sideユキ
「ほう、あの椿がそこまでな」
「はい、とてもお優しい方でした。怪物祭の後にもう一度お会いしようと思っています」
「ああ、それがいいだろう、武器のことに関しては適任だ。……それにしても、すまなかったな。私としたことがそこまで気が回らなかった」
「いえ、私もお伝えしていませんでしたから。それにベートさんのおかげで私自身現状の危うさを再認識できましたし」
「私としてはベートがそこまで気を回してくれたことに驚きなのだがな。まさか椿を紹介するまでしてくれるとは」
「ふふ、ベートさんもとても優しい方ですから」
「……ああ、そうだったな」
怪物祭当日、皆が祭へ出かけている中、私とリヴェリアさんは最後の仕事を仕上げていた。
この分ならば昼からは自由時間が取れるというペース、私もリヴェリアさんも満足な睡眠を取れている上でこの結果なのだから十分過ぎる成果と言えるだろう。
今日まで頑張ってきた甲斐があるというものだ。
「……ユキ、よかったら先に行って席だけ取ってきて貰ってもいいだろうか?ティオナ達に聞いたのだが、怪物祭の席は早めに行かなければ直ぐに埋まってしまうらしくてな」
「それは構いませんが……できればその過程も一緒に楽しみたかったですよ、私は」
「ふふ、そう言うな。私だって楽しみにしていなかった訳ではないのだ、私のためと思って先に行って欲しい」
「もう、そんなこと言われてしまったら断れませんね。……分かりました、それではお先に行って参ります。なるべく端側の席を取るようにしておきますね」
「ああ、すまないな。後で追い付く」
リヴェリアさんにそう言われては断ることなどできないと、私は素直に自身の部屋へと戻って出掛ける準備を始めた。
出掛ける服装はこの時期にしては厚手ではあるものの、いつも着ている白色のコートではなく、スリットの入ったブラウンロングのニットワンピースを基調とした、買ってきたばかりのものにした。
当然性別なんて分からないも同然だが、そんなことは今更である。
こういうものが好きなのだから、仕方がない。
最低限の持ち物に加えて、なんとなく目に付いた布袋に入っている本命の剣を背負って私はホームを出た。
帰りにでも早速椿さんの元へ持っていこうと思ったからだ。
アイズさんやロキ様、それにティオナさんやティオネさんにレフィーヤさんと、ロキファミリア女性陣は2.3時間ほど前に既にホームを出ていたのだが、きっと彼女達はもうこの辺りの露店は十分に冷やかした後なのだろう。
しかし田舎から上がってきた私にとってこれほど大きな祭り事は初めての経験あり、次から次へと珍しい屋台に目奪われてしまうのは仕方のないことと言える。
フラフラと寄り道をしそうになりながらも、それでもリヴェリアさんとの約束を守るために自制しつつ会場へと向かう私。
そんな風に意識を薄くしながらもフラフラとしていれば、偶然にもギルドでよく見かけるエイナ・チュールさんがオロオロと隣のミィシャさんと話をしているところを見つけてしまった。
私の担当というわけではないのだが、それでも素材を換金する為に立ち寄る際によくお話しするので、彼女達とは少しばかり話せる仲にはなっていたりしている。
そんな彼女達が何か困っているというなら、無視したりすることはできないだろう。
幸いにも時間にまだ余裕はある。
私は取り敢えず2人に話しかけることにした。
「エイナさん、ミーシャさん、どうかなされましたか?」
「!!アイゼンハートさん!?」
「ええ、こんにちは。どうかなされたのですか?何かお困りごとをされているような雰囲気でしたが……」
「ええと、どうしようかな。アイゼンハートさんもロキ・ファミリアの一員なら大丈夫、なのかな……?」
「えっと、ロキ・ファミリアが何か?」
ロキ・ファミリアの名を出したエイナさん、つまりロキ・ファミリア関連で何か起きたのだろうか?
それともロキ・ファミリアが何かに巻き込まれたのか……少なくともこのまま放っておいていい案件では無さそうで。
「話を聞かせて貰ってもいいですか?」
どうやら何事もなくリヴェリアさんとお祭りを楽しむわけにはいかないらしい。
「っせやぁぁ!!」
狼人型のモンスターから猿型のモンスターまで、様々な種類のモンスターを同時に相手取るのは初めてであったが、特に問題なく始末を続ける。
ガネーシャ・ファミリアがモンスターを放してしまったということを聞いた時には顔が真っ青になったが、今の所なんとか死者は出ていない様だ。最悪の事態は免れていると言っていいだろう。
これも一重に隠蔽する事なく真っ先に周囲のファミリアに助けを求めたガネーシャ・ファミリアの正しい判断故だ。
なかなか口で言うほど容易く出来る事ではない。
「ちょ、わわっ!その巨体でなんでそんな早いんですかっ!……こ、このっ!」
私もなんとなく感じた嫌な感覚を元にここまでモンスターを追ってきたが、やはりこの辺りにはあまり良くない雰囲気が漂っていた。
それなりの数のモンスターも彷徨いている。
アイズさんが現在対処している場所から少し離れてしまってはいるが、上手い具合に戦力の分散が出来たと考えれば良い行動だったのかもし れない。
まだリヴェリアさんに教わっていない様な奇妙なモンスター達をなんとか処理し終えた私は、休息代わりに一息をついてしゃがみ込んだ。
「ふぅ……やっぱり戦いやすいなぁ」
今日ばかりは本命の剣を使っているだけあって、未だ付与魔法を使うことなく済んでいた。
こういった時に改めて武器の素晴らしさを実感できるのだが、やはり高い武器は強い!
これは世界の真理である。
"なんちゃら筆を選ばず"みたいな言葉があるらしいが、そこまでではない人間にとっては筆の良し悪しはやっぱり大きいのだ。
そんな偉大な人と私の様な未熟者を一緒にされては困る。
その偉大な人の名前を私は知らないのだけれど。
「……ですが、リヴェリアさんとのお出掛けは当分出来そうにないですね。今日はすっごく楽しみにしていたのですが、怪物祭の催しすら見れそうにありません」
きっとこれでは、今年の怪物祭は間違いなく中止になってしまうだろう。
どころかロキファミリアがその制圧に協力したことで、感謝もされるが仕事も増えるはずだ。
今日のこの日まで必死になって頑張ってきたのに、ご褒美すら貰える事なく仕事だけが増えるだなんて、普通に泣いてしまいそうである。
泣いても仕事は減らないのだけど。
「仕方ありません、また明日からも頑張りますか」
あらかたのやるべきことは終えたので、その場を離れてギルドへと報告しに行こうと立ち上がる。
そろそろアイズさん達の方の対処も終わっている筈だろう。
時間的にはバッチリな筈だ。
……しかし、そうして私が歩き出そうとした瞬間、突然周囲から地響きが鳴り始めた。
一瞬地震かと思ったその揺れだが、どうにもその地響きは震源地が移動しているようにも感じられる。
もしもそうならば、これは恐らく何かしらのモンスターが潜んでいると考えるのが普通だろう。
しかし地面を潜るモンスター、果たしてそんなモンスターがここに居るのだろうか?
確か深層にはそんなモンスターも居るとリヴェリアさんは言っていたが、そんなモンスターが居れば地上は大騒ぎになる訳で。
「っ!本当に居た……!」
直後、地面から緑色の蛇のような生物が現れ、その疑惑は現実のものとなってしまう。
蛇の様な、植物のような、そのなんとも奇妙な姿に私は身構える。
「……これは、本当にダンジョンから持ってきたモンスターなのでしょうか。少なくとも、私が勉強したどのモンスターとも共通点が見当たりませんね」
ウネウネと蠢く2体のモンスター。
明らかに今までのモンスターとは違う不気味さを持っている。
そしてこの異様な圧力、相手は間違いなく強敵だ。
見ただけで分かる。
見なくとも分かる。
剣を持つ手に力が入る。
「くっ……!」
レベル3の身でも気が抜けないほどの速度で首を突っ込んで来た。
やはりこのモンスターをこのまま放置しておくわけにはいかない。
避ける為に大きく飛び上がりながら思考を巡らすが、まるで示し合わせていたかのようにもう一体のモンスターが空中で身動きの取れないこちらに向かって突っ込んでくる。
私は本命の双剣『母の鎖』の歪な形状をした銀剣の尾に取り付けられている鎖を、反射的に屋台の柱に引っ掛けてその場を離脱したが、もし当たっていれば大変な事になっていた。
壁は大きくひび割れ、屋台は粉々に破壊され、僅かに掠った衣服が容易に引き裂かれてしまう。
「ほ、本命の剣で良かったぁ……!本当に死ぬかと思いました……!」
だが元々この双剣は攻撃用ではなく、複雑機動による撹乱と時間稼ぎを目的として作られている。
鎖による軌道変更と、紙留め(クリップ)のような形状をした剣によって、引っ掛ける障害物の多い場所では無類の強さを誇る双剣だ。
場所だけで言えばこの屋台の並んだ狭い道は私に味方していると言ってもいい。例え素早く突破力があろうとも、直線でしか攻撃できない相手に負ける道理はない。
「せぇやぁっ!!」
大きく飛び上がり、直下に設置した鎖を利用して勢いをつけながら敵の首元へ切り掛かる。普通のモンスターならばこれだけで十分に首を落とせるだけの力を持った一撃だ。
しかし、刃の部分がその緑色の皮膚に接触した瞬間、剣は大きく弾かれてしまう。
それはまるで鋼と鋼を打ち合わせたかの様な凄まじい硬度の衝突、植物型だとは思えない程に頑丈な皮膚。衝撃が剣を伝って腕の骨まで響き渡る。
「かっ、たぁっ……!!」
『グガァア!!』
多少ダメージは入ったものの、皮膚を切断するまでには至らない。
付与魔法をケチったことは大間違いだと言わざるを得ないだろう。
これはそんな手加減をして勝てる相手では無い様だ。
私は2体のモンスターから一度距離を取って着地した。
「……救いの祈りを『ホーリー』!」
今度こそ、付与魔法を使用する。
3日3晩この双剣を付与魔法と共に使い続けた時からその消耗具合を見て同時使用は控えていたのだが、今回ばかりは仕方がない。
恐らく今くらいは耐えてくれるだろう。
だがその次はきっともう無い。
今回使えるということに感謝するしか無い。
グバァッ!と蛇のような頭を広げて花の形へと変わった2体に驚愕しつつも身構える。
恐るべき速さで頭を突き出すその攻撃も、付与魔法によって自身の速度まで底上げした今の自分なら問題なく対処することができた。
その肉厚の花弁を避けざまに引き裂き、根太い体躯を斬り付ける。
体躯は大きく速度もかなりのものだが、特殊な攻撃をしてこないことが本当にありがたい。
恐らくだが、適正レベルは3〜4の間くらいか。
あの硬い皮膚を突破する手段か強力な魔法さえあれば、2体程度ならば他のレベル3冒険者でもなんとかなる筈だ。
それがある人間がどれだけ居るかという話は置いておくとしても、手段さえあれば決して倒せない相手という訳では無い。
「……?」
しかしそんなことを考えていると、ボロボロになった二体の植物型モンスター達が突然その場でこちらを伺いながら停止した。
まるで私の前方を塞ぐような形で、それ等は奇妙に動きを止めている。
これまでただ只管に暴れていたこのモンスター達が、何故突然この様な理性的な動きをし始めているのか。
そんな不思議な光景に私が違和感を覚えていると……
『キシヤァァア!!』
「なっ!?」
何の前触れもなく背後から突然、緑色の人型をした新手のモンスターが大きな奇声を上げながら現れ、私の体を瓦礫と一緒に吹き飛ばす。
植物型のモンスター達が突然統率された動きを取り始めた理由、それこそがこの人型が現れたせいなのだと私は確信した。
……そして、自分が追い込まれ始めているという事もまた。
「……カッ、流石ニ嘘ダト言って欲しいんですが、私まだレベル3ですよ?」
苦笑いする余裕もなく汗を垂らす。
確実に死がこちら側へと忍び寄って来ている。
こんな状況、レベル5あるアイズさんやベートさんならまだしも、今の私には少々荷が重過ぎるのではないだろうか。
この世界は本当に試練が好きなようで。
確かに今日は緑髪の人とデートする予定だったけれど、もっと綺麗な人との筈だったのになぁ……