白海染まれ   作:ねをんゆう

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「……輝夜、あれお前の知り合いか?」

 

「何を世迷いごとを。あの様な奇怪な衣服の趣向を持った知り合いなど、前世まで遡ったとしても居てたまるものか」

 

(なんだか滅茶苦茶に言われてます……私だってこのローブを脱げばすっごくお洒落なんですよ?なんたってリヴェリアさんがくれた物なんですから)

 

ユキがその場に現れた時、そこには5人の人物が2対3で対峙していた。

片方はユキも何となく知っている。

アストレア・ファミリアの人間で、以前に見た時にリューを神エレンから引き離そうとしていた2人だ。

一方でその2人と対峙する3人は最早言うまでもない。

闇派閥のトップである神エレボス。

そしてその眷属とされている幹部の1人(名前は知らない)。

そして何より、この世界で最初にユキに手を差し伸べてくれた女性、アルフィア。

 

この空間に出会す事ができたのは本当に偶然にしては出来過ぎているとしか言いようがない。

恐らくアストレア・ファミリアの2人が幹部の男性を追い詰め、そこにアルフィアが加勢に入ったと思われるこの状況。

ユキはアルフィアを見据える。

誤魔化しのスキルのかかったローブの下から。

そして声替えのマスクの下から頬を緩める。

やはりどんなになっても自分が彼女を嫌いになれていないと言う事を理解してしまって。

 

「また雑音が増えたか……」

 

「ん……?ああ、アレはオラリオ側の人間か。あまりに怪しい格好に信徒の1人かと思ったぞ」

 

「立ち塞がった側を考えれば直ぐに分かることでしょうに、やれやれ……」

 

……やはり、この格好は敵側からしても評価は悪いらしい。

そこまで言われてしまうと流石に落ち込みかけるユキだが、それよりもなんとなくアルフィアに雑音扱いされた事の方がショックだったりもする。

声も気配も別物になっているため、多少は仕方ないのかもしれないが、それでも心は痛い物。

 

『立ち去れ、闇派閥。ここは見逃そう』

 

「くくっ、何を偉そうに。今の状況が分からないのですか?見逃せる側はこちらでしょうに。そうでしょう、我が主」

 

「よし、言葉に甘えて見逃して貰うとするかヴィトー」

 

「我が主!?」

 

「まあ落ち着け。こんな怪しい格好をした奴、絶対なんか隠してるに決まってるだろ?橋叩いて行こうぜ、俺の眷属」

 

「それは、そうですが……」

 

エレボスはそう言いつつも訝しげな目で目の前の人間に目を向ける。

アルフィアもまた同様にこちらを見ているが、闇派閥の主神と幹部、そしてあの静寂を相手にしているにも関わらず全く怖気付く事のない相手を不思議に思っているのだろう。

だが問題はヴィトーと呼ばれるあの眷属が撤退にあまり乗り気ではない事だろうか。

 

(でもそれでは困ります、ここでこの2人を失う訳にはいかないのですから)

 

ユキは徐に背中に背負っていた籠から一本の小さな短剣を取り出す。

何の変哲もない安物の剣。

上級冒険者の持つ様な至高の一品と比べれば、お粗末にも程があると言ってしまうくらいに質素なそれだ。

ヴィトーは身構えない。

それで何が出来ると言う様に、主神の前に立ち塞がってローブの男を嘲笑う。

だが一方で、アルフィアだけはそれを警戒した。

殆んど勘の様な物だった。

それでも、それは警戒すべきものだと思ったのだ。

 

(救いの祈りを/ホーリー……)

 

『正しき閃光/ジャスティ・レイ』

 

「っ」

 

マスクの下で小声で唱えた本来の詠唱の後に、偽りの詠唱文を周囲に聞こえるくらいに大きく唱える。

短剣が根本からひび割れる。

その身に持った全ての力を速度に変えて、僅かに残った刃の部分が恐るべき速度でエレボスへと迫る。

それを武器の持たない指一本で叩き落としたのはアルフィアだった。

余裕を見せていたヴィトーは、それこそ指一本さえも動かせなかった。

エレボスは笑う。

ライラと輝夜は唖然とする。

そしてアルフィアは、思考する。

 

「くく、何の躊躇もなく神殺しの禁忌を犯すか。だから言っただろう、ヴィトー。こういう奴が一番厄介なんだ」

 

「……その様ですね。ええ、反省しますとも。静寂には感謝してもし切れません」

 

それがレベルによるものなのか魔法によるものなのかは分からない。

ただ目の前の敵が警戒すべき相手だと理解したヴィトーは、即座にエレボスを隠す様にして前に立つ。

見たところ、あの魔法に攻撃力は少ない。

ならば多少受けても問題はないと思ったのだろう。

 

そしてアルフィアの背後からは明確な敵意が漏れ出す。

どうやら追い払う為の行動が、むしろ敵対心を煽ってしまったらしい。

今のユキではアルフィアには逆立ちしたって敵わない。

だがそれでも、撤退するだけなら可能だと考える。

特に後ろに2つも荷物を抱えている今のアルフィア相手ならば……

 

「おっるぁぁああ!!」

 

「っ、小賢しい」

 

そして決して、ユキの背後にいる2人は荷物ではない。

目の前の者達がこのローブ姿の不審者に目を取られているのは分かっていた。そしてこの不審者が少なからず自分達の味方であり、闇派閥に敵対する者であると分かっていた。

故に狡鼠はここで仕掛ける。

勿論、敵の戦闘力があまり分かっていないこの状況を打開する為にも。

 

「ちぃっ、まだだ!輝夜!!」

 

「居合の太刀ーーー『一閃』!!」

 

「邪魔をするな……『福音/ゴスペル』」

 

「「っ!?」」

 

たった一言。

その一言で、全てが無へと還る。

それがアルフィアの持つ魔法の一つ、"サタナス・ヴェーリオン"。

何の仕込みも効果もない。

ただ音の塊を相手に打つける、それだけの攻撃。

だが、その極大の爆音が生身の人間に打ち付けられれば、体重の60%を水分が占める人間がまともで居られる筈がない。

 

(視界も、耳も、身体の機能がぶっ壊される……!?こんなもんありかよ!?)

 

凄まじい音波に晒されながら、輝夜とライラはアルフィアから吹き飛ばされた。

耳と鼻、目から血が流れだしているのを自覚するだけで、その攻撃が人間に対してどれだけ効果的に働くかを思い知らされる様だ。

こうして一度食らっただけで分かる。

相手と自分達の間に広がる、どうしようもない力の差を。

 

『…………正しき閃光/ジャスティ・レイ』

 

「っ!」

 

壁に叩きつけられるかけた2人の身体が、突然空中に現れたその人物に受け止められる。その黒いローブで隠された身体に包まれた瞬間に、自身の身体にかかる音による負担が遥かに軽くなる。

加えて、どうしてかこの不審者に抱かれた瞬間に心に迫っていた焦りや精神的な疲労が幾分か軽くなり、安堵感を感じてしまうのだから不思議な話だ。

チラと目を向ければ、自分達を守る様にして幾つもの剣が折り重なって盾の様に浮いている。

 

「……そのローブの下に更に対魔法のローブでも着てんのかテメェ」

 

『なに、どちらも恋人からの貰い物だ』

 

「は?その様なナリで恋人が居ると?急にこの折れた刀を突き刺したくなりますねぇ」

 

『後にして欲しい、先ずはアルフィアを退かせる』

 

「「は?」」

 

この不審者は一体何を言っているのか。

疑問に思ったのはライラと輝夜だけでなく、ヴィトーとアルフィア自身もそうであった。

確かにこの不審者はヴィトーですら反応できないほどの凄まじい速度で攻撃を放てる。

だが、だからと言ってレベル7のアルフィアを退かせるなど、そんな言葉はあまりにも馬鹿げているとしか言い様が無いだろう。

エレボスでさえも驚く様な話だ。

だがその不審者は籠を下ろし中から10本余りの安剣を取り出すと、その場で宙に投げて自分の周りに浮かせ始める。まるでこれから本当にそれを成し遂げようとしているかの様に。

 

「……貴様、ただの雑音ではないな」

 

『静寂のアルフィア、一度ここは退いて欲しい。それ以上は望まない』

 

「おい、退かせるって説得でかよ!」

 

「……お前を確かめたい。ただの雑音か、それとも次代の英雄となり得るのか」

 

『つまり、退かせるには力付くでしてみろという事でよろしいか』

 

「そうだ」

 

『了解した』

 

「っ!?」

 

アルフィアの肩口目掛けて剣の一本が射出される。

それを認識した瞬間、アルフィアは再びそれを指でいなそうとして……即座に身体を回転させる事で触れずに躱した。

ここに来ての初めてのアルフィアの回避行動。

しかし躱した先にも次の剣が放たれており、それは横に大きく回転しながら彼女の足元を薙ぎ払おうとする。

 

「ゴスペ……っ!」

 

『遅い』

 

3本目、超短文詠唱の魔法を唱えようとしたアルフィアの口元目掛けて光を帯びた武器は同様に横に回転しながら飛来する。

 

「……!」

 

足元と上半身を削り取ろうと高速回転しながら迫る2本の剣。しかしその間を、アルフィアはその場で小さく跳びながら器用に潜り抜ける。

アルフィアもまた歴戦の冒険者であった。

すれ違い様に足元を掬う様に通り過ぎていった剣を手に取り奪い取ると、4本目5本目と彼女を追撃する剣達をこれで薙ぎ払う。

この人物を相手に武器無しで戦う事は得策ではないと考えたのだ。

……少なくとも、指でこれに触れれば斬り飛ばされる事は間違いないと、そう確信していた。

 

「超短文詠唱を上回る速度の剣の射出……なるほど、魔導士殺しとはこの事か」

 

『本来でしたら後衛としてその魔道士の支援を行うのが適した役割。こんなにも表に立って戦うのは好みではありません……ではなく、好みではない』

 

「キャラがブレブレだぞ不審者」

 

『気にするな』

 

「いや、気になるだろうよ」

 

アルフィアの恐ろしい所は魔法だけではなく、剣も十全に使えるという事だろう。

その剣技は輝夜から見ても間違いなく一流のもので、流れる様な繊細な剣捌きから、まるで世界を叩き割る様な凄まじい破壊力を持った剛撃まで、彼女はその多くの流派を自由自在に操る。

魔法だけでもあれだけの化け物だったというのに、近接戦闘でもこれとなると手が付けられない。

だが一方で、一連の流れを見ていたライラはどちらかと言えばアルフィアよりも目の前の不審者の方が恐ろしかった。

特に彼の使うその不可思議な魔法の方が。

 

(10本の剣がそれぞれ全く別の動きをしてやがる……!あれを捌く敵もそうだが、その全てを把握して操りながらも疲れ一つ見せないこいつの方が絶対に頭おかしいだろ……!)

 

ライラから見ればそれはただ単純に剣が動いているだけの現象ではない。10人の兵を自由自在に動かしているのと同等だ。

あの速度とアルフィアが避けなければならない様な攻撃力……その技術一つで中堅ファミリア一つを壊滅させられてもおかしくはない。

そもそも、これ程の作業に疲れを見せている訳でもなく、むしろ軽口を叩ける余裕もあるとなれば、仮に本気を出せば背に背負っている10本よりも更に多くの全ての武器達を操る事が出来るとでも言うのか。

だとすれば本当にこいつは1人だけの軍隊だ。

大量虐殺にこれ以上に向いている能力も無いと言ってもいい。

 

「名を名乗れ、お前は何者だ」

 

『名前は名乗らない、私は元より存在しない者』

 

「……お前、女か」

 

『……さあ、どうだろう』

 

アルフィアのその言葉に少しだけ苦笑いした様な雰囲気を出しつつ、ローブの不審者は全ての剣をアルフィアの周りへと突き刺す。

地面に、壁に、天井に……突き刺さった剣は次第に光を強め始めた。

爆発?

熱線?

アルフィアは即座に福音を鳴らす構えを取る。

しかし一方で不審者は腰にライラと輝夜を抱くと、その場から瞬時に逃げ出した。

あまりにも迷いのない行動。

それまでの全ての言葉がこの時の為の物なのか、それとも単に隙を見つけたから逃げたのかは分からないが、間違いなくタイミングは良かったと言える。

そしてそんな彼等を追おうとアルフィアが慌てて動き出そうとしたその瞬間……

 

『白染/ホワイト・アウト』

 

溢れんばかりの白色が周囲を完全に染め上げ、10の爆発音が彼女の足音までをも完全に掻き消した。

 





「……逃げられたか」

「いやはや、オラリオにまだあの様な戦力があったとは……創設神の私兵でしょうか」

「さてな、そんな切り札があるのなら既に切っていそうなものだが。……どう思った、アルフィア?」

「……嫌なことを思い出した」

「うん?……ああ、そういえばお前の娘も剣と光の魔法を使っていたな。詠唱も戦闘スタイルも全く違ったが」

「娘ではない……真実まだあれから数日、立ち直れている筈もあるまい。未だに生きているかどうかも怪しいがな」

「普通の子供なら完全に壊れてるだろうな。今からでも間に合うかと期待して命を助けたが、今考えれば無駄な足掻きだったか」

「……お前は何を知っている、エレボス。何故あの時お前はユキを助けた」

「なに、もう気にした所で意味の無い事だ。これをお前に話せば、間違いなくこれから先の事に支障が出る」

「………」

「役割を果たした後に全てを語るとしよう。今は何より、この街に絶望を齎さなければならない。そうだろう、ヴィトー」

「ええ、私はそれを強く肯定しましょう。我が主人」
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