その夜、アストレア・ファミリアの団員達はヘルメス・ファミリアの団員や住民達と共に酒場で酒や馳走にあり付いていた。
この困窮した時に……そんな事すら馬鹿馬鹿しく思える程のはしゃぎ具合。
「なるほど、ヘルメス様様様なのね!この食材とか諸々は!」
「アリーゼ、様が3つ付けば最早意味が分からない。いえ、嬉しいのは分かるのですが」
ヘルメスがアスフィ達にも内緒で行動していた事。
それは抜け道を使った都市外部への物資の調達であり、今ここで振舞われているのは正にそれによるものだった。
人々の満面の笑み、そしてこの騒々しい酒場の雰囲気。
果たしてどれほど久しぶりにこの光景を見た事だろう。
ようやく手に入れたその一時に、リューは胸を撫で下ろしながらも少し寂しげな顔をする。
(……本当なら、彼女もこの場に呼びたかった。だが、彼女は未だに見つからない。もしかすればあの崩落の際に、本当に命を落としてしまったのかもしれない)
リューが考えていたのはあの不思議な少女の事だ。
突然現れて闇派閥を抑えたかと思えば、アストレアの膝の上で泣き崩れて、また姿を消した。
それからシャクティが連れてきた謎の人物が自分達と共に闇派閥の施設に突入し、その人物にアーディを含めて助けられたかと思えば、崩落した瓦礫の下敷きになって……その人物が他ならぬ探していた彼女だと聞かされてしまった。
どうして教えてくれなかったのかと。
どうして見捨てて逃げてきてしまったのかと。
リューは一時シャクティを責めてしまった。
それもまたリューが心を乱した原因にもなってしまって、そのシコリだけは今でも胸から消えていない。
今こうしているだけでも、どうしても忘れる事が出来ないのだ。
泣きじゃくる彼女の背中を撫でていた時に感じた、その震えを。
だからこそ、今も十分に笑えていないと言える。
自分がどうしてあの少女にそこまで執着してしまうのかは分からなくとも。
「あ、あの……あ、輝夜さん……」
「ん?なんだ、漸く来たのか。今の今まで何処で何をしていた」
「えっと、ロキ様とリヴェリアさんに今日あった事を報告していました。お借りした魔道具を壊してしまいましたが、そこは許して貰えまして……」
「はぁ……まあいい、それよりも早く飲んで食え。お前のやらかした馬鹿は既に知っている、疲れを取るにも先ずは腹を満たせ。
ーーおいライラ!これに適当な物を食わせてやれ!」
「あん?いきなり何を言って………ああ、そういう事か。ほら、まだ手付けてねぇからアタシの食いな。1日でLv.7の2人に喧嘩売るとか、馬鹿だろお前」
「あ、あははは……」
リューが1人そう感情に浸っていれば、背後からそんな会話が聞こえて来る。
どうやらこの宴会に遅れて参加して来た者が居るらしく、その人物は今の今までロキ・ファミリアに報告に行っていた様だった。
しかもその女性は輝夜とライラと面識があり、今日一日だけで敵の主戦力であるLv.7の冒険者2人に喧嘩を売ったという凄まじい事をしていたらしく……
「「「は!?」」」
そんなライラと女性の会話に、3拍ほど間を置いてから周囲の人々が一斉に目線をそちらに向けた。
「え?え?え……?」
「ライラ……」
「……悪ぃ、久々のこういう雰囲気に普通に口が滑った」
目と目が合う。
その美しい黒の瞳に、リューの目が吸い込まれる。
黒い髪、黒い瞳、そしてあのリヴェリアの好みそうな緑を基調とした肌を出さない様な服装は、以前に見た時とは少し異なっているが変わっていない。
それに何より……彼女は、泣いていなかった。
むしろ以前よりも生き生きとしていた。
死ぬ事もなく、力尽きる事もなく、少しの疲労は抱えていたとしても、彼女は間違いなくそこに立っていた。
本当に死んでしまったかと思っていた彼女は、そこに。
「貴女!!生きていたのですか!?本当に、本当に……!?」
「わ、わわっ!りゅ、リューさん!?どうしたんですか、私はちゃんと生きてますよぅ!」
「ああ、本当だ……本当に生きている……あの時あの崩落の場所で、私は本当に貴女が死んでしまったのだと思って……」
「あ……ご、ごめんなさい。心配を掛けてしまいました」
凄まじい剣幕でユキの両肩を掴んで迫ってくるリューに、思わず驚き怯みながらも、申し訳なさそうに謝るユキ。
ライラも、輝夜も、アストレアも、決してリューに対してユキの事を隠していた訳では無い。
ただ、単純に忘れていただけなのだ。
彼等にも色々あった。
嬉しい事もあり、考えるべき事もあり、なにより今こうして楽しんでいるのだから、そこまで思考を割いていなかった。
今思い返せば早く教えてやっていれば良かったとも思うが、逆に教えなかったからこそ、今こんな珍しい反応を見れていると面白がっている部分も確かに有りはするのだが。
「こらこら、リオン?あんまり困らせちゃ駄目よ?……久しぶりね、ユキちゃんで良かったかしら?輝夜とライラには会ってたの?」
「会っていたも何も、アルフィアに弄ばれそうになっていた私達を助けたのはそいつだ、団長」
「ちなみにロキ・ファミリアとガネーシャ・ファミリアと一緒にザルドに喧嘩売ったのもソイツらしいぜ。……まあ実際にはソイツとザルドの喧嘩に巻き込まれたって感じらしいが」
「そ、その件に関しては本当に申し訳なく思っていると言いますか……」
「ま、オッサンはともかく、シャクティには仕返しって感じでいいだろ。行きたくも無い突入作戦に無理矢理連れて行かれた身なんだろ?」
「べ、別に私はもう気にしてませんよぅ……」
ちなみにロキ・ファミリアにユキが訪れたのも、それが理由の一つである。
重症では無いとは言え、結果的にザルドとユキの喧嘩に巻き込まれる形となってしまったガレス達。
本当に申し訳ないと謝りに行った所、彼等は普通に笑って許してくれたが、ユキは割と気にしている様で今も申し訳なさそうに顔を俯かせている。ザルドがあの時あのまま帰ってくれたのは本当に運が良かったというかなんというか、本当に死人や重傷者が1人も出ていない事に感謝するしか無い。
「……ん?つまりLv.7の2人に喧嘩売ったっていうのは本当なの?え?待って?ユキちゃんレベルいくつなの?」
「輝夜さん達にも同じ事を聞かれた気もしますが、レベルは5ですよ?さっきアストレア様に見て貰った時にはステータスは十分だったのですが、まだ偉業が足りないみたいで……」
「つまり、実質Lv.6……?」
「団長交代か……」
「今日までよく頑張ったな、アリーゼ」
「悪いなアリーゼ、私達今日からこの子に付いていく事にしたから」
「明日からもよろしくな、元団長」
「ま、待って待って待ってぇぇ!私まだ団長辞めたくないわ!た、確かにレベルは高くないけれど!ほ、ほら!私にしか出来ない事とかもあるじゃない!例えば……ね!」
「例え出せてねーじゃねぇか」
「はぁ……真に受けるな団長。心配せずともこいつにそんなつもりは毛頭ない」
「本当!?本当なのよねユキちゃん!?嘘だったら針1000000本飲ませちゃうけど本当なのよね!?」
「わわわっ!だ、大丈夫ですから!本当ですから!私は団長の座なんて狙ってませんから!」
「そもそも人望が無いだろうが」
「ぶっちゃけ一月もあればその辺解決しそうだけどな、糞真面目で容姿もアストレア様に似てるし」
「それは否定出来んな」
「やっぱり私の団長の椅子危うくない!?」
やんややんやと騒ぎ立てるアリーゼと、そんなアリーゼを珍しく弄る団員達。そして今度は自分に代わって必死になってユキの肩を掴むアリーゼを見守る、リュー。
こうして見ているだけで、リューの胸は温かくなった。
そうだ、この光景が見たかったのだ。
アストレア・ファミリアの団員達が自分の愛すべき後輩たるユキとこうして触れ合い、ユキもまた自分の愛した先輩達に可愛がられながらも、一緒になって騒ぐ事の出来る。そんな本来ならば有り得る筈のなかった、あまりに尊い奇跡の様なこの光景を、リューはずっと見てみたかった。誰よりもそれを、夢見ていた。
これを見れただけでも、涙が流れそうになるくらいで……
「………?あれ、私は何を考えて?」
ふと、自分の頭を過ったそんな考えにリューは疑問を抱く。
果たして自分は何を言っているのかと。
そしてそもそも、自分はどうして一度会っただけのあの少女の事をここまで心配し、直接シャクティに訴える程に必死になっていたのかを。
突き動かされていた情動の在処がわからない。
あまりにも不思議な感覚だった。
今も左目から薄らと流れている一筋の涙を手に取って、首を傾げる。
まるで彼女が本当に自分にとって何よりも大切な愛すべき後輩だった様な、そんな気がしていて。
「どうかしましたか、リオン」
「アスフィ……いえ、私も少し疲れてしまっている様です。アスフィ程では無いですが」
「いえ、私はこれからですから……多方面から魔道具の製作を依頼されています。恐らく今日から寝ずの作業です、今からもう泣きそうになっています」
「……あの、手伝える事があれば言ってくださいね。それと欲しい物があれば差し入れもしますから」
「ええ、ええ、その気遣いだけで私は頑張れますから……」
リューはその動揺を上手く隠せただろうか。
今はどうしてかユキに対してのあの必死な感情が収まっている。
それが無事が分かったからであると思えてならないのは、何処か言い訳染みているという気がしないでも無い。
「ほう、アストレア様の昔の眷属か……アリーゼはそういう話を聞いた事はないのか?」
「う〜ん、全っ然心当たりがないわね!こんな子を見掛けたら忘れる筈がないもの!」
「そりゃそうか、アタシ達も初めて見た時は驚いたしな。……っつーか、これマジで立場どうすんだ?団長は冗談だとしても、戦闘見てた限り経験も技術も輝夜並みだろ」
「世間知らずの様な顔をしているが、こいつは酸いも甘いも知っている。未熟な部分はまだあれど、新人として扱うには少々熟れ過ぎている気もするな」
「そうねぇ……貴女はどうしたいかしら、ユキ?」
「あ、一番下の後輩でお願いしたいです。リューさんは私の先輩なので」
「そうですね、ユキは私の後輩なので」
「……なんだお前等」
「珍しくあからさまに調子に乗っているな、この家出馬鹿エルフは」
「あ、あれ……また口が勝手に……」
どうやらこの不思議な感覚と向き合うには、もう少しだけリューにも時間が必要らしい。