白海染まれ   作:ねをんゆう

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92. misunderstanding

黒の鎧、黒のローブ。

そして互いに武器は同じ大剣。

偶然にもそんな共通点を持つ2人は、しかしその体格は全くの別物。

片やその大剣に負けず劣らずの隆々とした筋肉に鋼鉄の芯を伴った様に揺れる事の無い重厚な肉体を持つが、一方で対面している者は体格だけならば女子供と変わらない。

魔法使いの類だと言われた方が納得出来るくらいに。

その顔は見えない。

その声も不自然で。

この場に居る誰もが無謀だと思った。

それはガレスやシャクティでさえもそうだった。

 

それでも、ザルドは大剣を構える。

本能と、経験が、語っている。

目の前のこの人間は、間違いなく自分が剣を抜くのに値する程度の力は持っているということを。

 

「お前が血酒を飲ませてくれるのか?」

 

『いや……ただ、手合わせを願いたい。貴方から学び、確かな強さを盗み取りたい』

 

「ほう、この俺から強さを盗み取るか。豪胆な奴だ、見目に似合わず。名を名乗れ」

 

『ユ………あっ』

 

「ゆ?」

 

『ユ……』

 

「?」

 

『ユ、ユルフィアだ……』

 

「……俺は別にそれでも構わんが、俺がやらなくとも後にアルフィアに消されそうな名前だな」

 

『秘密で頼む』

 

「あまりの清々しさに笑いそうになるが………まあいい、雇い主の下らぬ茶番に付き合わされて腰抜共を屠るよりも余程面白そうだ。お前が早く倒れ伏せば、やらざるを得ないだろうが」

 

『……その一言を待っていた』

 

スキルが2つ発動する。

他者を守る為のスキルと、悪人を打ち倒す為のスキル。

……しかし、そのどちらも半端な効力しか発動出来ていないのは、恐らくユキ自身の問題だろう。

ここで自分が早くに打ち倒されてしまえば、確かに次はガレス達の番だ。

それでもユキはよく知っている。

ザルドもアルフィアも直接的に冒険者の命を奪う様な事は殆どしていないと言う事を。

故に、ステータスは追い付いていない。

これならばまだ以前に戦った時の方が力は上だ。

だが、それでこそ強さを学べると言うものだ。

 

これはユキの初めての冒険。

今日まで誰かを守る為にしか危険に飛び込んで来なかったユキが、初めて自分の強さを得る為だけに死線へ至る。

 

「俺など無視して隠れ行けば、暴動の渦中へ行けたろうに」

 

『私などよりもよっぽど適任な者達がそちらへ向かっている。私の役割は強くなる事、そしてあわよくば貴方の情報を持ち帰ることでs……だからな』

 

「……それを本人を相手に言うか」

 

『あっ……と、とにかく手合わせ願います!余計な言葉は無しで!口より剣で語りましょう!ではなくて、語ろう!……あれ、これもなんかおかしい気がする』

 

「ああ、お前はあまり話さない方がいいだろう。その様な怪しい見目をしているにも関わらず、中身が余りにも誠実過ぎる。俺の戦意が掻き消える前に早く来い」

 

『はい!行きます!』

 

「…………」

 

最早こいつは隠す気があるのかと、ザルドはそう言いたくなりつつも腰を落とす。

だが、ユキからして見ればどうやったってザルドに対して敵意を抱く事の出来ない理由があるのだから、もう仕方ないと言ってもいい。

 

『……さらばだ、哀れな少女よ。願うならば来世こそ戦や宿命に縛られる事なく、その優しき心のままに平穏な生を全う出来る様に』

 

目の前の命を絶とうと剣を振り下ろそうとした寸前に、彼がユキに対して差し向けたその言葉。意識が朦朧としていても、死が寸前にまで近付いて来ていても、確かにその言葉はユキの耳に届いていた。

過程がどうであれ、最後にかけられたあの言葉には彼の本心からの願いが込められていたと、ユキは思う。

だからユキのスキルは半端にしか働かない。

彼を悪人だと認識出来なくなってしまったからこそ、万全には動かない。

それはユキの甘さだ。

いくら少しの優しさを持っていたとしても、敵側に居るのなら本気を出して立ち向かうべきなのだ。

ザルドが存在する事によって、闇派閥は勢い付き、罪のない者達が命を落としている事も確かなのだから、本来ならばそうなるべきでは無いのだ。

 

(……やっぱり、今のスキルではアルフィアさんには敵わない)

 

だから、今ここでその力を付ける。

本当に勝たなければならない時の為に。

たとえ今は勝てなくとも、その時に必ず勝てる様になる為に、今この場で強くなる。

それが甘さ故に強さを発揮出来なくなってしまったユキの責任だ。

その甘さによって人々を守れず、今もこうして闇派閥の侵攻を許してしまっている、ユキがしなければならない最低条件だ。

 

『はぁっ!!』

 

「っ、お前……!」

 

『教えて下さい、貴方の強さを!貴方の剣を!そして……今の私に足りていない何かを!』

 

叩く、払う、そして穿つ。

真似るのは目の前の剣剛。

見る、見た、真似た、けれどまだ至らない。

最後に戦ったあの時、見様見真似で身体に叩き込んだその技術は、それでも未だ3割程の完成度でしかなく、容易くザルドの一撃に打ち返された。

そこから更に反省し、思い返し、比較的形の似ている武器を調達し、そうして今この場で披露しているのはそれでも4割を超えているかどうか。

もしかすればその見積もりすらも甘いのかもしれない。

だからユキは、残りの道のりなどに少しも目を向ける事なく、ただガムシャラに突き進む。

 

「っ……振りが甘いっ!!」

 

『うっぐっ!?』

 

そして見える、分かる、ザルドとの違いが。

その完成された一振りの偉大さが。

まだ足りない、まだ無駄がある。

常人ならばそのあまりに遠過ぎる頂の高さに諦観の念を持ってしまう極みに、しかしユキは一つずつ一つずつ修正を施し、改善していく。

大剣を振り、打ち返され、返しに打ち付けられ、少し怯まされながらも目に焼き付け、身体に向けて染み渡らせる。

身体が痛い、残っている疲労にフラつきそうになる。

けれど一瞬たりともザルドから目は離さない。

その一振りすらも無駄にはしない。

敵意はない、殺意もない。

ただそこにはむしろ尊敬の念がある。

ザルドに敵意を抱けない。

しかしこれはだからこそ出来る成長だ。

その剣技を身に付けたいと、心の底から思っているからこそ出来る荒技だ。

 

『これ、でっ……!』

 

「また俺の剣を真似るか!愚かな冒険者共!」

 

なにより、その姿に驚愕していたのはザルドの方だ。

最初に剣を打ち付けた時から合格点には至らなくとも、モンスター相手に使用するのならば十分な領域にまで真似をされていた剣の技術。

それが今、こうして一振り二振りと打ち付け合う度に信じ難い速度で完成度が増していく。

ザルドの剣技を真似ようとした人間は過去にもいた。

だがそれを完全に成し遂げた人間は殆ど居らず、強いて言うならば才禍の化身と評されたアルフィアくらいだろうか。

むしろ彼女は数度見ただけで完全にそれを自分のものにしたのだから、ザルドからしてみれば怒りを通り越して呆れもしたものだ。

 

……そして近しく思い出すのは、あの時ザルドが殺し損ねた少女のこと。

その少女の抱えているものを引き出す為に様々な手を使い追い込んだ末に、彼女は目の前の自分の剣技を真似し始めた。

それは恐らく剣を大切にし過ぎる事を指摘され、それでは勝てないと理解し、それでも剣を大切にしない振り方など知らない彼女が答えを求めた結果でしかないのだろう。

だが、それでも彼女はその戦いの最中でも凄まじい速度で自分の技術にして見せた。それは正しく彼女の母親として振る舞っていたアルフィアを思い出させる様な光景だった。

 

……あの少女がこの戦場に来ているはずがない。

あれだけの葛藤の末に打ち負かされたのだ。

普通の子供が立ち直れる筈もない。

いくら助けたとは言え、ザルドはもう既にあの少女は死んでいると思っている。

人の心というものはそう強いものではないのだから。

 

(ならば、こいつは別人……アルフィアと同じ様な異常な才能を抱えている輩か?しかし、どうにもこの成長具合はあの少女を思い起こさせる……!)

 

単なる才能によるコピーではない。

その一挙手一投足を見逃す事なく地道に自身の身体に写し込んでいく、ある意味では単純な才能よりも異常性を感じずにはいられない執念と執着。それだけならまだしも、目の前の人間のそれはあの時の少女のものすら上回る様な異質さだ。

単なる身体の動きだけではなく、その行動に込められた意味や理念、心の動きすらも見られている様な気さえする。

 

「そうまでして俺の剣が欲しいか!小娘!」

 

『はい!私は貴方の、剣が知りたい!』

 

「いいだろう!ならば存分に持って行け!その身に付けるより先に死ぬ事だけは断じて許さん!」

 

『はい!!』

 

ザルドの剣の速度が増す。

ユキは必死に食らい付く。

加減をされているのは分かっている。

チャンスを与えられているというのは分かっている。

だからそれに応える。

風を引き裂く様な轟音。

大地を割る様な衝撃。

ユキの剣が徐々にザルドの鳴らすそれに近付いていく。

 

ザルドは単純に……嬉しかった。

ここまでの執着を自身の剣に持ってくれる者が居るということが。

そしてその技術を学び、より高みに至ろうと足掻き続ける後進が居る事が。しかもそれが見目は怪しくとも、内側は間違いなく誠実な人間である事がなによりも好ましい。

 

『せやぁっ!!』

 

「っ!そうだ、それだ!!」

 

『ひぐっ!?』

 

そうして漸く、ユキの剣が合格点まで辿り着く。

その瞬間、ザルドは思わず返す剣に力が入る。

吹き飛ばされたユキは何とか受身を取りつつも立ち上がると、ようやく達する事の出来たその感覚を忘れる事のない様に何度も何度も掌を握り緩める。

 

「6割」

 

『……その道の長さを感じるのは、少々生意気でしょうか』

 

「数度の邂逅でここまで届いた才能の化身よりかは納得がいく。そして全てはここからだ」

 

『………』

 

「ここより先は深奥の領域。10は無く、深まる程に道は遠く、この生涯を賭した所で最奥に辿り着く事は決してない。俺に言わせれば、お前の辿り着いた今その場所が始まりの地だ」

 

いくらアルフィアがザルドと同じ剣撃を扱おうとも、まともに打つかり合えば敵う筈もない。

なぜなら、そこには才能だけでは辿り着けない場所があるからだ。

深め、切り開き、新たな境地へ至るのは、ただ先人が作り出した整備された道を歩んで行くのとは全く違う。

アルフィアは紛れもない天才だ。

故にザルドの真似事ならば出来るだろう。

だが、ザルドと同じ様に新たな剣の道を切り開く事は決して出来ない。

それはその剣一本で自身の剣技を作り出して来た彼だからこそ出来る、努力と信念でしか為し得ない才能に勝る唯一の強さだからだ。

 

故に、ここが始まりの地。

ここから先は才能だけではどうにもならない。

ここから先には整備された道など何処にもない。

ザルドが歩いた道は彼だけのものだ。

ユキが歩くべき道はユキ自身が切り開くしかない。

 

「……一つだけ聞きたい」

 

『ん、何でしょう』

 

「お前に、姉妹の類は居るか?」

 

『?』

 

それまで剣の話をしていた筈のザルドが突然言葉にしたそんな疑問に、ユキは首を傾げて剣を下ろす。

口調なりは既に隠し切れていないとは言え、まだユキの正体はバレては居ない筈だった。

だがそんな自分に姉妹の有無を聞くのは、そもそも意味が分からず、困りながらも取り敢えず真実を語っていく。

 

『……姉が1人』

 

「その姉は、どうした」

 

『……この街に来た時に逸れました、今は何処に居るのかも分かりません』

 

「そういうこと、か……どうりでよく似ている」

 

『???』

 

どういう事なのか全く分からない。

分からないが、何となく兜の下の顔が歪んでいる様な気がして、心配になってしまう。

姉とは言うが、それはクレアの事だ。

この世界に来た瞬間からこの身体の何処からも居なくなってしまった彼女は、確かに心配ではある。だが自分だけが何らかの力で過去に飛ばされたとすれば、むしろ居なくなったのは自分の方だと言えるだろう。クレアが元の時代に居るというのはほぼ間違いない。

だからこそ、そこまで心配はしていないと言うか……むしろ心配なのは自分の身体が無い事でクレアと共に精霊が解き放たれる事だったりとか、その辺がどうなっているのかが分からない事くらいで。

 

「お前は俺の剣を使い、何を成す」

 

『……アルフィアさんを、倒します』

 

「!」

 

『やらなければならない事は沢山あります。ですが、個人的な今の目標はそれです。その為に私はここに強さを求めに来ました』

 

「……そうか、そうなるか。ああ、だがそれもまた俺達が選んだ道の末の一つだろう。その末にあいつが壊れたとしても、糧となるのならば問題あるまい」

 

『?????』

 

もうユキはザルドが何が言いたいのかこれっぽっちも分からない。

ただ、彼の目は先程よりも炎が宿っていて、どころかむしろ……

 

「アルフィアを殺すというのならば……その程度の力ではまだ足りん」

 

『え、殺す……?』

 

「構えろ、名も無き冒険者。そうまで強くなりたいと言うのならば、俺の全力から生きて帰るがいい」

 

『え、全力……?え、なんで?』

 

「ハァァァアッ!!」

 

『あ、これほんとに死ぬやつだ!ちょっと待っ、にゃぁぁああ!!!?!?』

 

その瞬間、ユキの片方のスキルが全力全開で発動した事は不幸中の幸いというか必然というか……

 

「ハァッ!ぬぅォォオッ!!」

 

『ひぃっ!痛いっ!?手が痺れます!?……あ、待って!待って下さい!折れますから!剣折れちゃいますからぁぁ!』

 

「ゼェァァアッッ!!」

 

『爆ぜたぁっ!?最高級の大剣が木っ端微塵ですか!?ガレスさん助けてぇえ!!』

 

「お、おお……!お、お主等行くぞ!!」

 

「本当に最初のキャラは何処に行ったんだ……!あれだけ傷付いている少女も居たというのに、全く!」

 

この後、成長したステータスと剣技も含めて、ガレス達の協力もあったことで何とか生き残る事は出来たユキだが、全力のザルドの暴れっぷりに参戦した者達が片っ端からボコボコにされて部隊が壊滅したのは言うまでも無い。

むしろ結局最後まで立っていたのがユキであり、この戦闘の最中で8回ほど死に掛けた事もまた言うまでも無い事なのかもしれない。

なお、ガレスの2本目の斧は再びユキに酷使され、最終的に逃げる際のフラッシュバンに使用された為、完全に灰となった。

そろそろガレスは怒ってもいいのかもしれない。

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