白海染まれ   作:ねをんゆう

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91.seniors

『ふ〜……危なかったぁ!アルフィアさんが手加減してくれてなかったら普通に突破されてボコボコにされてました!でも正体もバレてないみたいなので、セーフセーフですね!』

 

「遂にキャラが完全に崩壊したなこやつ……」

 

「ってか、マジで女だったのかよ。それ声変えの魔道具かなんかか?……いや、だとしてもマジで誰か分かんねーけど」

 

アルフィアから逃げ出したライラと輝夜、そして黒いローブの男(女(男))の3人は、今はもう人の住んでいない寂れた店内に隠れていた。

音の攻撃によって負傷したライラと輝夜を寝かせると、ようやく一息をついたかの様に奇妙な男性声で可愛らしい女性の如く一喜一憂する不審者。

そんな不審者を訝しげに見ている2人は、それでもどこかそんな彼女を憎めない様子で言葉に困っている。

 

「取り敢えず、助けてくれたのは助かった。それで、何処の私兵なんだあんた。姿を隠してる所見ると、確実に表には名前の出てない奴なんだろ?」

 

「ギルドか、フレイヤ・ファミリアか。それとも闇派閥の裏切り者という可能性も……」

 

「無ぇな」

 

「無いだろうな」

 

「あの、それは褒められてるんですよね……?」

 

会ってからまだ少ししか経っていないが、それでもそれなりに人生経験の豊富な2人には分かる。

こいつは間違いなくポンコツだと。

しかもどうしようもないお人好しだと。

ことのつまり確実に善人の類であると。

故に一度でも闇派閥に加担したことなど、確実に無いであろう事を。

 

「もう……一応私、お二人には会った事があるんですよ?どこの私兵という訳でもありませんが、今はアストレア様の恩恵を頂いている訳ですし」

 

「なに?」

 

「はぁ?そんなこと聞いて……」

 

「これで思い出しますかね、本当に顔を合わせたのはエレン様に絡まれていた最中の事でしたが」

 

「「!!」」

 

ユキはフードとマスクを取り、自分の顔を彼等に晒す。

そうして彼女の顔を見た瞬間、ライラと輝夜は思い出した。

数日前にリューが神エレボス(エレン)に絡まれていたのを引き離した後、その直後にまた標的にされてしまった黒髪の少女が居た事を。

その少女は顔色が悪くあまりにも疲れ切っていた様に見えたが、その時は取り敢えずその場を離れた3人。しかし後々になって助けてやるべきだったかと思ったものだ。

とは言え、彼女の顔もそこまでじっくりとは見ていないし、見ていたとしても酷過ぎるその様子に今の彼女と結び付けるのはなかなかに困難な事であったろう。

 

……だが、それよりも何よりも、ライラと輝夜が驚いたのはその容姿だ。

目付き以外、あまりにもアストレアによく似ている。目を細めて微笑む姿は、まるで髪を染めたアストレアが目の前に居るかの様だ。それ程に彼女の容姿は自分達に馴染みがあって。

 

「な、なんなんだ、お前……」

 

「私はユキ・アイゼンハートと申します。今はアストレア様の眷属で、リューさんの後輩です。ロキ様の指示を受けてここに来ました」

 

「……女神では、無いと?」

 

「えっと、違いますよ……?ほら、別に神威とかもありませんし」

 

分からない、あまりにも分からない。

これならば神アストレアの本当の妹や娘とでも言ってくれた方がまだ理解出来た。

感覚は目の前の女を間違いなく人間だと言っている。

だがこうして自分の目で見れば、アストレアと似通うその美貌に己の認識を疑わずには居られない。

 

「……!そうか、お前か!リオンとアストレア様が探して欲しいって言ってた女は!」

 

「っ、やはりあの時の女と同一人物か。保護した時に僅かに見たあの酷い有様の顔色と違い過ぎて一致しなかったが、それならば少しは疑問も晴れる」

 

「ええと……はい、この度リヴェリアさん達に盛大に見つかってしまいまして。今はアストレア様の下に身を置きながら、ロキ様の提案を受けて行動しているという訳なんです」

 

「神ロキの提案?フィンじゃねぇのか」

 

「ええ、これは完全にロキ様だけのご判断です。相手を誘い出す為の未知の提供とでも言いましょうか………あ、もう少し右手を上げて下さい。このまま縛ると苦しいですよ」

 

「あ、ああ……お前、魔法を使わない手当ても出来るんだな。このご時世に」

 

「こんなご時世でも便利な物ですからね。昨日もずっとアストレア様と治療してましたし」

 

「……ただの甘ちゃんでは無さそうだな」

 

言葉を交わしつつも2人の手当をしていくユキ。

その手際の良さから思い出させられるのは、やはり同じ様に怪我をしてしまった者達に治療を施していたアストレアの姿だ。

彼女の話が本当ならば、彼女は自分達の後輩となる。

だがここまでアストレアと容姿の似ている彼女を果たして自然に後輩扱い出来るかと聞かれれば、正直"微妙"というしか無いだろう。

それに気になる事はその容姿だけではない。

 

「なあ、お前さ……レベルいくつなんだ?」

 

「あの魔法、あの手際、Lv.4以上は間違いないだろう。確か工場への襲撃を防いだ際には白い閃光を描いて殲滅したと聞いた。近接戦闘も出来ると私は予想しているが」

 

「ええ、というか実はそちらの方が本業ですね。……あ、ちなみにレベルは5です」

 

「……後輩?」

 

「ウチの団長よりよっぽど強ぇじゃねぇか」

 

「ようやく団長が交代する日が来たと。これは喜ばしい事だな」

 

「そ、そんな事したりしませんよ!私は本当に一時的に滞在するだけですから!」

 

そう、彼女の実力だけは疑いようのない本物だ。

輝夜の居合いを指だけで流し、凄まじい魔法で2人を一瞬で戦闘不能にさせる化物の様な女こと、静寂のアルフィア。もしアレとまともに打つかっていれば、2人は果たしてどれだけボロボロにされていただろう。むしろ生きて帰って来れなかった可能性の方が高い。

……それにそうでなくとも、実際にその戦闘を自分の目で見れば彼女が間違いなく強者である事は分かるのだ。しかもアレが本来の闘い方ではないとすれば、それはもうとんでもない事と言える。

 

「なあ、もしお前が本気を出せばアレに勝てるか?」

 

「う〜ん……いえ、どう考えてもそれは無理ですね。仮に私が全てのスキルを用いて互角に打ち合えたとしても、アルフィアさんもザルドさんも確実に他にまだ何かスキルや魔法を隠していますから。それに私は防御が紙ですし、例えばアルフィアさんが音魔法を逃げる場所がないくらい広範囲に放っただけで立てなくなりそうです」

 

「チッ、やっぱ数の暴力しか無ぇか」

 

「ただ……まずはその隠されたものを知らない限りは勝ちの目もありませんから。必ず何処かで腹を括る必要はあると私は思ってます」

 

「勇ましいことだがこの状況、レベル5など今のオラリオには早々居ない人材。容易く潰れて貰っては困る」

 

ザルドとアルフィア。

ユキは先程もほんの少し手を合わせただけだが、それでも未だに彼等の底は見えて来ない。

ザルドには大技を出させた。

だがスキルの類を発動していた様には思えず、彼ほどの強者が魔法一つしか持っていないとは到底思えない。

アルフィアからもまた魔法一つと剣技を引き出したが、まさか魔法が一つしかないなどという事はあるまい。

確実にもう2つ、そしてそのどちらかには威力が桁違いの大技が眠っている筈。

 

いずれはどちらかと戦うにせよ、いくらスキルでステータスを底上げして追い付いた所で、このままでは手札の差で負けるのは確実だ。

汎用性が凄まじく高いとは言え、ユキは魔法を一つしか持っていない。加えてスキルのうち2つはステータス向上、更に1つは精神系のものだ。

レベルを2つ+αの実力を持つアルフィアとザルドを下すには、未だ手札が足りていない。

 

「……ライラさんと、輝夜さんでよろしかったでしょうか」

 

「ああ」

 

「ここからお二人だけでも、アストレア様の下まで帰られますか……?どうやら私はもう一度、死線を潜り抜ける必要があるようです」

 

「……舐めるな後輩。この程度の傷、何の問題もない。それにあの大馬鹿エルフも狙われている、団長に伝えなければなるまい」

 

「実際、マジで身体痛ぇけどな。お前のおかげでその気になれば走れる程度にはマシだ」

 

「ごめんなさい……でも、私は行きます。せめて、この剣技だけでも完成させておかないと話になりません」

 

そう言ってユキはローブの下、背中側に取り付けていた質がそれだけ確実に異なる大剣を引っ張り出す。

まさかそんなものを背中に背負いながら今の今まで戦っていたという事には素直に驚きしかないが、もう良い加減に驚く事にも飽きて来た頃合いだ。

ライラも輝夜も、溜息を吐きながら立ち上がる。

 

「ったく、無茶するのは別に構わねぇけどよ。こっちが知らねぇ所で死ぬのだけは勘弁してくれよ。お前のこと、リオンもアストレア様も結構勢い付いて探してたんだ。特にシャクティが連れて来たのがお前だって分かって、崩落した施設に潰されて……あいつが今家出してんのは半分はお前のせいなんだからな」

 

「……そうなん、ですか」

 

「それにあの頭ガチガチの大馬鹿エルフが自分の後輩に対してどんな反応をするのか、私達はまだ見れていない。それを見るまでは死んでも死に切れんというものよ」

 

「違いねぇ、それはアタシも気になるからな」

 

ユキをその場に残して歩き出した2人、すれ違い様にユキの背中を押して行く。

 

「帰って来いよ、後輩。しょっぼい歓迎会くらいなら開いてやる」

 

「まあ何か一つでも有益な情報を持って帰って来れなければ、そもそもホームに足を踏み入れさせるつもりも無いがな」

 

「……はい、頑張って来ますね。先輩方」

 

互いに肩を組み合いながらも歩いて行く2人を見送る。

本当ならば送り届けたかった。

 

だが、改めてアルフィアと手合わせをして分かったのだ。

どんな理由があってザルドとアルフィアが闇派閥に付いているのかは分からない。

それでもどちらにせよ、彼女達を止めるには自分の力は今あまりにも足りていないと。

 

「ロキ様は私にそこまでの事は求めていないのかもしれない。本来居ない筈の私がそこまでするのは過干渉なのかもしれない。……けど、それでも、私は今度は対等な立場でアルフィアさんの話を聞いてみたい」

 

彼女が何を考えているのか。

何の為にこんな事をしているのか。

どんな気持ちで自分に接していてくれたのか。

ユキにはそれは分からない。

 

だから、分かりたいと思った。

その全部を、彼女に聞いてみたいと思った。

けれど今のユキでは教えて貰えない。

彼女の中の守られる立場でしかない弱い自分では、きっと彼女は教えてはくれない。

 

全部全部、リヴェリアを惚れさせるのと一緒だ。

弱い所ばかりを見せてしまった。

泣いている所ばかりを見せてしまった。

だから一度くらいは、強い所を見せておかなければならない。

 

「……悪人だろうと何だろうと構いません、私はもう一度アルフィアさんと話したい。その為ならたとえ闇派閥からだってアルフィアさんを奪い取ります。他の誰が何と言おうとも」

 

悪人を助ける事は罪だろう。

正義ではないだろう。

だが、それがどうしたというのか。

だからこそユキは正義を捨てている。

守りたい人を守りたいから、捨てている。

ユキのこれは我儘だ。

そういった我儘を通す為に、白さを求めて生きて来た。

 

「……だから、利用させて下さい、ザルドさん。貴方の剣と、強さと、信念に、私は新たな強さを見つけたい」

 

探そう。

一度は己を殺しかけたあの怪物を。

勝ちを狙おう。

今度は死が目的の戦いではなく、本当に勝利を見据えて。

獲物は同じ、籠と他の武器は置いて行く。

魔法もなく、他の武器もなく。

ただこの大剣一本で、本物の剣士を学び取る。

 

 

 

 

 

 

都市北西。

闇派閥の大部隊が展開する、その中心に立つのは闇派閥の幹部オリヴァス・アクト。彼の独断によって行われたこの騒ぎは、しかしその主の手添えによって更に過激さを増していた。

 

本来ならばこんな時期に部隊を動かしたところで大きな戦果は得られない。何の意味もそこにはない。故にこんな事をする筈がない。

普通に考えればそう結論付けられるからこそ、この暴動はフィンでさえも読む事が出来なかった。

 

民集の数が多すぎる。

味方の数が少な過ぎる。

まともに動けるのは丁度近くに居たヘルメス・ファミリアのみ。

彼等は必死になって食らい付く。

圧倒的な数量の差を理解しながらも。

どれだけ転がされようとも増援を待つ。

その増援がなかなか来ない事に困惑しながらも。

 

「クソっ、限られた者しか急行出来ないとは……!」

 

「少数精鋭で叩くしかあるまい!敵を一気に片付けて………っ!?ぐぅぉおおぁっ!!?」

 

増援。

そう、増援だ。

シャクティとガレスが率いる数も質も揃った増援。

それは確かに危機に陥るヘルメス・ファミリアの元へと走っていた筈だった。

だが、そんな集団でさえも、たった一つの個によって行手を阻まれる。

たった一振り振われた大剣の一閃によって、瞬く間にその進行を止められる。

 

「……ザルド!また儂等の邪魔をするか!」

 

「数日振りだな、老け顔のドワーフ。お前との記憶、不思議と酒場での光景しか思い出せん」

 

かつてガレスと共に酒の飲み合いをした事もある黒鎧の剛剣士、ザルド。

その男がたった1人この場に現れた事で、駆け付ける筈だった援軍は、途端に助けを待つ側に立たされる事になる。

軽口を叩くガレス。

しかしその顔は当然ながら明るいものではない。

 

「ここより進むのならーー俺が飲むのはドワーフの火酒ではなく、血の酒となる」

 

「「っ!?」」

 

「それでもいいのなら一献付き合おう。杯と言わず樽なみなみと注いで、お前等の血を飲み干してやる」

 

放たれる闘気。

突き刺さる殺意。

レベル7の本気の圧力がガレスとシャクティの身体に響き渡る。

その凄まじさは尋常ではなく、彼等の背後に控えていた者達からは根刮ぎ戦意を奪われていた。

……故に、

 

『それならば、私と手合わせ願おうか』

 

「……ほう」

 

それほどの圧を受けてなお、こうしてガレスやシャクティすら踏み出せない一歩の前進を易々とこなして前に踏み出た黒衣の人間に、ザルドはチラリと口角を上げて受け入れた。

 





「……エルフ、お前はいつからそれ程にガメつくなった。あの時あれほどユキを欲しがっていながら、今度は"それ"か。その節操のなさには呆れるしかない」

「"それ"ではなく、今はアイズという名前がある。節操が無いという事に関しては、私に否定をする権利が無い事は自覚しているが」

「……ユキは今どこで何をしている」

「そんな分かりきった事を聞く必要があるのか?」

「……それもそうか」

「?なんのはなし、リヴェリア?」

「いや、ただの母と娘についての話だ。別に気にしなくともいい」

「……そうか、お前の娘はそのダンジョンの子供だと言うことか」

「まあ、そういうことになるな。フィンの指示がなければこの様な舞台に上がらせる気も無かった」

「ふっ、以前の私ならば『その宝を生贄にでもするつもりか』とでも言っていたかもしれないが、今はどうしてか口が裂けてもその様な言葉は出せそうにない。何故だろうな」

「……もう一度言うが、そんな分かりきった事を聞く必要があるのか?」

「……八つ当たりをさせろ、エルフ。私は今、無性に世界の全てを壊したい」

「傍迷惑な話だ……そこになおれ、アルフィア。私が母親の何たるかを教えてやる」

「余計な世話だ」

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