「なっ、早っ……!うぁっ!?」
「リオン!?リオンより早いとか私じゃ絶対無理でしょ!ほらぁ!?」
「剣が!剣が浮遊して襲って来るんですけど!?なにこれ聞いてな……ぴゃぁあ!」
「待って!ちょっと待たない!?一体その細い身体の何処にそんな力が……ぎゃぁぁあ!」
「アリーゼぇぇえ!!」
「あーあー、また団長も綺麗に飛んでいったものだな」
「あいつマジでヤベェな……いくらレベルの差があったとしても、うちの精鋭5人纏めてボコボコかよ。しかもアレでまだ隠してんだろ?」
「付与魔法があると言っていたな。ザルドの剣技と同時に使えば普通の大剣では一瞬で灰になる故に使えない、と言っていたが」
「そもそも剣が灰になるってなんだよ」
「分からん」
アストレア・ファミリアのホームの近くの広間にて、アリーゼの突然の提案によって始まった特別特訓を、怪我をまだ癒している最中のライラと輝夜は適当に持って来たツマミを食べながら見ていた。
挑むはアリーゼとリオンを含めた5人の精鋭。
対するはユキ・アイゼンハートと5本の剣群。
双剣と大剣、そして安価な剣が2本。
なぜそんなにも大量の剣を持ち出す必要があるのかと最初は頭を傾げていたアリーゼ達は、即座にその理由を理解させられる事になり、今正にこうしてボコボコにされている。
あの戦いから数日。
闇派閥の動きは鎮まり、冒険者達は少しの休息の時間を得られていた。
そんな中で自身を鍛える者、身体を休める者、知識を蓄える者、欠かさずに見回りを行う者。それは様々に居るが、基本的に見回りを行っていた彼等がこうして鍛錬に勤しんでいるのは、単純にLv.5以上の世界の強さというものを知っておきたかったからという思いが強い。
普通に生活していればなかなか出来る事ではない、高レベルの冒険者との手合わせ。これから挑む相手の事を考えれば、少しでも多くそういった経験を積んでおく事に越した事は無いという判断だった。
「輝夜さん!ライラさん!終わりました!」
「おーう、またボコボコにして来たな。どうだったよ、あそこで項垂れてるうちの精鋭共は」
「練度も経験もありますし、何より連携の熟練具合が凄かったです。特定の相手との連携が出来るというのならまだしも、5人それぞれがどんな組み合わせでも十二分に実力を発揮出来ていました。多対一の戦闘なら格上でも容易く対処出来そうです」
「おやおや、私の目も相当に悪うなってしまったようで。さっきまでその多対一をしていた様な気がするのですが、思い違いだったでしょうかねぇ」
「私得意なんですよ、1人で大勢を相手にするの」
「それが出来る奴は大抵の状況で強いんだよ、マジで糞真面目な顔でこういうこと言うから笑えねぇ」
「……聞くだけ聞くが、どうすればその状況が得意になれる?」
「えっと…………私の経験は参考になりませんから、やっぱり普通にダンジョンに潜って地道に強くなるのが1番だと思います」
「「…………」」
そう話しつつも何処か申し訳なさそうにニコニコと2人の前に座り込むユキを見て、ライラも輝夜も互いに横目で目を合わせる。
この2人はアストレア・ファミリアの中でも特に波乱の人生を歩んで来ている。人の醜さをよく知り、世の無情さを思い知り、正義という言葉に対しても理想や美しさだけに囚われず、かなり現実的に考えているタイプの人間だ。
だからこそ分かる事もある。
例えば自分達と同類の人間だとか。
それこそ過去に重い物を背負っている人間だとか。
そういうのが。
「……アリーゼ!暫くこいつ借りてくからな!昼には戻る!」
「ええ!わかったわ!ユキのことお願いするわね!」
「ということだ、こっちに来い」
「え?あの、お二人とも一体どこへ……というか、どうして両腕を掴むんです?そ、そんなことしなくても逃げたりなんてしませんよ……?」
「いいから来い、連行だ」
「抵抗したら殴る」
「だ、だから抵抗しませんよ……?」
ユキにボコボコにされた事が悔しいのか自主練を始めたアリーゼ達をよそに、2人はユキをホームのリビングに連れて行く。
今この時間、アストレアはヘルメスやロキ達と何やら話しているらしく、他のメンバーは鍛錬か見回りに出ている為、3人以外には誰も居ない。
そうして強引にソファに座らされたユキは目の前に座った2人の為にお茶を淹れようかと立ち上がりかけて、輝夜に再びソファに押し込められた。
溜息を吐くライラに、ユキの代わりに適当に茶を淹れて持ってきた輝夜は改めてマジマジとその顔を見る。
なにを思っているかは分からない様な無表情で。
「さて……じゃあまあ無駄な前置き話してても仕方ねぇし、率直に聞くとするか。それでいいよな、輝夜」
「ああ、構わん」
「は、はぁ……あの、聞くというのは何を……」
「何をも何も、お前の正体についてだ」
「!」
ユキの身体がピクリと跳ねる。
そんな様子からもまた目の前の女が如何にわかりやすい人間というのが分かるというか……
本当に、ただの後輩として見ればどれだけ可愛らしいと思える事か。
ただの後輩では無いという所が1番の問題なのだが。
「あのなぁ……オラリオの外から突然やって来たLv.5なんて信じられる訳ねぇだろ。むしろ何をどう考えたらその理由でいけると思ったんだ、この馬鹿」
「ば、馬鹿って言われました……」
「何故かアストレア様はお前の事を信用しているが、お前の経歴や話はあまりにも整合性が取れない。しかもお前、アルフィアやザルドだけでは無く、ロキ・ファミリアにも多少の伝手があるのだろう?」
「っつー事でアタシ等は色々考えた訳だ、例えばお前がゼウスやヘラのファミリアに関係のある人間だとか……」
「あ、それは全然違います。私が受けた恩恵はアストレア様とロキ様のだけですから」
「………お前やっぱ一回殴らせろ」
「な、なんでですかぁ!?」
「貴様、この……!またとんでもない情報をサラッと出したな!ロキ・ファミリアに居たのか!?やはりあそこの秘蔵っ子だったのか!」
「ち、違うんですぅ!そうなんですけど違うんですぅ!ちゃんと話しますから許して下さいぃ!」
物凄い剣幕で輝夜に迫られて泣きべそを掻き始めるユキだが、ライラももう止める気はさらさら無い。
もうここまで来てしまえば真実を聞くまで引き下がるつもりなど無かったからだ。
そうしてユキは語り始める。
自分が何処から来たのか。
どうして誰も自分を知らないのか。
諦める様に、観念したかの様に、これっぽっちの嘘をつく事もなく、まるで普通にファミリアの先輩に相談でもするかの様に。
「な、7年後から来た、アストレア様の眷属……!?」
「……おい輝夜、どう理解すればいいんだこれ。一見クソみてぇな夢のある話なのに、前提をそれにすり替えれば全部納得がいっちまうぞ」
「それはその、事実ですから当然かと……」
「!……まてよ、だから末のリオンをお前は先輩扱いするのか。お前がこの時代に居ない以上、7年後の未来ではあいつは間違いなく先達だ」
「いやだが待て、こいつはそもそも私達やネーゼの名前すらも碌に知らなかった様に見えた。名前を聞けば思い出した様だったが、それでは説明が付かない」
「……7年後には、アストレア・ファミリアはリューさんしか残っていませんでしたから。暗黒期の終わりの直前に、ダンジョン内で突如として発生した正体不明のモンスターに壊滅させられたとかで」
「「!?」」
その言葉に思わず立ち上がった2人に、ユキは驚きながらも悲しそうな顔をして見上げる。
ユキが聞いていた事は、そう多くない。
ただアストレア・ファミリアがダンジョン内でルドラ・ファミリアを追い詰めた際に、ダンジョンに仕掛けられた大量の爆薬によって見た事もない様なモンスターが出現したという事。
そしてそのジャガーノートという名前のモンスターには魔法を跳ね返す特性があり、速度と攻撃力に特化していたため、Lv.4の団員達もまた容易く屠られてしまったという事。
最後に……仲間を失ったリューが復讐へと走り、それによって暗黒期が終わったという事だけは、ユキも元の時代のリューから聞かされていた。
それが今もまだリューの心の闇となってしまっているという事も知っているが、ここまで話した時にライラと輝夜の表情が暗くなったのは、間違いなく自分達の大切な末っ子にそんな重荷を背負わせてしまった事に対する悲しみからだろう。
たとえ普段どれだけ口で言い争おうとも、やはりリューは彼等にとって大切な後輩なのだ。それこそつい先日、彼女が姿を消してから皆で必死になって街中を探し回ったくらいには。
「……そっちの世界のリオンは、今何やってんだ?」
「今は豊穣の女主人という酒場でウェイトレスをしています。偶に皆さんのお墓のある18階層に赴いたり、困った人を助けたりしているそうですが。……それと、私の相談にも乗ってくれています。とっても頼りになる先輩なんです」
「くく、あの堅物エルフがウェイトレスか。なんだその未来は、面白おかしいにも程があるだろう。……本当に、何処の誰だか知らんが、拾ってくれた物好きには感謝しかあるまい」
「輝夜さん……」
「……まあアタシ達だけならまだしも、アリーゼまで死んだとなれば純粋なあいつなら復讐にも走らぁなぁ。出来た後輩がお前で良かったよ、それはマジでそう思う」
「ライラさん……」
それこそ、どう考えても不幸中の幸いとしか言いようがない。
もしそのままリューが誰にも拾われる事なく命を落としていたら、本当の意味で全てが犠牲でしかなくなっていた。
今どんな形であれどリューが笑って生きているのなら、そこに至るまでどれだけの悲しみがあったとしても彼女を守る為に命を賭けた事に意味が見出せる。
そしてそんなリューに初めての後輩が出来て、そうして彼女が再びファミリアの暖かさを思い出してくれたというのなら……その後輩となってくれた少女が目の前の愛らしく、賢く、そして糞真面目で誠実な人間であった事も含めて、2人は先輩として安堵する以外の感情など浮かびやしないのだ。
流石にウェイトレスをやっている姿など想像も付かないので、そこは素直に面白かったりもしているが。
「ま、リオンの話はそれでいい。どんな形であれ、幸せにやってんならアタシ達から言う事は何も無いしな。せいぜい21にもなったんだから恋愛くらいしろ、ってくらいか」
「それにその話を聞いた以上、こちらの世界でアストレア・ファミリアが全滅する事も無い。少なくとも、私とライラがそれだけは絶対にさせん」
「……はい、是非お願いします。私も正直、いつどんなタイミングで元の世界に戻るか分かりませんから。もしかしたら帰れない可能性すらあるかも、ですけど」
そもそもユキに関しては、この戦いが終わった後に帰るという選択肢があるかどうかも分からない。
もしこの戦いが失敗に終われば、そこでユキが居る事で世界に不利益を生じさせてしまうという事が証明されてしまえば、まず間違いなくユキの心の乱れは再発する。
いくらリヴェリアが信じてくれていたとしても、この時代のリヴェリアのユキに対する信頼はそこまで大きな物でもなく、例えばそのせいでアイズが傷付きでもすれば容易く崩れ去るだろう。
故に、帰れるかも分からないし、生きているかも分からない。
だからこれからアストレア・ファミリアが直面するであろう危機に立ち会うことの出来る可能性は限りなく低いと言える。
そこはどうしても彼等自身に任せる事しか出来ないのだ。
せめて希望のある未来を作り出してくれる様に、と。
「そんで?お前は結局なんなんだ?」
「え、何と言われましても……」
「いや、だからこうしている訳なんだしよ、お前もこっちの世界のどっかに居るんだろ?どういう経緯でアストレア様の眷属になったかって話だよ」
「あ、ああ〜……なるほど……」
確かに、それはそうだろう。
7年前となると、ユキが丁度10歳の頃の話だ。
その2年後にアストレアと出会った事を考えると、もうこの時期にはユキは村で母親と暮らしている筈。
アストレア・ファミリアが壊滅し、アストレアがオラリオを出たからこその出会いであった筈だが、もしそこに輝夜やアリーゼが来たとしても問題はないだろう。
それこそ経緯が異なるので今の自分とは全く異なる人間として成長する事になるだろうが、それこそあの襲撃で病が悪化した母も生き残る事が出来る可能性もある。
ただ、本当に自分がアストレアと出会い旅をし始めた事や、力を得て行動した事が正しい事だったのかは、今は分からなかったりもするのだが。
「……私はここからそう遠くない村で母と共に住んでいまして、そこでオラリオを出たアストレア様と偶然に出会いました。恩恵はその2年後に、村が襲撃されて行き場を失い、旅をする事にした際に頂いたものです」
「……復讐の為にか?」
「いえ、単純に生きる為にです。元々体格に恵まれた訳でもありませんでしたし、村で平凡に過ごしていた私にはただの旅も過酷なものでしたので。剣術だったり、応急処置だったり、そういう技術も全部アストレア様に教わりました」
「あぁ、なるほど。そういう意味では、あながちアストレア様の子供ってのは間違ってなかったんだな」
「そうですね……私を生かしてくれたのは最初のお母さんですが、私に外の世界と生きていく術を教えて下さったのはアストレア様ですから。父親が居なかった私ですが、その代わりお母さんが2人居るという風に考える様になりました」
「……だからこそ、だろうな」
「ああ。アストレア様が母親とか、そらそうなるわ」
「?」
同情する、本当に。
ライラも、輝夜も、その考えは同じ。
納得し、理解し、哀れに思う。
あの正義の女神である新妻とも言われる様な神アストレアが母となった少女に、素直に、可哀想だと。
「お前、正義を信仰してねぇだろ」
「!」
「……だろうな」
見抜かれた、見抜かれた。
そんな仕草はこの2人には決して出していない筈なのに。
まるでそれが当然の事であるかの様に、目と目を合わせて射抜かれた。
せめてこのファミリアの団員達にだけは、それがバレ無い様にと気をつけていたというのに。
「あ、あの……!」
「あーあー、別に弁解する必要なんてねぇって。アタシ達はそれを責めるつもりなんて毛頭無ぇし、むしろよくもまあそこまで誠実に育ったもんだと感心すらしてるくらいだ」
「……?」
言っている事は分からないが、怒られていないという事だけは分かる。
むしろこれは褒められて、慰められているのだろうか?
理由はよく分からないが。
「まず勘違いを正しておくが、そもそもアストレア様が1人の人間の母親として優れているという勘違いは捨て置け。あの方は妻としては最高だが、母親として、むしろ人の子の母親とするにはあまりにも辛いものがある」
「え、えと……どういう、事でしょう?」
「どうもなにも……いいか?母親ってのは子供の潜在的な情景だ。他の捻くれた神ならまだしも、あれ程に真っ白な存在に情景など抱いてみろ。普通の人間ならば間違いなく拗れる」
「!」
「大凡欠点もなく、あったとしてもそれを塗り潰せる程の魅力があるのもタチが悪い。しかもその分だとお前、アストレア様に連れられて粗方の面倒事に巻き込まれてんだろ?……ガキの頃からそんな思いしてりゃあ失望すんのは当然なんだよ、正義なんか」
2人の指摘は、間違っていない。
どころかむしろ、あまりにも正確なものだ言ってもいい。
事実、ユキの白への憧れは最初こそ母親であったが、それを助長させたのは間違いなくアストレアの存在だったろう。
そしてユキの正義に対する認識もまた、アストレアとの旅の最中で培われたものだ。
それこそその旅が無ければユキは今でも正義というものに対する考え方も異なっていただろうし、少なくともこの正義のファミリアの中で妙に緊張しながら過ごす事も無かっただろう。
悪と正義を同一であると言う事など、決して無かった筈だ。
「あの堅物エルフが聞けば怒り狂うかもしれんが、正義など所詮は理想だ。叶うものでは無い」
「んで、そんな理想の権化たるアストレア様を隣に置きながら厄介事塗れの旅をすると。……アタシから言わせりゃ、そんなもん唯の地獄だぜ。それにお前、あの医療技術を見る限り、アストレア様と一緒に紛争地帯も巡ってたんだろ?」
「……はい」
「……全く、よくもまあここまで素直な人間になれたものだ。あまりこういう事は言いたくは無いが、お前の抱えている心の歪みは間違いなくアストレア様に責任がある。お前はそれを否定するだろうがな」
「それは、だって、私はむしろこういう事を考える機会をくれたアストレア様に感謝しかないといいますか……」
「……ライラ、こいつはどうしてこんな有様でまだ壊れていないのだ。普通こんなもの思い詰めて自害するだろう」
「辛うじての所でいい出会いでもあったんじゃねぇか?おら、例えば恋人が出来たとか」
「何を馬鹿な事を、こんな如何にも処女処女しい奴に恋人など居る筈が……」
「あ、でも確かに大好きな人が出来てからは心のモヤモヤとかが無くなった覚えがあります!」
「「は?」」
……思わず、2人の声が揃った。
そしてそこに。
「ちょっと待って!?ユキに恋人が居るって本当!?」
「ちっ!面倒な奴に聞かれた!」
「捕まえろ!抑えろ!奴を絶対に外に逃すな!」
「ちょ、なになになに!?まさか2人も団長の座を狙ってるの!?い、いくら2人にだって団長の座は絶対に渡さないんだから!」
「「(違うわ/違ぇよ)馬鹿!!」」
「ひどい!?」
アリーゼが入り込んだ事により、この場の空気が一変したのは間違いない。