白海染まれ   作:ねをんゆう

9 / 162
09.怪物祭2

sideユキ

 

恐ろしいスピードでカッ飛んで来るいくつもの触手と口のついた花を、必死に避けながら切り飛ばしていく。

ただ、切り落としても切り落としても次々と植物型を生み出してくるあの人型が一番厄介だ。というか全ての触手も含めた敵がもれなく私を狙ってくるのだからこれもまた酷い。

その謎の執念には恐怖さえ感じる。

増えに増え過ぎて捌き切れなくなった触手を今度は避ける方向へと移行してみたが、それでもなお増えていくそれに、そろそろ詰みが見えてきた。

もう2本ほど使い捨てられる剣があれば話は別なのだが、謎に守りの硬い人型を潰すには全くもって突破口が見当たらない。

せめて椿さんに見せるまではこの剣を壊すわけにはいかないので、省エネが重要だというのに。

 

「ぐっ、うぁっ……!!」

 

前から後ろから上から下から、360度抜け目なく飛んでくる攻撃にそろそろ限界を感じ始め、少しずつその身にダメージを受け始める。

リヴェリアさんとのお出掛けのために買っておいた服も見るも無残な姿になっていき、生地を、皮膚を、肉を、食い破られていく。

そうして避けられる余地のない密度の中、ついに食らった腹部への直撃に、私の身体は大きく後方へと吹き飛ばされた。

凄まじい勢いで背後の壁へと叩きつけられ、内臓でも傷ついたのか口から血が漏れ始める。

直ぐにその場から退避しなければ確実にマズイ状態になることは分かっているのに、磔にされている現状では立ち上がることすらままならない。

 

「ぐっ、うぅ……!」

 

そうして、次々と追い討ちをかけるように大量の触手に全身を乱打され、ついには建物の壁を破壊して、内部の家具を突き破り、部屋の中へまで無防備に押し込まれてしまった。

部屋の中に隠れていた住民達がその場から走って逃げていく様子を見ながら、本当に申し訳ないことをしてしまったと反省する。

受けたダメージは甚大で、その一本一本の攻撃が少しでも防御力が足りていなければ貫通していたかもしれないほどのものだった。

元々耐久力の低い自分のステータス、少しずつ死という文字が見えて来る。いくら敵の防御を貫通できる手段があるとは言え、自力と数が違い過ぎる。

 

「さ、て……どうしま、しょ、うか」

 

……ただ、そんなダメージを負いながらも身体も心も立ち上がろうとしてしまうのは、身に染み付いた悪癖のようなものだろうか。

思考が導き出した勝ちを望める可能性を、私の身体は脳に浮かぶ弱気や恐怖を無視して無理にでも実行しようとしてしまう。

 

だってアレは、確実にここから外へと出してはいけないものだから。

 

ここが入り組んだ場所にあるだけに発見が遅れているようだが、それはつまり自分が逃げ出せば他の誰かが来るまで奴等はこの辺りで自由に暴れまわれるということでもある。

あの人型が現れてから植物型の動きの鋭さと目的意識のようなものが増したことを考えれば、あれは間違いなく司令塔の役割をもっている筈だ。目に付いた者を襲うのではなく、何か目的を持って襲う様になり始めれば、その被害は更に甚大になってしまう。

偶然他の冒険者が来てくれた所で、死人が1人増えるだけに終わるだろう。

……それだけは見逃せない、見逃してはいけない。

 

できるなら倒す

 

無理でも相打ち

 

せめて致命傷

 

なんとしてでも、あの人型だけでもどうにかしなければ。

レベル3だろうとなんだろうと、あれだけでも封じ込めなければ。

逃してしまえば、確実にこの場で大量の死人が出てしまう。

 

フラフラとする身体を気合いで立ち直らせ、震える足に力を込める。

付与魔法を二本の剣に強く注ぎ、両剣を居合の様な形にして腰を落とす。

 

勝負は速攻、やるなら一瞬。

最早武器の消耗がどうとか言っていられる状況ではない。

私に直撃を食らわせたことで敵の気が若干緩んでいるであろう今しかチャンスはない。

 

「ふぅぅぅぅ………」

 

付与魔法『フォスフォロス』

奇襲を行う為に使えば、恐らくこれを初見で完全に回避できる者は人間にだってそうは居ない。

その代わりその後の自分の身体のことは保証できないが……今はそんなことどうだっていい、今さえどうにかできるならそれでいい。

 

既に20本近くまで増えた触手を睨み付ける。

私が後方へ飛ばされたことで、上手い具合に全てが前方に固まっているのは僥倖か。

それは油断なのか、余裕なのか、その奥でまるでニヤついているように口を歪ませて佇む人型モンスターに、私は狙いを定めて魔力を爆発させた。

笑っていられるのも今この瞬間までだ。

 

「せやぁぁぁああ!!」

 

『!?』

 

付与魔法を全開にして十字状の斬撃を目の前へと飛ばす。

直後に斬撃を追う様に前進し、今度は付与魔法を全身へと移行した。

光の付与魔法『フォスフォロス』を自身の身体に最大限に使用し肉体を特殊な状態にすることで実現可能となる、物理法則を無視した人体ではあり得ない速度での超高速移動。

重力すらも無視できるものの、直進でしか安全に行動出来ず、使用中のダメージや行動は身体を大きく傷付けることとなる。……が、そんな事は知ったものか。そんな制約は今までも何度だって破って来た。

十字の斬撃が蠢く触手達を切り裂き、そうして生まれた人型モンスターへの道を一瞬で駆け抜ける。

身体を大きく傷つけながら三度の方向転換を行い無理矢理に敵の背後に回り込むと、私は身体へと移していた付与魔法を再び残らず双剣へと込め直した。

 

『ギィィ!?!?』

 

「これは遊んでくれたお返しですっ……!」

 

圧倒的な光の斬撃。

人型までも植物型と同等の硬度を持っている事を懸念して、少しの手加減も温存もする事なく全ての力を私はぶっ放した。

そうして首元へ向けた斬撃は、しかし何の抵抗もなく人型モンスターの頭部を切り飛ばす。切り飛ばすどころか、消し飛ばす。

どうやら人型自体の防御力は大した事が無かったらしい。

いつもの事だが本当に私は運がない。

 

……そして、そんな人型のモンスターが灰に還ると同時に、無茶な行動によって限界を迎えた私の身体からも付与魔法が自動的に解除された。

目的は果たされた。

最低限の役割はこなせた。

成果だけならば十分と言える。

 

切り飛ばした人型モンスターと、斬撃で刈り取った植物型モンスター達が徐々に魔石へと変わっていく。

けれど端の方にいた残りの植物型モンスター達は未だ健在だった。

司令塔の役目を果たしていた人型が居なくなったからか、若干行動が鈍っている様にも感じるが、だからといって撤退する様子は微塵もなかった。

残った植物型が一斉に私へ向けてトドメを刺しにくる。

その姿を見るに、ここに来てようやく私の事を明確な敵だと認めてくれたのだろう。

こんな風に認められてもあまり嬉しくは無いが、密かに狭い通路を通って逃げ始めている民間人に目を向けないだけまだマシか。

心配そうにこちらを見つめてくる彼等に目線で逃げる様に促し、私は腕と膝を立てて力を込める。

 

(……まだ、やれる)

 

無謀な高速移動のせいで全身が酷いことになっている。

普通ならばこれ以上の戦闘など出来ないし考えられない。

敵の攻撃で傷付いたこの身体が、あの無茶な行動で更に壊したこの身体で、まさか立ち上がって来るなどとモンスターですら思うまい。

 

………けれど、まだやれる。

たった1人で戦うことなど、これまで何度もあったことだ。

自分よりも強い相手と戦うことにも、もう慣れた。

自分が不利な状態で挑まなければならないなんて、そんなのもう今更だ。

 

立てる、振るえる、まだ見える。

それならば諦めるなどという判断は浮かぶことすら有り得ない。

 

この背には今も路地裏から逃げようとしている人達の命が乗っている。

まだ助けなければいけない人達がここに居る。

ならばやろう、1人でも。

 

床に剣を突き立て、立ち上がる。

襲いかかってきた一体を強引に逸らす。

その衝撃によって身体が軋む。

目が霞む、意識が薄れる。

血を吐く、内臓が揺れる。

それでもまだ戦える、戦って来た。

あの時だってそうだった、今だってそうだった。

助けなど来ない。

救援など来ない。

1人で背負うしか無い。

そんなことは分かりきっているから、だから目の前を見て剣を振るうしか無い。

諦めない、負けは認めない。

足掻いて、踠いて、這いずり回って、それでも必ず勝たなければいけない。

あと一撃、一撃でいいのだ。

この身は既に役割を終えている。

だから例え残りの命の全てを使い果たしてでも、

例えこの身に残る全ての活力を使い潰してでも、

必ずここで、最期になるとしても、最後くらいは……!

 

 

 

「ユキ!!」

 

 

 

その時……幻聴なのか、幻覚なのか、誰かの声が聞こえた気がした。

けれどその声が聞こえた瞬間、どうしてかそれまで自分を支えていた緊張の糸が切れてしまって……私の意識は闇の中へと沈んでいった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。