、くれぐれも頼んだよ?」

 

「わ、分かりました」

 

ユキをこの先に連れていく訳には行かない。

戦力としては大いに役立つだろうし、ベートの鼻とは異なるその特殊な感知能力も、出来ればこの未知の場所には持っていきたい。

だが一歩間違えればユキそのものが脅威となる可能性を考えると、そのリスクは大き過ぎた。

ウラノスとの対談についてはフィンも話は聞いている。

少なくともアストレアがこの街に着くまでは、ユキを使う事は出来ないと彼は判断した。

 

「突入部隊、前進」

 

「……お気をつけて」

 

果たしてその判断が合っていたのか間違っていたのかは……きっと、結果が出た後でも分からないと、誰であってもそう口にした事だろう。

 

 

 

ーー迷宮探索開始から7時間経過。

フィン達は未だ迷宮からは戻って来ない。

どころか音や声すら聞こえて来ない有様。

それに加えて……

 

「ダメです!この先は扉が落ちてしまっていて内部に進めなくなっています!」

 

「フィン達、閉じ込められてしまったか……まあ予想はしとったけど」

 

「壁もなかなか凶悪です。超硬金属アダマンタイトの上を覆う様に敷かれたこの石板が魔法の威力を軽減しています」

 

「恐らくは37階層に棲むオブシディアン・ソルジャーの体石で作られているのだろう。こうなれば私の魔法やフィンの槍でも破壊するのは不可能だ」

 

「ユキたんならどうや?」

 

「仮に破壊するとなると、一級品の剣を『剣光爆破/ソード・エクスプロージョン』で爆破させないと難しいですね。爆破は私よりクレアの方が得意なので、魔力効率も壊滅的ですが」

 

「ま、最悪それで風穴開けてくしか無いか……」

 

外部からも内部からも互いに干渉が不可能。

強引な突破すらも困難。

援軍を呼んだところで門や壁を突破出来ないのだから意味もなく。

取れる手段は殆ど無くなっていた。

それでもロキは考え、最低限の情報収集を進めていく。

 

「……リヴェリア、自分のスキルを使って探知をしてくれへんか?確かそんなスキルあったやろ」

 

「出来るが、あくまで魔法円の届く横の範囲だけだ。第二階位攻撃魔法を繰り返すとなると、燃費も最悪になるが」

 

「なんもせぇへんよりマシやな。アリシア達は進めるだけの迷宮のマップ作成を頼むわ、ついでにリヴェリアを迷宮中に動かして探知させる」

 

「分かりました!」

 

エルフが中心の現在のパーティを考えると、出来る事はこのくらいだろう。そうしてリヴェリア達が迷宮内へと走って行くのを見送りながらも、ロキは再び思考の底へと沈んでいく。

敵の狙い、この場所の意味、これから先に起きる事、そしてその黒幕の正体……考えるべきことは多くある。

普通ならば見つける事の出来ない共通点も、全知無能のロキであるならば話は別であるかもしれない。神である以上、そのアドバンテージがある以上、裏の裏まで想像しながら頭を働かせるのはロキの役目だ。相手もまた神であるのならば、それは当然に。

 

「っ……ロキ様、あれを」

 

「うん?……誰か来よるな、こっちに」

 

思考の海を彷徨い初めて10分ほどが経った頃。

それにロキの護衛を任されていたユキが最初に気付いた。

地下道の更に奥から3つの人影がこちらに歩いてきている。

特に3つのうちの1つからは微かな神威を感じられる為、間違いなくそれは神なのだろう。

まさか今この状況でここに来る神がまともな筈があるものか。

ヘルメスやデュオニソスならば相方は1人のはず。

そもそも知っている神威でも無いため、別人なのは確定している。

 

リヴェリア達は今は最奥から探知を行っている、暫くはこちらには来られない。ユキはロキの前に立ち塞がる様にしてその人影と対面した。

 

「ああ、やっぱり……生きてたんだ、ユキちゃん」

 

「……どなたでしょう。私は初めてお会いする筈ですが」

 

「別に知らなくても不思議じゃ無いよ、俺が一方的にユキちゃんのファンってだけだからさぁ」

 

軽薄そうな言葉遣いでロキの事を無視してユキに話しかけてくるその神物。

彼の横に立つ2人が闇派閥特有のローブを着ている事から、既に敵である事は明らかであり、彼等を見るロキの眼も相当に鋭い。

かと言って今リヴェリア達を大声を出して呼び出せば、きっとこの神は目の前にある扉を閉じてリヴェリア達まで閉じ込めてしまうだろう。

それを考えると迂闊な真似だけは出来なかった。

 

「誰や、お前」

 

「んー?俺はタナトス、邪神なんて呼ばれてた神々の最後の生き残りだよ、ロキ。今の闇派閥の残党を率いているのもこの俺さ」

 

「ほーん……それなら今ここで自分を殺せば闇派閥は終わりやな」

 

「いやぁ、そういう訳でも無いんだなぁこれが。そもそも俺の眷属って割と少ないし、恩恵が無くなっても大変なのはヴァレッタちゃんくらいだもん」

 

「せやから出て来たっちゅう事か……にしても、妙に余裕やな?悪の首領を気取っとるからか?」

 

「まさか、流石の俺も本当はこんな所まで来るつもりは無かったよ。……それこそ、良い具合にこうしてユキちゃんと対面出来る機会でも無ければ、ずっと奥に引きこもっているつもりだった」

 

「っ……お前、ユキたん狙いか!」

 

「正〜解っ☆」

 

「っ!」

 

次の瞬間、ロキ達の目の前にあった扉が閉められる。

これで完全に2人はリヴェリア達から引き離されてしまった。

どころか、リヴェリア達までもが閉じ込められてしまった。

敵の戦力は闇派閥の信徒が2人、こちらの戦力はユキ1人……単純に衝突すれば問題なく勝てるだろうが、タナトスがそれを見越して何も用意して来ていない筈がない。

ユキは腰の剣に手を当てて身構える。

 

「ま、座って話そうよユキちゃん。別に俺は君を殺しに来たとかそういう訳じゃないんだ」

 

「……どういう事ですか」

 

「言ったろう?俺は君のファンだって。だから君と一度話をしてみたかったんだよ。……それに、君が興味がありそうな話題だってちゃんと用意して来てる」

 

そう言って地下道の壁にもたれ掛かるタナトスは、本当に戦闘なんてする気はさらさら無い様な雰囲気でユキを見つめる。

 

「そうだなぁ、ちゃんと話を聞いてくれるのなら、ここの扉くらいなら開けてあげるよ?」

 

「っ……本当なんですね」

 

「勿論、これだけは約束してあげる。……うーん、何に誓おうか。俺こんなんでも一応神様だから適当なものが思い浮かばないな」

 

「ユキたん」

 

「いえ……話を聞くくらいでリヴェリアさん達を出してくれるというのなら、聞きますよ。それで本当に満足してくれるんですよね?」

 

「ああ、ありがとう。ついでに九魔姫達を無傷で外に出す事も約束してあげる、俺にとってはそれが等価交換で成り立つからね」

 

それが嘘かどうかは分からないが、ユキとロキには既にそれ以外の選択肢がなかった。

仮に今タナトスを処分しようとした所で、確実に1枚2枚と予防線は張られている。それによって失敗してしまえば、間違いなく次に犠牲になるのはリヴェリア達だからだ。

リヴェリアを信用していない訳では無いが……相手の手が分からない以上、迂闊に動く事は出来ない。

 

「俺さ、実はアナンタの事件の時にあの場所に居たんだよね。ヴァレッタちゃんと一緒に」

 

「!」

 

「いや、まあ着いた頃には全部終わってたんだけどさ。驚愕で天界に還るかと思ったよ。勝利を確信していた戦いを寸前でひっくり返されたんだから、せっかく戦力だって割いてあげたのに」

 

「という事は、あの事件を仕組んだのは……!」

 

「いやいや、仕組んだのはあの邪神を自称してた馬鹿神だよ。俺はそれに少しだけ手を貸してあげただけ。……具体的にはレベル3を含めた信徒達と、大量の爆発物、それと試作段階の宝玉の胎児を一つ、ね」

 

「どうしてそんな事を……!!」

 

思い返す、あの悍しい殺戮場を。

大量の爆発物によって眠っていた者達ごと破壊された燃え盛る兵舎、2人のレベル3によって人体をこれでもかと破壊し尽くされた住人達、そして何らかの処置によって異形の精霊と化してしまった自身の親友。

その全てにこの目の前の神が関わっている?

そう考えるだけでも、ユキの心は大きく乱れる。

 

「タナトス……なんであの街を狙ったんや。最初からユキたんを狙っとったんか?」

 

「まさか、俺も最初はそんな馬鹿な計画に協力する気はサラサラ無かったよ。そもそもユキちゃんの事も知らなかったし、なにより子供達の死体で精霊が反転するなんて馬鹿らしいと思ってたからね」

 

「それなら、なんでや」

 

「そんな事……あの街にアストレアが居たから、以上の理由があると思う?」

 

「っ、単なる仕返しか……!!」

 

「そういうこと♪まあ主な提案者はヴァレッタちゃんだったけどさ、黒龍の出現情報を流したのも俺達の仕業」

 

「なっ」

 

アストレア・ファミリアには何度も煮湯を飲まされた闇派閥。偶然にも壊滅させることは出来たが、その後に最後のトドメをさして来たのもまたアストレア・ファミリアの団員だった。

そんなアストレアがレベル2の眷属1人だけを連れていて、偶然にもその滞在先に攻め入ろうとしている馬鹿を見つけた。

殆ど単なる面白半分だ。

試作品の宝玉の胎児の試験という名目もあっただろう。

きっとアストレアがその街に居なければ、反転した精霊も兵舎の爆発も起きなかったに違いない。

黒龍の情報が無ければフレイヤ・ファミリアでなくとも他のファミリアが対処に当たる事が出来ていた筈なのだから。

 

「だから本当に驚いたよ、まさかあれをひっくり返しちゃうなんて」

 

「……どうして、その話を今ここでするんですか?種明かしをしたかっただけ、という事でも無いんですよね?」

 

「いや、割と種明かしをしに来ただけだよ。それと、俺が調べて来た君の事についても教えてあげるつもりでここに来たんだ」

 

「私の、こと……?」

 

オリハルコンで出来た扉が内側から叩かれる。

恐らくはリヴェリア達がそこへと到着したのだろうが、彼等の声まではこちらには殆ど届いて来ない。

そしてそんな扉の方へとタナトスは一度だけ視線を向けるが、即座に興味が無い様に再びユキの方へと視線を向けた。

やはり彼の興味はユキにしか無いらしい。

 

「自分が調べたユキたんの事ってのはなんや」

 

「別にそう大した事でもないよ。ただの出生とユキちゃんの巻き込まれ体質というべき物の正体についてさ」

 

「私の、出生……っ!」

 

困惑するユキに向けて投げられた一枚の用紙。

それは何処かの家系図の様なものであり、そこには確かにアイゼンハートという名前が記されていた。

ただし、父親の名前はそこにはなく、母親の名前もまた一文しか書かれていなかったが。

 

「なっ、タナトス!どういうことや!何でこの名前がユキたんの母親に……!」

 

「この世界にアイゼンハートなんていう家名は存在しなかった」

 

「「!?」」

 

「各地の信徒に探して貰ったんだけどね、そもそもアイゼンハートなんていう単語自体がこの世界の何処にも存在しない。それこそ極東にも、オラリオにも」

 

ロキの言葉を遮る様にして、タナトスはその瞳を閉じて楽しそうに語り出す。

ユキ達に手渡した用紙と全く同じ物を自分の前に広げながら。

 

「唯一記載があったのは、とある小国の王の家系図に名前として記されているだけだった。そして聞いた話によれば、母親の彼女はその子が元は捨て子であったと言っていたらしい」

 

「捨て、子……?」

 

「ねぇユキちゃん、君の母親の名前を言ってごらん?流石に覚えているだろう?母親の名前くらい」

 

「………メ、メーテリア、アイゼンハート」

 

「っ」

 

「君は元は何処とも知れぬ捨て子だったんだよ。そして君の育ての母親は君の名前を家名にして、新たにユキという名前を与えた。……捨て子でも自分の子として育てたかったのかな?なんとも愛のある話だよね」

 

「私は、お母さんの、本当の子供じゃ、ない……?」

 

ビシリ、と、ユキの核にヒビが入る。

なんともない話の筈なのに。

愛されていたと分かる話の筈なのに。

どうしてかユキの心の白い部分に亀裂が走る。

そしてタナトスは戸惑うユキのその様子を見て、少しだけ口角を上げる。

 

「いやぁ、ごめんごめん。君の出生については俺もこれくらいしか分からなかったんだ。次は君の体質について話をしようか!」

 

「タナトス!もう止め……!」

 

「黙ってろよロキ、一番聞きたいのはユキちゃんなんだからさぁ。それに俺から聞き逃したら、この話はもう他の誰からも聞けないんだぜ?」

 

「それ、は……!」

 

それは確かにそうだ。

だが、ロキは感じている。

ユキが今のたったこれだけの話で何かしらの影響を受けている事を。

そしてここにユキを支えることの出来るリヴェリアが居ないという事の危険性を。

 

「私の、体質っていうのは……?」

 

「うんうん、聞きたいだろう?いや、俺も調べてみたんだよ。ユキちゃんがこれまでに何をして来たのか。そして驚いたよ、たった2年と少しの間に、あれだけ沢山の事件に巻き込まれていたんだから」

 

「………」

 

「いやはや、本当に凄いよねえ。普通に生きてたらあんなに何度も何度も命の危機に陥ったり、多くの命を背負うことなんて無いよ?一体君はこの数年でどれだけの命を救ったのかなぁ?正に英雄と言っても過言では無いよね」

 

「……やめて下さい」

 

「振り返ってみれば、大量のモンスターの発生から異常成長した強化種の始末、果ては魔力装置の暴走の鎮静化に、封印されていた魔獣の復活の阻止、それに処理。しかも闇派閥の残党に穢れた精霊とまで戦って……救ったものと同じくして、君は一体どれだけの命を取りこぼしたんだろうねぇ」

 

「……やめて、下さい」

 

「タナトス!」

 

「いやいやロキ、別に俺は責めてるわけじゃ無いじゃないか。むしろ称賛してるんだよ。本当に……どうしてユキちゃんばかりがそんなにトラブルに巻き込まれるのか。こんなのまるで、自分から厄介事を引き寄せているみたいだ」

 

「っ!」

 

「ユキたん!聞かんでええ!こんな奴の話!耳閉じとけ!」

 

ユキの表情が歪んでいく。

心が少しずつひび割れていく。

タナトスの言葉に、徐々に基礎となっていたものが揺れ始める。

 

「偶然鉢合わせたにしても、僅か2年の間にオラリオの冒険者レベルの者達が対処しなければならない様な異常事態が起こり過ぎた。そしてそれ等は全て、偶然にも、奇跡的にも、全てユキちゃんの滞在していた街や村で起きていた事だ。……これ、自分ではどう思う?ユキちゃん」

 

「それ、は……」

 

「薄々感じてたでしょ?一度くらいは考えた事とか無かった?いや、あるはずだよねぇ。だって君はそれくらい思い付くくらいには賢い子供なんだから。当然そういう可能性だって思いついた筈だ」

 

「違い、ます……私は、私は関係ありません……」

 

「ねぇユキちゃん。君が消滅させた悪意の魔獣、実は封印が解けるのはあと40年も先の筈だったんだって。何の外的要因も無かったのに、不思議な話だよねぇ」

 

「違います……」

 

「ねぇユキちゃん。君が停止させた魔法大国アルテナ産の魔法機械あったよね。あれ、未だに暴走した理由が判明してないらしいよ。これまた不思議な話だよねぇ」

 

「違い、ます……」

 

「ねぇユキちゃん。君が処理した大量発生したモンスターや異常成長したモンスター、発生理由が未だによく分からないんだって。奇妙に思わないかい?あれからもう随分経っているのに、これまた不思議だ」

 

「違います、違います……!!」

 

「ねぇ、ユキちゃん」

 

 

 

 

「本当なら俺達が渡したあんな未完成の宝玉の胎児で、穢れた精霊なんて作れる筈無かったんだよ」

 

 

 

「!?」

 

その言葉が、決定的だった。

ユキの全てを破壊するには。

 

「どういう、事、ですか……」

 

「あの事件の後さ、ちょっと調べてみたんだけど……あいつ等に渡した宝玉の胎児、不良品だったんだよ、元々。だからあんな精霊生まれる筈無かったんだよ、そもそも正常に機能していなかったんだから」

 

「なら、どうして……」

 

「どうしてって、もうここまで言ったら分かるでしょ?分かってるんじゃないの?誤魔化さなくてもいいって」

 

「タナトス!それ以上言うようならほんまに許さんで……!」

 

「ロキだってもう分かってるだろ?ユキちゃんの体質、ユキちゃんがどうしてこんなにも厄介事に巻き込まれるのか、ユキちゃんがどうしてこんなに命の危機に陥るのか、そして……ユキちゃんからどうして微かに幽冥の香りがしてくるのか」

 

「それ以上言うな!!」

 

 

 

 

「ユキちゃん、君さ……多分この世界から死ぬ事を望まれてるんだよ。だから君の周りの全ての事柄は総じて悪い方向に進んでる」

 

 

「………ぁ」

 

何かが完全に砕け散った。

今日までユキの身体の中央に走っていた、その何かが。

 

「ユキ!」

 

「君がこの街に来てからもそうなんだよ。

まず怪物祭の日。本来存在しない筈の人型の精霊擬きが俺達も感知していないタイミングで地上に現れて、ユキちゃんだけを襲った」

 

「次に24階層のパントリーの戦いの時。本来それほどの力を持っていなかった筈の巨大花が、何故か暴走状態のユキちゃんと互角以上に戦える程の規格外の力を持って暴れていた」

 

「そして59階層の穢れた精霊。彼女もまた3度もの広域魔法を放てる程に魔力が強化されていて、最終的にはユキちゃんとアイズちゃんが協力してトドメを刺さなければ打ち勝てなかった程の力を持っていた」

 

「……全部が全部、仕組んだ筈の俺達の予想を上回る様な、俺達にとって都合の良い方向に、物事が進んでいる」

 

「まるで君を英雄に仕立て上げる様に?いいや、違うね。どれも一歩間違えれば君は死んでいたんだ。だから言うなればこれ等は全て、ユキちゃんの命を奪う為の変化だ」

 

「そしてもしこれが本当の話なら、もしこの俺の予想が当たっているのなら……この可能性を考えないのは嘘だろう。今日まで俺達の計画がここまで上手く進んできた事と結び付けないのは嘘だろう」

 

「だからさ、聞かせてよ。もしかして俺達が今こうしてロキ・ファミリアを全滅一歩手前まで追い詰める事が出来てるのも………君のおかげだったりするのかな?ユキちゃん♪」

 

「ぁ、ぁぁ……うぁあぁあ!!」

 

「ユキたん!ユキたん!落ち着くんや!あれは嘘や!全部嘘や!考えるな!深呼吸だけするんや!ユキ、ユキ!!」

 

英雄なんかじゃない。

正義の味方なんかじゃない。

けれどもし……

もし自分が全ての元凶だとしたら。

もし自分のせいで全ての災禍が起きたとしたら。

もし自分のせいで多くの人が命を落としていたとしたら。

 

「もし君がもっと早く死んでいたら、アストレアはあの街に来なかっただろうしねぇ」

 

「お前等が起こした事やろうが!なにユキのせいにしとんねん!ふざけんな!!」

 

「そもそも君の居た村が狙われたのも、君が町に買い物に行くのを見られたからなんだろう?やっぱり君のせいじゃないか」

 

「私が、私が……村のみんなを、お母さんを、殺して、全部、私が居たからで……?」

 

「そうだよ?今日までの全ての犠牲は、全部全部、ユキちゃんのせいだ。やっぱり一度くらいは考えた事があったんだねぇ?いや、その様子だと、何度も考えては振り払っていたのかな」

 

「この糞野郎がぁ!!」

 

人々を守った?

事件を収束させた?

全てを解決した?

だから英雄だと?

だから救世主だと?

本当に?

それは本当に?

もしその全ての原因に自分の存在があるとするならば、もし解決した全ての事柄のきっかけが自分にあるとすれば……それはあまりに滑稽なマッチポンプだ。

むしろ死ぬべきでは無かった者達を殺してしまったのは自分だ。

もっと早く自分が死んでいれば、何千人も、何万人もの人々が今でも生きていた。

自分が生きている限り、これから先もより多くの人が犠牲になってしまう。

もし本当に、もしも実際に、馬鹿馬鹿しいとは思っていて、考え過ぎだと思っていて、いつもいつも頭から逸らしていたその可能性が事実だとするのならば……そうだったとするならば……!

 

 

 

 

 

 

「私が、消えれば……リヴェリアさん達は、助かるんですか……?」

 

 

 

 

 

「正解♪」

 

瞬間、タナトスが懐から取り出した紫色の宝玉から精霊の胎児が飛び掛かる。

ロキは気付く事が出来ても、その速度に対応出来るほどの身体能力は無い。

周りに誰も助けてくれる者が居らず、当人は既に完全に心を破壊され、そんな状況ではその胎児の突進を回避する事など誰であってもする事は出来ず……

 

「あっ……がっ!?ガァぁあ"ぁ"う"ぁ"あ"!?あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

「ユキ!?ユキ!!」

 

「それじゃ、約束通り扉は開けて行くよ。また会おうね、ユキちゃん。次はもっと悍しい姿を見せてくれると嬉しいかな」

 

ユキの首筋に張り付き、徐々に同化しようと侵食し始める精霊の胎児。

それに踠き、苦しみ、のたうち回るユキを止める手段はロキには無い。

そうこうしているうちにタナトスは足早にその場を離れ、言葉通りにユキ達の近くにあったリヴェリア達を封じ込めていた扉は開かれた。

全てを手遅れにした、その後に。

 

「ロキ!無事か!一体何があっ……ユキ!?一体どうした!おいユキ!!」

 

「なっ、これは……!ポーションとエリクサーを!今すぐ異物を切り落として!早く摘出しないと……!」

 

「っ、駄目です!切り落としてもポーションを使用すると異物まで復活して……!このままにしておけば出血でユキさんが!」

 

「アミッドを……いや、アミッドの所に連れて行くんや!今はもうそれしかあらへん!ディアンケヒトとミアハも呼んで来い!」

 

「リヴェリア!ロキ!みんなが戻って来ました!団長とレミリア達が呪詛で傷が塞がらない人達が……!それに毒妖蛭の毒も!!」

 

「〜〜っ!なんでこんな時に!!リヴェリア走りぃや!!もうこうなったらアミッドをここに連れてくるしかあらへん!!何が何でもや!!急げ!!」

 

「ぐっ……どうして、どうして私はまた……!!」

 

ダンジョンから戻ってきた者達。

呪詛で傷が塞がらない者達。

猛毒で苦しむ者達。

胎児を植え付けられ発狂するユキ。

この僅かな一瞬で、一帯は完全な地獄絵図となってしまっていた。

最初から治療は諦め、この中で最も足の速いリヴェリアをアミッドの迎えに走らせる。

呪詛にも、猛毒にも、胎児にも……有効的な物を何一つ彼等は持っていない。

既に生還は絶望的であった。

特に呪詛によって塞がらない傷を受けてしまった者達と、猛毒に浸され長い時間が経過してしまっていた者達は……あまりに時間が残されていない。

 

「がっ……カッ……!ロ、キ……!」

 

「ユキ!?だ、大丈夫なんか!そんな起き…………いや、違う……クレアか!?」

 

「ユキ、ハ……奥に………ソレヨリ、連レテ、行ケ……」

 

「連れて行く!?どこにや!」

 

「呪詛ヲ、解ク………!今ナラ、間ニ合ウ……早ク……!!」

 

「っ…………すまん!」

 

ロキは他の団員達と共に、苦しむユキ(クレア)を言われた通りに呪詛に掛かった者達の元へと連れて行く。

クレアは苦痛に耐性があるのか先程のユキよりは幾分かマシな様にも見えたが、それでも表情に出てしまう程に凄まじい激痛を感じている様だった。

そんな状態にも関わらず、こうして呪詛に掛かった者達を救おうと提案して来たのは、果たして正義感によるものなのか、仲間意識によるものなのか、それともユキの事を考えてなのか……背中から漂う悍しい気配にも今更全く狼狽えることなく、ロキは彼等の側にユキの体を座らせる。

 

「ガッ、グッ……ポーション、ヲ……!」

 

「っ!な、治ってます!ロキ!呪詛が解除されて……!レミリアも!団長も!」

 

「で、でも、クレアが……うちの(ロキ・ファミリアの)クレアが!呪詛は解けたのに!目を、覚まさなくて……!」

 

「っ……!クレアたん、悪いけどもう少しだけ我慢できるか?まだほかにも解呪が必要な子がおるかもしれんのや。本当に悪いとは思っとる、せやけど……!」

 

「…………連レテ、来イ。アト数分ナラ、意識モ、持ツ……」

 

「すまん……ほんまにすまん、情けない主神で……!」

 

こうしている間にも、徐々に、徐々に胎児との一体化は進んでいる。

侵入されている部分から凄まじく悍しい血管のような物がユキの首筋に浮き出ており、その美しかった容姿を蝕んでいく。

それでもこうして彼女に解呪というよりも呪詛の引き受けの様な事をさせているのは、本当に最低な行いとしか言い様が無い。

あの状況からユキに対して何もしてやれなかったというのに、救いだけを求めて、救う事は何一つ出来ずに……

 

 

 

この探索において、死者は6名にも及んだ。

猛毒による死者はリヴェリアが即座に連れてきたアミッドによって居らず、呪詛による死者はユキ(クレア)によって1人まで減り、ダンジョン内でヴァレッタに襲われた5人は対処のしようも無く、その命を失った。

だが、なにより大きく彼等の心を痛めたのは……一通りの解呪を行った後、突然激しい自傷行為を行い始めたユキ・アイゼンハートの姿だったに違いない。




「……フィン、傷は完治したのだな?」

「ああ、ユキとアミッドのおかげで死の淵から引き戻された。……それより僕は君の方が心配だよ、リヴェリア。一体何日寝ていないんだい?」

「酷い顔をしておる、ろくに食事も取っておらんのだろう」

「……あの様な状態で眠れる筈が無いだろう。次に目を覚ました時にはユキが死んでいてもおかしく無いんだ、今こうして目を離しているだけでも恐ろしくて仕方ない」

「……全て僕達の落ち度だ。分断された上にリーネ達を守れなかった」

「情けない事にのぅ、慢心しておったのかもしれん。もっと多くの対策を用意しておくべきじゃった」

「……それなら私もだ。敵がユキを狙っているという可能性を全く考慮していなかった。その可能性は十分にあったというのに」

「「「…………」」」

静まり返る執務室。
いつもの様に話し合う幹部3人は、そんな重々しい会話をしつつも、それは酷く疲弊していた。
病み上がりのフィンに、ユキの看病で既に何日も眠っていないリヴェリア。そしてそんな2人の代わりにファミリア内で立ち回っていたガレス。
もしここにロキが居たとしても、今だけはこの空気も変わらなかっただろう。
そのあまりに深い反省海に浸っているのは、ロキもまた同様なのだから。

「人造迷宮クノッソスの攻略、フレイヤ・ファミリアに滅ぼされたイシュタル・ファミリア、そして現状のファミリア内の問題、話すべき事は多くあるけれど……まず、ユキの方はどうなってる?リヴェリア」

「……最悪、と言っても相違ない状態だ」

そう言ってリヴェリアは睡眠不足による頭痛を隠す事もなく椅子に座り込む。思い出すだけでも表情が歪む様に、それだけの状態であるという事をフィン達に容易に想像させながら。

「胎児との一体化は切り落とした後にポーションを使う事なく、原始的な方法で止血する事でなんとか引き伸ばしている。だがどれだけ引き伸ばした所で猶予は1月も無いだろう。もし完全に一体化してしまえば……」

「……あの化け物の仲間入り、という訳か」

「アミッドの見解は?」

「前例もなく、対処法も分からない……それは神ディアンケヒトや神ミアハでも同様だった。調査は続けて貰っているが、あまり期待は出来ない。……それより、ユキの精神が一月保つかどうかの方が現状の最大の問題だ」

「確か自傷行為を繰り返していると聞いたが……今はどうしとるんじゃ」

「アミッドの協力で強制的に意識を落としている。寸前のロキの話ではクレアがユキの意識を奥に追いやり、胎児の一体化による苦痛を引き受けているという話だが……」

「そもそもユキとクレアが背負っている苦痛も相当な物だとティオネからは聞いているからね。あの日からもう4日……リミットは近い、か」

それはクレアも、ユキも、同様に。
そしてどちらかが壊れてしまえば、2人が分けて背負っている重荷を1人で背負う事になってしまい、共倒れになってしまうのも明白。
現実的に見てもあと数日保てばいい方だろう。
そのまま化け物と化してしまえば、その後は……

(……ユキが命を落とした後に解放されるであろう何か。それは一体どれほどの怪物なのか。ユキのレベルアップに、今回の精霊の胎児の追加……59階層で見た穢れた精霊が可愛く見えるくらいの悍しい存在が出てきてしまう事は確かだろうね)

それでも、仮に事前にユキの命を奪ったとしても意味はない。討伐の準備をどれだけ進めた所で、フレイヤ・ファミリアの力を借りでもしない限り勝てる可能性は限りなく低い。
ならば手っ取り早いのは封印だろうが、もしその選択をするのであればリヴェリアは間違いなくユキと同じ場所に封じられる事を願うだろう。
だが今この瞬間にリヴェリアを失うというのは、これから先の闇派閥との戦いにおいて敗北を意味していると言っても過言では無い。それでも強制的にユキから引き離した所でリヴェリアは機能しなくなるのだろうから、現状は正しく詰んでいると言っていい。
少なくともユキを救わない限り、闇派閥との戦いに勝利できる芽が無いのだ。
そのユキを救う可能性も、今は何処にいるのかも分からない神アストレアしか持っていないのだが。

「ロキが神ヘルメスを通じて神アストレアを早くこちらに引き戻す様に画策しているが、未だヘルメス・ファミリアの護衛の返事すらも返ってきていないらしい。そもそもあと数日以内に神アストレアが神具を手に入れて帰ってこれるかを考えると……それだけでも絶望的だ」

「……ユキの事を、団員達にはどう伝えるべきかのう」

「今は単に眠っているだけと伝えてはいるが……少なからず事態の重さに気付いている者は居るだろう。アリシア達には口止めはしてあるが」

「これだけは本当に僕でもどうすべきかが分からないかな…………ベートの問題もあるしね」

その瞬間、ホームの食堂あたりから上がるいくつかの大声。
クノッソス内で命を落とす寸前だったリーネに対しベートが放った罵倒が、ファミリア内での新たな火種の一つとなっているのだ。
ユキの事があるというのに、悩みの種は尽きないというか……リヴェリアの頭痛は治らない。

「リヴェリア。少しの間、ユキの看病をアミッドに代わって貰って、仮眠を取って来るといい。流石の君でもアミッドが診ていてくれるのなら安心して眠れるだろう」

「ベート達の事や今後の方針はワシ等で固めておく、最低でも目の下の黒味だけは落として来んか。その様ではユキが目を覚ました時に合わせる顔もなかろう」

「……すまない、ガレス、フィン。今はその言葉に甘えさせてもらう。後は頼んだ」

そう言ってフラフラと部屋を出て行くリヴェリアを2人は見送る。
きっと今のリヴェリアがあれほど絶望的な顔をしているのは、ユキの今の容体だけが原因では無い。
ロキから聞かされた、タナトスが話していたユキの出生と体質についての話もそうだ。
そしてその話を聞いてユキが示した反応もまた……あれでは仮にユキが体を元に戻しても、再び生きる気力を取り戻せるとは思えない。
それどころか元の性格や精神のままに帰って来る事すらも……

「どうするつもりじゃ?フィン」

「……最悪の場合、ユキをクノッソス内に封じ込めないといけないかもしれない。それで仮にリヴェリアを失う事になったとしても、ユキの暴走で闇派閥とクノッソスを内部から破壊できる可能性がまだある。ユキの討伐はその後でも構わない」

「じゃが、ユキは奴等の胎児に侵食されとるんじゃぞ?奴等の手先になる可能性は……」

「もしそうなれば本当に終わりだ、だとすればユキに植え付けられた時点で僕達の負けは決まっていたと言ってもいい。……だが、話を聞いた限りだとユキが秘めているものはこれまでの存在とは桁が違う。それを完全にコントロールする事はほとんど不可能だろう」

「……そのユキにオラリオが消滅させられてしまう可能性は?」

「……否定は出来ない。タナトスの狙いがそれであったとすれば、僕達はもうどうしようもない。それこそ、この世界の最大の脅威である黒龍と打つけるとか、そうでもしなければ」

日に日に疼きを増して行く指を押さえながら、フィンは険しい顔を隠さない。
着実に近づいて来る破滅の運命が、まさか味方によるものなどと……そんな最悪の可能性など、考えたくも無かった。
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